第21話 一つの終結

 龍輝は視線をレイモンドとシュワルツに移す。

「レイモンドさん、シュワルツさん。お二人の記憶も操作させて頂きます」

するとレーヴェが動こうとする。

「意識があるのか。そうか、アンナお婆さまが言った通りだ。…大丈夫。シュワルツさんには危害を加えるつもりは無い。それと君の記憶も操作させてもらうよ。サム、例の研究室に戻ろう。親子の親睦はまだ後だ」

サミュエルと龍輝の二人は研究室に戻る。

「リュウイチが龍歩おじさんの端末に現れたのも偶然じゃ無いのかもね」

「まさか、未来を予測してプログラムしたと?」

「違うよ、単に愛子叔母さんの思いが込められていたのかもって事さ」

「ロマンチストだな」

「いや、愛子叔母さんのファイル、読んだでしょ。あの時、僕と同じ様な事考えてくれていたんだなと思ってさ」

「”あること”ってのをやらなくても良くするって事かい」

「そう。十数年に一度あるか無いかのお告げのために能力を高めるなんて、そんなの終わらさなきゃだめなんだ。守谷一族は普通の人々と同じ生活をしなければいけない。感情まで意図的に制御するなんて、人間として不自然なんだ。それにどうして僕たちは相手の能力を封じて格闘の訓練をしているか、判るかい」

「それだけ強大な相手が現れた時の為だろ」

「もちろんそれもある。でも僕らのお役目を見て、そんな相手が現れると思うかい」

「そんな相手が現れたら大変な事だ。無いことを祈るよ」

「そうだね、でももう一つある。それは身内が敵になることを想定しているのさ。そのため父さんも、龍歩叔父さんも、僕も、お互い隠している力と技がある」

「そ、それは」

続ける言葉が出てこない、絶対に無いとは言えないのだから。

「僕にはやらなければならないことがある。ずいぶんと昔に約束したから」

「何を?誰と?」

「それはまだ言えない」

研究室に戻りながらもサミュエルはまだ迷っていた。

愛子のファイルのこと、先ほどの龍輝の考え。

リュウイチを消去するか、アクティブにするか。

どちらが正しい選択になるのか。

守谷一族の能力とリュウイチ、どちらが人類の未来には必要なのか。

研究室の前に着くとサミュエルが言う。

「中には僕一人に入らせてくれないか。事が済んだら呼ぶから」

「判った。データ類は全て消去しておいてくれないか。そして復元できないようにも」

「判っているよ」

そう言って一人で中に入り作業をするサミュエル。

しばらくして出て来る。

「全て終わった。後は日本に帰る前に僕の記憶を操作するだけだね」

「君の記憶は操作しない。ただ、今回のことは話せない、書くことも出来ない、テレパスで読もうとしてもブロックされるようにさせてもらう」

「それでいいのかい」

「これは僕の我が儘なんだ。僕たちのこれまでの人生を誰かに覚えておいてほしい。それに僕が日本に帰ってからすることを見届けてほしい」

何をするのか聞きたかったが、龍輝の悲しく、そして寂しそうな顔を見ると聞くことは出来なかった。

ただ、彼のすることを最後まで見届けようと心に決めた。


 日本に帰ると彼はすぐに本殿へと直行し、霊廟を目指す。

霊廟に入ると御神体に手をかざす。

「おじいさん、おばあさん、ご先祖様。約束を果たすよ」

そう言うと龍輝の体がまたぼうっと光を帯びたように見える。

すると今度は御神体の輝きが龍輝を包み、そして吸収されるように消えていく。

消し炭の様に鈍く燻った御神体の跡らしきものが残っただけだ。

「一族の呪縛からこれで皆解放されるはずだ。後は一族の記憶も操作して」

さらに龍輝の体を纏う光が強くなる。

「君が一族最強と言われる意味が判ったよ」

「最強ではなく最凶だろうね」

「…」

「これまでの一族の人生は御神体により作られた映画作品のようなものだ。制御された感情も、幸せに溢れた生活も、本物ではないのさ。誰かの思い描いた理想に近い一族の世界を再現しようと演じているだけなんだ。その事を誰も気にしていない。でも、君とカレンは違う。ここで育ったわけではない、本物だ。このまま二人ともここで暮らすか故郷に帰るか、君たちがどちらを選ぼうとかまわない」

「僕たちがここに来てから皆を見てきたけど、演技では決して無いよ。君たちの人生だって本物だ。そしてやっぱり君は一族最強の能力者だよ」

「ありがとう。…選択は自由と言っておきながら申し訳ないのだけれど、出来れば二人にはここに残って、一族の今後をその目で見ていてほしい、僕の代わりに。…僕の記憶が残っている者はもう君しかいないから」

「なんてことを、何故。…君はこれからどうするつもりだい」

「自分の能力にブロックをかけ使えないようにする。愛子叔母さんをまねて解除パスワードは一応つけておくけどね。自由人として世界中を巡ってみるよ。そして世界の広大さを実感したい。普通の人間としていろいろと経験したい、体験したい。いろんな人々と通じ合いたい。それに…」

「それに何だい」

「やっぱりヒーローは必要だよ。実物じゃなく、人の心にヒーローは必要なんだよ。その手助けがしたい。…リュウイチがいなくなった今、実物のアトムが出現するのはまだ何年も先だろうね」

「アトム?何、それ」

「大昔の日本漫画のヒーローだよ。ネットか何かで調べてよ」

「ああ、日本のアニメは面白いものね。名作もたくさんある」

「ひとつ聞いていいかい」

「何だい」

「リュウイチ。本当はどうしたんだい」

「人類の未来と皆が幸せになる為にするべき事をした」

「判った。…じゃあ、いつかまた。」

「いつかまた。………うん?僕は今、誰と話をしていたんだ?まあ、いいや。カレン、元気でやっているかな」


 積もった雪を溶かし、暖かく柔らかな風を運ぶ季節がまたやってきた。

着るものの整理をしていたサーシャが見慣れないジャケットを見つける。

「あれ、これ誰のだっけ。龍人のものにしては若向けのデザインだしサイズも合わないわね。でも、何か不思議。なんだか心が、誰かを見つけて喜んでいるみたい」

ジャケットを抱きしめながらサーシャの瞳からひとしずくの愛が溢れていた。

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告げ守の一族 キクジヤマト @kuchan2019

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