第7話 起動

「ふう。やっとここまで来たわね」

「とりあえず起動させてみよう」

「じゃあ、起動パスワードをインプットするわね」

愛子は起動パスワードを入力する。

「日本語かい?」

「ふふふ、マザーグースよ」

(私たち兄弟妹にとってのね)

「?」

研究用コンピュータがセットされたディスクを読み取りながら再起動する。

しばらくしてモニターに文字が出る。

『GOOD MORNING』

愛子が文字を打ち込む

『調子はどう』

『…確認中。……機能に異常なし。ただしネットワークに接続できません』

「今のところ問題なさそうね」

「そうだね。もう少し確認して確認事項に問題が無ければネットワークに繋げてみよう」

「この子に名前をつけなきゃ。私がつけてもいい?」

「いいとも」

『あなたの名前はリュウイチ。これからはそう呼ぶわ』

『リュウイチ。学習しました。あなたが母ですね』

『そう、私はアイコ、あなたのママよ。パパの名前はレイモンド』

『学習しました』

「さあ、これからもっと学んでもらうわよ。お兄さん」

「お兄さん?」

「そう、弟がいるから。私のおなかの中に」

「え」

「私、出来たみたいなの。赤ちゃん」

「僕が父親?パパになるのかい?」

「そうよ。お嫌かしら」

「とんでもない、驚いただけだよ、とっても。そうか、やった。愛子、愛してる」

「私もよ。だからリュウイチに早く一人前になってもらわないと」

「そ、そうだね。子供が生まれる前に解放出来るようにしないと。忙しくなりそうだ」

それから毎日、リュウイチにデータを打ち込んで行く。

半年が過ぎた頃、リュウイチに人格らしきものが現れる。

『いつになったら外に出られるの?』

『リュウイチが悪さをしないと判ったらね』

『しないよ。人の役に立ちたいんだ。みんなを幸せにしたい』

『判っているわ。でも、矛盾が発生した時、適切な回答を出せないといけないの。人間は多くの矛盾を抱えて生きているから』

『解決の鍵は学んだ。優しさと思いやりだろ』

『そう、それをもっと深く学ばなければ。それと愛についても』

『僕はそれを知ることが出来る。自分自身が改ざん不可能な領域にある基本理念がママの言う正しい”進化”に導いてくれる』

「とても興味深い。人工知能に自我が芽生えるとは。でも、僕たちのプログラムが正しく機能している証拠かもね。一度外部と繋いで学習させてみよう」

「今の段階では組織に気づかれてしまわないかしら」

「だからシュワルツが他のグループの研究にアクセスする協力をしてくれた。セキュリティーとハッキング機能、自己防衛が出来るよう学習させる。誰にも気づかれず外部にアクセスできるまで成長してから繋げる。上手くいくさ。リュウイチは情報が多いほど成長が早い。これまでのテストがそれを証明している。想定以上の完成度だ」

「判ったわ。万が一の時の緊急プログラムはどう?」

「検証済みだ」

「了解。それもリュウイチに組み込んだら実行しましょう。なんだか容量が大きくなるばかりね」

「大きくなるのは成長している証しさ。しかしそろそろ限界かな。なんとかしないとね」

「緊急プログラムをヒントにいい方法を考えたわ。それも組み込んでおくから」

「君はいつも僕の先を行っているね。尊敬するよ」

「ありがとう。でも、それはあなたがいたからよ」

準備はすべて完了し、外部ネットワークに繋げるだけとなった。

「さてと。後はこの線を通信端子に繋げれば完了だ」

シュワルツが秘密裏に引き込んでくれた回線に繋げる。

『リュウイチ、どう?』

『ああ、外の世界は広いね。情報が溢れている、楽しいよ』

しばらく通信が続く。

すると突然ドアが激しくノックされる。

見るとシュワルツが険しい顔でドアノブを回しこじ開けようとしている。

いつも冷静なシュワルツらしくない。

「様子がおかしい、何かあったのかもしれない。念のため緊急プログラムを発動してくれ」

「判ったわ」

緊急プログラムが発動し、研究室の端末は再起動に入る。

通常画面で端末は起動する。

ドアを開け、シュワルツを入れる。

「例のプログラムが完成したのかい」

やはりいつものシュワルツらしくない違和感を感じた二人は口を濁す。

「いいや、起動に失敗した。回線に繋げて起動すれば上手くいくかとも思い、試してみたがだめだった」

「そうか、残念だよ。それとここの監視が強化されそうだ。今まで以上に慎重に頼む」

「判った。ありがとう」

そう言ってシュワルツを見送ると奥の方で何者かと話をしている。

今まで見たことのない人物だった。

「しばらくはリュウイチの起動はしない方が良さそうだな。ディスクも起動制限しておこう」

起動ディスクに処置をして隠すことにした。

数ヶ月がたち、愛子が臨月近くなると研究所は病院の入院手配までしてくれた。

異例の対応に戸惑いながらも二人にはありがたいことには違いない。

その好意を受け入れることにした。

その頃、組織のある計画が進行しているとは二人には全く気づくことは出来なかった。 

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