第6話 シュワルツ

 シュワルツ家も特殊な家柄だった。

代々白人至上主義を掲げており、そのグループのリーダーを継承していた。

代々貿易商を営んでおり、現在では総合商社の会長、社長、重役を一族で占めていた

家事は白人がすることでは無いと、有色人種の使用人を雇っていた。

シュワルツ自身も白人至上主義に感化されていた。

ジュニアハイスクールに通うまでは。

学校でも、差別は当然のようにされていた。

シュワルツは当然のように差別する側だった。

ある日の下校時、事故による渋滞に巻き込まれた送迎の車がかなり遅れていた。

時間を潰すため、学校から一番近い書店に向かっている途中、渋滞を迂回し猛スピードで走る車が運転を誤りシュワルツに向かってきた。

はねられる瞬間、誰かが体当たりをしてきた。

なんとか無事だった。

体当たりをした恩人を見ると、有色人種の同級生だった。

「なぜ僕を助けた。僕たちはいつも君に意地悪をしているのに。なぜだ」

「人助けをするのに、そんなの関係無いよ。肌の色が違うだけで人間の優劣なんて決められない。意識することの方が人格を下げることになると僕は思うよ」

そう言ってそのまま行ってしまう。

その言葉はシュワルツにとって大きなショックだった。

当然と思っていたことが間違っているかもしれない。

それまで考えたことも無かった事だった。

それからのシュワルツは白人至上主義に疑問を感じるようになったが、家族や友人の前では白人至上主義で通した。


 大学生になり、研究所のメンバーに選ばれ、研究チームのリーダーとなった。

白人至上主義を掲げていた彼は、メンバーも白人ばかりを集めた。

研究のテーマは人工知能によるハッキングと、その防止技術の展開だ。

本来は人工知能にハッキング防止させる技術が主だったのだが、チームは人工知能によるハッキングに方向を向けてしまっていた。

研究の趣旨を正常化するため、対応策を所長と検討しようと所長室に向かうと誰か所長の会話が聞こえてきた。

「各グループの進み具合はどうか?使えそうなものはあるか?」

「我々の組織が集めた優秀な人材ばかりだ。どの研究も完成すれば組織の役に立つ」

「世界はやがて、ミサイルなどのハード兵器では無く、より特化された人工知能が最強の兵器となる。我々はその頂点に君臨しなければならない」

「そのための研究所設立ですからな。判っていますよ」

「研究メンバーには悟られてないな」

「皆、大学生の子供です。研究に没頭して余計なことなど考えもしない。世界平和のため、社会に貢献すると信じ込んでいるさ」

「貢献するのは我々の組織に対してだがな。よろしく頼むぞ。それと新メンバーを見つけた。日本の女学生だが、なかなか優秀らしい」

「有色人種か。まあ、ここではせいぜい働いてもらうさ、我々のために」

シュワルツは背筋が寒くなる思いがした。

ひょっとして自分の一族が関与しているのでは無いか?漠然とした不安がよぎる。

何かアクションを起こさねば、周囲には絶対に悟られぬよう。

そう決心した。

それは、ジュニアハイスクール時代に命を救ってくれたあの、有色人種の同級生がまいた種が芽吹き、育っていた証だった。


 研究グループの研究ノートと、新メンバーのレポートを読んだシュワルツは、レイモンドの研究が組織の計画をかいくぐる鍵になると確信する。

レイモンドと新メンバーのレポートに類似性を見つけた彼は、一人で研究している彼に新メンバーを参加させれば進捗も早くなると考えた。

一人でも人数が増えれば陰からサポートすることも容易になる可能性もある。

それがばれないようにするには白人至上主義を前面に出せば都合が良い。

やるしか無いのだ。

だが、どのようにしてレイモンドを巻き込むか。それが一番の難点かもしれなかった。

新人の入所日、偶然を装い接触しそれとなくレイモンドの研究と類似性があることをほのめかす。

「君が新メンバーか。レポートを見たが、ここにも似たような研究をしているやつがいるが有色人種は考え方も似るらしい。我々の研究の足を引っ張るような事だけはするな」

「どこかの研究チームに入るか単独で始めるかは研究ノートを見て決めるわ。アドバイスどうもありがとう」

シュワルツはレイモンドと組ませることを少し後悔した。

理由は自分でもわからなかったが。


数週間後、新メンバーの愛子がシュワルツのところに来た。

「ちょっといいかしら」

「忙しいんだ、研究の邪魔をしないでほしい」

「その研究のことなのですけど。あなたこの研究所の統括リーダーでもあるのよね。そこで提案があるのですが」

「判った。では付いてきたまえ」

そう言ってラウンジの監視カメラから隠れるテーブルにつく。

「提案とはどういったことかな」

「私たちの研究をご存じね」

「当然だ」

「なら判ると思いますが、私たちの研究はいわば多くのグループがしている研究を統合、発展できるものだと思います。そこで各グループの研究データをお借りしたいのですが、かまいませんか」

「…」

シュワルツは指でテーブルをたたきながら考え込む。

情報通信を研究してきた愛子は、はっと気づく。

モールス信号だわ。

(キヅイタノナラコップノミズヲノメ)

愛子はコップの水を飲む。

(ワレワレハダマサレテイル。コノケンキュウジョハアルソシキガカンヨシテイル。ソウダンスルフリヲシテキイテクレ)

愛子は口では無茶な要求をし、シュワルツに調子を合わせる。

モールス信号で所長と組織のものとの会話を話し、対応策を計画したいと話した。

周りには犬猿の仲と思わせ、できる限り協力をするとも言った。

愛子も守家一族である。弱いながらテレパスを使える。

シュワルツの言うことが嘘で無いことと、自分に対する微妙な感情も読み取った。

シュワルツの真意を理解した愛子は、もの別れした振りで研究室に戻る。

「思い上がった有色人種め」

シュワルツはわざと周囲に聞こえるように口に出す。


 シュワルツは約束通り、協力をしてくれた。

周囲に悟られないようデータを集めるには限界があったが、レイモンドと愛子の研究は劇的に進化した。

表面上は足踏み状態に見えるよう細工もした。

シュワルツの真意に一番驚いたのはレイモンドだ。

にわかには信じられなかったが、渡されたデータが事実だと証明する。

三人は、愛子が見つけた周囲からは判らず、監視も盗聴も無いエリアで会うようになった。

シュワルツは自分の事を過去の話と共に正直に話す。

レイモンドも自分の事を話し、一人でいることが多い理由も理解してもらう。

お互いを全て理解したわけでは無かったが、人には話さないであろう心の内を見せ合った共感の様なものが出来た。

それに目的を同じくする同士となった。

3人は度々そこで会うようになった。

そのたびにわだかまりも解け、親密な関係になっていった。

「君たちと過ごすこの時間だけが自分を呪縛から解放してくれるよ。そのおかげでなんとか自分を見失わないでいられる」

仮面を外したかの様に微笑むシュワルツが夜空を見上げている。

「そうかい?でも君の憎まれ口も最近は冴えてきている様だけど」

「すまない、最近私のメンバーたちも何か感じている様なんだ」

「解っている。でも我々がやろうとしていることは絶対に知られてはいけない。今の段階でばれたら悪用されかねない、それだけは絶対に回避しないと」

「レイは嫌みで言ってるのではないわ。私たちだけはわかっているもの」

「そうさ、愛子の言う通りだよ。気に障ったなら謝る」

「何だ?君たちは僕がジョークを理解できないとでも思っているのかい」

「そうじゃなく、君がナイーブなのを知っているからさ」

「そうよ。最近は言葉の変換も慣れたわ」

「君の言う言葉を逆に捉えることは面白くもあるよ」

「周りの人が聞けば嫌みかもしれないけど、私たちにはあなたの優しさが伝わっているわ」

「シュワルツの言う能力のないものは寝ずに研究をしないと問題解決もできない。は、君たちなら解決できるから無理はするなと聞こえているよ」

「ありがとう。肌の色が違うだけで人間の優劣なんて決められない。意識することの方が人格を下げることになると、昔、例の彼が言った意味が良く判ったよ。狭い心は見るべき景色も狭くするんだね」

「今のあなたが本当のあなただと思うわ。レイもそう思っているわ」

シュワルツはレイと愛子が以前にも増して親密になっている、と気づきながら二人に微笑んで見せた。

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