第2話 お屋敷ツアー


 ママが女性らしい笑顔を浮かべる。


「改めまして、本日はお越し頂き誠にありがとうございます。心ばかりではございますが、どうぞ、娘達の素晴らしい演奏を聴いてくださいませ」


 メニーがピアノの前で構え、アメリが歌う準備をして、あたしはヴァイオリンを構えた。三人で息を合わせて、メニーから弾き始める。途中からあたしが弓を引く。アメリが歌い始める。



 私は出会ったの 美しい人

 私の全てだったの あなただけ


 水中を泳ぐ私 好奇心ばかりが動く

 その中で見つけたあなた 光で輝いてた

 初めて見た時 感じたの 憧れを

 でもあなたは気づかない

 だって私は水の中


 恋をしたマーメイド 人間様との 禁忌の恋

 恋は叶わず 愛は朽ち 泡となって 消えていく

 綺麗な歌が 聴こえてくる それは人魚の 哀れな歌

 綺麗な歌が 聴こえてくる それは人魚の 愛しい歌


 私の声が消えていく

 それでいいの

 これでいいの



 演奏が終わると、みんなが拍手をした。スノウ様が瞳を少女のようにキラキラ輝かせる。


「なんて素敵な歌でしょう! 三人とも、演奏くれてどうもありがとう。とても感動しました! ね!? あなた!」

「……。……ふむ。とても美しかった。素晴らしい」


 リオンとキッドもぱちぱちと拍手をする。


「素晴らしい演奏も聴いたところで、アーメンガード、申し訳ないのですが、夫とわたくしは先に城へ戻らなくてはなりません」

「ええ。お伺いしております。陛下も王妃様もお忙しい身。本日は、キッド様とリオン様が、我が屋敷にお泊まりされると」

「ええ。失礼がないようにと言い聞かせておきましたので、どうか、我が子達をよろしくお願いしますわ」

「もちろんでございます」

「ただ、城に戻る前に、夫もわたくしも、あなたに話したい事が山ほどございますの。ですので、ここからは若い方々には若い方々で過ごしていただきましょう」

「ええ。ぜひ。……お前達、ちょっと」


 笑顔のママがあたし達に近付き、王族に背中を向けた途端、肉食動物の如く、目をギラギラ光らせて、獲物を狩る女の顔になった。ママ、被ってたネコはどこ行ったのよ。ママがあたし達三人を自分の前に寄せ集め、声をひそめて言った。


「チャンスよ。笑顔で王子様達に屋敷を案内してあげなさい。失礼のないようにね」

「ママ、テリーだけでいいんじゃない?」

「アメリアヌ、お前はリオン様のお相手を……」

「メニーがいるじゃない。わたし、歌って喉が痛いの。それに、いつもより朝が早かったから、お昼寝したいのよ。ね? ちょっとだけ部屋で休んでくるわ」

「何言ってるの! こういう時こそ、長女が動かないでどうするの!」

「だって、なんだか浮気してる気分なんだもの。これ以上、王子様に色目を使ったら、わたしのダーリンが悲しんじゃう。ね。だから、メニー、頼んだわよ」


 メニーの肩を叩くアメリを見て、ママは呆れたため息を出し――メニーに全てを託す。メニーの両肩を強く掴んだ。


「メニー、失礼のないように!」

「は、はい!」

「よろしい。……テリー」


 今度はあたしの両肩を強く掴んできた。目は、よりギラギラと光っている。


「やる事はわかってるわね?」

「はいはい。案内ね。やっとく、やっとく」

「お前、もっと胸を上げなさい! ほら!」

「ちょっと、やめてよ! ママ! 詰め込んだパッドが見えるじゃない!」

「お黙り! これをこうすれば……ほら! ちょっとは大きく見える! いいこと!? 押し付けなさい! とりあえず押し付けて女の魅力を見せつけておきなさい! ……近いうちに豊胸手術を考えましょう」


 嫌よ。くたばれ。ママの馬鹿。


「テリー、お前はキッド様の婚約者になったのよ。気に入られたのよ! お前次第で、ベックス家の未来が決まるわ! いい! しっかりね!」

「はいはい」

「しっかりね!?」

「わかったから!」


 ママがあたしを良いだけ揺らしてから、再び大量のネコを被って、嘘偽りだらけの笑顔でキッドとリオンに振り返った。


「キッド様、リオン様、大変恐れ入ますが、アメリアヌの体調があまりよろしくないようでございまして、屋敷の案内はテリーとメニーが」

「わかりました」

「お気遣いありがとうございます」


 キッドとリオンが立ち上がり、あたし達と共に部屋から出ていく。ゆっくりとドアを閉めて、アメリアヌが二人に深いお辞儀をした。


「それでは、キッド様、リオン様。大変残念ではございますが、母からも説明がありましたように、わたくし、少々失礼させていただきます。その間は、妹達に」

「ええ。ゆっくりお休みください。アメリアヌ」


 キッドがアメリに笑みを向けた。


「ただ、すみません。これだけ伝えさせていただきたい。……素敵な歌をどうもありがとう。君の歌があまりにも美しくて、聴き入ってしまった」

「ま!」

「テリーから聞いてます。とても歌が上手だと。期待以上に素晴らしい歌声で、心より感動しました」

「そ、そんな、おほほ、光栄でございます……」


 キッドの世辞の褒め言葉を真に受けたアメリが、ぽっと頬を赤らめさせ、頭をもう一度下げてから、部屋に向かって歩き出した。昼寝をするがために抜けるなんて、くそ。羨ましい奴め。あたしもお昼寝したいのに! アメリが完全にいなくなると、にこにこしていたリオンが口角を下げ、眉をひそめてキッドを見た。


「あの歌、そんなに良かったか?」


 首を傾げる。


「僕は聴いてる間、とんでもない耳鳴りがして、気絶するかと思った。ねえ、ニコラ、悪いことは言わない。アメリアヌに歌はやめさせた方がいいと思うんだ。あれは、歌じゃない。超音波だ。父上の顔を見たか? 気絶寸前だったろ」

「あたしもそう思うけど、あいつ、聞かないのよ。あんたもそいつみたいに耳栓してればよかったのに」

「お前、耳栓してたのか!?」


 ぎょっと目を見開いたリオンが振り向くと、キッドがため息を吐きながら肩をすくませた。


「何言ってるんだよ。最初にメニーとテリーの演奏が始まって、アメリアヌが歌い出す前までは聴いてたさ」

「なんて奴だ……。失礼にも程がある……」

「お互い様でしょ。あんた達、よくもさっきはパセリを食わせてくれたわね。二人分だなんて聞いてないわよ」

「代わりに君のナスを食べてあげたじゃないか」

「好き嫌いは駄目だぞ。テリー」

「うるせぇ! てめえらに言われたかねえわ!」

「え!?」


 メニーがぎょっと目を丸くして、あたしを見た。


「お姉ちゃん、ナス残したの!?」

「残してない。この二人にあげたのよ」

「……わたし、我慢してニンジン食べたのに……」

「一個しか食べてないくせに」

「でも、食べたもん!」

「拗ねないでよ。あたしだってパセリ食べたんだからそれでいいでしょ。おあいこよ」

「……理不尽だ」

「対価は払ったわ」

「……むう」


 さて、メニーがこれ以上拗ねないうちにぱぱっと案内を始めてしまおう。あたしとメニーが相談する。


「で? どこから行く?」

「下から上に行く? 上が客室だし」

「そうね。そうしましょうか」

「屋根裏部屋、見せる?」

「リオンが喜びそう。一応見せましょう」

「開かずの間はどうする?」

「そこはいいんじゃない?」

「開かずの間?」


 キッドが反応した。


「なーに? それ。俺、見たい」

「ねえ、ここを観光スポットか何かだと勘違いしてない?」

「俺達は今夜ここに泊まるんだぞ? 隅から隅まで見ておかないと迷子になるかもしれない。ああ、俺、すごく不安かもしれない! テリーがちゃんと案内してくれないと、夜も眠れないかもしれない!」

「言ってろ」

「ニコラ、あの絵はなんだ? 独特な絵だな! うん! 実に素晴らしい!」

「それは使用人がチラシの裏に書いたラクガキが思いの他上手くいって、勝手に貼ったものよ」


 誰よ! 毎回ここに貼ってる奴! べりっ! と剥がしてゴミ箱に捨てる。メニーが眉を下げながらあたしに訊いた。


「とりあえず……歩く?」

「ええ。そうね」


 メニーの言う通りだわ。


「歩きましょう」


 ベックス家、ご案内。あたしとメニーがガイド用の旗を持った。


「廊下」

「エントランスホール」

「大広間」

「パーティー用の広間」

「廊下」

「窓です」

「花瓶」

「絵画」

「キッチン」

「おやおや、テリーお嬢様にメニーお嬢様、こいつはどうも。王子様はいいんですかい? おや、なんかかっこいい方々がおいでですね。ひゅー。こいつは男前だ。どうも。お嬢様方のお友達ですかい? ははっ」


 ドリーがケルドを殴った。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! うちの下っ端が申し訳ございません!」

「初めまして。第一王子のキッドです。あなたがシェフですか」

「さようでございます!」

「美味しいランチをありがとうございました。ディナーも楽しみにしております」

「ああ、それは良かったです! 本日は私達のお屋敷を心行くまでお楽しみください! ……ケルド! いつまで床と愛し合ってるんだ!」

「へえ、すんません!」


 ケルドは相変わらずね。漫才をする二人がいるキッチンを通り過ぎる。


「ニワトリ小屋」

「牛小屋」

「馬小屋」

「裏庭」

「あ」


 大きなハシバミの木の上に、緑のネコが安らかに寝ていた。彼女はメニーのペットであり、リオンの協力者である。リオンが笑顔で手を振った。


「ドロシー!」


 丸い目がちらっとこちらを見て、それはそれは大きな欠伸をして、そっぽを向いた。お昼寝中なの。話しかけないで。リオンとキッドが残念そうな顔をした。


「寝ちゃったよ」

「塔での事を彼女と話したかったんだけど、仕方ない」


 キッドが銃を構えた。


「起こすか」

「キッド、やめておけ。あのネコ、怒ったら結構厄介だぞ」

「お姉ちゃん、中庭も行く?」

「当然よ。あたしの畑をあの間抜けな王子共に自慢してやるわ」


 木と緑に囲まれながら、庭師のリーゼが頭を下げた。


「お初お目にかかります。わたくし、庭師のリーゼと申します」


 キッドとリオンがお辞儀をした。リーゼが麦わら帽子を被り直し、背筋を伸ばした。


「エメラルド城ほどではございませんが、ベックス家のお庭は古くからございます故、とても広い作りとなっております。見て行かれるのであれば、馬車をお勧めしますわ」


 あたしはキッドとリオンに振り返った。


「牛が昼寝してるとこ、見てく?」

「牛が昼寝をしてるのか!? なんて素晴らしいんだ!!」


 リオンが思ったよりも興奮したので、ロイを呼んで、四人で馬車に乗る。散歩のようにロイが馬をゆっくり歩かせた。窓から見える景色にリオンが目を輝かせる。


「ニコラ! 子馬が寝てるよ!」

「そりゃあ、馬も寝るわよ」

「ニコラ! 子牛が寝てるよ!」

「そりゃあ、牛も寝るわよ」


 ぴよぴよ。


「ニコラ! ヒヨコがたくさん歩いてるよ!」

「あんたは動物を見た事ないの?」


 大興奮のリオンがヒヨコに手を振った。キッドが風に吹かれて気持ちよさそうに景色を楽しむ。メニーは膝に置いたドロシーに微笑み、背中を撫でた。


 しばらくして馬車から下り、あたし達はカカシが立つ畑にやってきた。


「ニコラ、あの花畑はなんだ? とても綺麗だ」

「ふん、そうでしょうね」

「さっきの庭師の畑か?」


 あたしは指を差し、リオンがその方向に顔を向けた。そこには看板が立ち、『テリーの畑。踏んだら殺す。』と書かれていた。ジャックの服を着せたカカシがあたし達を見つめている。


 ノ へ

 の の

  も

  へ


 なんだ。こいつら。って顔をしている。


「ハーブか」


 キッドが大量に育てられたハーブたちを観察した。


「お前、昔からハーブについて詳しかったもんな。なるほど。これか」

「この子はラフレシアって言うのよ。可愛いでしょ」

「名前つけてるの?」

「そうよ。あたしの可愛いエンジェルちゃん達よ」

「俺とどっちが……」

「ラフレシア」


 笑顔になったキッドがハーブに近づいて、低く囁いた。


「枯れろ」

「なんてこと言うのよ!」


 あたしはハーブに駆け寄り、高く囁いた。


「ラフレシア、今日も可愛いわ。本当よ。大好きよ。愛してるわ。ラフレシア。あなたって最高」

「枯れろ」

「あんた! ルルになんてこと言うのよ! ルル、あなたもとってもキュートで最高よ。いかしてるわ」

「枯れろ」

「ナッチになんてこと言うのよ!」


 メニーとリオンが象のジョウロで花達に水をやった。虫が飛び、花びらから滴が滴り落ちる。


 次。


「お風呂」

「あちらは使用人達の部屋があるフロアです」

「開かずの間」


 本だらけの書斎に、キッドとリオンがぽかんとした。


「……バドルフ様が見たら喜ぶと思う」


 部屋を見上げる。


「パパの書斎なのよ。ここ」

「……そっか」


 キッドが部屋を見回した。


「いい部屋だね」

「期待外れでしょ? 次行きましょう」

「本だらけの部屋なんて素敵。……どこかの塔みたい」

「……かもね」


 二階。


「勉強部屋」

「テレビを見る部屋」

「防音部屋」

「執事の書斎」

「ママの書斎」

「使用人の休憩室」

「くつろぐ部屋」

「客室」

「お婆様の部屋」

「「……」」


 メニーと目を合わせた。ここにはアルバムがあるが、見せたくないので黙っておこう。


「次」


 三階。


「ママの部屋」

「お姉様のお部屋」

「あたしの部屋」

「わたしのお部屋」

「ドロシーの部屋。……一回しか使ったことないけど」

「先生のお部屋」

「他、客室」


 四階。


「屋根裏部屋」


 リオンがじっと見た。周りを観察する。窓から城下町の影が見える。


「……誰も暮らしてないわよ」

「魔法陣が書けそうだなって思っただけさ」


 リオンが屋根裏部屋から出た。


「ここは人の住む所じゃないな」

「……同感よ」

「でも、お姉ちゃん、片付けたら案外住めそうだよね」


 メニーが屋根裏部屋をもう一度見た。


「遠くに時計台も見えるし、あそこにベッドを置いたらなんとかいけそう」

「あはは。メニーは想像力が豊かだな」


 リオンが笑いながら言うと、メニーが笑顔をリオンに向けた。――それを見た途端、リオンがメニーから目を逸らすようにあたしを見た。


「かくれんぼには、……最適かも」

「……冬は寒いから、あまり良い事ないわよ」


 カビ臭いドアを閉める。


「というわけで、あんた達の部屋はこことそこ」


 一番形の良い客室のドアを開ける。


「狭いだろうけど文句言わないで」

「何を言うんだ。とても立派な部屋じゃないか。ニコラ、お兄ちゃんはとても感動したよ」

「この後の催しは特になし?」

「そうよ。あんた達には労を労ってもらうために、ここで大人しく休んでいただいてお終いよ」

「よし、ニコラ、暇だろう? 一緒にミックスマックスのカードゲームで遊ぼう。新しく出来たルールがこれがまた面白いんだ。なんて言ったって、WAになって踊るんだ。さあ、お兄ちゃんとWAになって踊ろう。ララララーって歌ってごらん。そしたら夢が叶うんだ。メニーも一緒にやろう。恥ずかしがる事はない。みんなでWAになって踊ったらすぐにミックスマックスの面白さがわか……」

「やる事がないなら剣の練習がしたい」


 リオンが嫌そうな目を笑顔のキッドへ向けた。


「最近、銃ばかり触っていたからな。剣が俺に触ってほしいって疼いてるんだ」


 で、


「俺のかっこいいところをお前に見せて」


 キッドがあたしの顎に触れ、自分に向けさせた。


「惚れ直していただこうか」

「笑止」


 あたしはキッドの手を払った。


「するなら庭でやって。案内してあげるから部屋では暴れないで。いい?」

「よし、じゃあニコラ、その間僕らはミックスマックスで……」


 キッドがリオンの襟を掴んで引っぱった。


「おっふ」

「練習相手が必要だ。お前付き合え」

「いや、いい。いらない。僕はミックスマックス……」

「ラプンツェルの毒が抜けたばかりでリハビリが必要だろう?」

「いや、リハビリとかいらな……」


 ずるずる引きずられていく。


「いや、僕は、ニコラとミックスマックスで遊ぶから……あの、ミックスマックス……」


 暖かな日差しの下で、リオンが剣を握った。


「ああ、もう嫌だ……」


 ――アイツ、嫌イ。


「ああ、ジャック、僕もだよ……」


 リオンが目の前にいる兄に狙いを定め、剣を構えた。


「一緒にあいつを倒そうか。そしたらニコラとメニーにいいところを見せれて、お兄ちゃんと遊びたいって素直に言ってくれるかもしれない」


 ――ケケケ!


「あいつに悪夢を見せてやろう。ジャック」


 リオンの顔を見て、キッドがふっと笑って、剣を構えた。それをメイドと使用人が窓から眺める。


「美しいわあ……」

「目の保養……」

「なんてかっこいいの……」

「とろけちゃうわぁ……」

「絵になるわぁ……」

「俺、リオン様派。お前は?」

「俺はキッド様派。抱き枕持ってるんだ」

「まじで? 俺も、リオン様の抱き枕持ってるんだ」

「寝心地抜群だぜ」

「俺の今日のぱんつ、知らないだろ。……キッド様ぱんつなんだぜ」

「奇遇だな。……俺はリオン様ぱんつだ」

「「どやぁ」」

「始まるわ!」


 キッドとリオンが集中する。風が吹く。草がそよ風で揺れ、止まった瞬間、リオンが走り出した。キッドを狙って剣を振る。それをひょいとキッドが避けた。しかしその避けたキッドにレオが足を引っかけた。キッドが口笛を吹き、受け身を取って地面を転がり、すぐに立ち上がると、レオが既に剣を振っていた。キッドが剣で受け止める。刃と刃がぶつかる。メイドと使用人たちが息を呑んだ。刃と刃がお互いを弾き飛ばし、数歩後ずさり、また二人が剣を振った。しかし、キッドの足が動かなくなった。ジャックに影を掴まれていた。キッドが影に剣を刺すと、ジャックが笑いながら手を離した。レオがキッドを斬りこみにかかるが、解放された足で腹を蹴られる。ジャックとレオが腹の痛みにうなり、キッドを睨んだ。今夜あいつに腹を痛ませる悪夢を見せてやろう。そう思いながらまた走り出した。


 ――年が経つにつれて、リオン(レオとジャック)は成長していく。しかし、まだまだキッドには及ばないようだ。キッドは余裕の笑みを見せて、まるで遊んでいるように華麗にばく転し、側転し、終いにはリオンの頭を踏んづけた。


「あだっ!」


 そして、また華麗に着地し、木の下で座って見学していたあたし達に走り、一輪の花を渡してきた。


「綺麗に咲いていた。お前にあげる」

「雑草を渡すな」

「キッド! お前! 人の頭を踏むなんて、どういう神経してるんだ!」


 ――ヤダ! 嫌イ! オ前嫌イ!


「はん! 踏まれたくなかったら、俺に勝つんだな!」

「こんっの……!」


 キッドとリオンのやり合う姿を見て、メイドと使用人たちの目がとろけた。


「ああ、かっこいいわぁ」

「あたしがもう少し若かったらねえ」

「ねえ、サリアさん! 早く! 一緒に見ましょうよ!」

「はいはい」


 新人メイドのモニカに引っぱられて、サリアがクスクス笑った。日陰の下に座るメニーがあたしの肩に頭を乗せた。


「お姉ちゃん、今日のおやつは何かな?」

「今日はおやつなんてないんじゃない? ランチが遅かったもの。ああ、コルセットが苦しい」

「外せば?」

「ゴーテル様とスノウ様が帰ったら即外してやるわ。それまで我慢する」


 あたしたちは暑い太陽から隠れて、イライラしているリオンと楽しそうなキッドの姿をぼうっと眺め続ける。


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