第22話 迷い人のお知らせ

 気が付くと、あたしはどこかのスタッフルームで、てるてる坊主の如くぶら下げられていた。


「何がスタッフルームに連れてってほしいだよ、だ」


 君、わかってるのかい。


「ボクはね、怒ってるんだよ。それはそれは酷く怒ってるんだよ」


 ドロシーが恨めしそうにあたしを見上げた。


「どうだい。ぶら下がって見せものにされる気分は」

「ずびっ、なによ。いっしょにカドリング島まで行けるのよ。ずびっ。あんた、行ったことないでしょ。げほげほっ。この機会にいっしょに出かけられるのよ。よかったじゃない。ずびびっ。いい加減きげんなおしなさいよ。めんどうくさい奴ね」

「面倒くさいのはどっちだい。ボクは何度も言ったはずだ。ボクは城下町から出られない。それは魔法使いのルールによって決められている事だと。だから愛しの怪盗パストリル事件の時だって、ボクは君に最強の魔法をかけて見送ってあげたじゃないか。それだけじゃないよ。今までボクは、君に色んな魔法をかけて、サポートをしてあげたのに、君から返ってきた言葉というものは、それはそれは酷い罵詈雑言の数々。役立たず、消えろ、使えない魔法使い、クソ野郎、ファック、(放送禁止用語)、(良い子は使っちゃいけない言葉)、(とても下品な言葉)、(効果音は全てピー)。でもボクは諦めなかった。いつか君が罪滅ぼし活動を終えて、メニーと手を取り合い瞳をきらきらさせながら、ドロシー様、今までありがとう。あたしが間違っていたわ。これからは心を入れ替えて、大切なメニーの良きお姉様として、人に感謝を忘れずに末永く仲良く暮らしていくわ。あなたはあたしの恩人よ。本当にありがとう。これからも、不器用なあたし達を見守っててね。そう言って笑顔を見せてくれる事を信じてやってきた。物語というものは最後はハッピーエンドで終わるものさ。悪に染まった悪者はメニーのような大聖人が抱きしめてあげる事により、闇から解放されて仲間になって終わるものだ。そういうものだ。なのに君には全くそんな心意気は感じられない。闇が消えるどころか闇はますます大きくなっている気がしてならない。特にメニーの側にいる君はそれはそれは妬みの眼差し、僻みの言葉、嫉みの態度。それで痛い目を見たのに全く持って反省の色なし。改心なんて言葉すら知っているように思えない。改心していたら今回みたいな真似は出来ないだろう。というと、今回、君の不幸が訪れるという場所は海の上という事で、ボクは絶対に行けないから、というのも最初に話した通り、それは魔法使いのルールによって決められている事だから、ボクは城下町から出られないから、何か大切な用事がある時だけ、君がピンチになった時だけ、ボクの名前を呼ぶように言ったじゃないか。必ず来てあげるから呼ぶようにって。なのに君はボクに対する信頼はゼロ。ボクを誘拐し、眠らせ、狭い硬い鞄の中にネズミのように詰め込み、まるで自分の道具扱い。ボクが君に一体何したってんだい? 君はボクを一体なんだと思ってんだい?」

「みらいからきたみどりのネコがたロボット」


 たったらたったたーたたーん! 死刑回避マシーン!


「あんなポケットだけのハゲと一緒にするんじゃないよ!!!」


 ドロシーがポケットから星の杖を持って、構えた。


「ボクは偉大なる魔法使い、ドロシー様なるぞ! 今まではちっちゃい君の言うことだと思って甘く見てたけどね! 今回という今回の今回は目にもの見せてやるからな! ぐへへへへ! さあ! テリー・ベックス! 覚悟はいいか! 今の君はまさに魔女狩りにあった魔女そのもの! どうしてくれようか! 括った君に火をつけて、芋を焼いてやろうか! さぞその焼き芋は、この上なく美味いことだろうね!! ゲスゲスゲスゲス!!」

「ああ、あたしの選択はやっぱりまちがってなかったわ。げほげほっ。あんたを連れてきてせいかいだった。さすがあたし。はっくしゅん! ……火をつけられる前に、確認しておきたいことがあるんだけど」

「なんだよ。この期に及んで命乞いかい? 苦しゅうない! 魔法使いにせがむがいい! 助けてくださいと泣き喚くがいい!」


 あたしは怒り奮闘中のドロシーを冷静に見下ろした。


「一度目の世界で起きたマーメイド沈没事件。知ってたら答えて。ぜんぶ、オズが原因だったの?」


 ――ドロシーの熱が一気に下がり、眉をひそませる。


「何?」

「さくばん、人が死んだの。この船のじょうきゃくよ。変死体で見つかった。いままでと同じようにね」

「……中毒者?」

「げほっげほっ、……あんた、なにも感じなかった?」


 ドロシーが頭を掻いた。


「……微かに、どこかで魔力が動いたような気配はしたけど……」

「かすかに?」

「と言っても、この船にはクレアもメニーも乗ってる。魔力は風のようなものだ。何かの反動で動いたりもする。それは自然の風だったり、船のエンジンだったり。日々微かにどこかで魔力は動いてる。船の中で同じような動作があったとしても、何も不思議じゃない」

「……ずびっ。知ってたの? クレアとリオンのこと」

「お忍びで船に乗ってること? ああ、リオンにはしばらく匿ってもらっていたから、もちろん存じ上げてるよ。君が捜しに来ると思ってさ」

「チッ!」

「ふむ。……変死体か。確かに今までの中毒者事件と手口は同じだね」

「げほげほっ。オズがどこかにひそんでる可能性もあるわ」

「だとしたら、テリー、いやいや、全くとんでもない場所にボクを連れてきてくれたものだね。どうするのさ。寝てる最中にオズに攻撃されたら。ボク、こんな状態で、一溜まりもないよ」

「いざって時はクレアもメニーもいるわ。ごほん!」

「……そこは不幸中の幸いだ」

「げほっげほっ、……一度目でのちんぼつじけん、どうだったの?」

「ボクの知る知識としては、君と同じさ。その場にいたわけではないから真相はわからない。生き残った者の証言が全てだ」

「なら、よけいにこんかいというこんかいは事故を起こすわけにいかない。中毒者が原因なら、しんそうをかくされたうえに、責任をベックス家におしつけられたんだから。ずびっ。はあ。さいあく。やっぱりクレアとリオンにまかせるしかないわね」

「なら君はどうしてここにいるんだい?」

「スタッフルームに用があったのよ。大人の迷子がいて、それをれんらくしに」

「君……まさか、そんな事のために……ボクを利用したのかい……!?」

「あのね、見てわからない? あたし、たいちょう悪いのよ。もっと大切にしてくれる? げほげほ!」

「そんなの、廊下を歩いてるクルーに言えばいいだろ!」

「いなかったのよ。げほげほっ、さがすよりもスタッフルームにきたほうがはやいでしょ」

「はーーーーーあ……」

「ごくろうさま。わかったらここからおろしてくれる? げほげほっ! ああ、きもちわるい」

「それが人に物を頼む態度?」

「あ、そうだ。ついでよ。なんか魔法かけて。げほげほっ、そうね。いまのあたしにすっごく役に立つのがいい。じょうたいをかんわさせる魔法とか?」

「それが人に物を頼む態度?」

「いいじゃない。ぶじにこの件がおわったらカドリング島。たのしいわよー? ずびっ。呪われてるけど。たぶん、たのしいわよ」

「……」


 ドロシーが腕を組み、じろりとあたしを見上げた。


「君さ」

「ん?」

「一年くらい、カドリング島に戻ってないだろ」

「……ずびっ。もどってないけどなによ」

「いや、その感じ、そうだろうなあと思って」

「はあ……。あんたも知ってるでしょ。一年間『やくよけせいいきめぐり』の旅でいそがしかったのよ。ずびっ。あんなのろわれた島にいくくらいなら、あたしはせいいきめぐりをして運をつよくするわ。げほげほっ!」

「最後に島に行ったのはいつ?」

「えっと……去年の……おととし……? ねんまつねんしくらい……?」


 それを聞いたドロシーが大きく息を吐いた。何よ。嫌な態度ね。イラッとするんだけど。


「ね、テリー」

「あん?」

「ベックス家は島を守ってきてずっと健康で長寿でいられた。どうしてだろうね?」

「さあね。島のきまぐれじゃない? げほげほっ」

「……だろうね」

「どうでもいいでしょ。そんなこと。はやく魔法かけて」

「ああ、はいはい。魔法ね」

「いい? いつもみたいな変なのじゃなくて、すごく使える魔法をたのむわよ。いまのあたしは風邪ひいててたいへんなの。わかった? あたしを満足させられるようなものすごくいいのをたのむわよ」

「わかったよ。わかったから大人しくしてて」


 ドロシーがため息を吐き、一歩下がった。


「嵐が来る夜一目惚れ、男と魚は恋をする、恋が生まれて芽吹く頃、足が生まれて音が死ぬ」


 右足一回、左足三回、くるんと回って着地し、あたしの頭に手を置いた。あたしはわくわくして待つことにした。そして、――ドロシーが言った。


「こわくなーい。こわくなーい」


 なでなで。


「だいじょーぶ。だいじょーぶ」


 手が離れた。


「はい。おしまい」

「……で、どんな魔法かけたの?」

「ん? ああ、今のはね」


 ドロシーが鼻で笑った。


「ただの励まし」


 あたしが暴れ出す前に、ドロシーが一歩下がった。


「てめっ! このっ! どんな魔法かとおもったら! クソ魔法使い! 励ましって何よ!」

「今の君は風邪引いてて弱ってるからね。励ましてあげたんだ。全力で。こわくなーいこわくなーい。なぁーにもこわくなーい。頑張れ頑張れー」

「うっせえ! うっせえ! うっせえわ! あなたが思うより健康じゃないです! ちくしょう! コネッドに化けてたオズみたいなことしやがって!」

「これに懲りたらボクを簡単に呼ばない事だね。さ、満足した? 解放された後は自分の部屋に大人しく戻るんだよ。鼻水垂らしちゃん。じゃ、頑張ってー」


 あたしが瞬きをすると、ドロシーが消えていた。


「ちょっ!」


 あら、くしゃみが出そう。


「ぶあっくしゅん!」


 体が震える。


「げほげほっ!」


 あたしはじたばたと足を動かす。


「人をてるてる坊主のごとくぶら下げて置いていくなんて! なに考えてるのよ! あたしは、テリー・ベックスよ!? 貴族のお嬢さまなのよ!? この船のしゃちょーの娘なのよー!? かーーーー!!! あのまほうつかいぜったい許さない! げっほげほ! せめてクルーを呼んでくるとかしない!? 普通するとおもうんだけど! あいついかれてやがるわ! 頭のねじがおかしくなってるのよ! この、役たたずーーーーー!!」


 その時、スタッフルームのドアが開かれた。


「はっ」


 顔を上げると、マチェットがあたしを見て、眉をひそめていた。


「……」


 あたしはぶら下がっている。マチェットが考えるのをやめて、口を開いた。


「こんにちは。社長の娘様」

「こんにちは。マチェット」

「……ここで何をされているのですか?」

「げほげほっ! ……ちょうどよかったわ。あたし、わるいネコにぶら下げられたの。はっくしゅん!」

「……」

「ずびびっ! まあ、そんなわけで」


 あたしは両手を差し出した。


「あなたが下ろしてくれてもいいのよ?」


 あたしが言うと、マチェットが迷うことなくアルコールスプレーをあたしに向けた。


(はっ!)


 発射!


「ひん! ひどい!」


 マチェットがあたしを地面に下ろした。


「げほげほっ! 顔にくらったわ! ごっほごほ! あたし、ぜったいおめめが充血してる! はっくしゅん! あたし、かわいそう!!」

「スタッフルームを遊び場所にしないでください」

「あそんでないわよ! ぶあっくしゅん!」

「お体はもう良いのですか?」


(……あ)


 昨晩の出来事を思い出す。


「……」


 マチェットを見上げる。


「マチェット、きのうはありがとう。ずびっ。……たすかったわ」

「仕事ですので」

「ここで会えたのもなにかの縁よね。くしゅん! あなたにしごとをたのみたいんだけど」

「マチェットはこれから廊下の掃除です。やる事が山積みなので、他のクルーに頼んでください」

「あんしんして。ただの連絡ぎょうむよ。インカムでぜんぶのクルーに連絡してくれない? げほげほっ。きのうの夜から、船でまよってる人がいるみたいで、えっとー……」


 あった、あった。あたしはポーチバッグからメモを取り出した。


「メグ・グリエンチャー。きのうの夜からへやにもどってないんですって」

「……」

「おかあさまがさがしてたのよ。えっと、マリエッタっていう人」

「……」

「へやばんごうは2208号室。見つけしだい、へやにあんないするよう、げほげほっ、伝えてちょうだい」

「……。かしこまりました」

「メモをあげるわ。はい」


 マチェットにメモの紙を渡すと、マチェットがすぐにインカムのボタンを押した。


「インカム失礼致します。マチェットです。迷い人のご連絡です。名前は……メグ・グリエンチャー。……昨夜から部屋に戻っていないとのことで。……部屋番号は2208号室……見つけ次第、案内を……」


 マチェットがインカムのボタンを離し――溜め息を吐いた。


「連絡しました。ありがとうございます」

「ずびっ、どういたしまして」

「それでは、仕事がありますので」

「……ついていっていい?」


 マチェットがめちゃくちゃ険しい顔をした。


「部屋に戻られては?」

「あたしお散歩してたのよ。ベッドにいると夢見がわるくて、ほんと、悪夢のオンパレードなの。あなたにあたしのきもちわかる? げほげほっ」

「仕事を邪魔されるマチェットの気持ちは分かりますか?」

「ああ、はいはい。わかったわかった。ずびっ」


 あたしはカートに置かれていたバケツを持った。


「あたし、これ持ってあげるわ。げほげほっ。だから気分転換させてちょうだい」

「……」

「いいでしょ。ちょっとだけよ」

「……かしこまりました。ですが、マスクをしてください」

「あー。……おいてきちゃったのよ」

「……はあ……」


 マチェットが溜め息を吐き、掃除の道具が沢山積まれたカートからマスクを取り出し、あたしに差し出した。なんだ。あるんじゃない。あたしがマスクをすると、マチェットの手がアルコールスプレーを持ち――あたしに向けていた。


(しまった!)


 発射!


「ひん! ひどい!」


 その隙にマチェットがあたしの手からバケツを奪い――これでもかというほどアルコールスプレーをかけて――元々下げられていた場所に戻し、カートを押し始める。あたしはその後ろをついていく。


「げほげほっ。……そうだ。ついでにきいておきたいんだけど。ずびっ、昨晩、船がゆれたでしょ」

「ああ」

「なにかトラブルはなかった?」

「……」


 マチェットが考え、口を開いた。


「殺人事件が起きたようです。二名ほど亡くなったと」

「……れんらく来たのね」

「現場にはいませんでしたが、そのように聞いてます」

「船がそんしょうしたとか、ずびっ、穴があいたから処理してくれとか」

「そういった連絡はありません。他のクルーから聞いた事ですが、あの程度の揺れはよくある事だと。……クジラでもぶつかったのではないか、とのことです」


(……クジラが原因ならいいけどね)


 まさか、船を揺らす能力を持った中毒者がいるわけじゃないでしょうね。自然火災の原因にもなるし、もしそうなら、本当にやめてほしい。


(まあ、それ以外にトラブルがないならいいわ)


「マチェット、あなたのじゃまをする気はないし、ボイラー室ももう行かなくていいの。ただ一つだけ、げほげほっ、あたしが気分転換するために、ついていかせてもらうわよ」

「……かしこまりました」


 マチェットが胸に手を当て、言った。


「本件、マチェットがお受け致します」

「れっつごー! げほげほっ!」

「……」


 あたしは先頭を歩き、マチェットが掃除用のカートを押しながら、スタッフルームから出ていった。


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