第24話 船内調査隊(1)


「遅くなりました。探偵です。どうも。失礼。通してもらおう」


 クルーに紛れ込んだ兵士がクレアを見て、それとなく道を通した。横から歩いてきたクルーがクレアにぼそりと耳打ちした。


「名前はブルーノ・マンジェルトン」

「職業は?」

「音楽プロデューサーです」

「調べておけ」

「御意」


 クレアが定規のように棒立ちするクルーに近付いた。


「初めまして。クルー殿。あたくし、探偵のクレアと申します」

「初めまして」


 クルーは礼儀正しく胸に手を当て、お辞儀をした。


「クルーのマチェットと申します」

「死体発見者の一人だと伺っております。お話をよろしいですか」

「はい」

「彼を見つけたのは何時頃ですか?」

「10分前です」


 時計の針は11時を差している。


「冷蔵庫が開かなくなったとの連絡を受け、店内の掃除のついでに、マチェットが作業をしておりました」

「ふむふむ。その時に見つけたと?」

「いいえ。その時は開きませんでした」

「ふむふむ。冷蔵庫はどのように開けられたのですか?」

「勝手に開きました」

「ふむふむ。道具も無しに?」

「はい」

「ふむふむ。最初はどのような作業を?」

「クルーのベルトには、何でも揃っております。工具を持ってましたので、それを使用してました」

「ふむふむ。……念のため見せてもらえますか?」


 マチェットがベルトのポーチを見せた。確かに何でも揃っている。だが……いくつか空白がある。


「ふむふむ。二ヶ所空白ですね。ここには何があったのです?」

「マッチと腕時計が入ってました」

「ふむふむ。なぜ無いのですか?」

「渡しました」

「誰に?」

「あなたがご存知の、社長の娘様に」


 クレアがにこりと微笑み、ペンを顎に当てた。


「あなた一人ではなかった?」

「あなたに全てを話すよう彼女に申しつけられております。理解が出来るからと」

「ふむふむ。実に興味深い。しかし、社長には三名のお嬢様がいらっしゃいます。どなたですか?」

「何人目かは存じ上げません。名前は」


 マチェットが思い出しながら言った。


「テリー・ベックス」

「ふむふむ」


 クレアの笑みがより増した。


「彼女と何を?」

「生きていた彼に声をかけられました」

「いつ、どこで?」

「場所はわかりません。時間も存じ上げません」

「しかし、どこかにいた」

「作業についてきた彼女が、寒いからと店内に戻ろうとして扉を開けました。すると、その先にはおかしな廊下が続いてました。一つだけ部屋があり、部屋に何かあるか確認していたところ、勝手に扉が閉まり、彼女が閉じ込められました。扉は硬く、工具で開けようとしましたが、開きませんでした」

「そして?」

「マッチと予備の腕時計を渡し、五分以内で戻ると言い、扉を開けられるものがないか廊下を見て歩きましたが、何もございませんでした」

「その間、彼女は部屋で何を?」

「存じ上げません。ただ、戻ってきた時に、開かなかった扉が壊され、彼女は部屋に置かれていた箱の中に隠れておりました」

「……。扉はどのように壊されてました?」

「何かに、叩き壊されたような状態でした」

「箱に隠れていたテリー・ベックスは何か言ってました?」

「早く出ましょう、気味が悪い。と」

「つまり、あなたと彼女には空白の時間がある。あなた視点の時間と、彼女視点の時間が」

「ええ」

「それからどうなりました?」

「倉庫に戻ろうと提案されましたので、それを了承し、一緒に戻ろうとしました。そこで、冷蔵庫に入っていた彼に声をかけられました」

「なるほど。そこで声を」

「ええ」

「そして?」

「彼が食べられました」


 クレアがきょとんとした。唇でペンを咥える。


「何に?」

「わかりません。俗にいう……お化けでしょうか」

「お化け」

「肉食動物が草食動物を食べるような光景がありました」

「どこで」

「廊下の曲がり角の奥。ですので、視野には入っておりません」

「どこの」

「わかりかねます」

「ふむふむ。それを見て、あなた方はどうしました?」

「来た道を戻ろうとしました。曲がり角から来たので、いずれ壁にぶつかるだろうと思い、気付かれないように下がってましたが、壁がなぜか消えていたようで、ずっと後ろに下がってました」

「そして?」

「突然ハープの音が鳴ったので、なんだろうと思って振り返ると、後ろにありました」


 クレアの耳が動いた。


?」

「弦楽器です」

「それは存じてます。なぜあったのです?」

「わかりかねます」

「……。鳴っていたということは、誰か演奏されている方が?」

「いいえ。勝手に鳴ってました」

「……。それを見て、どうしました?」

「ハープの後ろに倉庫がありました。他に道はなく、曲がり角もありませんでした」

「一本道だった」

「そのまま静かに倉庫に向かうつもりでしたが、彼女が声を上げて、お化けに気付かれました」

「ふむふむ。、声を上げたのですね。ぷふっ! ……ちなみに、どのように?」

「マチェットの名前を呼ぶつもりだったようです」

「ほう」

「気付かれたので、倉庫まで走って逃げました」

「そして?」

「廊下だった所は、厨房に戻ってました」

「……結構」


 クレアがメモ帳を閉じた。


「詳しくありがとうございます。このことは、何とぞご内密に」

「はい」

「彼女の話も聞きたい。今どちらに?」

「先程までこちらにいらっしゃいましたが」


 マチェットが様子を見にきたアーメンガード・ベックスに、目を向けた。


「母に見つかったらまずいと、五分ほど前にここを出て行かれました」

「行き先は?」

「新しいマスクが欲しいと言ってました。なので」


 マチェットが推測する。


「おそらく、診療室かと」


 あたしはふらふらしながら診療室に向かって歩いていた。


(現場説明のためにマチェットを残したけど、ついてきてもらえば良かった……。ああ、だめ、ふらふらする。あたし死んじゃう……)


 寒い所にいたせいよ。ああ、体の震えが止まらない。気持ち悪い。


(マスクを変えたら気分が良くなるかもしれない……。なんか、湿っぽくなって、今すぐにでも外したい。このマスク)


 昨日無断で入った診療室が見えてきた。


(誰かいるかしら?)


 あたしはドアを叩いた。


「げほげほっ」

「どうぞー!」


(あ、誰かいる)


「手が離せないので、勝手にどうぞー! とかなんとか!」


(先客でもいるのかしら)


 あたしはドアを開けて――顔をしかめた。


「大丈夫。怖くない。金魚ちゃん。ちょこっとこの餌を食べてくれるだけでいいの。本当さ。ちょっとだけでいいから」


 金魚が餌から視線を逸らし、そっぽ向いた。


「君、この匂いとかなんとか好きだろう? きっと美味しいよ。大丈夫、大丈夫。何も入ってないよ。とかなんとかってね!」

「……」


 あたしはドアに寄りかかり、哀れな目で金魚とその男を見た。


「……そうだった。あなたもいるんだったわね」

「あ、今話しかけないでくれるかな。とか言ってね。全集中してるんだ。今、この金魚ちゃんの脳裏に話しかけているんだ。金魚ちゃん、ほら見て。頭が駄目なら目で話そう。科学は進歩してるんだ。目で話すことだって、コミュニケーションを取る手段とかなんとかだって立証されてる。さあ、金魚ちゃん、僕だけを見て。とかなんとか!」

「ね、あたしでもわかるわ。その金魚、あきらかにいやがってるわよ。げほげほっ、めがねがきらきら光りすぎてまぶしいんじゃない?」

「この眼鏡の良さがわからないとは、君は実に損している。金魚ちゃん、もっと僕と話をしよう。そしたら眼鏡も美しく見えてくるから。とかなんとかってね! ふう。ストレスは与えちゃいけない。一度休憩だ」


 クラブ――物知り博士があたしに振り返った。


「やあ。テリー・ベックス様。こいつはどうも。とかってね」

「どうも」

「風邪を引いたと聞いた。丁度いい。薬とかなんとかがある。そこに寝るといい」

「くすりって、なんの?」

「……」


 物知り博士がにやりとした。


「嫌だなあ。風邪の薬に決まってるだろ?」


(……確かに、あたしは具合が悪いからここに来た)


 だがしかし、


「それ、ほんとうに風邪のくすり?」

「いやいや、テリー様、あなたも人が悪い。もしかして、僕を疑ってるのかい? とかなんとか?」

「あなたの亡き師匠とあなたのへんたいぶりは塔で見させてもらってる。げほげほっ。治験をするつもりならそれ相当のほうしゅうを払うのね」

「そんなそんな、我らが主である殿下の婚約者様に、そんなお粗末な薬とかなんとかを打つわけないじゃないか!」


 ただね、テリー様、


「ウイルス性の風邪なんですって?」


 注射器と眼鏡が光る。


「それが本当にウイルスとかなんとかなのか気にならないかい? どういうウイルスとかなんとかなのか気にならないかい? 僕は知らなきゃいけない。なぜなら僕は物知り博士。知ることが仕事なの。とかなんとか言っちゃってね! 見てみようじゃないか。さあ、お座り。血に流れる菌にあった点滴を打ってあげよう。とかね。なんとかね。とか言ってみたりね!」

「それはほんとうにあたしにあった点滴が打てるんでしょうね? あたしは知らなきゃいけないわ。げほげほっ。なぜならあたしは患者だから」

「大丈夫! 大丈夫! 何も怖くないし何も入ってない! ほんと! ほんと!!」

「げほげほっ。いまはやめておくわ。ずびっ。あたらしいマスクをちょうだい」

「マスクとかなんかよりも点滴の方が効果抜群!」

「いいから寄越して三秒以内早くしなさいでないとあの研究室を爆弾と大砲で資料もろとも崩壊させる」


 クラブが綺麗な正座となり、マスクをあたしに捧げた。今度は犬の口のマスク。わんわん。


「で、げほげほっ。リオンはどこ? はなしがあるのよ」

「リオン様? はてはて? テリー様。ご冗談はお止めくださいな。彼は重度の風邪を引かれて今頃、精神病院閉鎖病棟密閉病室で一人ゆったりとお休みになられております。とか言ってみたりね」

「……レイちゃんはどこ?」

「レイちゃん。ああ、レイちゃんでしたら、きひひひっ! もちろん、存じ上げておりますとも。ええ。そうですとも。ぐひひっ。彼女は今頃ゲームセンターで聞き込みに行かれている最中でしょう。きっとね。とかね。だって、興味深いゲーム台があったようで、事件はゲームフロアで起きるものですとも。ええ。そうですとも。ぐひひっ」


(あくまでお忍びを突き通すのね。面倒だわ)


 ミックスマックスのゲーム台があったフロアがあったわね。あそこか。


「いってみる。ずびっ。ありがとう」

「テリー様、行かれる前に、これをちょこっと舐めてみないかい? 大丈夫。味なんかしませんよ。このひらひらの紙をね、ちょこっとだけ、舐めてくれるだけでいいの」

「……条件によっては、舐めてあげないこともないわよ」


 あたしが言うと、物知り博士がきょとんとした。


「巨乳パッド」


 あたしは腕を組んだ。


「レイちゃんにつけてた、アレよ」

「……あー」

「あれ、あなたが作ったんでしょ」

「その通り。あれは僕が丹精こめて作ったものさ。見たのかい? いやあ、それは素晴らしい。とかなんとかね。あの出来、最高だろう?」

「ええ。あれはすばらしいものだった」


 だから、このあたしが依頼をしようじゃない。


「クラブさん、いいえ、物知り博士、あたしの分もつくってくれたら、お金も払うし、あなたの治験にもつきあうわ! 全力でね!! げほげほっ!」

「なんですって!? それは嘘無し偽り無し本当の誠の誠実とかなんとかですか!? テリー様!」

「金額は……」


 あたしは指で示した。


「これでどうかしら」

「そ、そんなに!?」

「さらに、あたしの治験つき!」

「さ、細胞摂取し放題……!」

「クラブさん、さあ、どうする?」

「もちろん!!」


 物知り博士がとても笑顔になって、両手を握り締めた。


「喜んで用意いたしますとも!! とかなんとかってね!!」


(交渉成立)


 これであたしも、巨乳になれる! あたしは拳を握り、涼しい顔で物知り博士を見た。


「じゃ、たのしみにしてるわ」

「では、前払いとして先に風邪の細胞を貰いますね。げへへ! ほら、ちょこっとこれを舐めて……」

「かんせいしたら教えてね。ごきげんよう。げほげほっ」


 あたしは診療室を後にした。



(*'ω'*)



 親と子供がボードゲームを楽しむ。自らの手で操り、時にはサッカー。時には野球。ダーツ。少し離れた場所にチェス。頭脳系も、体育系も、いらっしゃいな。ここは楽しいゲームエリアよ。

 そして、その中にある一つの台に、子供が集まり、盛り上がっていた。


「あのねーちゃん、つええ!」

「すげー!」

「なんてことだ! ミックスマックスガールが伝説を作りにかかってやがる!」

「ミックスマックスボーイも負けられねえ!」

「だがしかし!」

「「なんて戦いだ!! 鳥肌が止まんねえ!!」」


 ゲーム参加者の冷汗が台に垂れた。


「くそ、手札は残り二枚……ならば!」


 参加者がカードを引いた。


「ドロー!」


 閲覧者達が息を呑んだ。


「騎士団を生贄にし、伝説召喚! 人魚姫!」


 なんだって!? 彼女、やられる!


「はぁーはっはっはっはっ! これでおしまいだーーー!!」

「そう来ると思っていた」


 女は冷静にカードをめくった。


「トラップカード発動! 横取り女!」

「こ、ここで横取り女だって!?」

「なんてことだ! あのカードは、プリンセスデッキが出た時のみ発動出来る特殊トラップカード。他のカードでは無力だが、プリンセスカードが相手の時、初めて効果を出す厄介なカードだ!」

「そ、その効果とは!?」

「今までの努力をあざ笑うかのように、残っていた体力が……泡となって消えていく!」

「なんて恐ろしい……!」

「行け! 横取りの女!」


 女が指を差した。


「寝取り!」

「ぐあああああああああああああああああああ!!」


 相手が自ら吹っ飛んで倒れ、白目を剥いた。


「俺が……負けた……だと……?」


 その瞬間、男の視界に死んだ父親の顔が映った。ジョン、もういいんだよ。お前は頑張った。


「父さん、俺、忘れていたよ。純粋にミックスマックスを楽しんでいた、あの時を……」


 ああ、俺は気付くのが遅かった。だが、まだ、やり直せるよな……?


「次は、きっと、楽しめる……」


 男の首がくたりと力尽きた。


「勝者、レイ選手!」

「「ぴぎゃあああああああああああああ!!」」

「ミックスマックスガールの伝説の誕生を、この目で見れるとは!」

「くそう! 涙が止まらねえ!」

「実に良い戦いだった」


 レイが相手の男に手を差し伸べた。


「見事だったよ」

「ああ。負けたが……清々しい気持ちだ」


 男が手を取り、立ち上がり、レイと握手を交わした。


「良い女だな。あんた、俺の女にならないか」

「冗談はフィールドで言うんだな」

「気の強いところも気に入ったぜ」

「またどこかで会えたら試合をしよう」

「ああ。今度はもっと楽しもうぜ」


 新たな伝説の誕生に人々は涙ぐみ、拍手をした。そのゲーム台の周りだけ歓声が起きる。外では、……呆れた顔をする父親がその輪に声を出した。


「おい、ジョン、そろそろランチに行こう」

「えー! パパ、待ってくれよ! ランチは12時でいいだろ!?」

「レイおねえちゃん」


 耳がぴくりと動いたレイが振り返り、あたしと目が合う。


「あたしとおさんぽしてくれるって約束でしょ。げほげほっ」

「おや、ニコラ。君、ここで何やってるんだ?」


 ――レイがはっとした。


「そうか! 君もミックスマックスのゲームがやりたかったのか! そうと言ってくれたら誘ったのに!」

「あんた、事件の聞きこみしてたんじゃなかったの?」

「……」


 レイがふっ、と笑った。


「一世一代の勝負と事件の聞きこみ、どちらが大事だと思う?」

「聞きこみ」

「勝負」

「だからお前なんかきらいなのよ」

「わかったわかった。お兄ちゃ……チッ。お姉ちゃんが話を聞いてあげましょう。あちらにお座りになって。ほらほら、咳なんかしちゃって。……今日は犬の口のマスクか。いいね。似合ってるわよ。おほほのほ」


 設置されていたソファーみたいな椅子に腰を下ろし、向かい合う。クルーの姿をした騎士がお茶を置いていき、レイになにか耳打ちしてから去っていった。あたしはティーカップを持ち、……ぼうっと湯気を眺めた。


(あ、湯気だわ)


 湯気が踊ってる。


「それで、君一人だけか? メニーは……」

「……」

「……ニコラ?」


(……湯気が踊ってる……)


 ぼうっとしていると――あたしの視界に手が映った。


(あ)


 顔を上げると、手を伸ばしたレイがあたしを見ていた。


「大丈夫か?」

「……だいじょうぶに見える?」

「なんで部屋から出てきた。休んでていいって言っただろ。まだ風邪も治ってないみたいだし」

「……ジャック、あたしに悪夢見せてきた?」

「え? いや、そんなはずは……」

「ジャック、見せてない?」


 レイの顔が一瞬で無邪気な表情に変化した。


「オイラ、何モシテナイヨ」

「そう。ならいいわ」


 レイの顔が一瞬で険しい表情に変化した。


「どうした?」

「夢見わるくて」

「ああ……体調悪い時は、見やすいよな。昔のこととか、思い出したくないこととか、ありもしない架空の現実の夢とか」

「目をつむるたびに……げほげほっ、沈没事故の悪夢におそわれるわ」

「それで部屋から抜け出したのか? メイドは?」

「……どうやってへやからぬけだしたのか、覚えてないのよね……」

「……君、大丈夫か?」

「同じしつもんには同じこたえしか言わないわ。だいじょうぶに見える?」


 レイが手を上げた。クルーに紛れた兵士がブランケットを持ってきて、あたしの膝にかけた。足元が暖かくなった。


「船についての心配はない。船内には数多くの兵士や騎士を置いてる。今のところ、損傷は見受けられない」

「……そう。トラブルも特に?」

「ああ」

「ボイラー室とか……」

「ボイラー員の中に兵士を派遣してる。ボヤは起きてるけど、大きな火事は起きてない」

「みはり台も……」

「二人とも双眼鏡を持ってる。大丈夫だ」

「……だから聞きこみをサボってたの?」

「さっきのは敗者を貶す横暴なプレイヤーがいたんだよ。HPが0なのに何度もこれ見よがしに攻撃してて、いたたまれなくなったから負かせてやったんだ」

「それが伝説になるって?」

「今世紀最大に良い戦いだった」

「げほげほっ。だからって調査をサボらないで。あんたが遊んでる間、あたしはひどい目にあってたんだから」

「どうした。誰かに虐められたのか? ニコラ、黙っていても良くないぞ。お兄ちゃんに全部話しなさい」

「ええ。中毒者にいじめられたわ。追いかけられた」

「……何?」


 レイが顔をしかめた。


「どういうことだ」

「こっちがききたいわよ」


 レイが隣に目を向けた。


「ドロシー」

「感覚が鈍るなぁ……」


 ドロシーが帽子を外し、頭を掻いた。


「だから海って嫌いなんだよ。見慣れない風景の町に行って、みんなすぐに目的地に向かって歩けるかい? Googleマップがないと無理だろ? ボクはね、何も地図がない状態で目的地に向かえと言われてるんだ。こんな理不尽なミッションがあっていいのかい?」

「あんたがさっき魔法かけてくれたら、げほげほっ、こんなことにはならなかったわ」

「無理矢理船に連れてきてごめんなさいの一言があってもいいんじゃない?」

「ずびっ、普段のおこないでしょ」

「レイちゃん、この女の態度、どう思う?」

「おねえちゃん、そのネコの態度、どうおもう?」

「まずは話を聞こう。……んっんん! さっ、ニコラたん、順を追って、わたちとドロチーに説明をしてちょうだい!」

「……リオンさー」

「その口調、つっこんだほうがいい?」

「なんだよ。ニコラとメニーの真似だ。似てるだろ?」

「はあ? メニーの真似だって?」

「あんた、なめてるの?」

「わかった、わかった。女の子はすぐにそうやって標的を変えて協力して攻撃してくる。怒るなよ。面倒臭い。僕が何をしたって言うんだ。ニコラ、冷静に大らかな気持ちを持って説明をしてくれるな? いいか? 怒るなよ? 怒ったら僕はこの場で無理矢理嫌なこと思い出してフラッシュバックしてパニックになってやるからな」

「怒らせてるのはどっちよ。げほげほっ。……はあ。……まず、最初に……」


 あたしはかいつまんで説明をした。

 開かなくなった冷蔵庫のドア。現れた廊下。暗い部屋。そこで起きた出来事。引きずってる何か。食べられた男。それが開かなくなった冷蔵庫の中に入っていたこと。そして――不思議な音色を奏でるハープが置いてあったことを言うと、リオンが首を傾げた。


「ハープ?」

「ええ。ハープがあった。誰もいないのに勝手に鳴ってた。そのうしろに倉庫があって……」

「……そのハープの音楽って」


 ドロシーが腕を組んで眉をひそめた。


「聴いてて心が癒された?」

「そんなヒマあると思う? 追いかけられてるのよ?」


 ……あ、でも。


「この船にのってから……ちょくちょくハープの音をきいてる気がする。……昨日の夜も、……変死体を見る前に、聴こえたわ。……げんちょうでなければ」

「ドロシー、心当たりは?」

「ハープはハープでも、魔法のハープってのがあってね。それじゃないかなーとは思ってるけど」

「げほげほっ、なんでも魔法ってつければいいとおもってない?」

「残念ながら魔法のハープは存在するもんでね」

「ドロシー、それは、……ソフィアの持ってる魔法の笛と何かしら関係があったりするのか?」

「まあ……共通点といえば、オズが作り出したものってことかな?」


 ドロシーがヒビの割れた水晶玉をテーブルに置いた。


「魔法のハープはオズが作った。それを罪なき人魚達のご褒美として渡したんだ。罪に染まらない聖なる楽器。それが魔法のハープ。ハープが鳴る時、乱れた心はたちまち整われ、癒される」

「……そんなものが、げほげほっ、どうしてあそこにあったわけ?」

「テリー、答えを聞く前に、今までの中毒者達を思い出してほしい。リトルルビィは瞬間移動の足があり、ニクスの父親は雪を移動し、ソフィアは笛で隠れ家を作り、ジャックは夢を移動する。つまり、呪いの力を使って自分だけの空間を行き来できるんだ。その廊下は異空間。呪いの力、つまり、これも元を辿れば、オズの魔力によって作り出されたものってことになる」

「そこにいたら、あんたに声ってとどく?」

「届かないように仕掛けられてたら無理だね」

「あんたを呼んでもこなかったわけだわ。げほげほっ。こんどの中毒者は船のなかに異空間をつくっていどうするっての? はっくしゅん! ずびっ。かんべんしてよ」

「君の質問に答えよう。魔法のハープがなぜそこにあったか。ボクの予想が正しければ、中毒者の衝動性を抑え込むために、オズに渡されたんだろう。魔法の鏡や、魔法の笛同様にね。勝手に演奏されていたということは、近くにあった心が乱れていたから……癒そうとしたんじゃないかな」

「……悪いものではないの?」

「説明した通り、魔法のハープはいつだって心の乱れた者の味方。寄り添ってくれる相手さ。魔法のハープは一番落ち着いて演奏できる場所に置かれるものさ。ハープが望んでいるからね。……もしも今後、異空間に閉じ込められることがあれば、魔法のハープがある場所に向かえば抜け出せるかもね」

「今後なんてないわ。二度とね」


 あたしは足と腕を組み、レイを睨んだ。


「さくばんの死体も、その異空間がげんいん?」

「特徴としては当てはまるな。異空間なら時間が歪んでいてもおかしくない」


 あたしは顔を険しくしてみせた。


「時間が歪むって、どういうこと?」

「死体にはいくつか特徴がある。まずは時間だ。死んでから間もないということ」


(……そういえばリトルルビィが言ってたわね)


 ――この人、ついさっき死んだと思う。一分前とか、それくらい。


「そして、今のところだが、死んでるのは全員男であるということ。最後に」


 レイが写真を出した。


「全員、イザベラ・ウォーター・フィッシュの関係者であること」


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