第2章 伏見氏現る 

第10話 伏見の方さま

料理屋のオーナーであるという、伏見が山上豆腐店の中を案内され、豆乳を試飲する。


「この豆乳は……なるほど。いや、美味しかった。山上さん、お若いのに受け答えもしっかりしておられる。あれは……」


伏見が目をやる方向には伏見の有名なお稲荷さんの御札が。


「信心深うて結構なことですな、商売繁盛間違いなし。諸々お役に立てることがあったらキツネ君に言うてください。できる限りお手伝いしますよ」


「ありがとうございます、ええお揚げさんを使うてもらえるよう、従業員一同がんばります」


「よろしゅうお願いします。ほな、キツネ君。行こか」


「はい、伏見さん」


今日の分のお揚げさんを20枚持参しキツネ亭に戻る二人。


「あの、伏見さん、今日は助かりました」


お茶を淹れて伏見氏のもとに差し出す。


伏見氏は家を見渡し、こういった。


「キツネ君、君のとこは伏見のお稲荷さんの御札がないようやな」


「…え? 」


懐に入れたダクの筒がガタガタ震えだす。


懐から飛び出し、筒から半身を乗り出し、土下座するダク。


『ふ、伏見の方様!ご挨拶も行き届かず……』


「え、ダク、この人、ダクが手配した人ちゃうの!? 」


「キツネ君。ワシは、人にはあらず」


「え……」


とっさに土下座をしようとするキツネ。

だが、伏見はそれを静止する。


「かまわんよ、キツネ君。そこの管狐がちょこちょこ動きを見せたから、様子を見に来ただけや。まさか、が自ら赴くとは思てへんかったようやけどな」


「よ、様子? 」


「そこの管狐……今はダク、言うたか。昔からきつね言うだけで一緒にされてちょーっと尻拭いしたことがある。まぁ、悪い狐もおる中でコイツはまだマシな方や」


『は、ははーっ』


土下座を継続するダク。


「狐の外見だけでワシは厳密には狐やないし、コイツも狐ではない。細かいことは省くけど、まぁ、そういうことや。キツネ君」


「は、はい」


ダクは本当に想定外だったのか、土下座をやめない。


「コイツはワシを出し抜いたつもりやったかもしれんが」


『そ、そんなことは決して』


「黙ってぇ、管狐」


『は、ははぁっ! 』


「キツネ君。コイツも不幸ではあった。君がコイツを不幸にせんよう、目を光らせてほしい。あと……」


「……これから伏見のお稲荷さんへ参拝して、御札を分けていただきます」


「ホホホッ、そうか、信心深いのはええことや。100枚のお揚げさんの代金はダクが上手いことやるから、100枚この家まで持ち帰りよし。75枚はダクが食べよるから、あとの25枚、神棚の前に供えてな。ダク。つまみ食いは許さんで」


『伏見の方様への供え物に手を出すなど、命知らずな真似は』


「ダク」


『は、はい』


「ええ人間に、ようやく出会えたみたいやな」


『……はい。おかげさんで……』


「キツネ君」


「はい」


「ダクのこと、頼んだで」


「わかりました、伏見の方様」


「ワシはお稲荷さんとは関係ない。そういうことにしておいてくれ。

色々とややこしいことになるからな。ワシのことは伏見さん、でええ」


「はい、伏見、さん」


お茶をずずっと啜ると、ふわっと身を浮かせ、すっと姿を消す。


伏見の方様がいなくなっても土下座を続けるダク、呆然と立ち尽くす、キツネであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る