第13話 カレン
山の木々をくぐり抜け、恵みの香りを連れた秋風が心地よい週末の朝だ。
カレンが来て二ヶ月ほど経っていた。
守家の皆はサムと同じように、はっきりとした発声で無くとも言いたいことが判るように接してくれる。
接し方がとても自然で、それが当たり前のようになっていた。
カレンも自分の障害を気にすることも無くなり皆に心を開くことが自然と出来、居心地がとても良さそうだ。
ずいぶんと明るくなりキュートな容姿や仕草がまぶしく、周囲の者を安らげる雰囲気を纏うほどになった。
サムもそんなカレンを優しい目で見守っていた。
龍人も龍歩も二人を自分の子供のように接してくれる。
一族の全員が家族のように接してくれる。
「ありがとう。あんなに楽しそうにするカレンを今まで見たことがなかった。龍歩が呼び寄せていいと言ってくれて本当に良かった。守家の人達に会わせることが出来て本当に良かった。ありがとう」
「何言っているんだよ、もう僕たちは家族も同然さ。礼を言われることでも無いよ。龍輝も莉茉(リマ)も年齢の近い新しい仲間が出来て嬉しそうだ。息子の龍彦など、将来はサムみたいな技術者になると言って尊敬しているよ。それに龍輝とはとても気が合うみたいだね」
「龍輝は面白いね。人なつっこく、僕とカレンの心にも無邪気に入ってくるみたいで、それでいてそれが不快じゃ無い。むしろ心地いい」
「サーシャ姉さん曰く、彼女の最高傑作らしい。何せ妹の明日香を庇う龍輝を見て明日香に嫉妬している様子だしね」
「それじゃ龍人さん、さみしいね」
「そうでも無いさ。明日香を溺愛する龍人兄さんを見て明日香に嫉妬しているみたいだから。龍人兄さんも面白がっている節がある」
「ははは、サーシャさんらしいね。本当に仲の良い夫婦だね」
「そう言う君だって、初めて来た頃より大分話しやすくなったよ」
「今思うと元軍人の父に育てられたせいか、周りの人を敵か味方で見るくせがついてたみたいだ。でも、ここの人達と暮らすようになって、間違っていると気がついた」
「ここの一族は脳天気なところがあるからね」
「隠し事なんか無く、みんなオープンに接してくれる。それってすごいことだよね。おかげでカレンもすっかり明るくなって、ありがたく思っています」
「カレンは本当にいい子だ。これまで障害を持っていることに彼女自身捕らわれすぎていたんだ。本当の彼女を出せないでいただけさ。皆と打ち解けてくれて良かった」
「いつまでもここに居られればいいのだけれど、皆に迷惑かけられないからね」
「前にも言ったろ、ずっとここに居ていいと。もう家族も同様さ」
「ありがとう」
カレンが莉茉、明日香と菜園で採れた野菜を持ってやってくる。
「今夜は莉茉と一緒に昼食を作ってくれるのかい?」
サムがカレンの頬に手を触れながら言う。
笑顔でうなずくカレン。
はっきりとした発声は出来ないが、笑顔で莉茉と明日香に話しかけている。
「カレンが来てくれて一番喜んでいるのは春名と莉茉かもね。菜園の野菜が美味しくなって、収穫量も増えたみたいだ」
「カレンは実家の農家を手伝っていたからね。農業の専門学校にも通っていたし」
龍人と龍歩のいとこの春名も植物学を学んでいたが、農業を学んだカレンが菜園の管理と作業をするようになって、短期間でさらにおいしい野菜が収穫できる様になった。
春名とロベルトの経営するリストランテでも好評で来店者が増えたようだ。
春名の娘、莉茉はカレンを敬愛し、多くを学んでいるようだった。
カレンもそんな莉茉と姉妹のように接していた。
サミュエルとカレンが出会ったのは二人がハイスクールに通っていた頃だった。
唇の動きでほぼ相手の言葉は理解できた。
成績は上位を維持していたため、特殊学級には行かず、通常のクラスで授業を受けていた。
障害を持つカレンはいじめの絶好の対象だった。
それでも学校を休むこと無く通っていた。
サミュエルも近寄りがたい雰囲気を纏っていて浮いた存在だった。
昼休みは食堂に行かず、二人とも外で食事を取るようにしていた。
ハイスクールに通う年齢になってもガキ大将の様な輩はどこにもいる。
ビリーがそうだった。
仲間を引き連れ粋がっている。
ビリーのガールフレンドがカレンを目の敵にしているようだった。
昼休みの食事中にビリーがカレンのサンドイッチを取り上げ、逃げ回りそれをゴミ箱に捨てようとしている。
ビリーからサンドイッチを取り返そうと手を伸ばすカレン。
ビリーがカレンを突き飛ばす。
突き飛ばされたカレンがサミュエルに倒れかかる。
ふう、とため息をつき立ち上がるサミュエル。
「いい年をして、やることが幼稚だな。女の子をいじめて楽しいかい?」
「何だ、おまえ。おまえが遊んでくれるのか?」
「お望みとあれば」
「何」
と言いながら仲間とサミュエルに殴りかかる。
元軍人の父からマーシャルアーツを幼い頃から習っていたサミュエルはビリー達を撃退する。
的確な急所への攻撃によるダメージは加減をしていても小さくは無い。
恐れおののいて逃げ出すビリーとその仲間達。
するとカレンが駆け寄ってきて何度も頭を下げる。
ふとサミュエルの服が破れていることに気づき、
本当は声に出したくはないだろう聞き取りにくい発声で、服の破れを直すから脱いでと言う。
言葉の全ては聞き取れなかったが、何を言っているのかがなぜか理解できた。
彼女の言う通り服を脱ぎ渡すと、丁寧に手縫いで直してくれた。
その日から二人は一緒に昼食を取るようになり、親しくなっていった。
二人に悪さをする輩はもういない。
はっきりとした発声の出来ないカレンの言いたいことがなぜだか彼には判る。
カレンにもサミュエルの言いたいことは唇を読むこと無く判る気がした。
その事がカレンにはとても嬉しく思えた。
サミュエルは彼に向けられるカレンの笑顔がまぶしかった。
他人と関わるのを避けていたサミュエルだが、カレンといると心が和んだ。
これまで感じた事の無い感覚に深く引き込まれる。
いつしか二人でいることが自然な事となっていた。
日本での生活にも慣れてきたカレンは、莉茉と明日香に連れられて街に出るようになっていた。
初めの頃は障害を持っているカレンに街の住民も戸惑っていたが、今では守谷の”新しいお嫁さん”と、優しく接してくれている。
言葉が通じなくとも、なんとも無く通じ合えるものらしい。
カレンを見かけると、お茶に誘ったり菓子をくれたりしてくれていた。
カレンが心を開くようになれたのも、その事が大きな要因の一つだろう。
カレンはこの街での生活がこれまでに無く楽しいものになっていた。
このままこの街に、守谷の家族とともに暮らしたいと願うようになっていたが、それほど長くは居られないと思うとそれが残念で仕方が無い。
カレンも守谷の一族を家族のように愛する気持ちになっていた。
サムも同じ気持ちでいることを強く願った。
サムと共に守谷の一族になれることを。
龍輝が龍人に問いかける。
「父さん、気付いているよね。サムもカレンもテレパシストだよね」
「判ってる。力は微弱で本人達も気づいていないようだが、訓練すればもっと強くなるはずだ」
「出来ればずっとここに居てほしいと思っている。その方が二人にとっても良い事だと思うよ」
「おまえはサムと、とても気が合う様だからな。しかし、それは二人が決めることだ。親御さんの気持ちも考えなければならない。彼等には彼等のこれまでの生活がある。私たちが強いるものでも無い」
「それは判っているけど、”波長”がすごく合うんだ。兄が出来たみたいで嬉しいんだ」
「だが、一族の秘密を隠し通すことは出来ないだろう。その事を第一に考えなければならない」
そうなのだ。いずれ龍輝もお役目を果たさなければならない。一族にとって、最優先しなければならない事だ。
龍輝が最初のお役目を果たす時にサミュエルが深く関わることになるとは、この時点ではまだ想定していなかった。
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