第5話 おとふやさん

11月も中頃に差し掛かり、肌寒い。

そろそろなんちゃって湯豆腐とか、やろかなぁ、と考えるキツネ。


「……一日に何枚お揚げさんうてんのや、とかおもわれへんやろうか」


山上やまがみ豆腐。朝の散歩の時間帯とお揚げさんが揚がるタイミングがあったとき、いつも3枚くらい買っては店先で1枚食べる。半分はそのまま、半分は醤油を分けてもらって。キツネは特段、食にうるさいわけではないが旨いものを食べたときに生きていてよかった、と思える、ある意味、素直で幸せな男である。


「あれ、キツネ?朝お揚げさん買うてくれたのに、また買うてくれるん? 」


店先で作業するキツネと同世代の女の子が声をかける。


「ああ、小町、ええと、さっきぶり」


山上小町、キツネが小学校の頃にこの町内に引っ越してからの幼馴染。


「友達にな、ここのお揚げさんの話したら食べてみたい言うて」


「ホンマに?うれしいわぁ」


「ええと、10枚ある? 」


「うん、さっき追加で揚げたんがあるわ……あるけど10枚て」


「あ、ああ、あの、おみやげに持って帰ってご近所にも配りたい、言うてた」


「へぇ、まぁ、うちとしてはありがたいけど」


小町の家は代々の豆腐屋で、昔からの作り方にこだわっている。

最近はスーパーで販売されているものにお客を取られてはいるが、昔からの固定客ファンや料理屋への卸があるので経営は安定しているようである。


「はい、10枚、2500円です」


「はい、ちょうどであるわ。おおきに」


「おおきに、お友達にもよろしゅうゆうてな」


「了解~」


ビニール袋をぶら下げて家に戻るとダクがほぼ同じ姿勢で待っていた。


『おかえりやす、キツネ』


「ただいま、ダク。ほら」


お揚げさんの袋を差し出すとダクは袋に視線が釘付けとなる。


苦笑しながら再度皿に盛り付け、ダクの前に差し出す。


『さっきより香りが香ばしい……』


「揚げたて入れてくれたから」


『……神……』


「ええから食べよし」


『いただきます』


先程の獰猛さは空腹からくるものだったのか、ダクは一枚一枚味わって堪能している。狐(らしきもの)が優雅にお揚げさんを食べる。この訳のわからない光景は今の所、キツネのみが見ることのできる特権である。


最後の1枚を噛みしめるように、名残惜しそうに平らげるダク。


『ホンマに、ごちそうさんでした……』


「よろしゅうおあがり~」


『でな、キツネ』


狐(のような生物)にキツネ呼ばわりというのどうなんだろう。


『今晩祇園にパトロール行こ』


「パトロール? 何、なんで英語使えるように……」


『スマホや、スマホ。とりあえず300年分の知識の穴埋めとこの国のいろんなを頭に叩き込んだ。当座の食費も稼ぎたいし』


「パトロールで、食費稼げるんか? 」


『細工は流々仕上げを御覧じろ、ちゅうやつや』


「危ない橋は渡りたないで? 」


『大丈夫大丈夫』


ダクの「大丈夫」に、「これ、絶対大丈夫じゃないやつだ」と思いながらもダクの行動に目が離せない、キツネであった。

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