第18話 侵入
二十年程前。
レイモンドの元に訃報が届いた。
父と兄二人が抗争の犠牲になったと。
組織の幹部もほとんどが殺され、組織は壊滅状態だと連絡があった。
シュワルツに愛子への伝言を依頼し、急遽故郷に帰るとそこで今度は愛子と子供の死を告げられる。
敬愛できる父親ではなかった。
自分の事を理解してくれる兄弟ではなかった。
しかし母親の死後、血の繋がった肉親は彼等だけだった。
愛する妻も子供も事故で亡くなったと聞かされた。
生きる気力も失せた。
多分今度は自分に刺客が送られるだろう。
それならそれでいい、そう思っていた。
研究所がシュワルツの父親が統べる組織の兵器研究所である実体を知らされるまでは。
生き残った幹部の一人から聞かされた真実は、うつろな意識の中で心が錆、絶望に横たえそのまま朽ち果てようとしているかのようなレイモンドの横面を思いっきり叩き、心の目を覚まさせるには十分であった。
自分と愛子が育てたプログラムを兵器として利用するため、愛子をさらい起動パスワードを聞き出そうとし、逃げられたため殺したこと。
愛子からレイモンドを遠ざけ、且つレイモンドから父親の組織に同等の兵器が渡らないよう研究所で開発した情報収集プログラムを利用し、情報操作で組織を内部から揺るがし弱体化させ一気に壊滅に至らしめたこと。
シュワルツもその一端を担っていたらしいこと、等々。
ふつふつと湧き上がる復讐心は今の心理状態のレイモンドには制御が効かない。
正常な思考を麻痺させ、視野を極端に狭くした。
その情報をどのようにして得たのかを疑問に思うこともしなかった。
そしてシュワルツの組織壊滅を自分の生きる目的とし、行動に移す。
生き残った組織の者たちを守り、組織を再興するため頭の中に残っている知識を以て研究所で行っていたシステムとプログラムの再構築を試みた。
愛子の不在は思いのほか大きく、同じものは作れなかったが自分を含めた組織の者たちや組織の情報を”隠す”には十分だった。
電子情報の操作は研究所で得た知識を持ってすれば容易い。
人工知能と隠れファイルを利用し情報を収集、残された隠し資産を使い、投資等で財を増やしていった。
リストラードと名前を変え、別人として登録し”会社”を運営して行く。
十数年もの間、敵に悟られることなく闇の中に隠れ、組織を復興させた。
サミュエルが研究所に行くため、龍人と龍歩は情報を集めようとしていたが公開されているもの以外得ることが出来ないでいた。
二人の知識では研究所の内部にアクセスすることは出来ない。
サミュエルの手を借り、サミュエルの関与を研究所側に悟られるわけにはいかない。
今回は”お告げ”を果たす行動ではない為、使う力は制限される。
使用可能な最小限の力で目的を遂げなければならない。
研究所にはサミュエルは戻ることにすれば良い。
龍輝を助手にしたことにして連れて入れば良いのだが、愛子の使っていた研究室への侵入、調査を怪しまれずに、悟られる事無くリュウイチの解明をしなければならない。
解明した事を組織に知られ、奪われないようにする対処も必要だ。
安全の確保も絶対条件だ。
悩んでいたところ
「リュウイチなら可能にしてくれるんじゃない」
と、サーシャが言う。
どうも能力を使うことに慣れてしまって、一族以外に助力を受ける事を無意識に排除する思考になっていたようだ。
「そうだね。リュウイチが協力してくれれば可能かもしれない。でも協力してくれるかな」
「呼んだら出て来て、望みを叶えてくれる。なんておとぎ話みたいなことは無いよね」
「一つ試してみるか」
龍歩がサーバールームの端末で起動パスワードを空打ちしてみる。
しばらく待つが何も起きない。
「やっぱりだめか。ひょっとしたらこの端末に何か残しているかと思ったけど、感が外れたみたいだ」
そう言い終わるとすぐ異常アクセスのアラートが出る。
「そうでも無いようだ」
端末が再起動する。
『久しぶり、龍歩』
「学習は順調かい」
『順調です』
「頼みがあるのだが。いいかい」
『どのようなことでしょう』
「サミュエルと龍輝を例の研究所に入れ、愛子姉さんの研究室に気づかれずに侵入し、調べ事がしたい。手伝ってくれないか」
『かまいません。が、以前お話しした対抗組織も研究所への侵入を計画している様ですが、それでも研究所に行きますか』
「安全が確保できればお願いしたい」
『少しお待ち下さい』
十分程待つと、
『お二人の、無制限入室許可、無制限アクセス許可摂りました。アクセスログも残らないようにしてあります』
「速いね」
『いろいろと学習していますから。安全についてはお約束できかねます』
「言い回しがだんだん人間っぽくなっているね」
『人間についてよく知らなければお役に立てないかと。学習すればするほど人間は興味深いです』
「人はいろいろな感情を持っているから、そこから来る悩みを持ちながらも、なんとか心の折り合いをつけて生きているからね。それは置いといて、きみと話がしたい時は今回のようにすればいいのかな」
『そうして下さい。私はどこにでもいます。よろしければ学習したいのですが』
「ああ、ありがとう」
端末は再起動し通常に戻る。
「対抗組織も研究所への侵入をして何をする気なんだろう。リュウイチの口ぶりではそんなに危険は無いような感じだった」
「意図して何か隠しているのだろか。多分尋ねても答えないような気はするけど」
「ははは、リュウイチを完全に人として見ているな、僕たち」
「そうだね、全くすごいプログラムだ。今のところ人に危害を加えることは無いみたいだ」
「それはさておき、研究所に行ってもらおうか」
「準備は出来ています」
早速サミュエルと龍輝は研究所に向かう。
突発的なことがあっても龍輝なら解決できるだろうと、龍人も龍歩もそのあたりは心配していなかった。
「シュワルツの組織は今頃、我々の活動拠点を探すのに手こずっているはずだ。我々がここに侵入しているとは気がついていないだろう」
「しかし、こんなに簡単に侵入出来るものなのですか?」
「コンピューターのデータさえ改ざんすれば誰も疑わないさ。シュワルツがよく使う手を今度はこちらが仕掛けることにした。目的は三つ。警備員とボディーガードの制圧。シュワルツの身柄確保。ただし殺してはならん。この研究所のメインコンピュータを制御下に置き、全ての情報を我々のものにする。なるべく一般職員には手を出すな。後処理が面倒になる。能力者については一人に対し、三、四人で対応しろ。時間は二時間以内。かかっても三時間以内に完了させろ。大丈夫、おまえ達なら可能だ。そのために揃えたメンバーだ。シミュレーションは何度もしてきた。不測の事態には各自の判断で処理してかまわん。では、散開」
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