第24話 船内調査隊(2)
輝かしい伝説の歌姫、イザベラの写真がテーブルに置かれて、あたしはますます表情が険しくなっていく。
「……なんですって?」
「一人目、ランド・カーヴァー、彼女の友達。二人目、ジョエル・ガットマン、彼女の元マネージャー。三人目、ブルーノ・マンジェルトン、音楽プロデューサー。イザベラの歌によく携わってる人だ」
「……どこでそんな情報仕入れたのよ」
レイが誇ったような笑みを浮かべて自分の耳を指で差した。……さっき、クルー姿の騎士が耳打ちしてた。あれか。
「イザベラに……げほげほっ、かかわってるひとが亡くなってるってことは……犯人はイザベラ本人、または近くにいる人物ってこと……?」
「ニコラ、心当たりはないか? イザベラの事なら僕よりも君の方が詳しいだろ?」
「……」
あたしの片目がぴくりと動いた。
「だろ?」
「おぼえてるの?」
「まあ、なんとなくだけど」
「……」
ドロシーが紅茶を飲みながらきょとんとして、写真をじっと眺めて、首を傾げた。
「誰?」
「歌姫だよ。ドロシー。知らないかな? この時期に人々に感動をもたらした歌手。イザベラ・ウォーター・フィッシュ。その歌声は、まるで魔法のハープのように人々の心に癒しを与えた」
「テリーの知り合い?」
「ろうやでね」
「うん? 牢屋?」
「彼女は麻薬所持、及び麻薬密売の罪で捕まった。伝説の歌姫だっただけ、その話は瞬く間に城下町に広がった。……で、合ってる? ジャック」
ケケケ!
「伝説の歌姫が囚人仲間?」
「しゅうしんけいの上、こうじょうで働いてた。はっくしゅん! ……忘れもしないわ」
思い出しては、顔が恨みに歪んでいく。
「囚人時代、あたしたちにいやがらせをしてきた張本人よ」
囚人どもを手下のように扱い、あたし達を玩具の如く、虐めてきたあの女。
「この船に乗ってるところを見ると、生き残りだったんだな。だから君達に強い恨みを持ってた」
レイがジャックの記憶を使って思い出す。
「酷い荒れようだったな」
「あたしはわるくないわ。ずびっ、あいつが仕掛けてきたらあたしも返してただけよ」
「ニコラ、それを買う喧嘩というんだ」
「げほげほっ、思いだしただけでもはらわたが煮えくりかえる。ずびびっ、シャワーから出たらきがえが便器のなかにつっこまれてたなんて、あたり前だったし、当時は没落貴族をおもちゃにしてたのしんでるだけだと思ってたけど、生き残りだったのなら納得だわ。だからあの手この手を尽くして、ベックス家にいやがらせをしてきたのよ。げほっ、あたしが、っ、死刑台に歩いていくまで、げほっ、ずっとね!」
「そこまでは覚えてないな」
「はーん。犬猿の仲ってやつだね」
「はははは! ドロシー、わんちゃんとお猿さんだなんて、そんなかわいいもんじゃないわ。もう、ドロとヌマとヘドロとゲロよ。目が合うだけで雷がとどろいてたんだから。げほっげほっ、だって、あいつは勝手にあたしたちを恨んで、あたしたちはあいつに何もしてないわけで、何もわからないままいやがらせをされていたのよ。ずびっ。ママがストレスで死んだのも、あの女のいやがらせが要因の一つよ」
「君には何かと因縁が纏わりつくね」
ドロシーがどこからか金平糖を出して、口に入れた。
「それで? 過去はどうであったにしろ、その世界での出来事は無くなって、今は二度目の世界だ。現在、イザベラはどんな人なのさ?」
「これがね、ドロシー、おどろかないでちょうだいね。彼女は……」
熱を出したあたしを優しく気遣い、
子供が転べば一目散に駆け寄って助け、
ソフトクリームが欲しいとねだれば奢ってくれて、
いけない事も楽しく笑って付き合ってくれて、
ファンサービス精神が旺盛な女。
それがイザベラちゃんなの。
「ふん!!」
レイとドロシーが紅茶セットを持ってから、あたしの足がテーブルを蹴飛ばした。テーブルが宙を舞い、また元の位置に戻った。お茶会が再開される。
「今さら良い子ちゃんアピールですか! 散々いやがらせしておいて! 元々は良い子ちゃんだったのアピールですか! はいそうですか! でも残念でした! あたしはてめえの本性はまるっとぷりっと中までたっぷりおみとおしなのよ! どれだけお人好しなふりをしても本性までは隠せない! あいつは最低な女よ! あたしは知ってるわ!! なぜならあの女をこの目に焼きつけるまで見てきたからよ!!! げっほげほっ! うぇっげほげほっ!!」
「昨日一緒にいたらしいな。さっき姉さんがイザベラ本人から、昼間は君と過ごしていたと聞いていたよ」
「なんだ。意外と仲良しじゃないか」
「あのね、あたしがどうしてわざわざあいつといっしょにいたと思ってるの? げほげほっ。いやがらせの仕返しをしようと、隙を見てたのよ」
「君、何してるの」
「復讐計画ははじまったばかりよ」
「レイちゃん、テリーを止められるのは君だけだ」
「よし、よくわかった。ニコラはイザベラが嫌いだから側にいた。ならば、その時の話を詳しく聞きたい」
レイが身を乗り出した。
「飴を舐めてる様子はなかったか?」
「げほげほっ。ないわ。それどころか、麻薬も持ってなかった」
「……探したのか?」
「あいつの弱みをにぎれるチャンスを、あたしが潰すと思って?」
「そっち!?」
「夜の話をきかなかった? げほげほっ。アメリとあたしとメニーとで、あいつの部屋にいったのよ」
「その話は聞いてる。レコードを買いに行ったんだって?」
「ん」
「その時に探したのか?」
「弱みをにぎれると思って」
「君の執念深さは尊敬に値する。でもな、ニコラ、その執念を、ミックスマックスにぶつけたらどうかと、お兄ちゃんは思うんだ」
「お兄ちゃんなんていないわ。目の前にいるのはお姉ちゃんだけよ。ずびっ」
「とにもかく、君が嫌いでも、イザベラがこの事件の鍵を握る人物である事に変わりはない。彼女、何か変わった事は言ってなかったか?」
「現在スランプだって事は言ってたわね。新曲が書けないって」
「へえ、スランプか。大変だな。気持ちはわかるよ。僕もミックスマックスの試合前にスランプになった事があって……」
「その関係で結婚するんですって」
「……ああ。聞いた。国に着いたら結婚式を挙げるとか」
「ええ。好きでもない相手とね」
レイの表情が険しくなった。
「……ああ、乗り気じゃないみたいだったな」
……メニーとリオンも、愛のある結婚ではなかった。それを思い出してるのかしら。あんたも結婚っていう言葉にはどことなく複雑そうね。
「……つまり、……彼女は今、すごく滅入ってるわけか」
「あんた見たでしょ」
「ん」
「あたしがなんできのう、海に落ちそうになったと思って?」
「イザベラの自殺未遂」
「そうよ」
「イザベラが海に飛び下りようとした。そこを君が助けた」
「そうよ」
「君を命の恩人だとさ。すごく助かったって言ってた」
けっ。死ねばよかったのに。
「……うーん」
レイが紅茶を飲んだ。
「相当追い詰められていた。ここまでならイザベラが飴を受け取っていても何も不思議じゃない。だけど……まだ断言するには早い。もう少し情報が欲しいな」
「イザベラじゃない?」
「ニコラ、嫌いだからってすぐに決めつけるのはよくない」
「あいつのこと見張ってて。あの女はね、っくしゅん! なにしでかすかわからない奴なのよ」
「知ってるか? まだ女の被害者がいないんだ」
「……イザベラが狙われてる?」
「周りを殺してから、最後にイザベラ……というのも考えられる」
「なんで中毒者はそんなことするわけ?」
「それがイザベラ本人なら、無理心中の可能性もあるし、イザベラじゃないなら、イザベラを恨んでる相手、もしくは愛の重たいファンの可能性も拭えないかな」
「イザベラよ。イザベラに決まってるわ。げほげほっ。あいつの残酷さをあなどっちゃいけない。あの女はね、ああ見えてイかれてるの。ずびっ。理由なら話せるわ。あたし、きのうあの女のソフトクリームに、激辛ソースをまんべんなくかけてやったら……」
「君、なんて事してるんだ」
「きらいなんだもの。げほげほっ! ……で、かけてやったら、あの女、それをぺろりとたいらげやがったのよ。味覚がマヒしてる証拠だわ。中毒者の特徴でしょ」
「イザベラの出身地を調べたけど、彼女、辛いものは得意だと思うぞ」
「イザベラよ。イザベラに決まってるわ。あいつをいますぐ逮捕して。げほげほっ。工場に送りつけてやってよ」
「だったら、確かめてみるか?」
「どうやって?」
あたしが聞くと、レイは笑みを浮かべ、肩をすくませた。あたしはその笑みに、きょとんとする。
「可愛い妹よ、今までこういう時、どうやって確かめてた?」
「……どうやって……?」
「そうだな。例えば、まだ一度目の世界での記憶を持ってなかった僕が君の目の前に現れた時、どうやって僕を味方につけたっけ?」
「ずびっ。それはあんたが妹になれって……」
――気付いたあたしは表情を歪ませた。
「げほげほっ。イザベラの側にいろっての?」
「呪いにかからない君なら、何が起きても平気だろ?」
「いやよ! 言ってるでしょ! あいつきらいなの!」
「ふむ。だけど、……テリー」
レイが前のめりになった。
「これは、君のしたい、仕返しのチャンスじゃないのか?」
あたしはその言葉に、ぴたりと固まった。
「なんですって?」
「まあまあ、これはあくまで推測だけど……」
「何よ」
「もしも、イザベラが中毒者だったとする。そしたら、君はイザベラの正体を掴む事で、彼女に復讐が出来る」
……。
あたしは前のめりになり、レイに耳を傾けた。
「テリー、イザベラは散々、君に非道で残酷な事をしてきたんだろう? 僕も君に大層酷い事をしたが、彼女にだって散々やられたんだろう?」
「……そうよ」
「君は、彼女に、復讐がしたいはずだ」
「そうよ」
「そうだよな。だって君は何も悪くないのに、散々嫌がらせをされたんだから」
「そうよ」
「テリー、いいか。このまま何もしなければ、船は沈むかもしれない。船が沈んだら、彼女はまた君を恨むかもしれない」
「そうよ」
「船が沈まずに国に着けば彼女は結婚する。その後、愛のない結婚生活に彼女は苦労するだろうね」
「そうね」
「彼女が中毒者だった場合、彼女は何かを企んでいるだろう。その企みを潰せば、彼女はすごく悔しがるだろうね」
「確かに」
「だったら、テリー」
レイが真剣な眼差しで、あたしを見つめた。
「これは、大きなチャンスじゃないか」
(そうよ)
あたしは出会うべくして、イザベラと出会ったのよ。女神様があたしに言ってるんだわ。仕返しなさい。テリー。あの女をめっためたにしてしまいなさいと。
「君のやるべき事は、わかってるな?」
「イザベラのそばにいて、弱みをにぎること」
レイがにやりとした。
「酷い事をされたら、倍にして返さないと。そうだろう? ニコラ」
「そうよ」
「イザベラは君に酷い事をした」
「そうよ」
「今こそ、君は彼女に復讐する時だ」
「そうよ!」
あたしはやらなければいけない。
「あの女、目にもの見せてやる!!」
マーメイド号ツアーミッション、イザベラに復讐する。
「ああ、あたし、女神様、感謝します! あたしに、げほげほっ! 復讐のチャンスを下さって!!」
あたしは優雅に足を組んだ。
「ああ! すばらしい! なんてはれやかな気分なのかしら! ずびっ! あたしは復讐を愛するわ! 愛し愛する! さすれば君は救われる! イザベラに復讐して、あいつを不幸のどん底に落として、あたしが救われてやる!!」
くっくっくっく……。
「おーーーーほっほっほっほっほっほーーーーーー!!」
そうよね。泣き寝入りするのはいつだって嫌がらせをされた方。勇気を持って声をあげたって、黙ってれば良かったのにって目を向けられるのよ。悪いのはアクションを起こす方。された方は何も悪くないのに悪い事をしたような目で見られるのよ。でも、あたしは泣き寝入りなんてしない。
(嫌な事をしてきた相手には、倍にして返してくれるわ!! くくくくく……!! おーほっほっほっほっ!! うっ! げほげほっ!)
「……時に」
ドロシーがちらっとレイを見た。
「加害者ってさ、自分がしてきた事が返ってきたら倍以上に被害者ぶる癖があるよね」
レイがちらっとドロシーを見た。
「長年酷い事をされても仕返しなんて考えない、みんなが幸せになる方法を考えるメニーを見習ってほしいものだよ」
「ドロシー、加害者は被害者になって初めてその気持ちがわかるものだ」
「人からされて嫌な事ってしちゃいけないんだよ。子供でもわかるのに」
「傲慢なのが人間さ」
「純粋さと謙虚さを忘れちゃいけない。テリーにはそれがないんだよ」
「でもニコラは実に正直だ。思った事が顔に出る」
レイとドロシーが笑い続けるあたしの顔を見て、同時に言った。
「「単純な女」」
「おほほほげほげほっ! おほげほげほげほげほっ!」
「ま、……イザベラの側で彼女を見張っててくれるなら、なんでもいいや」
「テリーの扱い方が上手くなったね。リオン」
「偉大なる魔法使い様にお褒めいただけるのは光栄だが、……当然さ。僕はニコラのお兄ちゃんだからな」
「げほげほっ!」
「おっと、大丈夫か? ニコラ」
「げほげほっ! げほげほっ!」
「……今の君がイザベラの側にいたら風邪が移る可能性があるな。それは避けたいところだ」
「ああ、それなら心配ないよ」
ドロシーが水晶玉を懐にしまった。
「移らないから」
「え?」
振り向くと、ドロシーは既にいなかった。レイと顔を見合わせる。
「……どういうこと?」
「……君の病気が、病気じゃないとか?」
「じゃあ何よ。呪い?」
「ニコラ、調べてもらった方が早いと思わないか?」
「げほげほっ、……物知り博士に会いにいこうって?」
「物わかりの良い妹で助かるよ」
「あたし、彼と別れたばかりよ。それに、クラブさんはスペード博士の悪いところばかり引きついでるわ。モルモットにされるところだった」
(巨乳パッドが出来るまで、あたしはクラブさんに会わないわ。実験台なんてごめんよ)
「そんなことより、お姉ちゃま、あたし、さっそくイザベラちゃんに会いに行ってくるわ」
「その前に診療室だ。クラブはスペード博士の良いところもだいぶ引き継いでる。大丈夫。怖いならお兄ちゃんが側にいるよ」
レイが立ち上がり、あたしの手首を掴んで引っ張り、あたしを立たせた。
「お茶会は終わりだ」
「いや、あたし、復讐があるから、だいじょうぶ。げほげほっ」
「ついでに点滴を打ってもらうといい」
「ううん。だいじょうぶ。げほげほっ」
「打ってる間、暇だろうから、お兄ちゃんがミックスマックスの新しいデッキの説明をしてあげよう」
「いらない」
「遠慮する事はない」
「ほんきでいらない」
「全く。君は本当にお兄ちゃんっ子だな。こういうところは謙虚で可愛いよ」
「違うわ。レオ、ほんとうにいらないの。ずびびっ」
「さあ、診療室に行こう」
「あたし、イザベラに会いに……」
「それは後からでいいだろ。ほら、おいで」
「いや、あの、だから……」
レイがふらふらするあたしを引っ張る。
「いいかい。今月になって、新しいカードが十枚出た。まずは、横取り女の効果だ」
「レオ、わかった。わるかった。いや、レイ。わかった。もういい。げほげほっ。ほんとうに、その、ごめんなさい。あたしがわるかったわ。たしかにあんたにつめたく当たりすぎてた。ごほごほっ。もうくたばれなんて言わないからゆるしてちょうだい」
広場の時計が11時50分を差している。
「横取り女は基本無力なデッキだから犠牲分に使うのが主流だ。だがしかし、プリンセスカードが現れた時にだけ最強の効果を発動する。必殺技は寝取り」
「ねえ、あんたも罪滅ぼし活動をしたほうがいいわ。ミッションは決まってる。げほげほっ。人の話をきくことよ」
「これを発動する事によって相手の努力と体力を泡にして消し飛ばしてしまう恐ろしいデッキさ。だから、上手く使えたらどんなデッキよりも最強なんだ」
「ねえ、人にされていやなことって人にしちゃいけないのよ。げほげほっ、ね、あんたはミックスマックスの話を……されてよろこぶ男だったわね……」
「次に、嵐に襲われる船のデッキについてだ」
「もういい。ねえ。ほんとうにもういいの……。ずびっ。ごめんなさい。あたしがわるかったから、もうゆるして……。ぐすん、ぐすん……!」
「泣くほど喜ぶなんて、お兄ちゃんも嬉しいよ! ニコラ!」
「違うの……。もういいの……。ずびっ、ほんとうにもういいの……。ぐすん!」
号泣するあたしの手をレイが満面の笑みで引っ張る。
「ほら、ニコラ、診療室だ。これで体が怠いのともおさらばさ」
レイがドアを開けた。
「物知り博士」
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