第2話 龍輝(幼児期)

 龍輝が生まれて半年になろうとしていた。

順調に育っていた。普通の赤子のように。

「この子がおとなしい子で助かるわ。あまり泣かないし。泣くのはおなかが空いた時と、おむつが汚れた時くらいかしら」

「これまで一度も能力を発動したことは無いの?」

と、カトリが尋ねると。

「無いの。妊娠中もあの時だけだったから、この子力が弱いのかしら、発動の時も手応えをあまり感じなかったし」

「あの時、一族全員を一瞬でスキャンしたのよ。それも深く。力が弱いとは思えないけど」

「そうね。でも、あの時感じたものは何だったのかしら。柔らかく、優しさに包まれた暖かい感じ。一族の方々の心に近い、あの感じ」

「私には何も感じなかったわ。スキャンされただけで。龍元さんは何か言ってた?」

「本殿に移ってからは発動が無かったから、気になることの確認も取れなかったって」

「お告げを聞いたと勘違いした事との関連性よね。確かに不思議ね。でも、さしあたり悪意は無いわけだし、あまり気にしなくていいんじゃない?」

「そうね、この子が元気で、一族みんなのように優しい子に育ってくれるのが一番だわ」

そう言ってカトリと二人、龍輝に触れる。

気持ちよさそうに眠る龍輝を見ていると、心の和む二人だった。


1歳頃には、はいはいするようになり部屋中を徘徊するようになった。

時々何か考え込んでいるのかのように、動きを止めて部屋の1点を見つめるが、すぐに又徘徊を始める。

自分なりの遊びなのか楽しそうに動き回っている。

龍人が龍輝くらいの時は、時々能力を発動させたらしいが龍輝にはまだ無かった。

「僕が子供の頃はちょくちょく能力を発動してたらしい。ソフィア母さんが物体干渉系だったから、僕にもその力があって抑え込むのに苦労したと親父が言っていた」

「私もそう聞いていたから覚悟はしていたけど、今のところ全く発動は無いわ」

「さすがに少し心配になってくるね。まるで普通の子だ」

「それならそれでかまわない。元気で、優しい子に育ってくれれば」

龍人もそれでもいいかと思いつつも、守谷家に生まれた長男としては複雑な気持ちであった。


 はいはいから伝い歩き、そして自立歩行と順調に成長してゆく龍輝。

ふと気になり、サーシャに尋ねた。

「ねえ、サーシャ。龍輝、だだをこねたり、かんしゃくを起こしたことってあったっけ」

「龍輝はいい子だもんねぇ。無いわよねぇ。カトリさんも良くしてくれるもんねぇ」

と、龍輝に頬ずりしながら答える。

「それはおかしいな。普通の子ならそう言うのって、絶対あるよ」

「あら、おとなしい子だっているんじゃ無い」

「うん。気になるのはね、僕ら一族の感情って、少し偏っているでしょ。サーシャなら判ると思うけど」

「そうね、喜怒哀楽の怒があまりないとは思うわ」

「それはね、お役目を果たすのに怒りとか、妬みそねみとか、負の感情はつけ込まれたり、弱点になるから訓練しながらそうしてゆくんだ。全て無くすことはしないけど」

「何が言いたいの?」

「一族と長く繋がった者は、なぜか自然とそうなっていくんだよ。サーシャもそういうところ、あるでしょ」

「言われてみれば。意識した事無いから気がつかなかったわ」

「無意識にそうなるためにしていることだから。ひょっとして龍輝もそうなのかもしれないって思ったのさ」

「まさか」

「乳児期から幼児期にかけて、子供は自我が強いはずなんだ。生存本能も強いからね。だからコントロールも出来ず発動するから周りが抑えなくちゃいけない。龍歩を見てきたから判るんだ。結構大変だったよ」

「じゃあ、龍輝は?先天性のもの?それとも…」

未知の不安に言葉が続かない。

「判らない。どこか異常があるのかもしれないが、見ている限り知惠遅れとか異常は無いとは思うけど」

「心配させないでよ。龍輝はきっと大丈夫よ」

「うん。僕もそう思う。もうしばらく様子を見てみよう」

問題ないと思いたいのは龍人とてサーシャと同じ気持ちだ。


 心配をよそに、龍輝は順調に成長していった。

三歳になっても能力の発動は全くない。

その間、サーシャが二人目の子を身ごもり、女の子を出産していた。

龍輝も心配ではあったが、おとなしい性格なのと能力を発動しないのはありがたいと思っていた。

それに生まれた妹をかわいがってくれていた。

「訓練はこのくらいの年から始めるんだが、龍輝はまだ能力の発動が無い。とりあえず体術の訓練を始めようと思う」

「そうね。私は明日香の世話があるから、お願いね」

龍輝の妹の名は、チェコ語の愛、ラースカをもじってつけられた名だ。

「うん、父さんも龍歩も手伝ってくれる事になっているから大丈夫さ」

龍人は龍輝の手を取って、道場に向かう。

「今日から訓練が始まるのですか?ずっと待ってました」

「おっ、やる気満々だな」

「道場なら大丈夫だものね」

「?大丈夫って?」

「いいから早く行きましょう」

逆に龍人の手を引っ張り道場に向かう龍輝。

「道場の場所、教えたっけ。龍歩が張り切ってたから教えたのかな」


 道着に着替え道場に入る。

「おじい様、父上、龍歩叔父様。よろしくお願いいたします」

正座をし、きちんと手を床につけお辞儀をする。

子供らしくないはっきりと意思のある目をしている。

「おっ、良く出来た。では、型から始める」

基本の型を、周りを見ながら真似をする龍輝。

一通り行い、又始めから繰り返す。

一度で覚えたらしく、スムースに動く龍輝。

「龍輝は覚えるのが早いな。僕は一日かかったぞ」

龍歩が褒める。

「ありがとうございます。能力の訓練も早くしたいです」

その言葉に、三人の動きが止まる。

能力の訓練?まだ発動も無いのに。

「ああ、だれぞに聞いたのだな。だが、能力の訓練は発動してからでも遅くない」

「大丈夫です」

「うむ、気にしているのだな。だが、焦らなくても良いぞ。守家の子ならいずれ発動する。必ず発動する。それからで良い」

「大丈夫です。体術の訓練が終わりましたらよろしくお願いいたします」

訓練初日の体術訓練を終えた。

「能力の訓練をお願いいたします」

龍輝はやる気満々だ。

気落ちさせるのも忍びないと3人は思い、龍人と龍歩の訓練を見学させることにした。

「それでは、二人の訓練の様子を見ていなさい」

「はい、判りました」

これまで龍歩が苦手な物体干渉系の訓練をしていたため、物体干渉系の続きを訓練を始める。

棒術で使う二メートル程長さがある棒を能力で操り打ち合う。棒を折られたり、棒を床に落とされないようしなければならない、という訓練だ。

「それでは、始めよう。まず、一本から」

龍人、龍歩それぞれ一本、操る棒が空中を浮かびながら道場の中央で向かい合う。

徐々に操る本数を増やすのだが、龍歩はまだ一本目を操ることに苦労している。

「始め」

合図と共に二本の棒が、激しく交差や巻き付き、打ち合いを始める。

五分ほどで明らかに龍歩が押され始める。

「あっ、しまった」

龍歩の棒がはじかれ、猛烈な勢いで龍輝に向かい飛んで行く。

あわや当たると思われた途端、棒は止まり龍歩の方へ戻って行く。

龍人も龍歩も顔を向い合わせ、怪訝な表情を見せる。

「今のは龍輝か」

龍造が尋ねる。

「はい。失礼いたしました」

「龍輝、力が使えるのか。それに見事なコントロール、…一体」

驚きを隠せない龍人。

「はい、お母様とお父様の子供の頃からの練習から学びました。それとソフィアおばあさまからも教わりました。他にも皆さんからいろいろと学ばせて頂きました」

「何と。ソフィアを知っておるのか」

龍造の質問は当然である。

龍輝が生まれる二十年程前に他界しているのだから。

「アンナおばあさまにも教わりました。あと、ステラ大おばあさまと春鈴大おばあさまにも教わりました」

「どういうことだ。ステラと春鈴まで知っておるとは」

「龍元おじい様と太源大叔父様の妻だった人だよね、僕は二人のことは話していない。どうして知っているんだ」

龍人も驚きを隠せない。

「まさかあの発動時、父の龍元がお告げを聞いたように感じたのは御神体もスキャンしたのか」

「いけないこととは知りませんでした。申し訳ありません」

「…」

3人とも言葉が無い。龍造が尋ねる。

「なぜ今日まで力を使わないでいた」

「物体操作系能力は道場で使うことが一番安全だと考えました。学んではいましたが、実際に使うと、どうなのか判りませんでした」

それだけで十分だった。

この子はこれまでの一族の物差しでは測ることは出来ない。

確認も兼ねて龍人は龍輝に質問する。

「龍輝、今の私と龍歩の手合わせはどう見る?」

「はい、龍歩叔父様は頭で考えてから動かしています。しかしお父様は流れの中で感じたまま動かしています。その差だと思います」

「そうか、それだ。コントロールすることにこだわりすぎていたんだ」

龍歩が自分でも気がついていない指摘だった。

やはりこの子は次元が違いすぎる、天賦の才とはこういうことか。

一体、この子はどれだけの力を有していて、どの程度コントロール出来るのか。

今後の対処のためにも確認は必要だろう。

正しく成長させなければ。我々に出来るのか。

いや、絶対にしなければ一族の未来は無い、この子を怪物にしてはならない。

ソフィア母さん、アンナ母さん。ステラおばあさま、春鈴おばあさま。どうか導いて下さい。僕とサーシャを導いた様に。もう一度力を貸してください。

今は祈ることしか出来ない龍人だった。

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