第16話 歌姫の噂


 ――波の音が聞こえた気がして、急に意識が戻った。朦朧とする頭の中で、あたしは覚醒する。


「……」


 起きても良い事はない。頭と体が重たくて、重力に押し潰されそう。喉が痛くて咳が出た。鼻の中がむずむずしてくしゃみをした。鼻水が出て、ようやく瞼を上げる。


「……っ」


 部屋が眩しくて顔をしかめ、すごくブサイクな顔をしてから、またゆっくりと瞼を上げてうなり声を出す。誰もいないのかしらと思って、横をちらっと見れば、鏡台の前で、サリアがブラシで自分の髪の毛を梳かしていた。


「……」


 サリアがこっちを見た。目が合えば、サリアがにこりと笑って、ブラシを置いた。


「起きましたか?」

「……」

「鼻水が出てますよ」


 サリアがハンカチをあたしの鼻に押し当てた。あたしは力を入れて鼻水を出す。ハンカチで拭われ、鼻元が綺麗になった。


「吐き気は?」


 あたしは頷いた。


「今はどうですか? 吐きそう?」


 あたしは首を横に振った。


「お水は要りますか?」


 声が出ない。掠れた吐息だけが出た。


「必要みたいですね」


 サリアがグラスに水を注いだ。あたしはそのグラスを受け取ろうとして、――手が動かない事に気付いた。


「……」


 何これ。縛られてる。


「……」


 手も、足も。ベッドに縛りつけられている。


「……」

「テリー」


 顔を上げると、サリアが微笑んでいる。


「少し動かしますよ」


 沢山の枕を背もたれに、上体を起こされる。


「さあ、どうぞ」


 あたしはされるがままにグラスの水を飲んだ。喉が潤われ、少し楽になった気がする。水がグラスからあたしの顎に垂れて、サリアがハンカチで拭う。


「……」


 あたしはサリアを見て、掠れる声を出す。


「サリア」

「さあ、朝まで寝てください。夜は長いので」

「あの」

「良い子でいてください」

「……トイレに行きたい」

「……」


 サリアが全ての縄を解き、あたしの後ろにぴったり付き、部屋のトイレを使用させる。あたしがトイレから出てくると、またベッドを手で指し示し、あたしは再びサリアを見た。


「サリア」

「寝てください」

「せかいがぐるぐるするの」

「歩き回るからです」

「はあ。ぐあいわるい」

「寝てください」

「でもね、縄はもっといや。ずびび。てくびとあしくびに痕がついたら、パーティーにいっても、おばけのジャックしかおどりの相手をしてくれないわ。げほげほっ」

「そうでもしないとあなたは歩き回るでしょう? これも奥様の命令です」

「ママが?」

「あなたを動けないようにしろと。こんな事はもう二度とまっぴらごめん。縄でも紐でも錠でもいいからとにかく押さえつけておけ。私は従ったまでです」

「はあ」

「あなたが抜け出したお陰で、私まで奥様に叱られました。テリー、私をクビにさせるつもりですか?」

「ママはサリアをクビにはしないでしょ。あたし知ってるんだから」

「テリー」

「ママが心配してるのは、しょせん、あたしじゃなくて、せっかくの権力のつなぎがいなくなることでしょ。ずびびっ。あたし、わかってるんだから」

「テリー、寝てください」

「今なんじ?」


 時計を見る。良い子は寝る時間。


「ずびびっ」

「私達はあなたを甘やかしすぎたようです。外出は一切禁止です。私も持ち場を離れません」

「なによ。まるであたしがわるい子みたいな言い方。ずびびっ。あたしはふねのなかをほんの少しおさんぽしてただけじゃない。げほげほっ」

「ほんの少しお散歩して、船から落ちそうになったのは誰ですか?」

「……」


 ぼんやりする頭が近くなった海を思い出す。


「……」

「とにかく、大人しく寝てください」

「サリア、体がだるすぎるときってね、ねむたいけど、ねむくないのよ」


 あたしは鼻をすすった。


「体を動かしたほうがいいかも。いっしょにスポーツバーにいって、トレーニングしてこない?」


 サリアがあたしの首根っこを掴んだ。


「ひゃっ!」


 引きずられる。


「ごめんなさい! ごめんなさい! あたしがわるかった! ごめんなさい!」


 ベッドに投げられる。


「むふっ!」


 サリアがあたしの上に乗っかってきた。暴れるあたしをサリアの太ももが押さえつける。あたしは更に暴れた。だからサリアがより体重をかけ、胸と足を使ってあたしをベッドに貼りつけて閉じこめてくる。あたしは枕から顔を出し、呼吸をした。


「ぶはっ!!」

「寝てください」

「わかった! 寝る! ちゃんと寝るわ! 寝るから! げほげほっ!」

「本当?」

「寝る! あたし良い子だから寝る!」

「よろしい」


 サリアがあたしに乗ったまま縄を引っ張り、あたしの足を結んだ。


「……」

「不満そうな顔しない」

「……縄はいや」

「あなたが悪いんですよ」

「……ちょっと歩きまわっただけじゃない」

「ちょっと歩き回って海に落ちそうになったのは誰ですか?」

「足がすべったのよ」

「安静にしてください」


 サリアがあたしの額に手を当てた。


「でないと、薬が効きません」


 サリアが縄を引っ張った。


「さ、手を出して」

「……」

「テリー」

「……あたしをしばるの?」

「ご用があれば仰ってください」

「縄はいや。ずびっ」

「テリー」

「……やだ」

「外に出たのは誰? これは罰です」

「小さな子どもならともかく、あたし、もう16歳よ。じぶんの管理くらいじぶんでするわ」

「船から落ちそうになったのは誰?」

「……それはごめんってば」

「テリー」

「……サリア……」


 上目遣いで見つめる。


「……だめ?」

「駄目です。手を出してください」

「チッ!! なによ!! ずびっ! サリアのバカ!!」


 しぶしぶ両手首を前に出すと、サリアが躊躇なくあたしの手首を縄で縛りつけた。


「ちょっと外に出ただけじゃない! ずびっ! あれは事故だったのよ! げほげほっ! あたしはっ」


 そこで思い出す。どうしてあたしがこんな事になったのか。


「ずびっ! サリア、あたし、人助けをしたの! ずずっ! イザベラってごぞんじ? 有名な歌手なのよ! げほっ! あたしはね! イザベラをたすけようとしてがんばった! はっくしゅん! それだけなの!」

「そして私達は、あなたを失いかけた」


 サリアに、じっと睨まれる。


「わかってます?」

「……ずびっ」

「あの時、本当に船から落ちていたら、風邪の悪化だけでは済まされません。あの高さから落ちるなんて、屋敷の屋根から落ちるのと同じ。それ以上。ただでさえ熱は38度もあって、止めたのにも関わらず、あなたの我儘を押し通して無理矢理船に乗ったのだから、もう少し態度を改めてください」

「……ずびっ」

「……鼻水が出てますよ」


 またハンカチで拭われ、鼻元が綺麗になる。


「わかりました?」

「……ずびっ」

「返事は?」

「……」


 むすっと頬を膨らませると、サリアが溜め息をつき、――ゆっくりと、あたしの額にキスをした。そして、またゆっくりと、サリアがあたしを抱きしめる。……温かい。


「……テリー、お願いです。私の我儘も聞いてください」


 サリアの声が響く。


「ちゃんと休んで、またあなたの元気な顔を見せてください」


 背中を撫でられる。


「ね?」

「……。はい」

「何か、言う事はありませんか?」

「……ごめんなさい」

「よろしい」


 サリアがあたしの頭を撫でる。


「もう駄目ですよ」

「……ごめんなさい」


 謝れば、サリアがふっと微笑み、あたしの頭をもう一度撫でてからあたしを離し、ベッドから下りた。シーツを直しながらあたしに訊く。


「ホットミルクでも頼みますか?」

「……今のんだらはきそう」

「では、やめておきましょうか」

「……サリア」

「はい」

「……ほんとうにごめんなさい」

「分かればよろしい」


 次の瞬間、ノックが聞こえ、サリアがドアに振り向いた。大股でドアへと向かい、開ければ、外から明るい声。


「どうも」

「アメリアヌお嬢様、メニーお嬢様。お疲れ様でございます」

「サリアもご苦労様。悪いわね。テリーを押しつけちゃって」

「いいえ。いつもの事ですから」

「お姉ちゃんはどう?」

「今丁度起きまして……」

「入るわよ! テリー!」


 美しく着飾ったアメリとメニーが部屋に入ってきて、あたしは目をいつもより鋭くさせた。


「チッ。……なによ」

「ちょっと、見舞いに来たお姉様に向かって何よ。その目は」

「……ぐあいわるいの」

「具合悪いなら大人しく寝てなさいよ。あらら、縄なんかで縛られちゃって」


 アメリが呆れたように溜め息をつき、メニーと共にベッドに腰をかけた。


「大丈夫?」

「……のどがいたくてぼんやりする。げほげほっ」

「お姉ちゃん、薬は?」

「……ゆうしょくのときに、のんだ」

「そんな状態で船の中見て回ってたの? はーあ。……メニー、これが反面教師ってやつよ。こんな馬鹿になっちゃ駄目」

「おだまり。げほげほっ」

「お姉ちゃん、無理しないで」


 メニーがあたしの手を握った。


「でも、本当に良かった。怪我もなくて」

「落ちてたらキッド様が悲しんでたわよ」

「……きいた。来てないんでしょう?」

「ええ。ご体調崩されたんですって。あんたと一緒よ」

「はあ」

「残念だったわね。テリー。元気なら浮気し放題だったのに」

「……うわきなんてしないわ。あたしは一途なの」

「パーティーに参加してから言うのね。良い男がわんさかいたわ」

「公子よりも?」

「もちろん、わたしは良い女だから言い寄られても浮気なんてしないわ。でもね、ロードったらどこにもいないのよ。仕方ないからレイチェルと素敵なイケメン達を眺めてたわ。イケメンはいつだって目の保養よね」

「……はぁ」

「ああ、そうだ。アリスもいたわよ」

「……会ったの?」

「あんたの事言ったら心配してたわよ。明日辺り、見舞いに行きたいって。……そうそう。レイチェルったら、アリスがデザイナーって知らなかったみたいで、驚いてたのよ。しかも、自分が被ってた帽子とパーティーでつけてたヘッドドレスが、アリスのデザインしたものだったらしくて、ふふっ。面白い顔してたわね。メニー」

「びっくりしてたね」

「ほら、デザイナーとしてではアリーチェで名乗ってるでしょう? それに、同い年だから、同一人物とは思ってなかったそうよ。……そういえば、ルビィを見てないわね」


 アメリアヌがメニーを見た。


「来てるんでしょう?」

「来てる……はずだけど」

「……会ってないの?」


 聞けば、メニーが頷いた。


「うん。まだ……。……でも、どこかにいると思う」

「まあ、でかい船だものね。今日はわたし達もパーティーとご挨拶で忙しかったし、明日ゆっくり会えるわよ」

「うん」

「……たのしいパーティーだったみたいね」


 また溜め息が出る。


「ずびびっ」

「まだ二日もあるわ。あんたも元気になったらパーティーに参加出来るんだから、これに反省して大人しく休むことね」

「げほげほっ。……パーティーはもうおわったの?」

「あとは大人の時間よ。わたしはまだ17歳だもの。18歳以下はもうおねんねの時間ですって。おかしいわよね。15歳を超えたら結婚できる法律はあるのに、夜遊びが駄目だなんて」

「でも、気分が盛り上がってたら、子供も大人も眠れないでしょう?」

「わたしもメニーも気分が盛り上がってるわけ。だから、延長のパーティーをしようと思ってね! おほほ! 優しいお姉様と妹に感謝してちょうだい!」


 アメリがオレンジジュースの瓶を出し、メニーがバスケットに詰め込んだであろうお菓子をあたしの上にばら撒いた。サリアが瓶を受け取り、グラスを三つ出し、それに注いだ。


「病弱な次女に乾杯!」


 アメリが笑いながらグラスを上げて、ごくりと飲んだ。


「サリア、せっかくだからこの時間に大浴場に行ってきたら? 馬鹿妹の事なら、わたし達が見てるから」

「……」

「大丈夫よ。二人で監視してる。ね? メニー」

「うん」

「……それでは、お言葉に甘えていいですか?」

「ええ。行ってらっしゃい」

「お姉ちゃん、これ、喉飴なの」


 メニーが笑顔で差し出した。


「はい。あーんして」


 その瞬間、あたしは頭の中でメニーを八つ裂きにした。着飾ったてめえはむかつくほど綺麗ね。本当、もっと具合が悪くなった気がするわよ。


「ありがとう。メニー。あーん!」


 口に入れてもらい、笑顔で飴を舐める。……この飴すごいわね。喉がすーすーして痛みが麻痺してきた。着替えを持ったサリアが立ち上がる。


「すぐに戻ります」

「大丈夫よ。ゆっくりしてきて。せっかくの船の旅なんだから」

「ありがとうございます。……縄は外さないようにお願いします」

「わかってるわよ」

「それでは行ってきます」


 サリアが部屋から出ていった。それをアメリとメニーが笑顔で見送り、ドアが閉まってからしばらくして――アメリがあたしに振り返った。


「どうする?」

「おねがい」

「メニー、足やって」

「わかった」

「あんたね、サリアを困らせるんじゃないわよ。罰よ。罰。サリアも可哀想よ。あんたがいなくなる度に数人がかりで捜し回ってたんだから。同情するわ」

「……反省はしてるわ」

「後悔は?」

「反省はしてる」

「お陰でモニカ達も大変そうだった。人手不足で仕事が倍」


 はあ。解放された。メニーとアメリが座ってた位置に戻り、あたしも自由になった手足を使って伸びをし、優雅に口の中で飴をころころ転がす。


「げほげほっ。……クロシェ先生は?」

「女の顔してるわよ。もう幸せそう」

「もう少しで結婚式だもんね」

「相手もなかなかの相手だったわ。自分の学校をいくつか持ってる金持ちよ」

「レイチェルさんのパーティーで会ったんだって」

「クロシェ先生、元々先生になる事を希望してたでしょう? 仕事の話で盛り上がっていくうちに、お互いに想いを寄せ合うようになったんですって」

「ロマンチックだよね」

「あんたが一人で呑気に散歩に行ってる間、ウエディングドレスを見せてもらったのよ。もう……言葉に出来ないほど綺麗だった」

「島に着くまでには、お姉ちゃんの熱も下がってるといいけど……」

「そうよ。そのためには大人しく寝てないと。……ねえ、聞きたかったんだけど、そのマスクどうしたの?」

「……ずびっ、しんりょうしつにあった」

「あんた、診療室まで歩いたの?」

「マスクがあるってきいたから」

「その状態であそこまで行くなんて、あんた、馬鹿ね。クルーに頼めば良かったのに」

「マスクをしてたら菌が散らばらないわ。……メニー、ハンカチ取って。鼻水が……」

「はい」

「ありがとう」

「ねえ、テリー、あんたイザベラといつ知り合ったの?」

「……」


 あたしは顔をしかめた。


「今日、ぐうぜん」

「どうやってあんな気難しいスター口説いたのよ。あのイザベラがあんたをかばってたのよ。あの子はアタシを助けてくれようとしただけなんですーって。イザベラってファンには笑顔だけど、それ以外にはすごく気難しいんでしょ? ……実は違うの?」

「ああ、……なんかともだちはつくらない主義とか言ってたわね。別れるのがさびしくなるんだって」

「そういうこと?」

「らしい」

「それ、誰から聞いたの?」

「イザベラ」

「歩き回って伝説の歌姫のお友達になっちゃったわけ?」

「げほげほっ。どうかしらね」

「テリー、イザベラの友達だなんて、自慢の種にしかならないわ。彼女、どんなパーティーでも、必要以上に人との関わりを避けてるの。新人時代は違ったみたいだけど、今ではすっかり孤独の歌姫。でも歌うとすごい迫力。あんた、この間まで変な旅に行っててコンサートに行かなかったわよね」

「変な旅ってなによ。あれはひつような旅だったわ」

「あんな旅行よりも、イザベラのコンサートの方が何倍も価値がある」

「お姉様、泣いちゃってたもんね」

「感動が止まらなかった。そんなスターと、あんた、ええ? 抱きしめ合うまで親しくなっちゃって」


 アメリをじろりと見た。


「なにが言いたいの?」

「紹介してよ。あんた経由なら、わたしもイザベラと友達になれるかもしれない」

「はあー……。……ともだちになってどうするの?」

「スターと友達なんて、それもイザベラの友達だなんて、自慢する以外にある?」

「げほげほっ。くだらないことしないの」

「コンサートの感想だって言いたいわ。ね、ちょっとくらい良いでしょ?」

「……ずびびっ」


 あたしは二つ目の喉飴を口に入れた。


「ともだちになりたいなら勝手にすれば? あたしはえんりょしておく」

「ちょっと、テリー」

「ぐあいわるいの。あとにして」

「別に今すぐだなんて言ってないじゃない」

「イザベラとともだちになったところで、げほっ、別にメリットはないわ」

「何言ってるのよ。メリットだらけじゃない。イザベラと繋がってるってだけで、パーティーのお誘いがうじゃうじゃ来るわよ」

「ぜんぶにさんかする気? あたしはごめん」

「ママの仕事にも繋がるわ。あんた、この家継ぎたいんでしょ? 顔は広く持った方がいいわよ」


 そのためにイザベラと仲良くなれっての?


(ごめんよ。ごめん。あいつ、なんで飛び下りなかったわけ? お陰であたしが落ちそうになったわ)


 一度目の世界からそうだった。あの女に関わるとろくな事がない。しかし、アメリは好奇心からしつこく聞いてくる。


「ね、さっき、何があったの? 事情を聞く前にイザベラがマネージャーに連れていかれちゃったのよ。あれは今頃、部屋で説教を受けてるに違いないわ」


 ……あの時、くたばっておけば良かったものを。


(しぶとい女ね……)


 ……。

 そういえば、イザベラって麻薬密売がバレて捕まったのよね。


(部屋に、実はもう麻薬があったりなんてしないかしら)


 麻薬があった場合、それを通報すれば、あいつ、また牢屋に入れられるんじゃない? また工場行きじゃない?


(で)


 あたしはお外でクレアとらんらんらん。幸せな未来が待っている。


「っ!!!!」


 あたしは、ああ、なんてこと。またひらめいてしまった! あいつへの復讐を! しかもこれは、なんて素敵なアイデア。あたし、なんてこと考えちゃったのかしら。あいつの人生をぶち壊す最高の計画を生んでしまった! げへへへへ! イザベラァ! 今度こそ失敗しないわよ! さっきの分と、一度目の世界での恨みを、ここで返さずいつ返す!? 今でしょ!


「あ、そうだ」

「ん?」

「あたし、イザベラからレコードを買うやくそくをしてたんだった。あまりにも部屋がしずかでさびしいから」


 アメリとメニーが瞬きした。


「行くなら今よね」


 ちらっとアメリを見る。


「でも、あたし、へやばんごう知らないの」

「……テリー、わたしが知らないと思ってるの?」


 アメリがにやりとした。


「スイートクラス。301号室」

「けっこう」

「え、今行くの?」


 メニーがぎょっとしてあたしとアメリを見た。


「サリアに怒られちゃうよ」

「大丈夫よ。ご挨拶して、レコード? それを買って、すぐに部屋に戻って来ればいいわ。で、テリーを縄で縛っちゃえば全て元通り」

「そのとおり」

「で? 肝心のあんたは動けるの?」

「ええ。だいじょうぶそう。……少なくとも、だれかがついてきてくれたらの話だけど。げほげほっ」

「お姉ちゃん。無理は駄目だよ」

「イザベラが寝てたらあしたにしましょう」

「そうよ。メニー。わたし達はちょっと海の景色を見に行くだけよ。ついでに、伝説の歌姫の部屋に寄るだけ」

「そうそう」


 あたしとアメリがにやりと笑う。


「夜のおさんぽなんてすてき。……はっくしゅん!」

「メニー、行くわよ。立って」

「……叱られても知らないから」


 そうは言いながらも、メニーも一緒に立ち上がった。


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