第10話 サミュエル

 サミュエルが研究所に到着すると事務員に生活棟の案内をされ、荷物の整理後所長に挨拶するよう指示を受ける。

「やあ、サミュエル君。よく来てくれた。期待しているよ。ここでは十数種類のグループがそれぞれ独自のテーマを持って研究している。ここに各グループのテーマと経過報告書がある。一通り目を通してどこかのグループに入ってもいい、独自のテーマで研究を始めてもらってもいい。必要な機材があれば用意する。出来れば来週の午後5時までに決めてもらいたい」

と所長のシュワルツから説明を受ける。

「過去の研究報告書を見ることは可能でしょうか」

「新時代に向けた研究を期待しているのだがね」

「古びた研究内容でも、私の研究テーマの足がかりになれば、と思ったのですが」

「…いいでしょう、資料室に専用の端末がある。自由に閲覧してくれていい」

「ありがとうございます」

「頑張ってくれたまえ」

サミュエルのやりたいことはすでに決めてあった。

彼のやりたいことと同じ様な研究をしているグループは無かった。

たとえあったとしてもそのグループのメンバーになる気など無かった。

一人の方が自由がきく。

必要な機材はすべて用意してくれるというのだ。

有効に使わせてもらおう。

サミュエルがそれを見つけたのは大学のサーバーだった。

表示されているデータと比較し空容量が微妙に少ない。気にすることも無いような差だったが、情報セキュリティを研究しているサミュエルには研究棟のサーバーであったのが少し気になった程度だった。

調べて行くうち、表示されない微少な隠れデータの存在が疑われた。

使用しているサーバーのOSでは表示出来ない。

現在存在している他のOSで確認してみたが、やはり表示されない。

データの”ゴミ”がたまったのかとも思いクリーンアップしようとしたがなかなか消せない。

いろいろ試行錯誤しなんとか削除したはずが、翌日には又復活していた。

どうやらただの”ゴミ”では無いようだ。

未知のウイルスの可能性を考慮したがそうでも無さそうだ。

それが何なのか興味を持ったサミュエルは、開示を試行錯誤するが出来なかった。

消したものが復活する原因も調べようとしたが解明できない。

それは究極の情報セキュリティーを研究しているサミュエルが目指しているものにとても近いものだ。

重要な情報を見えなくし、たとえ見つけても開示できず、削除も出来ない。

情報の所有者以外には操作不可。

操作していることすらも判らないデータ制御。

それに似たものが、すでに二十年近くも前に存在している、調べずにはおられない。

サーバーのLOGを解析し、どうやらスイスにある研究施設が関係していることを3ヶ月かかって突き止めた。

研究所の公開している情報にそれらしいものは無かった。

さらに調べて行くうち、サミュエル以外にはアクセスすら出来ないであろう研究所のサーバーに残された情報には、過去にプロジェクトチームが特殊な研究をしていたというものがあった。

しかしその研究データの内容は外部からは隔離されたネットワークにあるらしい。

それを確認するため研究所に行きたいと思い立った彼は積極的に行動し、教授からその研究所で現在進められているプロジェクトメンバーの推薦を得ることが出来たのだった。


 なるべく不自然にならない様、過去のデータへのアクセス権を得た彼は、資料室に通う事が多くなった。

目的の研究データを検索したが見つからない。

どうやら消去された様だ。

公開されていない過去の研究データのテーマ一覧が、巧妙に隠されていた。

十数種類の研究データの内、一つだけファイルが無い研究を見つけた。

大学のサーバーにいつの間にか存在するようになったものと同じものだと直感した。

それならと例のファイルの存在を確認してみるとファイルはやはりそこにもあった。

それがオリジナルかどうかはまだ不明だが、調べる価値はあると考えた。

資料室にある端末に繋がっているデータベースサーバーは外部から隔離されているようだ。

そこから大学のサーバーにアクセスした可能性は低い。

研究所内で研究チームが使うネットワーク自体外部から切り離されたネットワークだ。

外部と繋がるネットワークは別にある。

どのように外部へ繋がるネットワークにアクセスしたのか。

研究所から外部にアクセスできるサーバーから痕跡が見つかるかもしれない。

探せばもっと隠れデータが他のサーバーや端末に紛れている可能性は否定できない。

ネットワーク上に拡散している可能性が高い。

そちらを調べる前に確認しなければならない事の方が多い。

一旦資料室を退室し、自分専用の研究室に戻り研究を続ける。

自分なりのアプローチで研究を進めてはいた。

過去の研究報告書のデータには共通のワードがいくつかあった。

そこからからヒントを得て見えないファイルが見えるようにはこぎつけたが、そこから先にはなかなか進めない。

そのたび資料室に通い、深く探り続ける。

ファイルを消された研究報告書を作成したグループのメンバーは判明した。

レイモンドと愛子と言う名前の二人だけで研究していたらしい。

その名前を知った時、なぜか懐かしいような感覚になる。

これまで感じたことの無い、不思議な感覚だった。

その二人の名前に関するものを資料室の端末で探ると、奇妙なファイルが見つかる。

そこには二人が危険分子となっていた。

そのため研究データを廃棄したと記されていた。

ひょっとすると、あのファイルはそのデータのバックアップだったのかもしれない。

消される前に手を打ったのか。

しかし危険分子とはどういうことか。

データそのものに危険があるのか。

研究内容に問題があるのか。

もっと情報を調べる必要がある、今の段階では判断材料が少なすぎる。

ファイルの開示さえ出来れば話は早いのだが。

ある日、ふと気がついた。

隠れファイルの大きさがそれぞれ微妙に違う。

もしかすると、同じ内容のファイルでは無いのかもしれない。

二十年近くも前と今とでは記憶媒体の容量も単位が違う。

大きなファイルを分割したのかもしれない。

現在の状況が当たり前になっていた彼には盲点だった。

そのセキュリティー発想はサミュエルに近い。

現在でも確立できていないものだが、二十年近くも前のものだ。

思考を二十年前の環境に戻し考慮しなければ。

「もしかしてオペレーティングシステムが未知のもなのか?」

閲覧室の端末から今度はそのあたりも探さなければ、と顔を曇らせるサミュエルだった。

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