第18話 豪華なシャンデリア(1)


 大人はパーティー。

 子供はベッド。

 夜は続く。

 暗い部屋。

 静かに流れる海の音だけが聞こえる。

 静寂に包まれる。

 波の音が響く。


 かたん、と窓が揺れる音がした。


(……ん)


 その音で目が覚めた。


(……サリア?)


 具合悪い。


(……何これ……。……全部が重い……)


 あ! なんか、体が痛い!


(腰辺りがびくってしてるわ! え、何これ、痛い……。……頭も痛い……。……ああ、待って。……あー、思い出した……。完全に二日酔いと風邪のせいだわ……。……ワインなんか飲むんじゃなかった……。うわ、しんどい……)


 ずし。


「っ」


 その時、誰かがあたしに乗った。


(……重さが無いのに、乗られてる感覚)


 瞼を上げると、間違いなく暗い影があたしに乗っていた。窓から零れる星の明かりに反射して光った赤い眼を見て、その正体がわかる。


「っ」


 息を呑んだ瞬間、影があたしに近付き、――首から暴力的な痛みを感じた。


「いたっ」


 歯が無理矢理食い込んでくる。


「いた、痛い、ちょ」


 押さえつけられる。


「いだだだだ! リ……リト……!」


 力強い手で口を押さえられた。


「んぐ、んっ、んん!」


 血が吸い取られていく。


(痛い!)


「ん、ふぅ……!」


 穏やかな時間はやってこない。ただひたすら、痛いだけ。


「……っ」


 満足したのか、しばらくしてから、舌が傷を舐める。


「んっ……」


 首回りをしつこく舐められる。


「ん、んぅ……」

「お酒飲んだ?」

「……ひさしぶりに会って、一言目がそれ?」


 溜め息を吐く。


「リトルルビィ」

「やめて。その呼び方」


 リトルルビィがゆっくりと起き上がった。


「血が濁ってて、いつもより不味い」

「げほげほっ。……今なんじ?」

「日付が変わる前」

「……意外だわ。もう少し長く寝てたかと思った」

「そのまま寝てれば良かったのに。テリーっていつもそう。寝静まった時を狙ってるのに、起きるんだもん」

「好きで起きてるわけじゃないのよ。……最近痛いのよ。噛み方が」

「ああ、そうですか。……気をつけまーす」

「……」

「首」

「え」

「見せつけんの良いけどさぁ、あざとすぎない? キモい」

「……」

「全部消しておいたよ。感謝して。じゃ」

「っ」


 リトルルビィが一歩引こうとしたのを見て、あたしは慌てて義手を掴んだ。リトルルビィがそれを見て、――再びあたしを睨んでくる。


「何?」

「……どこいくの?」

「部屋」

「さっき……へやまではこんでくれたクルー、ずびっ、あんたでしょ」

「だったら?」

「……お礼を言おうとおもったけど、やめた」


 咳をしながら続ける。


「かわいくないわよ。ルビィ」

「別に可愛くなくて結構です」

「まちなさい。げほげほっ。はなしを……」

「咳しないで。移る」

「先に……へやに入ってきたのは……げほげほっ、あんたでしょ……」

「帰る」

「リトルルビィ」

「うざいんだけど!」


 リトルルビィが脅すような強い声を出した。


「その呼び方、キモいって言ってるだろ!」

「甘えんぼうのあんたはどこ行ったのよ」


 ランプをつければ、肩まで伸びた髪の毛に、一束だけ赤のメッシュがかかっており、耳には五つの派手なピアス。あたしは溜め息を吐いた。


「そのピアスのつけ方は、ずびっ、かんしんしないわね。……クレアにきょか取ったの?」

「……」

「はいはい。無視ね。わかった。……げほげほっ」

「もう行く」

「待って……げほげほっ……おちゃをだすから……げほげほっ」

「……酒は無いの? エールでいい」

「ないわよ……そんなもの……げほ……」

「……」

「げほっ! げほげほっ!」

「はーあ」


 大袈裟に溜め息を吐いて――とても優しい手であたしの背中を撫でてくる。……反抗期になっても、そういうところは変わらない。


「ん」

「……ずびび。……ありがとう」


 返事は無い。無視されたようだ。


「……ねえ、その髪、ずびっ。いつ直すの。元の方が可愛いわよ」


 リトルルビィが無視した。


「ね、むしゃくしゃするのはわかるけど、げほげほっ、こんなときまで無視する気? 久しぶりに会ったのよ」


 リトルルビィが無視した。


「ずびびっ、最近メニーとしか口をきいてないんでしょ? はんとしまえから、しごともしてないって」

「……るせーな……」

「そうね。きゅうけいじかんかもね。げほげほっ、あんた、小さいときからみんなにいい子だったから、はんこうきくらいむかえても、ごほんっ、女神さまはおゆるしになるはずよ」

「その言い方むかつくんだけど」


 リトルルビィに睨まれる。


「何も知らないくせに、知ったかぶった言い方やめてくれる? うざいんだけど」

「しってるわよ。あんたが小さいときからね」

「小さい時っていつ? 何年の何月何日? 何回星が回った時?」

「ルビィ」

「そうやって保護者ぶるなよ。たった二歳しか違わないのに」

「そうよ。あたしのほうがおねえさんなの。とししたは大人しくおねえさんの言うこときいてなさい」

「テリーだってソフィアやクレアの言うこと聞かないでしょ。サリアさんの言うことだって聞いてない。見たよ。さっき、メニーが止めてたのに、三人でどこかに行ってた」

「ああ……」

「自分の事だって言えないのに人にあーだこーだ言うなよ。テリーのそういうところ、嫌だ」

「あんたの場合は過剰なのよ」

「うるさいな。ほっといてよ」


 うっ。唾が変な器官に入った!


「げほげほっ!!」

「……ちょっと、もう」


 リトルルビィが溜め息混じりに再びあたしの背中を撫で始める。


「年取りすぎて、お婆ちゃんにでもなった?」

「むせたのよ……。……げほげほっ!」

「はあ」


 リトルルビィがあたしの膝の上に乗ってきた。重さは相変わらず感じない。


「ねえ、早く風邪治して。血が不味くて飲めたものじゃない」

「……あんたのための血じゃないし、そう簡単に飲まないの」


 ハンカチで鼻をかむ。


「ずびっ、なんで昼にあいにこないの? メニーとはあってるんでしょ?」

「わたし、夜行性だから」

「ああ、そう。いいかたをかえるわ。……かってに人のへやに入ってかってに血をのむのをやめて」

「吸血鬼だもん」

「きゅうけつきはしんしなケダモノなのよ。一言、失礼します、感謝します、いただきますって言ってくれないと」

「めんど」

「血をのんでおいてよく言うわよ。ずびっ、起きたら起きたでむりやりのんでだまって出ていくし。げほげほっ、きゅうけつきじゃなくて、蚊ってよぶわよ」

「仕方ないじゃん。テリーの血が一番美味しいんだもん」

「一言ちょうだい。起きてだれかがいたら、びっくりするでしょ」

「はあ。もううんざり」

「うんざりならやめなさい」

「他は不味いっつってんだろ!」


(ああ言ったらこう言う……)


 前から様子がおかしかった。何かと否定したがるし、部屋に引きこもり始めるし、仕事もサボりだして、挙句の果てに、メニー以外の人と関わらなくなってきて。


(気がついたらこれよ)


 不良ルビィの完成。

 お陰でソフィアもキッドもその周りも、みんな手を焼いてる。誰よりも一番忠実であったリトルルビィがまさかこうなるなんて、誰が予想していただろう。話をしようにも居留守を使われるし。


(やっと会えたのに、逃がしてたまるか)


「ねえ、ここじゃなんだし、バーにでもいかない?」

「……」

「二人で出かけるの、げほっ、しばらくしてないでしょ。話したいこともあるし……」

「……」

「げほげほっ」

「……その状態で行くの?」

「ソフトドリンクを飲みにいくだけよ」

「ここで良いじゃん。話って何?」

「あんたと二人だけでデートしたいのよ。いきましょう。……げほげほっ」

「……わたし、エール頼もうかなー?」

「炭酸水にしておきなさい」

「ここで良いじゃん」

「せっかくのごうかきゃくせんなのよ。ずびっ、利用しなきゃ」

「見つかったら怒られるんじゃない? ドアが鎖で繋がれて封鎖されてた」

「あんたはまどから入った?」

「ん」

「ずびび。……場所が変わればできなかった話もできるでしょ。……積もるはなしがあるのよ」

「……はあ」

「……きがえるわ。どいてくれる?」


 リトルルビィがあたしから下りて、あたしはベッドから抜け出す。


(……あっ)


 しかし、立った瞬間、くらりと目眩がして足を滑らせた。


(っ)


 それをリトルルビィが抱き止める。あたしの目の焦点が合い、やっと足に力が入る。


「……ありがとう。ルビィ」

「……早く支度して。わたし、早く遊びたい」

「ええ。いいわ。げほげほっ。あそぶならダーツバーにいきましょう」


 リトルルビィの背中を叩き、あたしはマスクをした。そして、――ネグリジェのリボンを解くと、リトルルビィが途端にはっとして、あたしに背中を向けた。


「ちょっと!」

「ん?」

「何考えてるの!?」


 リトルルビィが乱暴に頭を掻いた。


「わたしがいるんだけど!」

「ん? あたり前じゃない」

「だ、だから!」


 リトルルビィが舌打ちした。


「もういい!」

「……はいはい」


 あたしはネグリジェを脱いだ。ぱさりと床に落ちる音が響き、リトルルビィが腕を組み、ぐっと体に力を入れて、唾を飲んだ。あたしはキャミソールを脱ごうとして……考える。


「リトルルビィ」

「んー」

「ブラジャーって、していかなくてもだいじょうぶよね?」

「……」

「バーにいくだけだし」

「……」

「ああ、そうね。無視ね。はいはい。げほげほっ。……このままでいっか」


 ブラジャーはせず、キャミソールのままワンピースを着る。……乳首見えるかしら。


(……上着を羽織ればいっか)


 歩きやすい靴を履いて、下は完成。


(……髪型……)


 暗い色のバンダナを選んで、下から上に結んでウサギ耳を作り、それっぽくして誤魔化す。最後に上着を羽織って、ようやく振り返る。


「リトルルビィ、いきましょう」

「……」


 リトルルビィがゆっくりと振り返った。顔はかなりふくれっ面になり、出来る限り頬を膨らませている。あら、出たわね。妖怪ほっぺた。……うん?


「あんた、なんか顔赤くない?」

「るせーな! 行くんだろ!」


 リトルルビィがズカズカとあたしに近付いた。


「瞬間移動使うから、じっとして」

「ん。わかった」


 あたしからリトルルビィに抱きつくと――あたしの胸が当たり――リトルルビィがぴたりと固まった。


(……ん?)


「リトルルビィ?」

「……クソが……」


 その直後、風が起きる。


(うひゃっ!)


 気がつけば、どこかの長い通路に出ていた。赤い絨毯がどこまでも広がっている。人の気配はない。


「……あんたのしゅんかんいどうは、げほげほっ、いつになってもすごいわね。げほげほっ」


 廊下を歩こうとすると、リトルルビィに腰と手を掴まれた。


(ん?)


「ふらふらしすぎ」


 リトルルビィが目を逸らす。


「連れていくから大人しくして」

「……はいはい。エスコートは頼むわよ」


 リトルルビィに腕を絡ませると、あたしの胸がまたくっつき、リトルルビィが目を見開いた。


「っっっ……!!」


(ん?)


「……わかった。あんた、ねむいんでしょ」

「あ?」

「目がじゅうけつしてる。ほら、なにが夜行性よ。まったく」

「……」

「一杯のんだらかえるわよ」

「……チッ」


 リトルルビィがイライラしたように歩き出す。


(前まではこんなんじゃなかったのに)


 ――テリー! だっこしてぇー! 頭なでてぇー! きゃー! テリー! 大好きー! ――って言ってたあんたが遠い過去の思い出のようだわ。あたしは悲しいわよ。ぴえん。


(ああ、成長って寂しいものね)


 ダーツバーに辿り着き、空いてる席に座る。バーテンダーがグラスを拭き、客は座って話したり、ダーツで遊んでいたり。あたしはバーテンダーに声をかけた。


「すみません。ホットミルク二つ」

「二つ?」


 聞き返してきたリトルルビィに、きょとんとして顔を向ける。


「……ホットミルク、好きでしょう?」

「ガキ臭。おっさん、酒ないの?」

「……ホットミルクと、たんさんすいでいいわ。ずびっ」


 バーテンダーが頷き、黙って作り始めた。


「炭酸水とか萎えるっつーの」


 リトルルビィが立ち上がる。


「おっさん、ダーツやりたいんだけど」

「げほげほっ、……一ゲームでいいわ」


 バーテンダーが頷き、黙ってダーツのセットをリトルルビィに渡した。


「よっし! 見てな!」


 リトルルビィが位置に立ち、吸血鬼の集中力と目を使い、矢を投げた。そりゃ、ハンデがあるんだもの。最高得点くらい楽勝でしょうね。


 遊んでいた人々が、チラッとリトルルビィを見始める。リトルルビィが調子に乗って当てていく。また高得点。高得点。更に高得点。人々が声を上げた。ありえないスコアを出した。


「ふふん! どんなもんだい!」

「お嬢ちゃん! やるじゃねえか!」

「まあねー!」


 リトルルビィが野次馬の声にピースサインをして、カウンターに戻ってくる。


「はあ。喉渇いた」

「リトルルビィ」

「もう一ゲームしようかな」

「一回乾杯しましょう」

「はいはい。乾杯ね」


 リトルルビィが面倒臭そうにグラスを持った。


「はい、乾杯」

「座りなさい」

「もう一ゲームした後でね」

「げほげほっ! ……ルビィ」

「……はいはい」


 リトルルビィがうんざりそうな声を出し、席についた。炭酸水を飲みこむ。


「ぷはっ」

「リトルルビィ、げほげほっ、少し話しましょう」

「風邪が治ってからにしたら?」

「……少しだけならへいきよ。マスクもしてるし。ずびっ。はあ。……最近どう?」

「ふつー」

「しごとはいつからはじめるの?」

「ずっとしてる。キッド殿下の護衛と、城でのトラブル処理」

「アルバイトはもうしないの?」

「あんなたるいの、もうしない」

「けほけほっ! ……しないの?」

「毎日アルバイトして、問題集をやって、寝て、またアルバイトして、問題集やって、寝て、はあ。あのさ、わたし、もううんざりなの。金なんて十分にあるし、働く必要なんかないよ。働いたってムカつくだけ。部屋で音楽かけて踊ってる方が全然楽しい」

「げほげほっ」

「話はそれだけ?」

「まだよ。……ピアスは一つになさい」

「今時一つ? おいおい、そんなのダサイって」

「ダサくないから外しなさい」

「わたし、気に入ってるの。メニーだって似合ってるって言ってくれた」

「あのね、おせじってならわなかった?」

「メニーは嘘言わないよ。一番の親友だもん」

「ふだんならいいけど、げほげほっ、いまは隣国の大使もいるんでしょ。見られていんしょうがわるくなったらどうするのよ」

「別に良くない? 耳にピアスしてるだけじゃん」

「そんな派手なピアス、五つもしないの」

「テリーは考え方が古いんだよ。貴族だから古い考えが好きなんだよね」

「……あんたには、にあわないわ」


 リトルルビィに手を伸ばし、そっと彼女の横髪を耳にかけて、ピアスだらけの耳を見る。


「痛くないの?」

「あんまり感じない」


 ピアスが光っている。リトルルビィがにやりとした。


「かっこいいだろ?」

「……そうね。たしかにかっこいいかもね」


 耳を撫でると、リトルルビィの肩がびくっと揺れた。


「ちょ、くすぐったい」

「そうよ。くすぐってるのよ」

「やめてよ」


 あたしの手を払う。


「テリーも穴開けたらわかるよ。軟骨も簡単に空くもんだよ」

「あたしは耳たぶだけでいいわ」

「……つまんねー」

「……いれずみはやめてね」

「刺青なー。可愛いよね。……でも、まだ考えてないかな」

「……キッドとは会ってるの?」

「……ま、用があったら」

「そう」

「テリーは? 会ってるの?」

「……あたしも会ってないわ。さいきんは」


(厄除け聖域巡りの旅をしていて)


「いそがしかったから」

「……」


 リトルルビィが目を逸らした。


「あのさ」

「ん?」

「さっき……首についてたのって……あいつだろ?」

「え?」

「どこまでしたの?」

「……?」

「キッド……えっと、クレアと」

「……どこまでって?」

「……。セックスしたの?」


 あたしはリトルルビィのグラスを奪った。


「ちょっと! 何すんだよ!」

「マスター! この子は未成年よ! お酒なんて頼んでないわ!」

「はあ!? ちょっと、やめろよ! これは炭酸水だって! ……本当! これは炭酸水だから!」


 リトルルビィがバーテンダーに言えば、バーテンダーが頷き、黙ってグラスを磨いた。リトルルビィがあたしを睨んだ。


「はー! マジで何考えてんの? ホットミルクの飲みすぎで頭イカれたんじゃない?」

「げほげほっ! ……あんたがありえない単語を言ったからよ」

「今時、セックスなんて赤ん坊でも知ってるって!」

「おだまり!! セックスなんて! おおごえで言うんじゃありません!! げっほげほ! 大人のいとなみと言いなさい!! ずびっ!!」

「……テリーの方がデカイ声出してんじゃん……」


 あたしはおしとやかにホットミルクを飲んだ。


「げほげほっ、……そういう行為は、結婚してからするのよ」

「いつの時代の話してんの?」

「今よ。現代」

「今時、結婚した初夜に初エッチ?」

「リトルルビィ」

「なるほど、テリーはまだ処女なんだ。してないんだもんね?」

「げほげほっ、げひんな話はやめなさい。はしたない」

「下品な話? いいや? これは恋愛トーク。ね、テリー、好きなら触りたいって思うもんだよ。でもテリーもクレアもしてない。……ふーん?」

「……げほげほっ。なにが言いたいの?」

「それ、本当に好きなの?」


 リトルルビィがあたしの手に触れた。


「触らないって事は、気持ちがそこまで行ってない証拠じゃない?」

「愛は人それぞれ違うのよ」

「あいつさ、このまま行けば、まじで王様になっちゃうかもよ。そしたらテリー、やりたい事出来なくなるんじゃない?」


 リングだらけの指が、あたしの指に絡んでくる。


「選択は誤らない方が良いと思うよ」

「そうね。好みがかわってるとおもったことはあるけど、げほげほっ、いがいと、誤ったせんたくをしたとおもったことはないの」

「後悔すると思うよ」

「ずびっ、そうかもね」

「……」

「……なぁに?」


 手で遊ぶ。


「げほげほっ、キッドがさいていな奴なんて、もうわかりきってるわよ」

「……」

「なによ。……げほげほっ、……なにかいやなことでも言われたの?」


 リトルルビィが炭酸水を飲んだ。


「ソフィアにいじめられてない?」

「……」

「げほげほっ」

「……」

「……しごと、やすんでもいいけど、あまりこまらせちゃだめよ」


 手をしっかり握り締めると、リトルルビィがあたしを見た。久しぶりに正面からリトルルビィの顔をはっきりと見た気がする。前と比べれば、赤い目付きは鋭くなり、派手な見た目だが、……全て見せかけのようにも見える。だから、あたしは今までと変わらない笑みを見せる。


「ね?」


 リトルルビィがまた目を逸らした。でも、手は握られたまま。


(……やっぱり変わらないわね)


 この子は、今でも甘えん坊のリトルルビィだ。


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