第13話 マチェットとメグ


 とあるところに海に憧れる男がいた。

 とあるところに金持ちの女がいた。

 二人は学校で出会った。

 男は物静かな男だった。

 女はおしとやかな美しい女だった。

 やがて二人は恋に落ちた。

 先に好きになったのは女の方だった。

 リンゴ畑でリンゴを取りながら、海の本を眺めている彼を見ているのが好きだった。

 男はやがて、船乗りという職業を見つけた。

 男は猛烈に勉強し、船乗りの資格を取った。

 これが初めての航海。初めての客室仕事。

 クルーは長い間、船に乗らなければいけない。だから、知り合いを船に呼ぶ事を許された。マーメイド号に、彼女を呼んだ。


「船の旅なんて素敵。憧れてたのよね」


 彼女は身支度を進める。


「あなたは働いているだろうけど、私は優雅な船を満喫する事にするわ」


 鞄一杯に夢を持っていく。


「なんて顔をしてるの。あなたの夢が叶うのよ? ほら、もっとにこやかに」


 笑顔の彼女。


「もう、そんなんじゃお客様からクレームが入るわよ」


 彼女の笑顔が好きだった。一緒にいて幸せになれるから。

 

「母さんが会いたいって言ってた。ね、忙しいだろうけど、挨拶くらいなら出来るわよね?」


 挨拶くらいなら、と返事をすれば、彼女が子供のようにはしゃぎ出す。


「母さん、きっと喜ぶわ!」


 喜ぶだろうか。たかが客室クルーの男が相手で。初めての配属先が決まった時、教員に言われた。世界一の豪華客船がクルーデビューだなんて、そんな運の良い事は無い。そこで仕事をこなせれば、どこへ行っても大丈夫だ。マチェット君。頑張りたまえ。


 マチェットは失敗するわけにはいかなかった。気を抜くわけにはいかなかった。

 全ては認められる為。メグの隣に立っていられる相応しい男になる為。ここで仕事をこなして、出世して、船乗りとしてやっていけるようにならなくては。

 今年の四月になったら結婚してくれと、プロポーズをした。メグは了承した。婚約指輪をプレゼントした。メグは嬉しそうにして、いつでもその指輪を身に着けていた。


「こうすれば、いつでもマチェットを感じていられるでしょう?」


 所詮は安物の指輪だ。結婚指輪はもっと豪華なものにしてやる、とマチェットが言えば、メグは目を吊り上げて言った。


「マチェット、男女の交際にお金は関係ないわ」


 マチェットが何かを言う前に、メグはいつだって笑顔で彼を翻弄する。


「頑張ってね。マチェット。応援してるから」


 メグがマチェットの頬にキスをすれば、マチェットの頭は真っ白になり、やがてお花畑が広がってしまう。いつも静かな胸は、花火が鳴るかの如く大きく高鳴る。だから伝える。愛してる。メグ。


「私も愛してるわ。マチェット。冷たいように見えて温かなあなたの瞳が大好き」

「……あのね」

「あの船、イザベラも乗るんですって」

「私ね、うふふ、ここだけの話。彼女の部屋を調べて」



「会いに行こうと思ってるの」



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