第11話 緑の魔法使い


 彼女は英雄である。

 彼女は魔法使いである。

 彼女はメニーと親友である。

 彼女は平和を望んでいる。

 彼女は城下町から出ることを禁じられている。

 彼女は世界の支配者の目覚めを見張る者である。

 彼女がテリーの協力者である。

 彼女がリオンの協力者である。

 彼女はドロシーである。

 彼女は誰だ。


 トトは、すべてを見ていた。

 トトは、この世界が流れる歴史を見ていた。

 トトは、この世界で過ごした。

 トトは、待った。

 トトは、眠った。

 トトは、ご飯を食べた。

 トトは、眠った。

 トトは、生きた。

 トトは、待った。

 トトは、塔に登った。

 トトは、待った。

 トトは、忘れようと思った。

 トトは、忘れられなかった。

 トトは、待った。

 トトは、忘れた。

 トトは、思い出した。

 トトは、悲しくなった。

 トトは、忘れないために形を作った。

 トトは、キングに間違えられた。「ドロシー、戻ってきたんだね!?」「何言ってるのさ。僕はトトだよ」「え!? トトったら、もう! びっくりしちゃっただろ!」

 トトは、ナイミスに笑われた。「トト、ドロシーにそっくりだな! 俺のギター聴くか?」「いいね。聴かせてよ」

 トトは、アクアに口説かれた。「最近、嫁と上手くいってないんだ。トト、猫と人間の恋ってどう思う?」「どうも思わないね」「そいつは残念至極だ」

 トトは、芽を見つめた。

 トトは、待った。

 トトは、歌った。

 トトは、待った。

 トトは、見下ろした。


 ナイミスが死んだ。

 アクアが死んだ。

 キングが虫の息だ。


「トト、逃げろ。南の国なら、グリンダがいる。逃げるんだ」

「僕は行かないよ。待たないと」


 魔法使いが追放された。

 トトは待った。

 魔法使いが狩られていく。

 トトは待った。

 魔法使いが殺されていく。

 トトは待った。


 ドロシーは戻ってこない。


 歴史は変わる。

 時は刻まれていく。

 トトは自分が誰だかわからなくなった。


 僕はトト。この子は誰。

 この子はドロシー。僕の親友。

 大切なドロシー。


 長い時を経て、記憶がまぜこぜになっていく。


 ドロシーって誰だっけ?

 僕はトト。

 オズって誰だっけ?

 ドロシーは僕の親友。

 僕は、


 名前を忘れた。


 ドロシー。


 悲鳴が聞こえる。


 ドロシー。


 歴史が変わる。


 ドロシー。


 花が咲く。


 あれ?


 魔法使いは残されていない。


 あれ?


 みんな死んだ。殺された。


 あれ?


 花が咲いている。


 あれ?


 トゥエリーの花。


 きれいだな。


 なんでこの花を見ていたんだっけ?


 誰かが目覚めるんだ。


 ドロシーはまだかな。


 ドロシーが来るんだ。


 花が咲く時、世界は救世主を必要となるんだ。


 だからドロシーが現れるんだ。


 ドロシーが会いに来るんだ。


 ドロシーが迎えに来るんだ。


 僕は待たないと。


 今日来るかもしれない。


 今日来なかったから、明日来るかもしれない。


 だって約束したもの。


 迎えに来るって。


 僕は待たないと。


 ここで待つと約束したから。


 ここで待つんだ。


 僕は城下町から出られない。


 トゥエリーの花が咲いていた。


 どこかで魔力が渦まいた。


 記憶が混ざっていく。


 海に落ちていく。


 見えない闇が体を包む。


 この器に魔力がある限り、猫は生き続ける。


 でも大丈夫。だって、ドロシーが迎えに来るから、何も怖くない。


 僕はドロシーを待たないと。


 ドロシーは戻ってこない。


 トゥエリーの花は咲いた。


 咲いてしまったのに、気づかなかった。


 待つことに集中してしまって忘れていた。


 世界に闇が広がる。

 世界に闇が広がる。

 呪われていく。

 救世主が死んだ。

 空っぽが死んだ。

 脳なしが死んだ。

 でも気づかない。

 猫は待ち続ける。

 戻ってこない英雄。

 戻ってこない主。

 でも離れないよ。だって待たなきゃ。


 緑の魔法使いは、城下町から出られない。


 魔法にはルールがある。

 源を使って魔法を操るんだ。

 その源は僕だ。

 僕が放つ魔力で魔法を発動させるんだ。

 魔法使いは死んだ。

 でも大丈夫。

 怖くないよ。

 だってドロシーが迎えに来るから。





 きた。





 それは、それはそれは、その気配に気づいた時、僕は真っ先に飛んでいった。こっちから匂いがする。親友の涙の匂い。親友がいる。親友が井戸で泣いている。けれど、それは親友ではなかった。けれど、それは間違いなく親友であった。


「どうして泣いているの?」


 井戸の淵にうずくまって泣く親友に、声をかけた。


「顔をお上げ」


 その顔を見て、僕はとても驚いた。名前を聞いた。親友は答えた。


「そうかい」


 僕はにっこりと笑顔になった。


「君は、メニーというんだね」


 その手を取って、ドレスに魔法をかける。野ねずみには申し訳ないけど、魔法をかけて、馬にして、魔法の馬車で親友を舞踏会へ連れて行く。親友は手を差した。彼女達は、血の繋がらない家族なの。ばれないかな。

 その方向を見て、僕はとても驚いた。

 だって、家族だと差した親友の姉は、黒と緑が交じり合い、にごった色の赤髪をしていたから。


 まるで、排水溝に消えていった、あの時の色のように。忘れられなかったんだね。その色が。だからこうして交じり合ってしまったんだね。


 キングの子孫が僕に願った。


「時間を、まきもどして、くれないか。きゅうせいしゅ、は、あらわれない。この、じかんじくでは、きゅうせいしゅ、は、死んだ」


 世界の破壊者はもう目覚めている。


「頼むよ。ぼくも、できるかぎり、やりますから」

「キングの子孫の頼みだ。時間を巻き戻すことは出来ないけど、進めることはできる。うん。やれるだけやってみよう」


 魔法使いの生き残りは、僕と、グリンダと、アメリアヌと、親友がいる。なんとかなるかもしれない。


「これより、罪人、テリー・ベックスの死刑を開始する」


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ。太鼓が鳴る。


「死ねぇぇええええ!!」

「くたばれええええ!!」


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ。太鼓が鳴る。


「呪われた女め!!」

「地獄に堕ちろ!!」


 ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ。太鼓が鳴る。

 国王が冷たい目を向ける。王妃が見つめる。この世界が終わりを迎える。世界の支配者は目覚めている。この世界には、すでに莫大な魔力が溢れている。グリンダが、アメリアヌが、緑の魔法使いが、そして、王妃が、その魔力を動かした。


 宇宙が、一巡された。


「キング」


 キングが僕に振り向いた。


「トト? どうしたの?」

「君の孫がね、魔法使いを迫害するんだ」

「え?」

「今から八十年後ぐらいさ。隠れ家を用意してくれないかな?」

「トト、何言ってるの? こんなに世界は平和なのに」

「キング、僕は魔法使いだよ。僕がおかしくなったと思ってる?」

「……とんでもないことが起きるんだな? ああ、大変だ!」


 キングは、塔の下に、巨大な地下都市を作った。キングが死んだ直後、人間の革命が始まった。魔女狩りという名の魔法使い狩り。と言っても、魔法使いとは、所詮、魔力を操れる人間のこと。人間が人間を迫害し、殺し、拷問し、世界から追放した。隠れなかった魔法使いは、みんな死んでいった。


「トト、この先、オズが目覚めるわ。でもあなたは、それをどうでもいいと思ってるのね。むしろ、目覚めさせたいと願ってるのね」


 グリンダはなんでもお見通し。


「だって、そうしないと、あなたは救世主に会えないものね」


 僕は待ってる。

 どんなに魂が変わったって、

 あのままの姿でドロシーが迎えに来てくれるのではないかって。

 ナイミスは死んだ。

 アクアも死んだ。

 キングも死んだ。

 ならば、わかってるじゃないか。

 ドロシーが元の世界で死んでることくらい。

 僕の命は、誰よりの何倍も生きている。

 わかってるじゃないか。

 ドロシーはもう来ない。

 わかってるじゃないか。

 それでも、もしかしたら、きてくれるかもしれない。

 そう思ったら、


 僕は、今日も、城下町から出られない。










 トゥエリーの花が、また咲いてしまった。




 どうしても、阻止は出来なかった。


 だって、オズを殺してしまったら、




 もう二度と、ドロシーに会えなくなる気がして。




 不幸が訪れたら、

 世界が闇に覆われたら

 世界は救世主を求める。

 そしたらドロシーはやってくる。


 来ないとわかっているのに。

 でも来るかもしれない。

 来ないとわかっているのに。

 でももしかしたら。

 来ないとわかっているのに。

 でも、でも、でも、でも、




 テリーの花は咲いた。


 見なかったことにする。


 魔力は、満ちていく。






 闇に覆われる。















「実にのどかな夜だ」


 その夜は、とても穏やかな風が吹いていた。


「きーきゅるるる!」

「おや、コウモリ娘の子孫だな? こんばんは。やあ。ご機嫌いかが?」


 コウモリ達が僕を周りを飛んでいく。


「僕が何をしているか? 実はね、ベックス邸に向かってるんだ。メニーがね、今日辺り、お父さんが亡くなるという知らせを受けて、奴隷のように扱われる日なんだ。まあ、会うことは出来ないけど、困ったことがあれば、手伝うことは出来るだろう? 君達も、メニーが困ってたら手伝ってくれるかい?」


 コウモリ達は頷きました。ドロシーのためなら、従うよ!


「ありがとう。君達は優しいね」


 ドロシー、遊ぼうよ!


「今日はだめだよ。メニーの様子を見なくちゃ」


 ベックス邸に到着して、僕は窓を見た。


(さてさて)


 どんな酷い目に遭わされているのかな。メニー。覗いてみれば、



「さあ、メニー。乾杯しましょう」



 ありえない女から、ありえない声が出た。


「家族になった日をお祝いするの」


 メニーとその女がティーカップを持った。


「乾杯。メニー」


 かちんと仲良く乾杯した。


「ん?」


 思わず呟いた。


「……乾杯、だと……?」


 おかしい。


「なんで仲良く乾杯してるんだ? うん? なんで?」


 僕はひどく困惑する。


「おかしいぞ……? 一体どうなってるんだ……?」


(歴史が変わった?)


 なんであの意地悪なテリーが、メニーに優しい笑顔を浮かべて、紅茶の乾杯なんてしてるんだ?


「きーきゅるるる!」


 ドロシー! 遊んでよ!


「ぴぎゃ!? 顔にコウモリが!」


 僕は慌ててコウモリ達を払った。ドロシー! ねえドロシー! 遊んでよ!!


「やめておくれよ! ぺっぺっぺっ! こら! 今はやめるんだ! あとで遊んであげるから! こらっ……」


 その瞬間、手が滑った。


「げっ! しまった!」


 落ちていく。


「ぎゃああああああああああ!!」


 木にぶつかって、また木にぶつかって、またまた木にぶつかって、枝にぶつかって、枝がつんつん体に刺さって、僕はとにかくこの星の杖だけは手放してはいけないと、固く杖を握った。いや、待てよ? これは、まさか、オズの罠!?


(はっ!)


 草から抜け出せない。


「うーーん!」


 体を引っ張ってみる。抜けない。


「ちくしょおおおお!」


 足をばたつかせてみる。


「ここはどこだー!! この野郎! 僕を謀ったな!!」


 杖だけは守らなきゃ!


「僕の杖は、誰にも渡さんぞー!!」


 こうなったら気合いで抜け出すしかない!


「ふん! ふぬ! ぬぬぬぬ……!」


 唸る。


「ふーーーー、んぬ!!!」


 ぽん! とあっけなく、草の中から体が抜けた。思ったよりも高く飛んでしまったようだ。体が空に向かって、くるんと回って、くるんくるんと回って、無事に地面に着地する。僕はマントを翻し、ふーっと息を吐き、帽子のつばをくい、と持ち上げ、顔を上げた。


(ん)


 ばちりと、目が合う。僕の目の前には――濁った赤髪を持つ彼女がいて――どうせ僕の姿なんて見えない彼女を放って、周りをきょろりと見て、誇らしげに笑ってみせた。


「ふふん! どうなることかと思ったが、何とか切り抜けられたようだな」


 ぽんぽんと、服とマントの土を叩き払う。


「今宵は、幸い魔力も満ち溢れている。こうして不幸に見舞われたが、さすが僕! 不備はない!」

「……魔力? 何それ」

「この溢れてくる魔力! ああ、やっぱりお月様がよく見える日は体調がすこぶるいいね。僕は低気圧に弱いんだ。特に熱帯低気圧なんて最悪さ。体調が悪くなるなんてどころじゃない。心が憂鬱になってしまうんだよ。気分が落ち込むと何が起きると思う?」

「……」

「そうさ! 恥ずかしい過去を思い出すんだ! あの時の僕はこんなことをしでかしてしまったなって思い出すのさ! 思い出す時って、大抵低気圧で自分の体調がよくない時なんだよ。ああ、わかる人いないかなあ。この切ない気持ち」


 つい、僕は屋敷を見上げる。


「メニーならわかってくれるんだろうな」

「ん? あんた、メニーと知り合いなの?」

「何言ってるの。僕は彼女の親友さ!」


 喋ったほうに顔を向けて、ぴたりと固まる。


「うん?」


 今、僕、この女と喋ってた? 


「……いやいや」


 そんなわけない。僕は笑った。


「いやいやいや! はっはっはっ! これはびっくりした! テリーに声をかけられたと思った。まさかまさか。はっはっはっ! 全くなんておかしいんだろう。テリーが僕の声を聞けるはずないじゃないか。テリーなんかに。あっはっはっはっ!」

「……なんで、あたしの名前知ってるの?」

「そりゃあ知ってるさ。テリーと言えば、メニーの美しさに嫉妬して、こてんぱんに虐めてくれた悪女姉君の一人……」


 え?


 僕は彼女を見る。呆然と、彼女も僕を見つめる。

 ははっと僕が笑い、だんだん青ざめていくのがわかった。同じく、彼女も呆然としながら血の気が下げていった。彼女が冷や汗をかく。僕も冷や汗がわく。


 僕らは息を吸って、思いきり吸って、息をそろえた。


 いっせーの。


「「ぎゃああああああ!!」」


 大きな悲鳴をあげたら、また冒険は始まる。冒険の語り手は、そうだな。彼女にやってもらおうか。だって、僕は語り手というより、案内役だから。


 え? 僕は誰かって?





 僕はドロシー。偉大なる緑の魔法使いさ。














 ああ、懐かしかった。

 ああ、楽しかった。

 はあ、お昼寝の時間だ。

 今日もテリーが怒って、

 今日もメニーが僕の頭をなでて、

 一日が過ぎていく。

 僕は知ってる。

 もうドロシーはいないこと。

 だけど、待ってる。

 待ってしまう。

 トゥエリー。

 君は僕を器にした。

 トゥエリー。

 僕の親友。

 トゥエリー。

 オズが目覚めれば、ドロシーはきっと来てくれる。

 僕は待ってる。


 待ってる。




 ずっと待ってる。









 僕は素敵な日記を閉じた。









 七章 偉大なる魔法使い END

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