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最初に根を上げたのは、二階堂だった。笠奈が「なんか二階堂ちゃん、気持ち悪いみたい」と後ろから報告してきた。葉村は「了解」と短く答えたが、何をする風でもなかった。すでに環状線に入ったところで、こんな所でどうすればいいんだ、と思ったが、しばらく行くとパーキングがあり、そこに葉村は車を入れた。


女2人はすぐにトイレへ駆け込み、私たちは特にすることがなかった。とりあえず車を降り、缶コーヒーを買って空を見上げた。随分久しぶりに見た気がする。照明が貧弱で、ゴミゴミして汚いパーキングだった。壁の向こうを車が通過する度、壁がびりびりと震える。必要最低限、という感じがした。


「首都高は、普通の道路の上にそのまま作っちゃいましたからね。無茶苦茶ですよ」

と葉村言って、私は「ここはどの辺り?」みたいな返事をして、そう言えばこいつと1対1で話すの初めてだなあと考えているうちに、二階堂は戻ってきた。当たり前だが顔色は悪い。隣の笠奈も深刻そうな顔をしている。私が「大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と答える。それしか答えの選択肢はない、と言った感じだ。もう帰ろうぜ、と言いたくなるが、さすがにここから引き返すのは不可能だ。外気に触れて一気に酔いはさめ、全員変な使命感を持ってだまっている。


「そろそろ行きましょうか」

と二階堂が号令をかけ、再び車は走りだす。周りにそびえ立つビルの数が増え、無理に思えば空中を走っているように感じなくもない。普通の道の上に作ったという葉村の言葉を思い返す。様々な車が横を追い越していく。

「週末なんで、やっぱり多いですえ、走り屋」

葉山は二階堂がダウンしても、特に声のトーンに変化は見られない。後部座席は無言。もしかしたら眠っているのかもしれない。


それでもレインボーブリッジに差し掛かり、観覧車が見えてくると再び笠奈がはしゃぎ出す。

「お前寝てたろ?」

「寝てないから。そう言えばお台場の観覧車って乗ったことある?」

「ないよ、水族館なら行ったことあるけど」

「何それ、知らない」

「お台場って海でしょ? 埋め立て地で。幕末に大砲があって」

小学校の時に祖母に連れられてきて、そう教わった。

「知らない」

「で、どうなの? 観覧車、乗りたい?」

「うん、まあ」

そう答えるしかない。喋ってるのは私と笠菜だけだ。観覧車はこの時間には動いていない。今度、という意味なのか。


高速を降り、程なく走った所で目的地についた。営業している店はコンビニくらいしかなかったが、それでも人はそれなりにいて、なんとなく祭りの後という感じがした。桟橋に立ってみたが、潮の香りがしない。岸辺にぶつかる波音も、耳を澄まさなければ聞こえない。

「着きましたねえ」

と葉村が言って、みんなで「お疲れ様」と声をかけあった。随分久しぶりに海を見られたが、お台場は目的地と言うにはあまりに何もなかった。ただのドライブの折り返し地点という感じである。人はたくさんいるが、こんな遠くから来たのは私達だけではないのだろうか。仕方が無いので海沿いをぶらぶら歩き、途中でトイレがあったので、そこで用を足す。気が済んだところで、じゃあそろそろ帰ろうかムードになった所で、突然笠奈の携帯が鳴り出す。今のテンションを完全に無視した陽気な着メロで、疲れがどっと出てくる。この電話が終わったら帰る、と全員が思った。


笠奈は私たちの輪から離れ、奥の街灯の前で話し込んでいる。そのせいで、各自自由行動みたいな雰囲気になり、二階堂はベンチに座り、葉村は海の方へ行って手すりにもたれかかった。私は雑木林の方へ歩いていくことにした。笠奈は電話が終わったら、私にかけてくるだろう。海から離れると公園のようになっていて、私は木々や芝生の間の道をあてもなく歩いた。やがて通りへ出て、向かいには、明かりの消えたショッピングセンターのビルが見えた。1階の端にはコンビニがあり、そこだけは営業をしていた。私は道路を渡ってそこへ行き、葉村にはコーヒー、二階堂には水、そして笠奈には、少し迷ったがパックの牛乳を買った。完全にミスチョイスだが、それで笑いをとろうと言うのである。一応自分用にはお茶を買い、もし笠奈が本気で怒ったらそれをあげればいい。


ぶつぶつ文句を言いながら、牛乳をストローでちゅーちゅーする笠奈を想像ながら、来た道を引き返す。もしかしたら私のことを探しているかもしれないと、少し早足になったが、3人には全く同じようにそこにいた。海辺の葉村にコーヒーを渡し、二階堂の隣に座って、水を差し出す。二階堂は「ありがとうございます!」と言ってバッグから財布を取り出そうとするが、もちろんそれを止める。一応私が年長者なのだ。「大丈夫?」と聞くと「はい!」と声を張って返事をした。回復をアピールしているかのようだ。数メートル先には、笠奈の背中が見える。街灯に手をついて当分終わりそうにない。私は二階堂にお台場に来るのは、小学生以来だということを打ち明けた。

「思ったよりも遠いんですよね。昼間来るともっと楽しいんですけど」

「じゃあなんで来たの」

「実はわたしも夜来るのは初めてなんです」

「え?」

「なんとなくノリで来ました」

「ノリかよ」

「ノリです」

「お台場は元々埋め立て地で幕末には大砲を......」

「知ってます。ペリーですね」

二階堂はそう言うと私のあげた水を開けてごくごく飲んだ。笠奈を見ると電話はまだ終わっていない。いい加減、街灯と背中も見飽きた。笠奈は白いワンピースに、デニム地のカーディガンを羽織っている。スカートから伸びた足が、たまに位置を替える。

「ていうか、笠奈のやつ、いつまで喋ってんだろ?」「ですね」

「誰と喋ってんだか......」

二階堂は、ふふふと笑った。私の言い方が、オヤジっぽくて笑ったのだろうか。それとも、電話の相手が誰であるとかを知っていて笑ったのだろうか。

「まあなんでもいいけどさ」

私はベンチを立ち、海へ向かって歩き出す。笠奈に背を向け、二階堂にも葉村にも見えないところまで来ると、袋から牛乳を出し、パックを開けて中身を海へあけた。白い液体が、どんどん黒い海に吸い込まれていく様を見たかったのだが、水面に付く前に闇に紛れ、思っていたような光景は見られなかった。《《》》

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