第18話 豪華なシャンデリア(2)


「……なにか食べる? げほっ、おなか空いてるならたのんでいいわよ」


 あたしはメニューを見た。


「ほら、これとかおいしそう。トマトスープだって。あったかそうじゃない?」

「……」

「あんた好きでしょ。トマトとか、赤いやさい」

「……」

「なーに? ダイエット中? っくしゅん、……だいじょうぶよ。スープなら飲んだってふとらないわ」

「……」

「げほげほっ」

「……」

「っくしゅん! はっくしゅん! っくしゅん!!」


 リトルルビィがハンカチをあたしの前に置いた。


「……ありがとう」


 マスクを取って、鼻水を拭う。


「ああ、だめね。かぜのときにふねなんてのるものじゃないわ」

「……」

「……カドリング島につけば、すごくあたたかいわよ。げほげほっ。冬はさむいんだけど、これくらいの時期になれば、初夏のあつさよ。気候の変化についていけないだろうけど、あんしんしていいわ。げほっ。あの島にいけば、かぜをひいてても一瞬で治るから」

「……」

「……ほんらいのベックスの屋敷がそこにあるの。ずびっ。もう、すっごく大きいんだから。一般人は入れないって言われてるけど、あんたならあそびに来てもいいわよ。どうせだまって入ったって、げほっ、大きすぎてだれも気づかない」


 ホットミルクを飲んで、再びマスクをする。


「島には入ってはいけない、かわったどうくつがあって、変などうぶつもいるの。ちかづいたことないから、あまり見たことないけど。かわってるからって血を吸っちゃだめよ。一部はリゾート地にしたけど、あとはぜんぶ、島のものだから」


 ホットミルクに湯気が立っている。


「カドリング島にはね、へんな言い伝えがあって、ずびっ。……島が生きてるんですって。これまでもいろんな人たちがあの島をまもってきたけど、げほげほっ。……空気が合わないみたいよ。あたしはなんともおもわないんだけど、人によって空気がちがうらしいの。その空気が合わなくて、どんどんせいしんがおかしくなって、病死したり、自殺したり。……だから、ごほっ。裏で『呪われた島』って呼ばれてるの。あたしたちの間でもね。げほげほっ。……メニーにきいたことある?」

「……変な島だってことは聞いた。でも、何もしなければ何も起きないって」

「そうよ。だからメニーも呪われてないの。……むしろ、あの子は島に気に入られてるみたいよ。メニーが島にいくと、かならず天候が良くなるの」

「それ、メニーが晴れ女ってだけじゃない?」

「……かもね。げほげほっ。でもそうじゃないかもしれない。ずびっ。あの島はね、気分屋さんだから真相がわからないのよ」


 リトルルビィが炭酸水を飲んだ。空になった。


「おかわりは?」

「……まだいい」

「そう」

「……カドリング島」

「ん?」

「何が美味しいの?」

「んー。……いっぱいあるけど、げほげほっ、魚料理かしらね」

「ふーん」

「タナトスもおいしいけど、カドリング島はまたちがった味なの。魚がやわらかくてね。だから、あたし、小さいときは城下町での魚料理に慣れるのに、くろうしたらしいわよ?」

「……テリーは、城下町育ちじゃないの?」

「うまれたのはじょうかまちよ。でも、……どうしてかしらね。理由は知らないけど、うまれて半年くらいしてから三歳までは島で生活してたほうが多かったみたい。アメリやばあばもいっしょ。たぶん、サリアも。だから、その時期はパパとはたまにしか会えなかったんだって。はんとしに一回、じょうかまちにもどってたらしいから、……はんとしに一週間だけじょうかまちで生活してたのかしらね。おもに、城でパーティーがあったりとかしたときに」

「……それ、初めて聞いた」

「こんな話おもしろくないし、あたしが覚えてないもの」

「……」

「でも、だからかしらね。あの島の料理の味も、屋敷も、なんとなくなつかしいっておもうのよ。……呪いの話がなければ、わるくないところよ。あんたも気に入ればいいけど」

「……」

「げほげほっ」

「……」

「夜のけしきもさいこうよ。ずびっ。いっしょに星でも見にいかない?」

「……テリーと二人?」

「そうよ。あんたさえよかったら」

「それ、浮気にならない?」

「なんで? あんたと星を見にいくだけで浮気って言うなら、あたしはクレアに立ちむかうわ。げほげほっ」

「なんでそこまでするわけ?」

「……あんたがリトルルビィだからよ」


 高くなった頭を撫でる。嫌がられると思ったけど、大人しい。


「前から言ってるでしょ。やんちゃしたって、あたしにとってはあんたはかわいいルビィなんだから」

「……」

「島ではあまりわるいことしないでね」

「……わたし、悪い事なんてしないよ」

「そうよね。あんたは良い子だもの」


 優しく優しく頭を撫でれば、お互いに出来た溝が埋まる気がして、撫で続ける。


「あまえんぼうの、リトルルビィだわ」

「……その呼び方、やめろって……」

「なによ。いまさら」

「……」

「ね、せっかくの機会だからきいてもいい? ずびっ。……なんでずっとあたしをさけてたの?」

「……」

「……あんたの想いを切ったから……あたしがきらいになった?」

「……。……。……」


 リトルルビィの視線が動いた。そして、突然、はっとした。


「あ、テリー、……あれ!」

「え!?」


 振り返る。


「げほげほっ! なによ! うえっげほ! なに!? え!? ずびっ! どうしたの!? だれかいる!? まさか、サリア!? サリアなのね!? ごめんなさい!! げほげほっ! あれ!? どこ!?」


 またリトルルビィに振り返ると、


「ルビィ!」


 赤い瞳が近くなって、


(えっ)



 ――マスク越しに、唇を重ねられた。



「……っ!」


 慌ててリトルルビィを引き剥がす。


「ちょっ!」


 驚いて、リトルルビィを見上げる。


「あんた! なにっ……!」

「好き」


 リトルルビィが真っ直ぐあたしを見つめる。


「好き」

「……ルビィ」

「無理。……嫌いになれない」

「……」

「何度も諦めようとした。でも、やっぱり好き」

「……」

「避けてないと、こうなるから……」


 リトルルビィが赤らめた頬を隠すように俯く。


「なんで昼に会いに行かなかったと思ってるの? 昼は、明るいじゃん。テリーの顔……よく……見えちゃうから……」

「……ルビィ」

「駄目」


 リトルルビィが近付いた。


「言わないで」

「あの」

「んっ」

「っ」


 また、マスク越しで唇がくっつく。


「まって、リトルルビィ」

「わたし、もう小さな子供じゃないよ」

「まっ」

「んっ」


 再びマスク越しに唇が押し付けられる。


「ちょ」

「テリーの妹じゃないよ」

「あ……」


 腰を掴まれる。


「リト……」


 肩を押す。


「ちょ、あの」

「やだ」


 抱き締められる。


「やだ。離れない」

「……」


 ……こういうところは変わらないのよね。


「……こら。いたずらっ子」


 また優しく頭を撫でる。


「マスクしてなかったら絶交してたわよ」

「しないくせに」

「……。ずびっ」

「テリー、わたしには甘いもん。ずっとそう」

「……ばかね。げほげほっ、あたしはみんなに甘くてやさしいの」


 頭を軽く叩く。


「ほら、おどき。ずびっ」

「テリー」

「なによ」

「……」

「……ずびっ、どうしたの?」

「……わたし」


 リトルルビィが耳元で囁いた。


「テリーとセックスしたい」

「リトルルビィ! なんてはしたない言葉をおおごえで使うの!! げほげほっ! げっほげほ! セックスだなんて!! 大人のいとなみと言いなさい!!」

「……だから声はテリーの方が大きいってば……」

「……きっとたんさんすいが足りないんだわ。おかわりいる?」

「いらない」

「じゃあ、なにかジュースに……」

「いらない」

「げほげほっ、その、なにか飲んだほうが」

「テリーの血だけでいい」

「げほ、げほげほっ!」

「テリー、お願い。五月まで待って。そしたらわたしは15歳になる」

「げほげほっ」

「ちゃんと仕事して働くから。で、屋敷を建てて、テリーが住みやすい環境にするから」

「り、リトルルビィ」

「だから、わたしを」


 あたしはその口を手で押さえた。


「……」


 リトルルビィの顔が険しくなる。


「……ルビィ、聞いて」


 これは、言わないといけない。


「ごめんなさい。話を掘り返したあたしが悪かったわ。本当にそれは……謝る。ごめん。大切なあんたの心を弄ぶ気はこれぽっちもないし、……その話をした時、ちゃんとあんたが理解するように言えばよかった」


 だから、言うわね。


「あたしが心に決めたのは一人だけよ」


 クレアだけ。


「……何度も言うけど、……その気持ちだけ、受け取っておくから」

「……」

「ありがとう」

「……そんな、言葉、いらない……」


 リトルルビィが拳を固め、震えた。


「そんな、『ありがとう』なら、いらないよ!」


 リトルルビィが乱暴に席を立った。


「ちょっ」


 あたしは即座にカウンターに銀貨を置いた。


「ごちそうさま! おつりはいらないわ!」


 バーテンダーは黙ったまま頷き、思った。――今宵もワケあり客が多いな。やれやれ。月が美しかな。全ての客に幸あらんことを。彼は何者なのだろう。いいや。彼は何者でもない。ただのバーテンダーだ。


 あたしは大股で歩いていくリトルルビィを急いで追いかける。


「ルビィ!」

「うるさい!」

「待ちなさい! どこに行くの!」

「どこだっていいだろ!」

「まちなさ……」


 手を掴もうと触れると、リトルルビィがあたしの手を払った。


「ついてくんなよ! わたしの事なんかどうでも良いくせに!」

「どうでもいいわけないでしょ! げほっ!」

「良いだろ! どうせ嫌いなんだから!」

「だれがきらいって言ったのよ! げほげほっ!」

「そういう事だろ! わたしが好きならわたしを選んだはずだよ! でも、テリーが選んだのはクレア! いいじゃん! お似合いだよ! 本当素敵! 最高! じゃあね! お幸せに! いつまでもクレアとイチャイチャしてな!」


 リトルルビィが再び大股で歩き出し、あたしがまた追いかける。


「待ちなさいって!」

「うるせえ!」

「げほげほっ!」

「ああ、もうやだ!」

「リトルルビィ!」

「構うなよ!」

「あんたね、一回おちつきなさい!」

「ふざけんなって! テリーが中途半端な事するからこうなってんだろ! なあ! 好きじゃないなら構うなよ! ムカつくんだよ!」

「リトルルビ……」


 手を取られ、壁に引っ張られる。


「っ」


 壁の隅に閉じこめられ――赤い瞳があたしの目を覗く。


「このまま血を飲み尽くしてやろうか?」


 赤い眼球は不気味に光っている。

 

「今テリーを殺しちゃえば、テリーはずっとわたしのものになる」


 彼女らしくない、いやらしい笑みを浮かべる。


「それがいい」


 あたしの首筋に鼻をなぞらせる。


「そうしようよ。テリー」

「……それで後悔しない?」


 ――訊けば、リトルルビィが口を閉ざす。


「……いいわよ」


 その体を抱きしめる。


「やれば?」

「……」

「いいわよ。あんたなら」

「……」

「……げほげほっ」

「……。……。……」

「……ほら、好きなだけ飲みなさい」

「……」


 リトルルビィが口を開けて、牙をあたしの首に這わせ、当てて、歯と肌が触れたら――口をゆっくりと閉じた。


「……意地悪……」


 手がゆっくりと動く。


「テリーのそういうところ、嫌い」


 あたしを抱きしめる。


「初めて飲んだ時は、やめろって止めたくせに、こういう、時だけ……」


 熱い吐息がかかる。


「だから……好きなんだよ……」


 腕の力が強くなる。


「馬鹿テリー……」

「……げほげほっ」

「……体、辛いだろ」

「……へいきよ」

「嘘つき。……だから部屋で話そうって言ったのに」


 腰を掴まれ、――今度は優しく抱きしめられる。


「テリーなんか、クレアに嫌われたらいいんだ」

「……そんなこと言わないでよ」

「嫌われたら、……わたしがテリーと一緒にいる」

「……」

「好きじゃなくてもいい」

「……ルビィ」

「想うのは自由だろ?」

「……そうね。ええ、そうよ。だけど」

「忘れるから。……忘れるようには、するから。ちゃんと。それまで……、……駄目? 迷惑にならないように……するから……」

「……ええ。わすれるならいいわ。ゆっくりでいいから」

「……」

「……。……またバーにでもいく?」

「……もう少し」


 リトルルビィがあたしにくっつく。


「もう少し、このまま……」


 鼻を寄らせる。


「甘い、匂いがする」

「げほげほっ、……匂いは嗅がないで。お風呂に入ってないの」

「なんで? こんなに良い匂いなのに」


 リトルルビィがあたしの首にキスをした。


「あっ」

「甘い匂いがする……」

「んっ、ちょっ……。……んふふ、やめてよ。くすぐったい……」

「テリー……」


 リトルルビィの吐息が当たる。


「んっ」

「全部、甘い……」

「ちょ、……もう……」

「テリーの匂い、甘くて、落ち着く……」


 リトルルビィの鼻が胸元に下りてきて……形に気がつく。あたしは瞬間的にブラジャーをしてくるべきだったと後悔した。


「……テリー」

「……。生理現象よ。さむけがするから……」

「寒いの?」


 リトルルビィの目が細くなった。


「じゃあ、……温めてあげる」

「あっ」


 腰を抱く手が強くなり、胸元に鼻を押し付けられる。


「リ、リトルルビィ……、ここ、人もあるいてるから……」

「誰も見てないって」


 首に鼻が押しつけられる。


「ひゃっ」

「テリー」

「あっ、ん……」


 リトルルビィが唾を飲んだ。


「テリー……」


 リトルルビィの膝があたしの両足の間に入りこんできた。


「ちょ、ちょっと、まって、リトルルビィ……ずびっ」

「テリー、ごめん」

「ん」

「止まんない……」


 リトルルビィに耳を甘く噛まれた。


「んっ!」


 舌が耳をくすぐってくる。


「ちょ、ど、どこなめて……ん、んん……!」


 吐息が当てられる。


「んっ」

「テリー……」


 リトルルビィの手があたしの腰を撫でた。


「……だめ?」


 甘えん坊な赤い瞳があたしを見つめる。


「一回だけ……」

「だ……め……」


 腰を抱かれる。三。


「あっ……」

「テリー……」


 甘えん坊のリトルルビィの顔が目に入れば、抵抗しなければいけないはずの手から、……力が、抜けてしまう。二。


「……ルビィ……」


 顔が近づいて、唇がマスクに押し付けられそうになった――瞬間――目の前の赤い眼がぎょろりと開かれた。


「っ」


 一。




 時計の針が24時を差した。

 鐘が大きく鳴り響いた。

 それと同時に、――船が大きく揺れた。


「きゃあ!」

「うわあ!」


 人々が悲鳴を上げる。あたしも重力に引っ張られる。


「ぎゃっ……!」

「っ!」

「むぎゅっ!」


 リトルルビィが壁に手を置き、あたしを支える。しかし揺れはすぐに収まり、動揺する人々が辺りを見回した。クルーがインカムで連絡を取り合い、廊下を小走りながら声を出した。ご迷惑をおかけして申し訳ございません! 波の影響で船が少し揺れたようです! しかし、ご心配はありません!


(……今のでトラブルがどこかで発生かもしれないわね……クソ……)


 リトルルビィがあたしを見下ろした。


「大丈夫? テリー」

「へいきよ。……ありがとう。たすかったわ」


 あたしはリトルルビィの義手を叩いた。


「げほっ、船内でトラブルがおきてないか、げほげほっ、念のため見にいきましょう」

「は? クルーに任せればいいじゃん」

「しんぱいでしょ」

「いいって。任せとけよ。風邪引いてんだろ」

「だいじょうぶよ。げほげほっ、でも、はあ。街にかえったら、キッドとリオンにつたえておいて。あんたたちがいないせいで、あたしはとてもくろうしたって」

「……」


 リトルルビィがきょとんとして歩き出したあたしの背中を見て、追いかける。三。


「テリー、会ってないの?」

「ん?」

「キッドとリオン」

「城にのこってるのに、どうやって会うのよ。あいつらほんとうにさいてい。タイミングわるすぎる」

「テリー」

「ん?」

「あの二人……」


 揺れる。二。


「船に……」


 一。零。落ちた。


「っ」


 リトルルビィがはっと上を見た。あたしも見上げる。上から巨大で豪華なシャンデリアが落下してくる。


「っ!」


 リトルルビィがあたしを抱き、地面を蹴った。ものすごい速度を出すシャンデリアはあたしとリトルルビィが今までいた場所に激突してきた。人々が悲鳴を上げる。リトルルビィが振り返った。


 シャンデリアの上に、





 男の死体が、乗っている。





 ――辺りが静まり返る。

 何度見ても、おぞましい姿の男の死体が存在している。死体を見た貴婦人が悲鳴を上げた。まるで食べ終わった魚のような姿。頭と足と骨だけが残され、それ以外の肉と内臓は綺麗に取り除かれているおぞましい死体。誰かがその場で吐いた音が聞こえた。人々がざわつき始める。あたしもその死体を見て……眉をひそめた。


(……待って)


 この男の顔、知ってる。


 ――この子はテリー。この船の社長の娘で……友達になったの。


 そう言うと、男はあたしに笑顔を向けていた。


 ――こんばんは。テリー。


 ……この男、


「で、彼は、アタシの残された唯一の男友達の、ランドよ」

「ランドだ。よろしく」


 ――イザベラの友人だわ――。


 リトルルビィの目がぐるんと回った。


「テリー、待って。何か変」

「え?」


 リトルルビィが振り返った。


「そっちにもある」

「えっ」


 リトルルビィが上を見上げ――あたしを抱きかかえた。


「ぎゃっ」


 そのままリトルルビィが高く飛んだ。人々が驚いた声を上げる。


「ちょ、リトルルビ……むふぉっ!」


 リトルルビィが着地した。それと同時に、後ろから何かが飛んできた。リトルルビィが避けると、それが壁に当たり、ズルズルと地面に倒れた。


 二体目の死体だ。


 頭と足と骨が残され、それ以外は取り除かれている。その場にいたクルーと乗客がぎょっとして悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああ!!」

「人が死んでる!」

「皆様、落ち着いてください!」

「……変死体だ」


 リトルルビィが呟き、あたしを地面に下ろし、自ら死体に近付き、匂いを嗅ぐ。


「この人、ついさっき死んだばかりだと思う。一分前とか、それくらい」


 リトルルビィが眉をひそませた。


「でも、生きてた感じもする。……一分前くらいに」


 リトルルビィが違和感を感じる。


「……なんか……似てる……この感じ……」


 リトルルビィが思い出す。


「これ……呪いの……」


 その瞬間、また船が大きく揺れた。


「わっ」

「っ」


 リトルルビィがふらつき、あたしも慌てて手擦りに掴まり、掴まるところがない人々はその場に転がるしかない。


「きゃー!」

「な、何なんだ!」


 死体がずるずると滑り、誰かの上に被さった。頭が残されているので目玉は目の前の人を見つめ続ける。死体に乗られた人があまりのおぞましさに悲鳴を上げた。


(何が起きてるの!?)


 船が揺れる。さっきよりも大きい。


(確認しないと! まさか、もう氷山が当たった!?)


 いいえ、氷山に当たるのは三日目のはずよ!


(だけど、まさか、もしかしたら……ベックス家がこの船に乗ったことで、歴史が変わった可能性も……)


 とにかく船の様子を見に行かないと。あたしは急いで立ち上がると――。


(……え?)


 何か聴こえる。


(……ハープの音……?)


 素敵な音色に――なぜかあたしの足が止まり――また船が大きく揺れる。


「っ」


 ハープなんて幻聴だ。あたしの弱った精神が幻聴を聴かせたのだ。だってもう聴こえない。聴こえるのは人々の悲鳴。船が大きく揺れた。そして――あたしの手が滑り、手摺りから身を投げ出された。


「っ!」


 リトルルビィがはっとしてあたしに手を伸ばす。


「テリー!」


(げっ!)


 待って! 嘘! 掴むところ、あれ、ない。嘘。待って。待って待って待って待って。あたし……死んじゃう!


(誰か!)


 あたしはぎゅっと目を瞑って祈った。ああ、女神様神様仏様に天使様に悪魔でもいい! あたしまだやる事があるのよ! ここで死ぬわけにはいかないのよ!


 誰か……!




 ――誰か、あたしを助けて!!





















 強く、腕を掴まれた。

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