第14話 なぜ海はしょっぱいの?


「……仕事をしていれば、いずれ、見つかると思ってました」


 この船はとんでもなく広いから、ただ、道に迷ってるだけだと。馬鹿な奴だと思って、全てのクルーに連絡し、客室係の仲間にも声をかけ、捜していただきました。


「しかし、どこにもいません」


 巡回と言って、捜し歩きました。


「部屋も、彼女が大好きな美術館も、展示会も捜しましたが、いたのは他のお客様だけ」


 どこにもいない。まるで消えてしまったように。


「……あなた、あれからずっと捜してたの……?」

「……」

「……休憩時間は?」

「……仮眠は取ってます」


 マチェットの目は寝不足から充血している。


「メグは、この船旅をとても楽しみにしていました」


 その船で殺人事件が起きている。彼女は未だに見つかっていない。


「一刻を争います」

「……」

「……もういいですか?」

「……」

「この指輪を、どこで拾いました?」

「……もう一つ訊かせて」

「……はい」

「メグは、いなくなる前、誰かと会ってた?」

「……」

「お母様以外よ。誰かに会いに行ってたとか」

「存じ上げません」

「……」

「ただ」


 マチェットが答えた。


「船から落ちかけたあなたを助けだした『イザベラ・ウォーター・フィッシュ』の大ファンで、彼女が船に乗る事をメグは知っていました。だから、部屋を調べて、会いに行くと」


 イザベラ。


「……メグはイザベラに会いに行ったの?」

「そういった話をしただけです。本当に行ったかどうかは存じ上げません」

「でも、部屋を調べて会いに行くって話はしてたのね?」

「はい」

「確か?」

「はい」

「わかった」


 あたしは真っ直ぐマチェットを見上げた。


「じゃあ、あたし達も会いに行きましょう」


 マチェットがあたしを見つめ続ける。


「マチェット、ついてきて」


 あたしは仕事を渡す。


「今からイザベラに会いに行くわ。でも、あたし、こんな格好だし、ネグリジェ好きな人魚が現れたら、太刀打ち出来ないの。あなた、ついてきて」

「……」

「その指輪、……あたしもいつどこでネグリジェに引っかかったのかなんて知らないわ。そんな事はどうでもいい」


 あたし、


「今すごくイザベラに会いたい気分なの。だから会いに行くわ。ついてきて」


 真剣にマチェットを見つめる。


「お願い」

「……かしこまりました」


 マチェットが瞼を閉じ、マニュアルの入っているであろうポケットの前に手を置き、浅くお辞儀をした。


「本件、マチェットがお受けいたします」

「行くわよ」


 あたしとマチェットが歩き出した。それをドロシーが見て、にゃんと鳴き、一緒についてきた。



(*'ω'*)



 あたしはイザベラの部屋の前にいるクルー達を見上げた。


「おはようございます」


 クルー達があたしとマチェットにお辞儀した。


「イザベラは?」

「別室にいます」

「そう」


 あたしは背筋を伸ばし、堂々とした態度で言った。


「中に入りたいんだけど」

「誰も通すなと言われております」

「あたしの婚約者から通って良いって言われたわ。意味わかるわね?」


 言うと、クルー達が一瞬戸惑ったように息を呑み、一人がしぶしぶ扉を開けた。


「社長、手短に。私が通したと言わないでください」

「大丈夫よ。五分で終わるわ」


 あたしとマチェットがイザベラの部屋に入った。10時5分。


 あたしは改めてイザベラの部屋を観察した。棚。レコード。ドレス。小さなワイン貯蔵庫。ベッド、机、鞄。……あたしは棚の上に置かれていた花瓶に近付いた。無意識に培ってきた植物育成の目を使って観察する。……花は新しい。マチェットもその花をじっと見つめた。あたしもじっと見つめた。


「マチェット」

「はい」

「この船は約一週間、海に出るわ。だから船にある花はみんな偽物なの」


 あたしは初日に、マチェットと歩いてる時にそれを確認した。廊下にあった花は、みんな偽物だった。


「でも、これは本物よ。つまり、誰かが船にある花屋に行って持ってきた事になる」

「はい」

「立派なスイセンの花ね」


 イザベラが部屋に本物の花を置きたがるこだわりなんてあったかしら。まあ、なかったところで、ファンが持ってきてくれたものであれば、飾るでしょうね。だって、イザベラはファンの事は大事に思ってるみたいだから。


(メグがここに来た前提として、どこでいなくなったか)


 メグがいなくなったのは初日の夜だと、母親は言っていた。


(会いに来たとして、仮にこの花を渡したとして、メグはどんな行動を取ったか)


「花の」

「え?」


 突然口を開いたマチェットに、あたしは振り向く。


「……メグは、花の味のする紅茶が好きでした」


 マチェットがスイセンの花を見て呟く。


「花は、香りがいいと」


 ――確かにメグの母親から、そんな紅茶をもらった。あれを飲んだら体が温かくなった。


(……やっぱりイザベラに会って話をした方がよさそうね)


 他に何かないかしら。

 あたしは勝手にドレスの入ったクローゼットを開けた。


(……ん。何もなさそう)


 あたしは念のためドレスをかき分けて奥を見てみる。


(ん?)


 高価そうな箱がある。


(……まさか)


 ――麻薬!?


(ここにあったのね! げへへへ! イザベラめ! 事が落ち着いたらすぐに通報してやるから! これでお前の人生もお終いよ!)


 あたしは迷う事なくその箱に手を伸ばし、奥から引っ張り出した。マチェットが顔をしかめる。


「人の物を勝手に開けるのはどうかと」

「マチェット、箱は開ける為にあるのよ。大丈夫。ちょっと覗くだけだから」


 あたしは高級そうな箱の蓋を開けた。


「案外、こういう箱に見られてはいけないものが入ってる可能性が……」


 あら、何? 何かが箱いっぱいにぎゅうぎゅうに詰められてるわ。あたしはそれを手に持ち、ぐっと引っ張ってみると……それは黄色いドレスだった。明るくて素敵なデザインのドレス。それを見た瞬間――マチェットが顔を強張らせた。


「っ」


 マチェットが目を見開き、ドレスを見つめる。


「……マチェット?」

「……」

「……このドレス、知ってるの?」

「……」


 マチェットがゆっくりと近づき、ドレスに触れた。ドレスの生地を観察して、箱の中身を覗く。中には他にも、髪飾りや手袋、靴も入っていた。見れば見るほど、マチェットの顔が青くなっていく。


「……マチェット」

「……」

「ねえ、黙ってちゃわからないわ。このドレス……」

「……」

「マチェット」


 マチェットがゆっくりと頷き、掠れた声で答えた。


「……メグと……一緒に、買いに行った……ドレス……です……」

「この髪飾りは? 手袋、それと靴」

「……靴は……あっしが……メグに……贈ったものです……」

「……。ここに来てたのは間違いないみたいね」


 ただ、なぜメグはどこにもいなくて、メグの身に着けていたものがここにあるのか。マチェットは黙ったままドレスを握り締める。


「……観察してみるものね」

「……」

「イザベラに会いましょう。何があったか話を聞かないと」

「……」

「時間よ」


 時計を見る。10時10分。


「マチェット、行きましょう」

「……かしこまりました」


 マチェットがドレスを箱にしまい、蓋をして、クローゼットの奥に再び入れた。それを確認してあたしがドアを開けると――。


 部屋の前に、仁王立ちをしたクレアが待っていた。


「っ」

「これはこれは、テリー・ベックスお嬢様」


 にやりと笑う無名探偵。


「ご機嫌麗しゅう」


 周りの――クルーに変装する騎士達が青い顔でまごついており、恐怖で泡を吹いており、命の保持を神に頼んでおり、あたしは大きな溜め息を吐いた。


「おはようございますわ。無名探偵様」

「『無名』探偵じゃありません。『名』探偵です」

「朝から驚かせないでくださいな」

「わざとではございません。あたくし、このお部屋に用があり入ろうとしたら、クルー達に止められましたの。一体何事かと思って待っていたら、あなたが扉を開けたものだから心臓が止まってしまいました。ああ、あたくしの短い人生が終わってしまいました。まだお嫁さんにもなっていないのに。この責任をどう取るおつもりで?」

「丁度良かった。あなたに会いたく思ってましたわ。探偵様」

「まあ、なんてこと。あたくしに会いたいだなんて。一体どんな楽しいお話をなされるおつもりでしょうか。ちなみにプロポーズは夜景の見える素敵な所がいいです」

「メグ・グリエンチャーという女性をご存知ですか? 初日の夜から帰ってこないと母親から直接相談を受けてまして」

「……」

「知ってる?」


 クレアが首を振る。


「全クルーに連絡しましたが、メグさんは未だ見つかってません。しかし、彼女の着ていたものがこの部屋に隠されてました。クローゼットの奥底にあった箱の中に」


 クレアがあたしの後ろに立っているマチェットを見た。


「彼は、メグさんの恋人のマチェットです」

「……おはようございます。マチェットさん。またお会いしましたね」


 クレアがマチェットに微笑み、メモを取り出した。


「もう一度、その方のお名前をお聞かせ願えますか? マチェットさん」

「メグ・グリエンチャーです」

「ふむ。隠されていたのは、もしや黄色いドレスのことですか? 髪飾りと靴も入ってた」

「はい」

「なるほど。メグさんとイザベラさんの関係は?」

「メグはイザベラ・ウォーター・フィッシュのファンでした。どこから仕入れたのかは存じませんが、メグはイザベラが船に乗る事を知ってました。せっかくなので贈り物がしたいから部屋を調べて会いに行くと、船に乗る前に、そういった会話をしました」

「ふむふむ。そのメグさんは初日の夜から行方不明。まだ見つかってない」


 あたしが横から会話に割り込む。


「今からイザベラにメグさんと会ったか、話を聞きに行く予定です。その後でいいので、その、……早急に、あなたにお伝えしたい事が……」

「あら、早急なら歩きながら伺いますわ。あたくしも、今から大スターのイザベラさんに会いに行く予定なのです。少し、彼女の『身内者』で気になる事がありまして、よろしければご一緒にいかがでしょうか」

「……そういうことなら」

「不思議なタイミングですね。まるで……」


 クレアが楽しそうに笑った。


「マーメイドに誘いこまれているかのよう」


 にゃー。ドロシーが鳴くとクレアがにこりと笑った。


「あら、おはよう。ネコちゃん」

「にゃあ」

「あなたも来る?」


 そう言ってクレアが歩き出す。その背中にあたしたちもついていき、あたしは隣を歩き、声をひそめた。


「クレア、メニーが」

「リオンから連絡が来たか。よく部屋から抜け出せたな」

「異空間にいる。魔法陣の上で眠ってる」

「……魔法陣?」

「ドロシーに聞いたわ。人魚になるために必要な魔法陣だって」

「……ほう」

「このままだとメニーが人魚にされる」

「急いだ方がいいってこと?」

「そういうこと」

「メグという人の話は初めて聞いた。それも含めて、当事者に話を聞こう」


 クレアが立ち止まる。アマンダの部屋の前に到着する。クレアが扉を叩いた。


「アマンダさん、イザベラさん、おはようございます。名探偵のクレアでございます。朝早くに申し訳ございません。少々お話があって参りました」


 ……扉は開かない。


「……」


 クレアが微笑み、また叩いた。


「ごめんくださいな」


 しかし、応答はない。


「……」


 クレアが扉を見つめた。


「……」


 ゆっくりと取っ手を捻り、内側に引っ張った。扉にはカギがされておらず、クレアがそのまま引っ張れば――部屋の天井まで、ゼリーのような水が溜まっていた。


 あたし達は黙る。

 それを見つめる。


 突然、ゼリーのような水がぶるるんと震えた。


(あ)


 頭上から降ってくる。

 あたしはそれを見て、思った。


 クレアを連れて逃げなきゃ。


 だが、動く前に、あたし達は派手な音と共に水に呑み込まれてしまった。



(‘ω’ っ )3



 家の中でハープが奏でられる。

 安らぎの音色。

 たまに小人達がハープの音を聴いてて仕事をサボる。

 だからオラはそいつらをぶん殴る。

 このハープはオラのものだ。

 誰にも渡さねえ。


 今日もハープが奏でられる。

 持ち主を失ったハープは勝手に音を鳴らす。

 目を閉じる。

 感じる。

 ウンディーネの指使い。

 あいつはこうやって演奏していた。

 長くて細い指を動かして、弦を弾く。

 ウンディーネ。

 目を閉じたら、まだお前がいるようで。

 目を閉じたら、お前がハープを弾いているようで。

 目を閉じたら、夢の中に入れる。

 夢でお前と会える。


「ジャック」


 ウンディーネ。


「でかっちょさん」


 ウンディーネ。


「私達、何があっても友達よね?」


 お前がそれを望むなら。


 思い出を抱きしめる。

 ウンディーネと過ごした日々を思い出す。

 この記憶は誰にも渡さない。

 奴隷達がサボる。

 怒鳴る。殴る。蹴る。

 魔法のハープがオラをなだめる。

 なんて美しい音。

 また夢を見る。

 起きて、寝て、夢を見て、


「なんて素敵な音色のハープだ。これをお母さんに持っていけば、きっと喜んでくれるに違いない!」


 目が覚めたら、ハープが無い。


「……ハープ」


 オラは探す。


「ハープはどこだ」


 大切なハープを探す。


「オラの魔法のハープ」


 足元を探す。ない。周りを見回す。ない。奴隷達を見る。働いてる。外を見る。人間の男の子が、オラを見て、ぎょっと目を丸くした。


「あっ、まずい!」


 その背中には、魔法のハープを背負っている。


「貴様、何してやがる! その手に持ってるハープは、オラの物だぞ!」

「大変だ! 巨人が起きたぞ!」

「待て!」


 男の子は逃げる。


「オラのハープを返せ!」


 思い出のハープ。


「返せ!」


 ウンディーネのハープ。 


「魔法のハープを返せ!」


 男の子は素早く豆の木から下りていく。オラはその後を追う。男の子がいち早く木の根に下りて、斧を持ち出した。


「あっ! 貴様、何をしている!」


 男の子が豆の木を一生懸命切り始めた。


「やめろ! そんな事をしたら、オラが落ちちまうじゃねえか! やめろ! やめるんだ!」


 少年はやめない。オラを落としてやろうと木を切っている。


「この泥棒! オラが横暴で傲慢な巨人だから、そんな事するんだな! おめえ、許さねえからな! オラ絶対許さねえからな! この足で踏んづけてやる」


 木が揺れる。


「やめろ! 木を切るな! ハープを返せ!」


 木が音を立てた。


「っ」


 木が、地面に向かって落ちていく。


 ――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 オラの悲鳴が、世界中に響き渡った。



(‘ω’ っ )3



 ――はっ、と目を覚ました。


「っ」


 高いところから地面に落ちた気がして、慌てて起き上がると、あたしの目の前には、船の廊下が続いていた。


「……」


 あたしは立ち上がり、永遠と続く廊下を見つめる。そして、一歩、また一歩と歩き出した。あたしの足音が響く。赤い絨毯が続く。永遠と、その先まで、果てまで、永遠と、ずっと、延々と、出口が見えない。


 ――ハープはどこだ。


 あたしは歩く。


 ――オラのハープはどこだ。


 重たい足が動く。


 ――ウンディーネ、どこだ。どこにいる。


 誰かの泣き声が聞こえる。


 ――どこだ。オラの思い出。


 あたしの頬に涙が伝う。


 ――どこだ。魔法のハープ。


 あたしの目から涙が止まらなくなる。


 ――ウンディーネ。


 あたしはなんだか大声で泣きたくなった。


 ――ウンディーネの形見。


 あたしは泣き叫びたくなった。


 ――どこだ。どこにある。オラのハープ。


 愛しい人の形見の魔法のハープ、


「返せ」


 あたしの目に涙が溢れる。


「ハープを返せ……」


 あたしは両手を伸ばした。


「ハープ、オラのハープはどこだ」


 真っ直ぐ進んでいく。


「姿を現せ。魔法のハープ」


 胸が痛い。心が痛い。癒しの時は来ない。


「これ以上虐めないでくれ。神様」


 あたしじゃない誰かが言った気がした。


「オラは、魔法のハープを取り戻したいだけなんだ」


 目の前にドアがある。


「ハープ、出てこい。ハープ。魔法のハープ」


 あたしは泣きながらドアを開けた。



(‘ω’ っ )3



 しかし、その先にハープはなかった。

 代わりに、サンゴ礁があった。

 あたしは上を見上げた。人魚に食われた男達がぷかぷかと天井に浮かんでいた。ここは、まるで沈んだマーメイド号。船内が海で溢れている。いや、これは海じゃない。船の窓から覗くと、外で見た事がないほど大きな巨人が大声で泣き叫んでいる。その涙が水となり、海となり、その中に船が沈んでいる。あたしは水を舐めてみた。しょっぱくてもう二度と舐めないと誓った。

 しょっぱい水の中を魚が泳ぐ。男の死体が泳ぐ。あたしは地面を歩く。


 巨人のすすり泣く声が船の中まで響いてくる。まるで赤ん坊の声。


「ほんぎゃっ、おんぎゃあ」


 魔法のハープさえあれば癒されるでしょうに。可哀想な巨人。巨人はいつまでも泣き続ける。水がどんどん増えていく。あたしは水に沈んだ廊下を歩き続ける。すると、曲がり角に進む女性の姿が見えた。あたしはきょとんとして、その曲がり角を曲がってみた。すると、また奥にある曲がり角に進む女性の姿が見えた。あたしは走ってみた。曲がり角を曲がると、今度は女性の背中が見えた。しかし、また曲がり角に曲がってしまう。あたしは追いかける。曲がり角を曲がってみると、壁十二絵画がずらりと並んでいた。その中心の廊下を女性が歩く。赤髪の女性だ。黄色いドレスを着て、綺麗な靴を履いている。ゆらりゆらりと、まるで泳いでいるように女性が先を進む。あたしもその廊下を歩き出した。絵画が動き出す。ヒマワリは風に吹かれ、少年は笛を吹き、女性は牛乳を注ぎ、真珠の耳飾りをつける女性が正面を見ては振り返り、ヴィーナスが揺れる髪の毛で体を隠している。ざわざわと音が聞こえ始める。絵画が喋っているように音を鳴らす。しかし、女性は全てを無視して先を進む。巨人の泣き叫ぶ声が聞こえる。絵画が音を鳴らす。女性の足音が響く。あたしの足音が響く。赤子の泣く声が聞こえた。


 魔法のハープが演奏された。


 勝手に弦が動き、素晴らしい音色を奏でる。女性はハープの音へと向かって歩いていく。あたしは歩きながら思う。魔法のハープは、なぜこの船にあるのだろう。ドロシーが言ってた。魔法のハープは心を癒すために存在する。魔法のハープは心が乱れた者の味方。素敵な音色で癒しを与える。


 魔法のハープは、何の為に演奏しているのだろう。

 一体、この中で、誰の心を癒そうと演奏しているのだろう。


「オラのハープ、どこだ、ハープ……」


 すすり泣く巨人の声。それを無視して女性は歩く。やがて、女性の目の前にドアが現れた。女性はドアの取っ手を捻り、引っ張った。ドアの向こうへと入っていく、


 ドアには、人魚の絵が描かれている。



(‘ω’ っ )3



 はっ、と目が覚める。

 あたしは囚人服で、冷たい牢屋の中にいた。

 全てが夢だったように思えて、あたしは絶望に溺れそうになりながら起き上がった。

 牢屋の前で、赤毛の女性が暗い顔であたしを見下ろしていた。 



(‘ω’ っ )3



 はっ、と目が覚める。

 あたしは皿洗いをしていた。

 戸惑って手にある皿を見つめていると、上から水が降ってきた。悲鳴を上げると、周りにいた女囚人どもが大笑いした。空のバケツを持った女が腹を抱えて笑う。その奥で、豚のようなデブ女――イザベラが、醜く下品にでかい声で笑う。

 あたしは呆然として振り返った。


 赤毛の女があたしを見ていた。



(‘ω’ っ )3



 はっ、と目が覚める。

 あたしは硬いベッドで寝ていた。向かいの部屋からは歌声が聴こえる。あたしは起き上がり、鉄格子越しから向かいの部屋を見た。暗闇の中で、誰かが歌っている。あたしは向かいの部屋を見つめる。歌声は続く。美しい歌が声として、言葉として現れる。しかし、五分後には必ず悲鳴が響いた。部屋の中で部屋に住んでる奴が暴れ出し、怯えたような声を出す。


「やめ、て、やめて、お願い、やめて」


 助けを求めるような声。


「お願い、やめて、やめてください」


 敬語を使う。


「お願いします。お願いします。お願いします」


 壁に頭を叩きつける音が響く。


「それ以上、食べたくない」


 あたしは後ずさり、振り返った。


 赤毛の女があたしを睨んでいた。



(‘ω’ っ )3



 はっ、と目が覚めた。部屋の掃除をしていた。箒を動かし、埃を取る。反対側にはイザベラがいた。あたしは懐かしい姿のイザベラを見て――眉をひそませた。……ん?


「イザベラ」

「うるせーよ。手を動かせ」

「あんたって、今何歳?」


 ――その質問を投げるや否や、イザベラが怒りの表情を浮かべ、凄まじい顔であたしに怒鳴ってきた。


「手を動かせって言ってるだろ!」

「何怒ってるのよ」


 あたしは箒を持つ手を下ろし、イザベラを観察する。


「あんた、あたしより年上よね」

「だったら何だい!」

「だとしたら、二十代はとっくに卒業してるわね」

「……殺されたいみたいだね」


 イザベラが箒を地面に投げ、あたしに近付いてきた。


「その能天気な頭、ぶん殴ってやるよ」

「おかしいわね」


 あたしは呟く。


「卒業してるはずなのに」


 イザベラが拳を固める、


「二十代前半に見えるわ」


 思い切りあたしを殴った。あたしは鼻血を出して地面に倒れた。イザベラが馬乗りしてくる。もう一発と拳をあたしに振り下ろしてきた。それを上から、赤毛の女が見下ろしていた。



(‘ω’ っ )3



 夜にはイザベラの悲鳴が聞こえる。


「やめて」


 あたしはネズミ達と戯れる。


「やめてよ……」


 ある夜、あたしはネズミ達に訊いてみた。


 ――ねえ、あの女って実のところ何歳なの? なんであんなに若く見えるの? あたしよりも年下だっけ?


 ネズミ達は答えた。


 ――わからないでちゅっ!


「やめてよ、そんなもの」


 今夜も呻き声が聞こえる。


「食べさせないで……」


 赤毛の女があたしを見ている。



(‘ω’ っ )3



「テリーお姉さん、人魚ってね、すごいのよ。いっぱい伝説があるの」

「人魚を食べると、ふろうふしになれるんだって」

「ふろうふしって知ってる?」

「永遠に生きていられるのよ」

「しかも、食べたらその見た目のまま生きていけるんだって」



(‘ω’ っ )3



 殺せ。

 食え。

 人間を一人残らず殺すんだ。

 子供も大人も関係ない。

 この国の人間、全てを殺せ。

 ウンディーネの仇だ。

 皆殺しだ。


 殺せ!!!!!!!!


「ばかね。私達がオズ様のトゥエリーで美しい姿になれたとも知らずに」

「くすくす」

「人間って本当にばか。何でも見た目で決めるのだから」

「私達は元々お魚だったの。そうよ。あなた達が盗んでいくお魚よ」

「人間なんて大嫌い」



(‘ω’ っ )3



  ……その昔、とある父親と娘がいたそうな。娘は生まれつき病弱であった。余命はもやは数少ない。医者にも見限られた愛しい娘。娘を救う為、父親は様々な方法を調べた。その結果、とある論文が出てきた。

 それは、人魚の肉を食べると、不老不死になれるという話であった。

 父親は様々な学を使い、人魚を研究した。しかし、人魚はどこに行っても見つからない。次第に娘は弱っていく。もう時間はない。

 父親はもう一度学を使った。その結果、人魚を自分の手で生み出す方法をひらめいた。


 彼は黒魔術を使った。



(‘ω’ っ )3



「ふふっ。アタシも自分のことでなければ、船で殺人事件だなんて小説みたいでかっこいいって思ったけれど、……駄目ね。自分に被害が来ないのに、周りにばかり起きるのは、本当に、……心が抉られる」


 イザベラが胸を押さえた。


「メグが死んだ日を思い出すわ」

「……メグ?」

「……ハロウィン祭で亡くなった子よ」



(‘ω’ っ )3



「昨日、迷い人だと言った方です」


 メグ・グリエンチャー。


「彼女は、恋人です」



(‘ω’ っ )3



「死体にはいくつか特徴がある。まずは時間だ。死んでから間もないということ。そして、今のところだが、死んでるのは全員男であるということ。最後に」


 リオンが写真を出した。


「全員、イザベラ・ウォーター・フィッシュの関係者であること」



(‘ω’ っ )3



「……あのね」

「あの船、イザベラも乗るんですって」

「私ね、うふふ、ここだけの話。彼女の部屋を調べて」

「会いに行こうと思ってるの」



(‘ω’ っ )3



 アメリも頬を緩ませて、イザベラを見た。


「なにこれ、すごく美味しい!」

「船に乗ってたファンがわざわざ持ってきてくれたらしいわ。花も添えてね。ほら、そこに飾ってるやつ」


(おかわり)


 スイセンの花が飾られる部屋で、あたしは勝手にワインをグラスに注いだ。



(‘ω’ っ )3



 様々な記憶の欠片を思い出す中、赤毛の女があたしを睨む。



(‘ω’ っ )3



 見つめてくる。



(‘ω’ っ )3



 口を動かす。



(‘ω’ っ )3



 た す け て 。



(‘ω’ っ )3



 女が立っていた部屋のドアが勝手に閉められた。

 あたしはドアを見つめる。

 海がきらきら光る。

 水が揺れて視界が揺れる。

 あたしはドアの前に立った。

 取っ手を捻れば、ドアが簡単に開いた。

 赤毛の女はいない。

 あたしは部屋に入った。


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