七章:偉大なる魔法使い

第1話 少女と猫


 悲鳴と共に、どかーん! と空からお家が降ってきました。


「ふぎゃっ」


 一つの魂が天使様によって運ばれた頃、家から叫び声が響き渡ります。


「トト! 見てごらん! お外だ! 僕達助かったんだ!」

「にゃー!」

「さあ、お部屋から出よう! おじさんとおばさんが待ってるよ!」


 ばたーん! と扉が開かれます。そこにいたのは、少女です。ふわふわな髪に、二つのおさげ。ぱっちりな丸い目をしていて、年は、まだまだ子供です。


 少女は一人ではありませんでした。腕に、猫を抱えていたのです。


 少女の名前はドロシー。猫はトト。二人は大の仲良しです。


 この一人と一匹に、一体何があったのでしょう。


「ああ、突然竜巻がくるなんて、びっくりだ。おじさんとおばさんは避難してたみたいだけど、僕達、追いかけっこをしていて気づかなかったね!」

「にゃー」

「トトの悪戯っ子め! もうハンカチを咥えて逃げちゃだめだよ!」


 ドロシーがスキップをしながら部屋から出てきます。しかし、ふと、気づいたようです。


「あれ? トト。ここはどこだろう?」

「にゃー」

「僕はこんな所知らないよ。家から出た景色はね、いつも畑があって、畑があって、畑があるんだから! こんな森の景色は見たことがない!」


 ドロシーが振り向きますと、丸い目をさらに丸くしました。


「おや、トト! あそこに足があるよ!」

「にゃー」


 ドロシーがスキップをして進みますと、家の下敷きになった誰かの足が見えました。その足は、銀色のパンプスを履いてます。


「な、なんてことだ!」


 ドロシーが足に抱きつきました。


「おばさん! ああ! おばさん! なんて酷いことに!」

「にゃー」

「この銀のパンプスは、おばさんがこそこそ貯めたへそくりで買ったものに違いない。北の風と南の風がぶつかって現れた竜巻に盗まれないように履いていたんだ! それでもって、竜巻が収まってしまったものだから、家に戻ってきた時に、竜巻によって飛んでた家が、おばさんの上に降ってきちゃったんだ! そうに違いない!」

「にゃー」

「あーん! おばさーん!」


 ドロシーがわんわん泣き始めると、目の前に白い光が浮かびました。今度はトトが目を丸くします。


「にゃー! にゃー!」

「あーん! おばさーん! おばさんの大好きな金平糖、盗み食いしちゃってごめんなさーい! あーん! あーん!」

「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!」

「トト! 君も悲しいんだね! 僕も悲しいよ!」

「何が悲しいのですか? ドロシー」


 ドロシーがはっとして、声に振り向きました。その先には、神秘的なオーラに包まれた白の魔法使いが立っておりました。


「初めまして。ドロシー。そしてトト」

「あ! 知らない人だ! トト、知らない人にはご挨拶するんだよ!」

「にゃ!」

「トト、この白いおばさんに元気にご挨拶!」


 うーーーん!


「ボンジュール!!」

「にゃーーー!」


 ドロシーとトトは殴られてしまいました。


「え!?」

「誰がおばさんよ!!」

「にゃ!?」

「やり直し!」

「え!?」

「にゃ!?」

「しっかりしてちょうだい!」

「えっ」

「にゃっ」

「ごほん!!」


 白の魔法使いは再び、にっこりと笑いました。


「初めまして。ドロシー、そしてトト」

「……」

「……」

「挨拶」

「あ、はい」

「にゃ」


 うーーーん!!


「ボンジュール! 素敵な白いお姉さん!」

「にゃー!」

「ようこそ。ドロシー、トト。オズの国へ」

「オズの国?」


 ドロシーとトトは瞬きをして、白い魔法使いを見返しました。


「ねえ、綺麗な白いお姉さん。オズの国って一体何のことを言っているんだい?」

「にゃー?」

「僕達、おじさんとおばさんに言われていたのに、竜巻がくるその瞬間まで追いかけっこをしてたんだ。そんなことをしている間に北の風と南の風がぶつかっちゃって、大きな竜巻が出来たもんだからこれまた大変。僕は大慌てでトトを捕まえて逃げて、命からがらお部屋に逃げたら、そのまま竜巻に巻き込まれてしまったんだよ」

「にゃー」

「そして、東の魔女をやっつけてくださった。流石、救世主様ですわ」

「東の魔女?」

「家の下敷きになってる魔女のことです」


 ドロシーとトトが足に振り向きました。


「え? これはおばさんじゃないの!?」

「にゃ!?」

「そんなはずないよ! だって足がすっげー臭いんだから! おばさんはね、足が臭いんだ! もう鼻と花がひん曲がるんじゃないかと思うほどね!」

「とんでもない。その魔女は、オズが作り出した魔女です。とても邪悪で、心の底から意地悪なの。あなた達は、そんな東の魔女をやっつけてくださったのです」

「えーーーー!? 僕達、人を殺してしまったのーーー!?」


 ドロシーがへなへなと座り込んでしまいました。


「あーん! 人を殺したら、牢屋に行かなきゃいけないのに! そんな! 無意識に人を殺してしまったなんて! なんてことだろう! 僕はとんでもなく酷いやつだ! 悪党だ! 悪党は逮捕されなきゃ! あーん! あーん! さあ、トト! 僕の罪に罰を与えるのは君の役目だ! 構うことはない! 僕を逮捕するんだ! あーん!」

「にゃー!」

「あ! トトには肉球があるから、僕を逮捕出来ないじゃないか! なんてこった! ってことは、しめしめ。ここは人殺しをしたんじゃない。事故だってことにしてしまおう!」

「にゃー」

「僕は悪い奴だね。トト。とんだ悪党だ。無意識に人を殺していただなんて。悪知恵が働いてしまった。でも、誰にだって悪いところはあって、悪いこともするさ。体の中に天使と悪魔がいるのが人間さ。僕は人間で君は猫。猫のトトが逮捕出来ないのであれば、仕方ない。僕はこの東の魔女というおばさんの分まで、頑張って生きることにするよ」

「にゃー」

「僕はもう泣かないよ! 今日も元気を出して!」


 うーーーん!


「ボンジュール!」

「にゃー!」

「そろそろお話に戻ってよろしいでしょうか」

「あ、トト。大変だ。綺麗な白いお姉さんが待ってたよ」

「にゃ」


 ドロシーとトトが膝を抱えて、白い魔法使いを見上げました。白い魔法使いは星のついた杖を振りながら説明をしてくれます。


「ここは、オズに支配された国。オズの国です。あなた達を呼んだのは、紛れもないこの私なのです」

「え、違うよ。綺麗な白いお姉さん。僕達は、竜巻に巻き込まれてしまっただけの、可愛い女の子とプリティな猫さ!」

「にゃー!」

「いいえ。あなた達は、この世界を救うために呼ばれてきた救世主なのです」


 白い魔法使いが、紙芝居を用意しました。


「昔々、優しい紫の魔法使いが世界に降り立ちました」

「トト、見てごらん。あの絵。汚い絵だね。君の画力と同じくらいだ。近所に住むティティの方が上手い絵が描けるよ」

「にゃー」

「紫の魔法使いは元々人間達を助けるためにやってきましたが、悪い人間が紫の魔法使いの悪い噂を広めてしまったせいで、人間達に虐められてしまったのです」

「うわ、なんて酷い話だろう。でも人生なんてそんなものさ。人間ってのは自分の耳や目じゃなくて、何の根拠もない情報を信じてしまうものだって、おじさんが言ってたよ」

「その通り。ですので、紫の魔法使いは怒ってしまったのです。この世界を支配して、自分の思う通りにしてしまおうと考えてしまったのです」

「考えが壮大なお人だね。トト」

「にゃあ」

「今や、この世界は紫の魔法使い、オズの手によって支配されております。救世主、ドロシー。あなたがオズを止めるのです」


 思わぬ言葉に、ドロシーは驚きました。


「えーー! 僕がそのオズって人の怒りを鎮めろって言うの!?」


 驚きすぎて、おさげが上に上がりました後、ドロシーは全力で首を振りました。


「無理無理無理無理無理無理無理!! 僕はてんでか弱い女の子さ。世界を支配する魔法使いの怒りを鎮めるなんて、そんな無理な話は生きてきた中で一度だってない!」

「にゃー!」

「けれど、そうしないとあなたはカンザスには帰れません。オズに支配された国の呪いを解いて、ようやくあなた達はお役目御免。カンザスに帰るために、オズを止めてください。ドロシー」

「わお。なんてことだ。オズの怒りを鎮めないと帰れないなんて。横暴だ。トトもそう思うだろ?」

「にゃあ」

「でも大丈夫。あなたは救世主。きっとオズを止められる。その手助けをしてくれる強い道具もあるのだから」

「強い道具?」

「その靴です」


 白い魔法使いが銀のパンプスへ杖を差しました。


「その靴は魔法の靴。あなたが履いたらきっといい方向へあなたを導くことでしょう」

「ねえ、綺麗な白いお姉さん、そのオズって魔法使いは、とっても怒ってるんだろ? どうしたらオズは怒るのをやめてくれるかな?」

「それも、旅をしている中で見つけることが出来るでしょう。さあ、立って。ドロシー。あなたはこの世界の救世主。必ず私達を助け出してくれるわ」


 白い魔法使いはドロシーの額にキスをしました。


「お守りよ。さあ、行ってらっしゃい」

「だってさ。トト。とりあえず、オズに会いに行こう」

「にゃあ」


 ドロシーは死んだ東の魔女の足から靴を引っこ抜いて履いてみました。銀のパンプスは、ドロシーの足にぴったりです。


「わあ、可愛い靴だね! トトもそう思うだろ?」

「にゃー!」

「オズって魔法使いも、喋ってみたら案外怒ってないかもしれないよ。僕ね、クレーム対応は得意なんだ。おじさんとおばさんが喧嘩したら必ず僕が間に入るんだから。よし、そうと決まったら。さあ、この靴でオズのお家まで行ってみよう!」

「にゃー!」

「道にはたくさんのトゥエリーがあります。気をつけて。ドロシー、トト」


 聞き慣れない言葉に、ドロシーとトトは首を傾げます。


「ん? トゥエリー? 何だい。それ」

「トゥエリーとはオズの魔力。つまり、オズの呪いのことです」

「なるほど。オズの呪いはトゥエリーと言うんだね。そのトゥエリーが道に落っこちてるのかい?」

「ええ。あなた達がこの世界に来ていることを、オズはもう気付いていることでしょう。ですから、罠を張っているに違いありません。どうかお気をつけて」

「えーーー! オズってば、僕達のことをわかってるのー!?」


 ドロシーとトトが明日の方向を向いて、手を振りました。


「オズーー! みってるーー!?」

「にゃー!」

「僕達、今からあなたのお家に行きますね!」

「にゃー!」

「あ、そうだ。お家に行く前に、トト、オズに元気にご挨拶!」


 うーーーん!


「ボンジュール!」

「にゃー!」

「さあ! 出発だ!」


 ドロシーとトトはスキップを始めました。白い魔法使いは手を振ります。


「どうかお気をつけて! きっと、大丈夫! あなた達は選ばれし救世主なのだから!」


 ドロシーとトトの姿が見えなくなるまで、白い魔法使いは手を振り続けました。


 しかし、その姿を望遠鏡で眺めるのはオズではありません。緑の肌の、醜い魔法使いです。


「ああ、なんてことだろうね。オズ様に反発しようってのかい。そうはいかないよ。たとえ悪魔が許したって、この西の魔女のあたしが許さないよ。だが、今のままではあの娘に手出しは出来ない。なんて言ったって、あの娘は白き魔法使いのキスを受けちまったもんだからさ、あたし達は全く手が出せないってわけさ。さて、どうしたもんかね。まあ、いい。今はまだ大丈夫さ。あの娘が近づくうちに、こちらも手を打つさ」


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