第20話 意外な目的

 リストラードと数人の能力者は所長室のすぐ前まで来ていた。

「少し時間をくれ。私一人でシュワルツと話がしたい」

「危険ではありませんか」

「大丈夫だ。それなりの用意はしてある」

「判りました」

ドアをノックし中に入って行く。

「シュワルツ、会いに来たぞ」

「迅速で意表を突く訪問、恐れ入ったよ。レーヴェ、大丈夫だ。心配ない」

行動を起こす前にレーヴェを制する。

「とうとうこの日が来たな」

リストラードの顔はなぜか柔和だった。

「ああ、ずいぶんと永かった」

同じく微笑むシュワルツ。

「君がレーヴェか。二十年程前に情報をくれたのは君だね」

「私はシュワルツ様の望むことをしただけだ」

「そうか、シュワルツ。君には良い身内がいるな」

「ああ、彼がいるからこそ今の私がいる」

「あの時の御礼がまだだったな。ありがとう、シュワルツ。おかげで生きる目的が出来、今日を迎えられた。相変わらずのきつい言葉だったがね」

「愛子のことはすまない。それと君の家族のことも」

「君のせいじゃない。君の父親がやったことだ」

「あの頃の私は無知だった。そして力が無かった」

「だが今はお互い違う。だからこの計画が実行できる。だが、いいのか」

「そのために組織のトップになった」

「お互い、いい死に方は出来そうにないな。…残る能力者はどうする」

「多くはレーヴェが排除してくれるだろう。残ったものは自分たちで生きる道を見つけるさ。その存在を知る組織は欲しがるだろからな」

「では、始めようか」

「ああ、この憎むべき研究所を、兵器を、データを、抹消する」

そう言って端末に向かうシュワルツ。

その時突然ドアが開き青年が入ってくる。

「誰だ。レーヴェ、頼む」

しかしレーヴェは固まったように動かない。

「あなた方以外の人には思考をブロックし、動かないようにさせてもらった」

「能力者か。何をする気だ」

と言った途端意識はあるが動けなくなる。

すると再びドアが開き、サミュエルが入ってきた。

”あること”とはどういうものか気になり、龍輝の後を追ってきたらしい。

サミュエルが追ってきた研究室からここまでの通路には、能力者同士の戦いの痕跡が生々しかった。

焦げ臭い匂い、高圧放電でもあったかのようなオゾンの匂い。

ちぎれ、曲がり、溶けかかったドア等。

腕や足がおかしな方向にねじ曲がった者。

頭を抑え、よだれや鼻水を垂れ流している者。

ジャンプし攻撃しようとしたのか判らないがそのままのポーズで床に転がっている者。

上半身が消えているが血が一滴も出ていない下半身。

壁に張り付いた人影のあと。

動いていない者を触ると心臓の鼓動があるのが判る。

その中をこの光景が当然かのように歩く龍輝の姿があった。

「龍輝、やはりここだったか。しかし外の連中は何だい。蝋人形の様に固まって動かない」

「ブロックした。意識も無い、もちろん動けない。それより処理はしたのかい」

「まだだ。それより”あること”が気になって。…僕は君に人を傷つけるようなことをしてほしくない」

「そうか…大丈夫、僕は誰も傷つけていない。サム、彼がレイモンド。君の父親だ。ただ意識はあるが動けないようにした」

「あなたが」

「レイモンドさん、シュワルツさん。リュウイチはもう起動しています。あなた方がやろうとしていることはリュウイチにさせればいい。二人が死ぬ必要は無い。愛子叔母さんはそんな事、望んでいない」

「死ぬ?どういうこと?」

サミュエルが尋ねる。

「彼等は愛子叔母さんを愛していた。その為彼女を殺した組織を憎んだ。それだけのために永い時間をかけ組織を消滅させようとしているのさ。組織の者たちをだまし続け、そして裏切ってね」

「そんな」

様々な思いが巡り、言葉の出ないサミュエル。

「サム、その端末でリュウイチを呼び出してくれるかい。やることはもう判るよね」

「ああ」

そう言ってリュウイチを呼び出す。

リュウイチが起動する。

「リュウイチ、頼みがある…」

『了解しました。この研究所とここに関わる全てのデータ、情報は消去します。物理的な廃却は自動装置で出来るものはしますが、出来ない物もあります』

「それはこちらで処理する」

『判りました。二.三時間で完了できると思われます』

「早速始めてくれ。聞いていた通りです。あなた方がやろうとしていたことは痕跡も残さずリュウイチがやってくれます、完璧に」

二人の目から涙がこぼれ流れ落ちている。

「後は人の方の記憶だね。こちらも始めよう」

そう言うと龍輝の体がぼうっと光ったようにサムには見えた。

十数分後、

「よし、これでここはただの研究所だ。組織とは関わりの無い、二人の経営する企業が協賛しているね。ただ事故が起きた。その処理も終われば作業した記憶は消える。戦っていた能力者は能力とその制御の記憶を消した。ボディーガード同士のいざこざがエキサイトしすぎた事にしておいた。状態がひどい者は申し訳ないが消滅させてもらった。後の人は事故の処理が終われば意識は戻り、動けるようになる」

「まさか。何千人いや、何万人もの記憶を改ざんしたのか?あのわずかな時間で。後処理の操作までして、そんなことが可能なのか」

「呼吸をするよう、ごく自然に力を使う訓練をしてきたからね。それに父さんも龍歩おじさんも手伝ってくれたから…何か拍子抜けしているみたいだね。僕ら一族のお役目は外にいる彼等のように凄まじい力のぶつかり合いで、ものを破壊したり、相手を直接攻撃して倒したりと、もっと派手なものと思っていたのかい。そんなのは君の思い込みだ。出来るだけ誰も傷つけない、無用な戦闘はしない。そうならないよう僕たちはもの心つく頃から、いや、生まれる前から訓練をしている」

「そんな頃から…可能なのか?」

「ああ、何代もかけてそのノウハウを培ってきた。マラソンの選手がフルマラソンを良いタイムで走りきるために、毎日訓練しているように僕たちも毎日能力を訓練している。フルマラソンを二回続けて完走しても息切れ一つつかないよう訓練している。突然能力に目覚めた者がいくら訓練してもせいぜい中距離ランナー程度だろう。よほど才能があるものが幼い頃から訓練しても、せいぜいフルマラソンを完走する程度だろう。僕たちの培った訓練ノウハウと訓練した時間と中身の濃さの前では勝負にならない。彼等をたやすく凌駕できる」

「もし、フルマラソンを二回連続完走できる敵が現れたら?」

「三回でも四回でも完走してみせるさ」

先ほどの手腕を見れば納得せざるを得ない。

彼は歩くように、百メートルを全力で走る相手を抜き去った様なのもだった。

「君は、君たちは一体。…悪魔か神か」

「人はどれだけ長生きしたとしても、たとえ永遠の命があったとしても神になどなれはしない。…悪魔には誰もがなるかもしれないが。…歴史がそれを証明している」

「君もそうなるかもしれないと」

「そうならないよう、感情を操作されている。それに僕たちの行動がすべて正しいとは思っていない。例えばどんな極悪人であろうと、親や家族はいるだろう。彼等から見ればその極悪人を排除した僕らは鬼や悪魔に見えるだろう。僕らはただ、できるだけ犠牲を少なくし、より多くの人が幸せに暮らせる選択をしているだけだ」

「だから罪は無いと?」

「罪を背負って暮らす一族なのさ。感情の操作もその一つと言っていいだろう。人として不自然なことを強いられているのだから。他にもあるけどね」

「…」

サミュエルにはそれ以上何も言えなかった。

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