告げ守の一族

キクジヤマト

第1話 誕生

 日本に特殊能力を持つ一族が存在する。

能力者であることを隠し”お役目”を果たすことにその能力を使う。

神社の神主として、一般の者とは一定の距離を保ちながら生活をしている。

その一族の近年を伝承する物語である。


 守谷龍人の妻、サーシャが妊娠して六ヶ月になる。

「調子はどう?おなかの子の能力の発動は?」

叔母のカトリが様子を見に来てくれていた。

「おかげさまで、順調です。まだ発動は無いわ。助かっています」

「油断は禁物よ。八ヶ月頃が一番多いらしいから」

「判りました、いつ来ても対応出来るよう気をつけるわ」

「何か変わったことがあったら、遠慮無く呼んでね」

「ありがとうございます」

カトリの気遣いは、とても繊細で安心できた。

しばらくは何事も無く順調に経過していった。

カトリの言った通り、妊娠して八ヶ月が過ぎた頃だった。

初夏の爽やかな日差しが気持ちのいい朝、縁側で風鈴の音を楽しんでいるサーシャにカトリの娘、春名が取れたての野菜を入れたかごを抱えたまま声をかける。

「今日は久しぶりに一族全員揃うのよ。ごちそうを振る舞いたいのだけれど、食欲はどう?」

春名は一族の食事を作ってくれている。食品栄養士と調理師資格を有しており、料理の腕前も一流レストランのシェフ並みである。

「嬉しいわ、食欲は二人分あるわよ。楽しみだわ。いつもありがとう」

「何言ってるの、元気な赤ちゃんを産んでね」

「ありがとう」

と答えたその時、おなかの子が強い念を発動した。

「うっ、この子、すごい力。うう…。え?」

カトリが飛び込んできて、

「今の、発動ね。大丈夫?」

「ええ、大丈夫」

「かなり強い発動だったけど、よく抑え込んだわね」

カトリがサーシャのおなかをさすりながら笑顔を向ける。

「…抑え込んだ手応えが無かったの。それと、スキャンされなかった?」

「あなたも?まさか、おなかの子?」

と、春名。

カトリと顔を向き合わせいぶかしげだ。

「そう思えるのだけど、まさかね。それと何か感じた。あれ、何かしら」

(スキャンされたぞ)

(大丈夫、外には届いていない)

(一族の全員がスキャンされたのか?)

(意思は感じ無いスキャンだが、深く潜ったな。誰だ、暴走したのは龍歩か?)

(違う、ぼくじゃない)

(サーシャのおなかの子みたいなの。こんなの聞いたことが無いわ)

一同の沈黙の後、龍元が

(今晩、話し合う必要があるようだな)


「サーシャ、大丈夫か」

祖父、龍元が尋ねる。

「大丈夫です」

「妊娠八ヶ月のおなかの子が能力をコントロールするとは思えん。そんな話は聞いたことが無い」

「はい。実は今日の発動時、抑え込もうとしたらそれと同時にスキャンされたの。そうしたら突然手応えが無くなって」

「あんなスキャンは初めての感覚だった。純粋というか、無垢というか。無害なのは判ったが、ブロックする間もなく深く潜られた」

龍人の発言に皆うなずく。

「ああ、瞬時に一族全員スキャンした」

と答えた龍造が何かを考え込むように腕を組む。

「ソフィアが龍人を妊娠した時も、アンナが龍歩を妊娠した時も、発動を抑え込むのにかなり苦労していた。その後、発動のたびに体力も能力も消耗していった。…サーシャ、大事になさい。龍人も力を貸してやれ。幸い、二人は繋がるのが早かったため、シンクロ出来る」

「判った」

と、龍人がサーシャの手を握る。

「妙な事だが、御神体からお告げを聞いたような感じがしたのだが、違ったようだ。確認したいこともある。念のため、サーシャと龍人は今後、本殿に移れ」

と、龍元が指示する。

「本殿に?…判りました」

「実はあの時、何か感じたの。あれ、ひょっとして御神体?だったのかしら」

龍元の言葉を聞き、サーシャが独り言のようにつぶやく。

「うむ。…次の発動に皆、備えよ。カトリ、サーシャの身の回りの世話をお願いする」

「判っています」


 その後は周囲の心配をよそに、おなかの子が発動することは無かった。

サーシャも龍人も、いつ発動が起きても対応出来るよう、シールドが強く張られている本殿に移り備えてはいたが。

御神体は本殿の地下にある霊廟に奉られており、そのため外からも、中からも能力による影響を遮断するよう、シールドが一番強く張られている。

「この子、私の負担が無いよう、発動の制御をしているのかしら?」

「力の制御を覚えるのは簡単にはいかない。発動してしばらくは周囲の者が抑え込み、ある程度成長してから訓練し、初めて身につくものだ。おなかの子がコントロール出来ないよ。だから母さん達はそれを抑え込むのに苦労し大変な思いをしたんだ。だから発動が無いのは助かるよ、君のためにもね」

まさかあのスキャンで力のコントロールを覚えた?さすがにそれは無いか、と一瞬サーシャは考えた。

その後も発動は無かったが、出産予定日を二週過ぎても、まだ出産の気配が無い。

幸い妊娠中毒症の症状も見られず、予定日を過ぎ三週目になって陣痛が始まった。

夜更けであったが、すぐに出産準備がされた。

おなかの子が大きく、帝王切開を推奨したが、サーシャは自然分娩を希望した。

難産の末、夜明けに無事出産。サーシャも生まれた子も無事だった。

「おめでとう、サーシャ。よく頑張ったわね」

カトリが生まれた子を清め、サーシャに抱かせる。

「みんな。生まれたわよ。子供もサーシャも無事よ」

「龍人。おめでとう」

皆に祝福される。

感激して涙でグショグショになっている龍人。

「もう、入ってもいいかい」

「もちろんよ」

分娩室に入り、龍人がサーシャと生まれた子供のところに行き、

「ありがとう、サーシャ。大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫。この子を抱いてやって」

「おお、よしよし。おまえも頑張ったな。いい子だぞ。みんなも見てよ」

生まれた子を見せて廻る龍人。

みんなも歓声を上げる。

「カトリが産婆も出来て良かったな。カトリ、ありがとう。ご苦労様でした」

龍造が深々と頭を下げる。

「私のいた部族は、近くに病院なんて無かったからね。これでも経験豊富なのよ。一応看護師の資格はあるし、主人が医師免許持てるから良かったわ」

「かなりの難産だったが、サーシャがよく頑張った」

叔父の源治も嬉しそうだ。

「名前はもう、決めてあるのかい?」

「ああ、サーシャと話し合って、龍に輝くでリュウキ、にした。僕もサーシャも、アンナ母さんの心の光に導かれたからね。この子も人を照らし導けるよう輝いてほしいと思ってさ」

「いい名前じゃ無いか。そうか、龍輝か。ソフィアもアンナもきっと喜んでいるぞ。龍輝、私がおじいさんだぞ」

龍人の父、龍造が喜んだのは言うまでも無いだろう。

「あれ、親父。おじいさんと呼ばせず、名前で呼ばせるんじゃ無かったけ」

「龍輝の顔を見たら、そんなことはどうでも良くなった」

みんなの笑い声が湧き上がる。

この子も一族の愛に包まれて、優しく、暖かい子に育ってほしい。

サーシャも龍人も、願いは同じだった。

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