第24話 太陽の下のビーチバレー


 水着の少女達が楽しそうに走る姿に、年頃の紳士達の目が釘付けになった。


「ニコラ! メニー! お待たせー!」

「ごめんね。浮き輪に空気入れてたら、遅くなっちゃった!」


 アリスとニクスが笑顔であたし達に走ってきた。太陽よりも眩しく見える二人に、あたしは顔の前に手をかざした。笑顔のアリスとニクスが走る度に、――二人の胸が上下に揺れる。


(……巨乳パッド……)


 あたしは少し小さい自分の胸を見る。


(物知り博士、アマンダさんを見なくちゃいけないから、結局船に残ったのよね……)


 ――しばらくの間、留守になります。とかなんとかね!


(はあ。巨乳パッド……)


「わあー! 可愛いー!」


 二人の水着を見て、メニーが明るい声を上げた。


「アリスちゃんもニクスちゃんも、すっごく似合ってるよ!」


 笑顔のメニーを見た紳士達の胸に恋という花が開いた。


「ありがとう! メニー!」

「メニーも可愛いよ。三つ編みも似合うね」

「えへへ! お姉ちゃんにやってもらったの!」

「テリーは……」


 ニクスが一歩離れて見てたあたしに振り向いて、微笑んだ。


「あたし達とお揃いだね」


 ポニーテール。これだけはメニーに譲る気はない。だって、アリスとニクスに事前に言ってあったんだもの。三人でポニーテールにしようねって!


(良かれという顔でメニーを三つ編みにした甲斐があったわ)


 どうよー。メニー。えー? 羨ましかろー? 羨ましかろー? いいでしょー? ニクスとアリスとあたし、三人ポニーテール美少女よ。いいでしょー? お前は仲間外れよー? ばーか! にやにやしながら見ていると、アリスがきょとんと瞬きをした。


「あら、びっくりした。リトルルビィ、いつからいたの?」


(え)


 振り返って、びくっとあたしの肩が揺れた。さっきまでいなかったリトルルビィが、メニーとあたしの間に立っていたのだ。


(わっ)


 高身長。細身の体。それと、――胸。


「……」

「テリー、そこは見なくていい」


 リトルルビィが溜め息混じりに言うと、アリスも頷いた。


「わたしも気になる。ねえ、リトルルビィ、サイズは?」

「あ? 最近測ってないから知らねえ」

「ちょっと失礼」


 アリスがどこからかメジャーを取り出し、リトルルビィのバストサイズを測った。ニクスが横からちらっと見て、アリスもサイズの結果を見て――頬を赤らめた。


「嫌だ。いい勝負」

「リトルルビィ、成長したね」

「邪魔なんだよな。これ」


 リトルルビィが自分の胸を見下ろした。


「必要な人に分けたい」


(あたし欲しい!!)


 声にこそ出さないが、あたしは目で訴える。


(リトルルビィ、その胸、あたしにちょうだい!!)


 その目を見たリトルルビィが――あたしと目が合い――あたしが更にじっ! と見つめると――あたしから目を逸らした。


「……んな目で見てくるなよ……」


 ――キスしたくなる。


「ん? なんか言った? リトルルビィ」

「何もー?」

「まあまあ、メンバーも揃ったところで」


 メニーが両手を合わせた。


「何からやる?」

「海に来たら、遊びは決まってるわ」


 アリスが柔らかいボールを手に持った。


「ビーチで遊ぶなら、バレーボールしかないでしょ!」

「でも五人だから、どう分けようか」

「ニクス、最初だし、わたしとメニーで組むよ。で、年下チームと年上チームで分ければいいだろ」

「年下と年上か。なんだか不公平さを感じるけど……」

「平気だよ」


 リトルルビィがニクスににやりとした。


「負けねえから」

「リトルルビィ」


 メニーが声をひそめた。


「吸血鬼の力は出しちゃ駄目だよ?」

「わぁってるよ」


 そうと決まればあたし達は柵を用意し、チームごとに向かい合った。アリスがあたしとニクスに振り返る。


「頑張りましょうね! 二人とも!」

「勝つわよ!!」

「テリー、相手は年下だから……」


(勝つわよ!!)


 あたしの目がメラメラと燃える。リトルルビィがボールを空に飛ばした。


(バレーボールって、あんまりやったことないのよね! 確か……ボールを上に上げればいいんだっけ?)


 リトルルビィがボールを思いきり叩いた。


(え)


 あたしとニクスの横を一直線に飛ばしてきて、二人で固まる。ゆっくり振り向くと、ボールが砂浜の奥底に埋まっていた。メニーが怒鳴る。


「リトルルビィ! 駄目だって言ったのに!」

「加減したってば!」


(……これ、もしかして殺される?)


「流石だな。リトルルビィ……」


 ニクスが苦笑しながら砂からボールを掘り出し、リトルルビィに渡した。


「もう少し加減してくれると嬉しいな。リトルルビィ」

「年上だろ」

「お願い。こっちはただの人間なんだから」

「へえへえ」


 ニクスの言葉を聞き、リトルルビィがだいぶ加減したサーブを打った。


(これを、取るのね!)


 あたしはジャンプした。しかし、あたしの手がボールを掠った。


「ぴゃっ!」

「任せて! ニコラ!」


 アリスが突っ込んできた。


「でやっ!」


 アリスもボールを掠めて、あたしに激突してきた。


「うごっ!」

「あばっ!」


 あたしとアリスが砂の上に無様に倒れた。


「な……なかなか……やるじゃない……」

「リトルルビィったら……大きくなっちゃって……」

「二人とも大丈夫!?」


 ニクスがあわあわする横で、リトルルビィとメニーが笑顔で手を叩き合った。


(くそ、ここで負けたら、メニーが喜んじゃう!)


 ――やっぱりお姉ちゃんはわたしには勝てないんだよ! うぷぷっ! 無様だなあ!


「やってやろうじゃない!」

「ニクス! ニコラが燃えてるわ!」

「テリーが燃えるとあまり良い事無いんだよな……」

「大丈夫よ。ニクス! あたしが! ボールを打つわ!」


 あたしは両手を前に出し、構えた。


「かかってきなさい! リトルルビィ!」

「行くぜ! テリー!」


 笑顔のリトルルビィが打ったボールが、突っ込んでくる。


「おらあああああああああ!!」


 あたしはボールを追いかけて、ジャンプした。


(あ! いける!)


 あたしは大きく腕を振りかぶった。


(でや!)


 ボールはあたしの手に当たらず、顔面に直撃した。


「っ」

「「あ!」」


 リトルルビィとメニーが同時に声を出し、あたしはその場に倒れた。みんなが一斉に駆け寄ってくる。


「テリー! 大丈夫!? だから言ったのに!」

「ニコラ! しっかりして!」

「お姉ちゃん!」

「テリー! 意識あるか!?」


(バレーボールって難しい……)


 その時、横からぱしゃりとシャッターを切る音が聞こえた。


(ん!?)


「くすす。良い写真が撮れた」


 全員がカメラを構えてた女に振り返り、あたしは倒れたまま女を睨む。


「あ、気にしないで続けて」


 短い金髪が風に揺られ、黄金の瞳は太陽に反射してより輝いて見える。まるでオアシスに現れた美女。そして何よりも見せつけてくる谷間と背中に男達が内股になり、アリスはすぐに大興奮した。


「きゃあ! ソフィアさん! 水着姿もとてもセクシーでお美しい!」

「ありがとう。アリス」

「すごい。触れそう! 柔らかそう!」

「アリス、駄目だよ」

「そうよ。アリス。ソフィア……さんの胸を触ったって良い事ないわ。そんなに触りたいならあたしの胸を触らせてあげない事もなくってよ。はい」

「ニコラの胸はいい。つまんないんだもん」

「がーーーん!!」

「アリス! テリーにショックを与えないの!」


 あたしはニクスの胸に顔を埋めた。


「アリスにつまんないって言われた……! ぐすん……!」

「よしよし」

「ソフィアさんもバレーボールどうですか?」


 メニーが誘うと、ソフィアがくすすと笑って、首を振った。


「お誘いありがとう。でも、私、運動が得意じゃないし、写真を撮ってる方が楽しいから」

「そうだよなぁー! ソフィアはもうババアだもんなぁー!」


 リトルルビィが笑顔で言い放つと、笑顔のソフィアと笑顔のリトルルビィの間に一瞬稲妻が走り――一分後、ソフィアがボールを構えてビーチに立った。


「くすすすす! 後悔しても遅いよ! ミニチュアトールルビィ!」

「かかってきやがれ! クソババア!」

「ババアじゃない! 私はまだ! 26だーーーーー!!」


 ソフィアとリトルルビィによる熱いバレーボール大会が始まった。セクシーなソフィアにワイルドなリトルルビィ。あなたはどちらを応援する?


(とても二日一日前に怪我で寝込んでた人物達とは思えない……)


 二人の傷口は綺麗さっぱり無くなっている。あんた達どんな魔法使ったのよ。中毒者は回復時間が早くて羨ましいわ。


(……良かった)


「見て。ニコラ! ソフィアさんの胸が激しく揺れてるわ!」

「アリス、胸の揺れならリトルルビィも良い勝負だわ!」

「どこ見てるの二人とも……。ほら、かき氷持ってきたよ」

「はい。お姉ちゃん」

「ん。ありがとう」


 パラソルの下に座り、四人で試合を鑑賞する。ふと、ニクスが訊いてきた。


「そういえば、テリー、クレアさんは?」

「ああ、なんか、着替えてくるって言って、じいじとどこかに行ったけど」


 かき氷をスプーンですくう。


「何してるのかしら」

「はむ」


 あたしの食べる分のかき氷が食われた。目玉をじろりと動かすと、満足そうに口を動かすクリスタルの瞳と目が合った。


「うむ。やっぱりイチゴは世界を救うな」

「きゃっ! びっくりした!」


 アリスがぎょっと肩を揺らして、落としそうになったかき氷をしっかりと掴んで、クレアに大声を出した。


「ちょっと、クレア! 声かける時は慎重に!」

「なんだ。アリス。しゃっくりでもしてたのか?」

「びっくりしたのよ! もー!」

「ふぇ?」


 メニーがぱちぱちと瞬きして、アリスとクレアを見て、またアリスを見た。


「アリスちゃん、……知ってるの?」

「ん? ああ、……『キッドのお姉さん』のこと?」


 冗談交じりに言ったアリスが肩をすくませた。


「これでも友達だからね」

「そういうこと。だから、気を遣う必要はないよ。メニー」

「……リオン様は?」


 あたしが訊くと、クレアが指を差した。その先には、ミックスマックスのサングラスと水着を身につけ、ミックスマックスの浮き輪の上に乗り、水面に黙って流されるリオンがいた。


「ミックスマックス……バカンスバージョンだぜ……」

「リオン様ぁあああ!! ジュースをお持ちしましたぁあああ!!」

「ばかっ! おまっ! 名前を言うな!」

「ふっ! 我が主! お兄さんとナンパに行きましょう! 下着同然の姿の美女があんなに沢山!」

「いや、いい。僕はこのまま日光浴を……」

「リオン様! 泳ぎましょう!!」

「リオン様! ナンパに行きましょう!」

「もう、うるさいよ! お前達! うわっ!?」


 ヘンゼとグレタが浮き輪を掴み、全力で押しながら泳ぎ始めた。


「「楽しいですねぇええ!! リオン様ぁああああ!!」」

「ぎゃああああああああ!!」


 浮き輪ジェットコースターに乗ったリオンが悲痛な悲鳴を上げながら、二人に押されていく。


「……」

「あんな奴の事なんかどうでもいいよ。それよりテリー」


 クレアがあたしの手の上に手を重ねた。


「可愛い?」


 偽物の青い髪の毛を後ろでまとめ、胸元はフリルで隠し、ショートパンツ型の水着で長い足を見せつけてくる。クリスタルの瞳は、――今日はまた一段と輝いて見えて――それに目を奪われる人が大勢視界に入って――モヤッとして、あたしの眉間に皺が寄り――上着をバッグから取り出して、クレアの肩にかけた。


「ん?」

「下品」


 睨む。


「はしたない」


 上までチャックを閉める。


「うぷっ」

「似合ってない」

「おい、これ苦しい」

「隠すのには丁度いいわ。着てなさい」

「これ、嫌だ」


 クレアが脱いだ。ぽい。


「あ! 何すんのよ!」

「アリス、似合うだろ?」

「ええ! すっごく可愛い!」


 アリスがクレアを眺めて、ふふっと笑った。


「今日は女の子なのね」

「お忍びだからな。可愛いだろ?」

「ふふっ! ええ! 可愛いわよ。クレア!」

「ほら、テリー、アリスは可愛いって。メニー、どう?」

「はい。すごく似合ってます」

「ニクス」

「ふふっ。本当に綺麗です」

「はい。多数決。なんだ。嫉妬か? あたくしが美しいから、嫉妬してるのか?」


 いやらしくにやにやする顔すらも綺麗で、アリスに身を寄せる仕草も可愛らしくて、見て来る男達の鼻の下が伸びていくのが視界に入って、女ですらクレアに見惚れる奴がいて――。


「いいから着てなさい!!」

「はぶっ!」


 上着を投げつけ、ふん! と鼻を鳴らして、あたしはそっぽを向いた。上着を顔から退けたクレアが眉をひそませ、唇を尖らせる。


「なんだ? かき氷を頂いたくらいで怒るなんて、アリス、あのチビは心が狭いな」

「大丈夫よ! ニコラも水着似合ってるから!」

「……ちょっと失礼」


 ニクスが立ち上がり、クレアの隣に移動して、しゃがんだ。


「クレアさん」

「ん?」


 ニクスがひそりとクレアに耳打ちする。

 ――テリーってば、なんでクレアさんの水着姿を隠そうとするんですかね? ほら、あそこの人、それとあそこの人もクレアさんを見てる。テリーの上着を着てしまったら、綺麗なクレアさんを、みんな見れなくなっちゃいますね。それにしても……テリーってば、すごく不機嫌ですね。ふふっ。


「……」

「テリー、試合はどんな感じ?」


 黙りこくるクレアを置いて、ニクスがあたしの隣に戻ってきた。


「どっちも互角よ」

「わー。……すごいね。砂浜にどんどん穴が空いていくよ……」

「……クレアに何言ったの?」

「かき氷はあっちですよって」

「……そう」


 アリスの横を見ると、赤面したクレアがあたしが投げた上着に腕を通していた。


(……ん。それでいいのよ)


 あたしのクレアの肌を、誰が他人に見せるもんか。


(ふん!)


「……アリス……。あたくし愛されすぎて、今すごく幸せ……」

「きゃーーー! ソフィアさん! ふつくしーーーー!!」

「お姉ちゃん」


 メニーがストローで出来たスプーンを差し出した。


「一口あげる」

「ん。ありがとう」


 スプーンの上に乗っかるかき氷をいただく。……ふむ。暖かい所で食べるかき氷。悪くないわね。


(美味)


「美味しいよね」

「まあ、悪くないわね」


 メニーがスプーンを容器に入れ、またかき氷をすくい、口に含んだ。


「えへへ」


 メニーが俯いて笑った。


「 甘 い 」

「あっ! リトルルビィ!!」

「ぎゃふっ!」


 あたしが声を上げた直後、リトルルビィがソフィアのボールを顔面で受け止めてしまった。


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