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駅前のスーパーの駐車場に車を停め、そこから5分歩いた先にある白木屋で打ち合げは行われた。参加したのは大学生ばかりで、兼山や中年の講師たちの姿は見えない。全部で10人くらいいたが、一続きのテーブルは確保できなかったようで、席は二つに別れた。私は4人掛けのテーブルに笠奈と隣同士で座り、正面には男女1人ずつ座った。男は葉村、女は二階堂という名前だった。


打ち上げは可もなく不可もなくという感じだった。塾講師あるあるみたいな話が中心だったが、話の内容がよく分からなかった。ミキちゃんとのことを思い返しながら「やっぱり女の子はちがうよね」と言おうと思ったが、それは生徒にも笠奈にも失礼な気がした。私は退屈を感じたが、笠奈が察したのか積極的に話しかけてくれた。笠奈は私のために今日来ている人間の名前やその他パーソナル情報を教えてくれ、さらにここにはいない名物講師の木嶋について話してくれた。木嶋は講師の中で最年長(62歳)で、そのため滑舌も悪いし無駄に声もでかい。すぐにタクシードライバーをしてた頃の話を始める。私はタクシードライバーがどういう経緯で塾講師になったのか、興味があったが、それを知っている者は誰もいなかった。一度捕まると、延々と話が続くので、誰も近づかないのだ。木嶋は現在小学校3年生の男の子を受け持っていて、その子も結構な間抜けで、2人は名コンビとして笑えるエピソードをたくさん持っているらしい。


こちらの話が聞こえたのか、隣のテーブルから大きな笑い声が聞こえ、木嶋トークが始まる。今回は木嶋が都合で、授業の日を替えてもらったものの、本人がその事を忘れて通常通り出勤してきたら、生徒の方も日にちが替わったことを忘れ、何の問題もなく授業が行われたというミラクルだった。本人たちは日にち変更のことは、完全に頭から抜け落ち、後からようやく兼山が気づいて、親に謝罪をしたのだった。木嶋は結果オーライで何が悪いんだみたいな顔をしていたが、私達が同じ事をすれば、トマトみたいに顔を真っ赤にした兼山に怒られるだろう。


残念ながら私は木嶋を見たことがなかった。いつも報告書に集中して帰ることしか考えていないから、視界に入らないのだ。木嶋のことを知らないと言うと、葉村は「まじっすか?」と驚き、箸でつかんでいた鳥の唐揚げをテーブルの上に落とした。二階堂は唐揚げを再度掴むのに苦戦する葉村を無視して「小学生の時間だから、早い時間だけど、大抵は居残ってますよ。注意してればすぐわかります。後頭部はげてるし」と丁寧に教えてくれた。葉村はひとつ、二階堂はふたつ年下だった。2人とも当然のようや私に対して敬語を使う。


やがて木嶋のネタが出尽くすと、まとまっていた空気が再び緩み、2、3人グループで思い思いの事を喋り始めた。笠奈はライムサワーの後に、赤ワインをグラスで頼んだ頃から大人しくなった。赤ワインが半分くらいになると

「ちょっとごめんね」

と、鞄から煙草の箱を取り出して吸い始めた。甘い匂いのする煙草だった。この前のマクドナルドの時は、吸っていなかった。そう思ったのが通じたのか、笠奈は

「やっぱ酔っ払っちゃうと吸いたくなっちゃうよね」

と、頭を薬指でかきながら照れ臭そうに言った。私達のテーブルで煙草を吸ってる者はいない。葉村が隣からアルミの灰皿を取り、笠奈の前に置いた。

「今度はどれくらいやめてたの?」

「3日」

それだけ答えて笠奈は目を細めて煙を吐いた。確か笠奈と昼を一緒に食べたのは1週間前で、その時も禁煙していた可能性が高い。3日という言葉が本当ならこの1週間で1度禁煙に挫折し、3日前から再び挑戦したことになる。そしてまた挫折した。不毛な女だ。

「だいたいさ、煙草の箱を持ち歩いちゃってる時点でやる気ゼロだよな」

隣のテーブルから声が聞こえた。

「うるさいなー」

笠奈はそちらを睨んで言ったが、その瞬間どっと笑いが起きて、笠奈もつられて笑った。私は笠奈の禁煙は、塾講師達の間では恒例の行事になっていることを悟った。


店員がラストオーダーを取りに来て、お開きの雰囲気になったところで、笠奈が突然

「なんかお台場行きたくなってきた」

と言い出した。あ、この女相当酔っているんだな、と思った。赤が好き、としきりに主張しながらワインを何杯も飲んでいた。私が突き放そうとすると、葉村が「行っちゃう?」と話に乗ってきた。こんな夜中にお台場へ行くなんて、訳がわからなかったが、結局こちらのテーブル4人がら深夜のお台場ドライブへ行くことになった。周りが「行ってらっしゃい、気をつけてねー」と声をかけてきたので、割とよくあることなのだろうか。私は、行くとも行かないとも言わなかったが

「海見たいよね?」

と笠奈に言われ、自動的にメンバーに加えられてしまった。

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