第8話 急変
愛子はレイと結婚し男の子を出産、病院にいた。
「研究所も、よく産休をくれたものだわ。ありがたいけど。でも、いつ退院出来るのかしら。母子ともに順調だって先生も言っているのに。そういえばこの一週間ほどパパ来ないわね、どうしたのかしら。毎日来てくれたのにねー、さみしいねー」
と子供に話しかける。
個室のドアをノックされる。
レイならノックせずいきなり入ってくる。
誰かしらと思いながら返事をする。
「済みませんが至急研究所に来て頂きます。退院の許可も手配もしてあります」
髪の毛は銀色、目は金色に見える今まで見たことのない、まだ若い人物だった。
「ご主人が研究室で待っています。どうもトラブルが発生したようです」
「判りました、着替えて準備します。少し時間を頂きます」
そう答えながら嫌な予感がした。
テレパスで男を読む試みをしたが出来ない。
出産、育児で疲れているからか。
車に乗せられ走り出すが、研究所とは明らかに別方向に行っている。
「研究所に行くのではないのですか」
「その前に寄るところがありまして」
車は町外れの倉庫方面に向かっている。
倉庫に着いて下ろされる。
明らかにおかしいと思ったが生まれて間もない子供もいる、無茶は出来ない。
倉庫の中に入ると窓から差し込む光を利用し、顔が判らないようしている男が椅子に座っている。
「よく来てくれました、ご婦人をこんなところにお連れして申し訳ない。しかし有色人種のあなたにはぴったりのところですな」
シュワルツが言っていた組織の人間に違いない、そう直感した。
「そんな場所があなたもお好きのようね。どんなご用?」
「口の達者なお嬢さんだ、いや、お母さんか。用というのはあなた方の研究についてですよ。実稼働できるそうじゃないですか」
「まだ解決できていない問題があること、ご存じじゃ無くて」
「ご主人も同じ事を言っていた。しかし我々を甘く見ないで頂きたい。最近、ご主人来られていないでしょう。実は彼の家族、と言うか一族が大変なことになっていましてね」
「あなた方が何かをしたの?」
「皆さん、消えてもらいました。有色人種の組織が我々にたてついていいわけが無い。彼には帰国してしなければならないことが多くなってしまいましてね」
「彼は生きているのね」
「彼からも聞き出さなければならないことがまだありますから」
「聞き出したら殺すのね」
「我々はそこまで無慈悲ではありませんよ。能力のあるものは利用させて頂きます。彼には彼の一族の組織を立て直してもらいます。彼なら出来るでしょう」
「矛盾したことを言っているように聞こえるけど」
「矛盾などしていません。我々には敵が必要なんです。我々の組織がさらに発展するようにね、おわかりになりますか?」
「私もレイを手伝わせて頂くわ」
「残念ながら、あなたたち親子にはここで不幸な目に遭って頂きます。あなた方の開発したシステムの起動パスワードを聞き出してからですがね」
「言うと思って」
「言わなくても判るのですよ、彼の力があれば」
そう言ってあの銀髪に金色の目をした男を見る。
「彼には特別な力があるのですよ。あなたにも、あなたの一族にもあるようですね。調べさせて頂きました。でも、皆さん彼よりずっと力が弱い。容易にあなたの能力をブロック出来ました。ですからパスワードを聞き出すなんて簡単なことです。彼にとってはね」
彼等は勘違いしていると判ったが、言う必要も無い。
おごっている彼等に隙が出来た。
古武道の技で相手の足をくじく。
出口に向かって走り出す。
幸い出口は鍵も無く、逃げ出すことが出来た。
町の中に逃げるが子供を連れているため、どうしても動きが悪くなる。
とっさに子供を路地裏の並んでいる棚の間に隠す。
「ごめんなさいね、父か兄に連絡取れればなんとかなる。それまで我慢してね」
テレパスはまだブロックされている。あの男が近くに来ているらしい。
公衆電話を見つけ駆け出す。
その途端背中に痛みを感じた。
そのまま転がり、倒れ込む。銃で撃たれたようだ。
弾丸は心臓に当たっていた。
(兄さん、父さん。私の坊やを)
必死に呼びかけるが意識がなくなる。
そのまま目覚めることは二度と無い。
「なぜ撃った」
「どこかに連絡を取られては面倒だ。それにパスワードはあの方が解読してくれるだろう。少し時間がかかるだけのことだ」
愛子の必死の呼びかけは龍人に異変を知らせた。
「何か愛子にあったようだ。念のため、研究所に行ってみる」
研究所に着いた龍人は事務員に愛子の子を告げられる。
警察署にゆき、確認をする。
確かに愛子だった。
「愛子」
頬を両手でさする。
その冷たさが心に刺さり痛かった。
涙が愛子の顔に落ち、流れている。
龍人にとって三度目の喪失感は、とても深く心の底に沈殿していった。
警察は、強盗に襲われたと説明した。
犯人捜査中だが手がかりは無いとのこと。
「生後間もない子供がいたはずですが」
「我々が現場に行った時にはどこにもいませんでした。誠に残念ですが、多分もう」
「そうですか」
警察を責めるべきでは無いとは思うが、真偽は確かめなければと覗く。
警察の言葉に嘘はなかった。
レイモンドとは連絡が取れず、傷心と気がかりを残したまま愛子と二人、失意の帰国となった。
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