第4話 愛子

 日課の訓練は順調に進んでいた。

龍歩も物体干渉系の制御を会得していた。サーシャの訓練も功を奏したようだ。

「龍歩叔父様、すごい上達ですね」

「ああ、お姉さんと龍輝のおかげだよ」

「うむ、力は呼吸するかのように自然に、流れるように制御出来るようにならなくてはいけない。我々の訓練に終わりは無いのだ。培ったノウハウを次の世代にも繋げていかなけらばならない」

今は師範となった龍人が言う。

「そういえば、龍歩さん。龍彦、今日は訓練お休み?」

サーシャが尋ねる。

龍歩はマーリンと結婚し、五歳になる息子の龍彦がいる。

マーリンの妊娠、出産にはサーシャの経験が役立ち、一族の助力でマーリンは母子ともに元気だった。

龍輝のサポートが大きかったのは言うまでも無い。

「うん、莉茉(リマ)が菜園を手伝わせるって連れて行った」

莉茉は春名の子供だ。

レストランを開きたいとイタリアに修行に行き、そこで知り合った料理人のロベルトと結婚。夫婦でリストランテを開店させた。

春に生まれた莉茉はイタリア語の春、プリマベーラからつけられた。

両親に弟子入りし、料理修行をしている。

「それではしょうが無いな。おいしい食事が出来るのも、健康でいられるのも、彼女達のおかげだものな」

「龍彦は幼い頃から莉茉にべったりだったからね。莉茉も頼みやすいんだよ。ひょっとして自分の弟子にするつもりかな。マーリンと何やら話し込んでいたから」

マーリンも精神感応系のため、考えていることを隠すのが上手い。

龍人の兄弟達も皆、家庭を持っていた。

杏子はカナダへ留学した時に知り合ったリカルドと結婚し、カナダに住んでいる。

愛子は、不慮の死を遂げてしまった。

そのことが後に一族のお役目に繋がるとは、このときは誰も思わなかった。


 十数年前の事だった。

「じゃ、行ってきます」

「忘れ物は無いか?国際銀行の通帳は持ったか?」

「全部確認済みだよ。大丈夫。もうお父さんたら、私は子供じゃ無いのよ」

「子供じゃ無いから心配なんだろ」

「愛子、無理はするなよ。何かあったらすぐ連絡しろよ」

「ありがとう、龍人兄さん。龍歩と杏子、よろしくね」

「僕たちももう、子供じゃ無いんだから心配いらないよ。それよりスイス土産、何がいいか考えとくからよろしくね」

「大人がお土産ねだるか。まあいいわ、欲しいものが決まったら連絡ちょうだい。それじゃ、カトリ叔母さん、春名さん、サーシャ姉さん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。思いっきり楽しんできて。研究もプライベートも」

「ありがとう。留守にしますがよろしくお願いします」

「行ってらっしゃい」

愛子は大学でデータ情報通信と情報処理の研究をしていた。

研究の実績を認められ、スイスの研究所に設立された新規プロジェクトメンバーに選ばれた。

その出発の日だ。

「しばらくは帰って来れないだろうな。この景色も当分見られないか」

子供の頃龍人とよく遊んだ山々が愛子も大好きだった。

思い出もたくさんある。

景色を目に焼き付けるように眺める。

そして

「ふう」

と大きく息を吐き、スイスへと向かった。

スイスの研究所は自然豊かなところだった。

故郷の山々とは又、違った荘厳さがある。

研究所もきれいで、設備も最新のものが揃えられていた。

所長に挨拶し、事務員に一旦居住棟に案内してもらい、部屋に荷物を置く。

ちょっとした高級ホテルの一室のような、長期間の滞在にも問題ない部屋だ。

「クローゼットはこちら、バス、トイレはこちらです。何かありましたらそこの電話で管理室と話せます。外線にも繋がりますのでご利用ください。ラウンジ、食堂は2階にあります。その冊子にも詳しく説明があります。一通り目を通しておいて下さい。お部屋の掃除は依頼があれば致します。ランドリールームでご自分でも出来ますが、ランドリーバックに入れておいて頂ければこちらで致します」

一通りの説明を聞いたが、やはりホテル並みのサービスだ。

プロジェクトメンバーには、かなり気を遣っているようだ。

「生活のバックアップはするから結果を出せという事ね」

「お荷物の収納、整理が終わりましたら所長室にお越し下さい。プロジェクトの説明があります」

「判りました」

荷物を収納、整理し数十分後、所長室に行く。

「研究テーマは、”未来型コンピューターの社会における貢献のあり方と有効な実稼働”と言うものだが、十数種類のグループがそれぞれ独自のアプローチで研究している。ここに各グループのテーマと経過報告書がある。一通り目を通してどこかのグループに入ってもいい、独自のテーマで研究を始めてもらってもいい。必要な機材があれば用意する。出来れば来週の午後5時までに決めてもらいたい」

「了解いたしました。では、失礼いたします」

思っていたよりも高度な研究をしているようだ。

それにしてもこんなにも潤沢な資金はどこから出ているのだろう。

研究結果は世界に役立つようフィードバックするとのことだから、複数の国家が協力して資金を出しているのだろうか。

そんなことも考えながら自室で渡されたレポートを読む愛子だった。

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