第20話 氷山衝突


 あたしは手擦りから身を乗り出して前方を確認した。メニーが必死にあたしのネグリジェを掴む。


「お姉ちゃん! 落ちちゃう! 危ないよ!」


(氷山ですって!?)


 あたしはリオンに振り返る。


(氷山にぶつかるのは夜よ! 今、何時!?)


 デッキに設置された時計の針は10時30分を差している。


(もう何時間も過ごした気分よ! いい加減にしてよ!)


「リオン!」


 あたしが叫ぶと、船が揺れた。面舵いっぱい。船が動き出す。しかし、これだけでは駄目なのだ。大きな揺れにビリーが手擦りに掴まり、メニーが転びかけ、ビリーがメニーを抱きしめた。クレアも手擦りに掴まり、リオンとあたしも手擦りに掴まり、あたしはリオンに顔を向けた。


「リオン! どうなってるの!」

「ニコラ、落ち着け!」

「なんでよ! なんで!!」

「ニコラ!!」


 リオンがあたしの腕を引っ張り、強く抱きしめた。


「落ち着くんだ!」

「氷山が目の前にあるわ! おかしいじゃない! ぶつかるのは夜のはずでしょ! げほげほっ! もしかして、まだ中毒者がいて、異空間に飛ばされてるの!?」

「残念ながらこれは現実だ!」

「歴史が変わったの!?」

「おちつ……」

「ぶつかる! もうぶつかるわ!」

「ニコラ!」

「船を動かしても、むむ、無駄なのよ! だ、だって、エンジンが後ろに行くはずだったのに、船長が、ま、間違えて、エンジンを後ろじゃなくて、前に進ませるもんだから、それで、しょ、衝撃が当たって、だだ、だい、第六ボイラー室の壁に穴が空いて……そこから水が、侵入してきて、どんどん侵入していって……!」


 船が大きく揺れた。穏やかだった波が荒れてくる。ビリーとメニーが手擦りにしがみつく。あたしはリオンに強く抱き着いた。


「ああ! もう駄目!! 駄目!! 当たる! ぶつかる!!」


 波が揺れる。

 氷山が近づく。

 どんどん気温が下がっていく。

 あたしはリオンにしがみつく。

 リオンがあたしを抱きしめながら、




 ――耳に囁いた。




「テリー」


「落ち着いて、目を開くんだ」


「君の成した結果が、ここにある」


「一つ質問だ」


「テリー」


「今、魔法の笛は」


「誰が持ってると思う?」





 あたしは瞼を上げた。

 現実に怯えながら、ゆっくりと顔を上げる。

 船が動く。



 後方に、動く。




「……え……?」


 クレアが無線機を取り出し、ボタンを押した。


「こちらクレア! ソフィア、そっちはどうだ!」

『なんとか間に合ったようです』


 おかしいと思ってた。

 中毒者が大暴れしているのに、乗客が一人も騒ぎに気付かないなんて。気付かなかったわけじゃない。――全員、心を盗まれていたのだ。


 船長室を占拠した怪盗パストリルが舵を取る。


 縄で縛られた船員達は一体誰に催眠をかけられてしまったのか、心を奪われて伸びている。ソフィアが舵を取りながら、首を傾げ、無線機に伝えた。


「ただ、おかしいですね。くすす。後方に下がっているはずなのに、氷山が船を追いかけてくるんです。怖い怖い。まるで怪盗パストリルを追いかけてくる熱烈なテリーみたい」

『ボイラー室は?』

「ええ。強い催眠をかけたので、私を船長だと思い、奴隷のように働いてくださってますよ。エンジンを加速させ、後方に下がってくれてますが、あらら、氷山がもう追いつきそう」

『続けろ』

「御意」


 クレアが無線機のボタンを切り替えた。


「ルビィ」


 クレアが口を動かす。


「どこにいる」


 その瞬間、新しい義手をつけたリトルルビィが外へと飛び出し、デッキからデッキへと飛んでいき、走り、船の先端まで走り、地面を蹴って、高くジャンプした。その勢いのまま近づいてくる氷山に飛び、リトルルビィが吸血鬼の怪力を使った。


「でええええええええええええええええええええい!!」


 リトルルビィの足が氷山に当たった瞬間、氷山にヒビが入り、そのヒビが広がり、びきびき音を鳴らし、その音が空気中に響き、リトルルビィが氷山を踏んづけて、また船に向かって飛んだ。その衝撃に、とうとう氷山が砕けた。


 砕けた音が船全体に響き渡るが、パーティー会場の人々は気付かない。楽しく愉快なパーティーを笑顔で続ける。

 ただ、唯一二人だけ、ジャックの悪夢に囚われ、催眠から逃れた少女達がいた。


「……姉さん、なんか変な音がしなかった?」

「アリス、このジュース美味しいわよ」

「……ニクス」


 アリスがニクスを見た。


「聞こえた?」


 アリスの言葉にニクスが眉をひそめさせ、グラスをテーブルに置き、急いでパーティー会場から抜け出した。


「くすす」


 ソフィアが船を前方に進ませた。氷山が崩れ落ちる。氷山にぎりぎり当たらないラインを船が通る。氷山の欠片がデッキに落ちてきた。


「ひい!」

「ニコラ!」


 あたしはリオンに強くしがみつき、リオンがあたしの腰を引くと、落ちてきた氷山から避けられた。


「お願い、早く通り過ぎて!!」

「痛い痛い痛い!! ニコラ、骨がビキッ! って! ビキッ! って言ってる! いだだだだだだ!!」

「もう嫌ぁーーーーー!!」


 なぜだろう。氷山が何かに引っ張られているようにゆっくりと動き出した。あたしは恐怖から悲鳴を上げる。しかし、勇敢なリトルルビィは自ら飛びこんでいく。


「しつけえんだよ!!」


 リトルルビィが勢いをつけて飛んでいき、怒鳴った。


「砕け散れ!!」


 ――リトルルビィの蹴りで、氷山が上から下まで粉々に砕けた。


(……嘘……)


 船は前方へと進む。


(やった……?)


 氷山はもう追ってこない。


(助かった……?)


 すさまじい光景に、見張り台にいる二人が慌てて双眼鏡で崩れていく氷山を眺めた。心を盗まれている眼中に、あたし達は映らない。


(あたし達……助かったの……?)


 その時、慌てて走ってきたニクスがデッキへとやってきた。あたし達の姿を見て、大声を出す。


「テリー! 何があったの!?」

「っ! ニクス!」


 振り返ればそこにニクスがいる。あたしは瞳を潤ませ、用無しのリオンを突き飛ばした。


「ニクス!」

「あだっ!」

「ニクス、大変だったの! げほげほ! あたし……!」


 走りながらニクスに抱き着く準備をしていると、あたしとニクスの間にリトルルビィが華麗に着地してきた。


「っ!」


 驚いてあたしとニクスが足を止める。リトルルビィがむくりと起き上がり、あたしを見下ろした。


「……リトル……ルビィ……!」


 霧が晴れていく。景色がよく見えるようになる。綺麗な青い海が見える。人々が美しい景色に感動した。太陽が暖かい温もりを船に当てる。暖かい春の風が吹く。マーメイド号は沈まなかった。海の先を立派に進んでいく。


「……っ!」


 あたしの腕が伸びて、リトルルビィをしっかりと抱きしめ、叫んだ。


「好き!!!!!!!!!!!!!!!」


 ――メニーが黙った。

 ――クレアが黙った。

 ――クレアの無線から聞こえたソフィアが黙って舵から手を離した。

 ――リトルルビィが一瞬で顔を真っ赤に染めた。


「ありがとう! リトルルビィ! あんたは英雄よ! 正義のヒーローよ!」

「ん、うん、うっ、ん、んっ!」

「もう大好き! こんなに頼りになっちゃって! リトルルビィ! 大好きだから!!」

「ん、うっ、っ、……っ、ん、あ、うん、あの、うん」

「あたし助かったのね! 生きてるのね! ああ! リトルルビィ! 助かったのよ!! あたし達、助かったのよ!!」


 あたしは全力でリトルルビィを抱きしめる。


「ありがとう!!! 大好き!!!!!!」

「……わか、わ、わか、あの、わかった、から、あ、あの、あの……」


 リトルルビィの手があたしの背中の前で疼いている。


「テリー、あの、ちか、あの、そんなに、抱きしめられたら、あの、だから……」

「リトルルビィ」

「ん」

「元気になってくれて良かった」


 リトルルビィがきょとんとした。


「良かった」

「……変わんねーな。テリーは」


 リトルルビィが優しくあたしを抱きしめ返す。


「もう大丈夫だから」

「……ん……」

「泣くなよ。もう」

「泣いてない……」

「大丈夫だから」

「ん……」

「新しい義手もつけてもらったんだ。似合うだろ?」

「ん……」

「テリー、顔上げて。みっともない顔してんじゃねえよ」


 リトルルビィがあたしの顔を上げさせ、指であたしの涙を拭いた。


「美人が台無しだろ」

「……ルビィ……」

「そこまでだ」


 笑顔のクレアがあたしとリトルルビィを引き剥がした。そして、あたしを抱きしめる。


「ダーリン、怖かったのね。よしよし」

「クレア、今はいい」


 あたしはクレアから離れた。しかし、クレアがまたあたしの腕を引っ張り、抱きしめた。


「遠慮しないで。ダーリン。よしよし」

「ううん。今はいい」


 あたしはクレアから離れて、ニクスに声をかけた。


「ニクス、あのね、大変だったの」

「ダーリン、待って」


 クレアがまたあたしの腕を引っ張り、抱きしめた。


「落ち着くまでこうしててあげる。よしよし」

「クレア、今はいい」

「ダーリン」

「ニクス、あのね」

「いや、テリー、あの……今は……」

「ダーリン?」

「クレア、今はいいから。ニクス、あのね」

「ニクス」

「あ、いや、クレアさん、あの……」

「ほら、ダーリン、ニクスもこう言ってる」

「ううん。あたしもう大丈夫。でね、ニクス」

「ダーリン!」


 あたしはむっとして振り返った。……クレアは、もっとむっすりとしていた。お互いを睨み合う。


「何よ」

「あたくしも、頑張ったんだけど」

「そうなの。ニクス。中毒者が現れて……」

「あたくし、頑張ったんだけど!!」

「何よ! 今喋ってるでしょ! 邪魔しないで!!」

「テリー! そもそもあたくしが船の設計を把握して配置しなければ、今頃ソフィアもリトルルビィもまだベッドにいたんだぞ! なのに貴様、ええ!? 誰が大好きだって!? その大好きはあたくしのものだろうが!!」

「へっ。……お姫様、大人げねー事言うなよ」

「うるさい!! なんだそのどや顔は! なんだその勝ち誇った顔は! リトルルビィのくせに生意気な!! いいか! 反抗期のガキは黙ってろ!!」

「ちょっと! リトルルビィになんてこと言うのよ!!」

「うるさい! うるさい! うるさい!! あたくしを差し置いてあろうことかリトルルビィに大好きを言うとは、どういうことだ!! この浮気者!!」

「浮気者はあんたの演じる役の方でしょ! だいたい、大好きなんだから大好きって言って何が悪いのよ!!」

「テリーーーーーーーー!!」

「何よーーーーーーー!!」


 あたしとクレアが怒鳴り合う中、リトルルビィとニクスが目を合わせ、肩をすくませ、ため息を吐いた。


「大丈夫だった?」

「まー、なんとか」

「知らない間に何かあったみたいだね」

「ん。でも、もう大丈夫だろ」

「にゃーん」


 リトルルビィがぎょっとして足元を見た。緑のネコが――魔法使いのドロシーが自分を見ていた。


「うわっ!!」


 リトルルビィが一歩下がった。ドロシーは尻尾を揺らしてメニーへと歩いた。


「ドロシー」


 メニーが微笑んでドロシーを腕に抱えた。


「ドロシー、……メグさん……達は?」

「にゃん」

「……記憶、消してくれた?」

「みゃー」

「そう」


 メニーがドロシーと額を合わせた。


「ありがとう。ドロシー」

「にゃー」

「ドロシーは」


 メニーが言った。




「誰かと違って、力になるね」




 ――リオンが立ち上がった。彼女がドロシーを撫でた。リオンが気まずそうに目を逸らした。彼女はドロシーを撫で続ける。


「……今回は力になっただろ」

「意志が弱いのに、お姉ちゃんを守るなんて出来ないよね。ドロシー」


 ドロシーが彼女に甘える。


「だから、それは悪かったって……」

「最初からこうしてれば良かった」


 ――青い目が、リオンを見た。


「あなたじゃなくて、お姫様を利用するんだった」

「……」

「大したキングだよね。周りには、ポーンも、ビショップも、ルークも、クイーンもいるのに、少し指示を出して、あとは一人で全部やり遂げる。理性を失いかけて暴走してた中毒者まで止めちゃった」


 ドロシーが彼女を舐める。


「流石、救世主だね。すごいなあー」


 テリーとクレアが仲が良さそうに喧嘩をしている。


「すごいなぁー……」


 手に力が入ると、ドロシーが声を上げた。


「にゃー!」

「あ、ごめんね。ドロシー、ちょっと強かったね。ごめんね」


 彼女が力を緩ませた。


「ドロシー、今回は無事に島に着くかな」

「にゃあ」

「このまま何事もなく着くといいね」

「……まだやる事が残ってる」

「だって。ドロシー」

「にゃー」

「気付いてるだろ」

「何をかな? ドロシー」

「にゃー」

「オズじゃない」


 リオンが呟く。


「異空間で、オズじゃない奴の魔力を感じた」

「セイレーンだったりして」


 彼女がリオンに振り返った。


「なぁーんてね」

「……」

「ドロシー、今回は無事に島に着くかな?」


 彼女が同じ質問をドロシーにした。


「何もないといいね」


 彼女が瞼を閉じると――ぱちっと目を開け、きょとんと瞬きをし、ドロシーがにゃーと鳴いて――怒鳴り声が聞こえて、はっと我に返り、踵を返して振り返った。


「お姉ちゃん!」


 メニーが駆け出す。


「お姉ちゃん、あまり無茶すると風邪が……!」

「メニー! 止めないで! 今日という今日はこの女にわからせるわ!」

「あたくしぃー! 頑張ったと思うんだぁー!」

「あー! 出た出た! いつものやつ! その言い方何とか出来ないのぉー!?」

「あんだとぉおおおおおおおお!?」

「テリー、その辺で……!」

「ニクス! 止めないで! はっくしゅん! その女にわからせるから!」

「だったらお前もわかるべきだ!!」

「何よ!」

「お前の言い方も、きついんだぞ!!!!!!」

「あなたの言い方がきついからきつくなるってわからない!!!!???」

「分からず屋!!」

「馬鹿!!」

「チビ!!」

「巨人!!」

「食いしん坊!!」

「AAA!!」

「テリーーーーーーーーー!!」

「何よーーーーーーーーー!!」

「お姉ちゃん! 穏便に!! リトルルビィ!」

「メニー、しばらくしたら二人とも飽きるから……」


 リトルルビィが呆れたようにため息をつく頃、ソフィアがデッキに辿り着いた。あたし達を見つけた途端、にっこり笑って大股で歩いてきた。


「くすす! ねーえ、テリー。大好きって誰に言ってたのー?」

「浮気者ーーーーーーー!!」

「何よーーーーーーーー!!」

「ああ、面倒くせぇー! おい! 話を蒸し返すんじゃねえ! いい加減にしやがれ! てめえら! 大人のくせに小せえ事ばっか言いやがって! そういうところなんだよ!! テリーがわたしに大好きって言って何が悪いんだよ!」

「そうよ、そうよ!!」

「わたしだって、わたしだって……テリーが大好きなんだよ!!!!!!」

「貴様言ったな!?」

「くすすすすす!!」

「ああ!! 言ってやるよ!! 大好きだよ!! 未だにずっと初恋引きずってるけど何なんだよ! 文句あんのかよ!」

「はっ!! 哀れな奴だな!!!!」

「くすすすすすすすすす!! 決着をつける時が来たようだね。リトルルビィ!!」

「いいぜぇー!? 全員かかってこいよ!! ぶっ飛ばしてやるからよ!!」

「あ、なんか吐き気してきた……うぷっ」

「全員、どうどう!! お姉ちゃんはこっち!」


 騒ぎに騒ぐあたし達を遠目で見て、リオンがため息を吐いた。


「にゃん」

「……ドロシー、まだどこかにいるぞ」

「悪いけど、ボクは力になれそうにないよ。海の上だから、本当に頭の中がごちゃごちゃしてて、何も追えないんだ」


 ドロシーが手擦りに座った。


「セイレーンの可能性は?」

「どうかな。対価の魔法を見る限りあいつだと思うけど」

「……」

「もう少しで領域に辿り着く」


 風がドロシーとリオンの髪を揺らした。


「入ったら、あとはグリンダの手の内だ。それまで何もない事を祈ろう」

「……」

「リオン、……中毒者は解放され、氷山は回避した。ミッションは全て完璧にクリアだ。それでいいじゃないか。結果良ければ全て良し。だろ?」

「……優しいな」

「君もね」

「……今年の誕生日か。良かったな。ようやく口が利けるぞ」

「君はメニーと出会う」

「ああ。そして、メニーの誕生日に」

「うん」


 ベックス家が破産する――予定だった。


「……ドロシー、メニーから聞いてるか?」

「どれのこと?」

「僕が迎えに行った日のこと」

「……リオン、そのイベントは前の顔合わせのご挨拶時点で回避したんじゃないかな? その証拠に、アメリアヌと君は知り合っているし、なおかつアメリアヌには恋人がいる。君との結婚なんて興味が無いと言ってるくらいだ」

「その方が有難い」

「ジャックは拗ねるかもね。血が流れるのを見て、喜んでただろ?」

「僕はあんな光景、二度と見たくないけどな」

「……船が沈み、支払いに追われ、アーメンガードもおかしくなってた。あの頃にはもう……」

「ああ。……わかってる」

「何事も起きない事を祈ろう」

「そういうわけにはいかない。ドロシー、マーメイド号はこの先、まだどこかで沈む運命にある可能性が残ってる。……そこでだ」

「ん?」

「良かったらニコラに提案してくれないか。僕は……」


 リオンがメニーを見た。


「しばらくテリーに近付けそうにないから」

「伝えておくよ。何?」

「単純な話さ。要するに……」


 その時、派手に人が倒れる音が響き渡った。


「お姉ちゃん!」

「ダーリン!」

「おやおや。くすす」

「テリー!」

「ああ! だから言ったんだよ! テリー! しっかりしろ!!」


 リオンがドロシーに大事な事を伝えてる間、体温が急上昇し、あたしはその場に派手に倒れたのであった。








 ――マチェットが目を開けた。はっと飛び起きる。今、何時だろう。そして、何があったんだろう。自分が今まで何をしていたのか、全く思い出せない。時計の針は10時40分を差している。

 自分の姿を見る。制服を着ている。部屋を見る。休憩室ではない。隣を見る。


 メグが裸で眠っていた。


「……」

「……ふわあ……」


 メグが欠伸をして、伸びをする。


「……んー……。……マチェット……?」

「……」

「……あら、嫌だ。私ったら、なんで裸なんだろ……。うわ、頭痛い……。何これ。……二日酔い……?」

「……寝ちまってたみてえだ」

「うふふ。先輩に怒られたら、お客様の接待してましたって言えばいいわ」

「契約切られたらどうすんだ」

「仕方ないでしょ。寝ちゃってたんだから」


 メグがシーツに包まり、マチェットを抱きしめた。


「おはよう。マチェット」

「……んだ」


 記憶は思い出せない。

 だが、なんだか久しぶりに会ったような気がして、恋人同士は幸せそうな笑顔で、お互いを抱きしめ合った。


 暖かい日差しが、二人の未来を照らす。

















「……」


「なぁーに? この茶番」


「氷山が崩れちゃった」


「前はぶつかったのに」


「……」


「あーあ、二回目だから、ド派手な舞台を用意したのに……」


「……」


「……トゥエリー……」


 お前は昔からそうだった。


「いつも意地悪だった」


 オズの魔力で作られた、


「ただの土人形のくせに」


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