第二話 常夜の国(4)

 オリエストの書斎は、王城内で「魔窟」という通称で呼ばれている。

 彼の(女性には特に)芳しくない悪評判から来ている蔑称だが、その内実を知る者はほとんどいない。そんな変態奇人の魔窟に忍び込もうとする勇気も関心も生じないからであろう。噂ではそこに足を踏み入れたものは本性を露わにした彼に調教され肉奴隷と化してしまうという、全く根も葉もないひどい噂ばかりである、と本人は不満を漏らしている。

 ジーク達四人は、その魔窟に足を踏み入れた。

 ヒトリを除く三人は、正直拍子抜けしてしまった。そこは、噂とは比べ物にならないほど整然としていたからだ。

 扉の奥の部屋は、薄明るい白の光鉱石燈の明りに照らされて、本棚と大きな机があった。机の上は何冊もの本が乱雑に置かれていたが、思っていたよりも人智内の領域だ。

 ただ、その書斎にはもうひとつ扉があった。そのことは四人とも考えないようにした。

「王城司書、オリエスト・アステラスと申します。以後お見知りおきを、ヒトリ様」

 部屋に鍵をかけたオリエストは改めて、礼儀正しくヒトリに深々と一礼した。

「あ……はい、よろしくお願いします」

 慇懃な態度に戸惑いながらも挨拶を返したヒトリ。

 オリエストは顎に手を当てるとヒトリの全身を吟味するようにじっくりと見回す。まるで蛇の舌に全身を舐め回されているかのような感覚を覚え、ヒトリは背筋がゾクリと震えた。

 オリエストの表情は真剣そのものだった。吟味を終えると、

「ふむ……なるほど。確かに、貴女の身の内にある魂は、尋常ならざるもののようですね」

 さらりと言った。驚きに言葉を失くしたヒトリに、オリエストは失敬、と一言を添える。

「お話が貴女の内なるものについてということでしたので、僭越ながら先に確認を取らせていただきました。ああ、ちなみにこの片眼鏡モノクルは小生の自作のものでして。影霊シャドウのような違う次元位相の物を視ることができるのですよ。小生用に造ったものなので、他は誰も精神適性が追いつかないために使うことはできませんが」

「でも、それって覗き見し放題ってことじゃ……」

「おや。早くもそれに気づかれるとは、実に聡い方でいらっしゃる」

「否定しといた方が身のためだったんだがな、オリエスト」

 ヴェルクスが呆れたようにため息を吐く。彼の隣ではジークが射るような目でオリエストを睨み、ヒトリがその後ろに隠れていた。オリエストも肩をすくめてみせる。

「ほんの愛嬌ですよ。実際にそんなことをするかしないかはわかりませんのでご安心を」

「まったく安心のできない言葉ですね……まあ、実際その通りなんですけど」

「ヒトリを怯えさせるな。手を出せば身の保証はないと言ったはずだが」

「ちなみに、観察次元位相の設定はこちらの自由ですので、壁に隠れても意味はありませんよ」

「に、逃げられないのっ⁉」

「言っても無駄だとはわかってますけど、言わずにはおれません。この変態」

「おおぅ、これは。麗しの姫方からの棘のある言葉ほどゾクゾクするものはありませんねぇ」

 セリーヌの侮蔑を露わにした言葉に、オリエストは至福の表情を浮かべ身を震わせる。痺れを切らしかけたジークがうんざりしたように言った。

「冗談はそろそろにして、仕事にかかってくれるか。オリエスト」

「畏まりました」

 ジークの一声に、オリエストは即座に態度を切り替えた。本棚に足を向けながら、話す。

「先程この片眼鏡で見た限り、ヒトリ様の内にある影霊は非常に強い霊力と多様な色彩を宿しているようです。断定はできないという話でしたが、ほぼ間違いはないでしょう」

 話しながらオリエストは一冊の本を手に取り、四人の元へ戻ってきた。

「この世界の現状が星の鳥――星霊にまつわる現象によるものであることは、すでに地質学者や星霊学者の研究により立証済みです。まして現物が現れたとなれば話は早い。陛下の直々の令と言うこともありますし、皆様にはあらためて星霊の存在と、それを巡るこの世界の現状について勉強していただきます」

 そして、手に持っていた分厚い赤土色の表紙の本を奥の机に置く。四人は机の周りに集った。

 本の表紙には、「星見の書」と題されていた。惑星メルティジオルについての研究書だ。

 オリエストは本を開き、ぱらぱらとページをめくっていくと、やがてある所でそれを止めた。

「星核と四大精霊」と題されたページだった。オリエストは説明を始める。

「《第一星災》と呼ばれるこの星の変容の発生は、今から二百年ほど前と言われています。そしてその原因にはこの星核の仕組みと、そこに宿っていた四大星霊の力が深く関係しています」

 オリエストは言って、ページの上部を指した。中央に球状の階層図のような図があり、それを囲むように、四色の紋様の上に神獣らしき姿が描かれている。惑星メルティジオルの基礎構造図及びその基幹部――星核と四大星霊の解説部だった。

「この星の動力部である星核コアは、統括神体たる星神アルスのもとに四つの星霊ステラの力が合わさることによって構成されています。それぞれの星霊は特有の力を司り、その力を機能として星核を形成しています。まずは、各霊の特徴をおさらいしましょう」

 オリエストは導入を述べ、詳細に入る。

星霊ステラとは、その名の通りこの星に宿る大いなる力の化身とされる霊のことです。本来ならばその本体は星核に宿り、この星を正常に営ませる原動力となる存在です」

 オリエストは言い、順に解説を始めた。四つの神獣の図のひとつ、金色の鳥を指して、

「まず、中央の原動力たる力を司っているのが、金の霊です。万物に宿る生命の力を司る極めて強い力を持った霊体で、伝説では金色に輝く星の鳥と呼びならわされている存在です。その強い力の熱量を維持するために大量のエネルギーを必要とし、憑りつかれたものは飢餓感を覚えやすくなると言われています。一説では、周囲のものの魂を喰らうとも」

「魂を喰らう、か」

 オリエストの言葉に、ジークは小さく嘆息した。昨日、自分とセリーヌが襲われた感覚を表現するのに、これ以上ないくらい当てはまる表現だった。隣で身を竦ませ怯えた目をしていたヒトリの肩を、無言で小さく抱いた。

 オリエストはその様子をちらりと見、今度は白と黒の円環を形作っている二尾の神竜を指して、説明を続ける。

「白の霊と黒の霊は、対になっています。

 白の霊は光と覚醒・出力を司り、憑りついたものの力を目覚めさせる力を発揮するとされています。白の国の王家に継がれているのが、この白の星霊であると言われています。

 黒の霊は闇と重力、そして力の制御を司り、憑りついたものの力を凝縮させる性質があるようです。ジーク様や国王様、黒の国の王家が宿しておられるのが、この黒の星霊です」

 オリエストはそこで一旦言葉を切り、ジークとヒトリを見た。

「昨日、ジーク様がセリーヌ嬢を助けた時、ヒトリ様の体に触れた所が黒く光ったそうですね」

「医務員から聞いたのか」

「アリアナ嬢を通じて。その黒い光が現れた後、ヒトリ様の光が治まったと」

 そう言ったオリエストは、小さく口元に興味の笑みを示した。

「小生の推測ですが、それはジーク様の内にある黒の星霊の力が、ヒトリ様の金の星霊の力の暴発を抑制し、抑え込んだものではないかと思われます」

 オリエストの指摘に、ジークはふむ、と小さく唸った。確かにそれは、あの状況の説明によく当てはまる。そこにヒトリが、言葉を挟んできた。

「わたしは、そのすぐ後に目を覚ましたんだけど……目が覚める前に、すごく熱かった体が冷まされたように感じたのを、憶えてる。何かに……熱くなった体を包み込まれたような」

「おそらくそれが黒の星霊の力の干渉でしょう。ヒトリ様の内なる星霊の熱の力を、ジーク様の黒の星霊の力が鎮めているという所でしょうか」

「ヒトリが俺のそばにいる時には疼きを感じないというのも、そのためか」

 ジークが小さく呟く。それを耳にしたセリーヌとヴェルクスとオリエストが揃ってピクリと耳を動かし、ヒトリは頬を赤くして俯いた。

 咳払いを一つして、オリエストは説明を続ける。神獣の最後の一つ、透き通った羽を持つ銀色の鳥を指して、

「銀の霊は時間と空間の流れを司り、この惑星を時の理の中に留める力を持つとされています。また、人や動物などに憑りつくとその生体時間の流れを変質させる力を持ちます。小生やセリーヌ嬢のような霊人レムウ族は、一般的にはこの銀の星霊を宿している種族です。ちなみに小生はこう見えて六十九歳、セリーヌ嬢はたしか」

「オリエストぉ~、それ以上乙女の秘密を踏み荒さないほうが身のためですよぉ~。あなたの永かった人生終わりにしてあげますからねぇ」

 セリーヌが不気味な満面のスマイルでオリエストを脅す。オリエストは背筋を震わせた。

「歳を重ねても若造りのままでいられるという美点を紹介するつもりだったんですがねぇ」

「え……セリーヌさん、今いくつなんですか?」

「そんなぁやだもうヒトリ様ぁ。見ての通りのピッチピチで可憐な乙女ですよぉ、うふふふふふ」

 何やら奇妙な笑みと共に異様な熱気を放つセリーヌに、後ろからヴェルクスが呟く。

「まあ、たしかに十九年前にジークが生まれてから全く変わってないからな」

「ちょっとヴェルクス君。女性の年齢を予見させるような言動は、紳士としては感心できませんよ。ねえジーク様?」

「お前はほぼ見た目通りの年齢だろうが。こいつらの口車に乗せられてどうする」

 ジークの正直な感想に、セリーヌはあからさまに不機嫌そうな顔になった。やれやれと思いながら、ジークは彼女をフォローする。

「お前の年齢がどうだろうが俺はどうでもいい。お前がセリーヌであるならな」

「そうですよねっ! さすがは私のジーク様っ、大好きですぅっ!」

 セリーヌが表情を一転させ、顔を輝かせてジークに抱きつく。うろたえたヒトリを除いた男三人は、三者三様にやれやれといった表情を浮かべた。

 ジークに目線で促され、オリエストは説明を再開する。

「四大星霊は各種以上のような特徴を持ち、彼らの大きな力が星核から滲み出したものが、我々が知るところの影霊シャドウです。その力は本物の残滓程度でありながら大きく、ものによっては制御が難しいことは皆様もご存知のことと思います。我々のような霊人族が長命である理由や、ジーク様とヒトリ様の間にあった現象も、ひとえに宿した星霊の性質で説明がつくものです。

 そして四つの星霊は、星核を制御する仕組みを分有した存在でもあるのです」

 そしてオリエストは指を動かし、四大星霊の中央にある構造図を指差した。

「これが、四大星霊の力の構造を示した、星核の見取り図です。階層図としては、中央の動力源たる核の中にあるのが金の霊、それを囲むように白の霊と黒の霊が円環を作り、それらを銀の霊が包み込んでいる形になっています」

「熱源である星の鳥が中核、それを力の出力と抑制を司る光と闇の竜が一連の輪になって取り囲み、それら全てを時空の流れに留める時の星霊が包み込んでいる、か。たしかに、さっきまでの話を踏まえた仕組みになってるな」

「その通りです。そしてこれらを包み込んでいる、この図の枠たる存在が星神です。星核はこれらの星霊の力が核を形成する星神の力の内に均衡を保つことで、この星の心臓としての機能を保ってきたのです」

 その図を一目見て、ヴェルクスが構造を看破した。それを聞いてオリエストは薄く笑むと、

「さて、基本的な仕組みはこれでさらい終えましたが……問題はここからです」

 仕切り直すようなオリエストの声音に、ジーク達は気構えを新たにした。

 そうだ。実際ここまでの話――四大星霊と星核の仕組みなら、ジークはすでに学習しているし、ヴェルクスとセリーヌにしても、それは世界が時を止めた時代の始まりを知る王家の人間としての常識の領域でもある。まだ若く、ろくに教育を受ける機会もなく、星の鳥の伝説を母親から聞かされた、程度の知識だったヒトリには新しい発見だったようだが。

 問題は、それが星災とその解決にどのように関わってくるのか、ということである。

 ジークの視線にそうした意思を読み取ったオリエストは、説明を新たな段階に進める。

「二百年前にこの星に起きた異状により明けない夜が訪れた時のことを、我々黒夜の国では『第一星災』と呼んでいます。その原因については、様々な説が提示されてきましたが、その真偽はどれも定かではないものがほとんどでした。何故か、お分かりですか?」

「星の鳥が星核を離れたその現場を、誰も見たことがないからか?」

 ジークの返答に、オリエストは満足げに笑んだ。

「その通りです。星の鳥が星核を離れた事実自体は語り継がれてはいますが、それがいかなる原因で起こったのかを知る者はほとんどいませんでした。なぜなら、それが起こったとされる場所が、到底人間の至れる場所ではなかったからです」

 オリエストの言葉の意味は、たやすく知れた。

 星核――星の中心。常識的に考えるならば、そこに至るためには当然のごとく分厚く固い地殻の奥に潜り込まねばならず、さらに地殻の中には星核の放つエネルギーが充満している。過去、その謎を突き止めようと星核の探索に乗り出そうとした研究者が数多くいたそうだが、どれもその文字通りの分厚い壁の前に断念せざるを得なかったらしい。

「今から穴を掘って地殻の最奥の星核に辿り着こうというのは、極めて難しい相談です。ですが昨今の調査から、第一星災の原因が星核に起きた何らかの異常によるものであることが、明らかになってきています」

「だが、星核に辿り着くことはできないんだろう。どう調査したんだ?」

「先程のような方法では、とだけ言っておきましょう」

 含みのある言葉に、ジークは眉をしかめる。オリエストは軽く笑んで、先に念を押した。

「これは今現在の話とは別件になります。機が来ればいずれお話ししますので。今は、現状にまつわる星災がなぜ起きたのか、という所を先にご説明しておきたいと思います」

「わかった。それで?」

 ジークが先を促す。オリエストはわずかに笑んだ顔を引き締めた。

「先程もお話ししましたが、星災の原因は星核に起きた異常です。長年の調査と研究により明らかになってきたその通説はこうです。

 何者かが星核に直接干渉し、その影響で星核が正常な機能を狂わされてしまった、と」

 オリエストから告げられた言葉に、ジークは訝しげに眉をひそめた。

「星核に、直接干渉しただと?」

「でも……星核には辿り着けないんじゃないんですか?」

 ヒトリの言葉に、オリエストは深長な笑みを浮かべる。

「確かに、先程申し上げましたように、星の核に直接達することは限りなく困難でしょう。しかし、星核に直接干渉する手段は、このメルティジオルに原初の時代から存在しています」

 そう言うと、オリエストはヒトリに視線を向け、その知識を確認するように問いかけた。

「ヒトリ様は、星司のことをご存知ですか?」

「星の、司……」

「星核の状態を観察・管理する役割を担った者のことです。星核の存在そのものである上位統括星霊――『星神』の力を宿す系譜の者が、代々その役を担っているということです」

 補足するオリエスト。本題に近づいていくその眼が徐々に鋭くなっていく。

「詳細は神職ともされる星司のことのためあまり明らかにはされておりませんが、星司が何らかの手段で星核に干渉する力を持っていたことは十分に可能性として考えられます。そしてその手段による星核への干渉が、星の鳥と星核にまつわる異常に関わっている、というのが現在における定説です」

「具体的には、どういう話なんだ?」

 ジークはオリエストに詳細を訊ねる。オリエストは小さく頭を振って、

「未だ全てが判明しているわけではありません。ですが、明らかになっている説では」

 そして、軽く一息を入れると、言った。

「今から二百年ほど前、何者かに当時の星司が殺された上に、その者の干渉によって星核を統御する力が崩されてしまい、四大星霊が星核から散り散りに離れてしまったということです」

 告げられた事実にその場の面々は息を呑む。加えてジークは、その意味をすぐに理解した。

 星の中心であり、星の機能を統御していた星核から、その力の根源であった星霊が失われれば、星は元のようには機能しなくなる。星の鳥――熱源であった金の星霊が地殻からいなくなれば、地殻と地脈の力は低下する。そして、世界を時の理の中に留めていた銀の星霊の力が失われたことで、この星は世界の時の理を失い、天陽はその動きを止めた。

 ジークは知る。これが、現時点で判明している、星の異常――星災の真実。

 言葉を失う四人に、オリエストは告げる。

「星核は第一星災の際に残されていた星霊の力を大きく失いましたが、それでも全ての力を失ったわけではないようです。現に今も地脈はかろうじて活動している。ただし、星核が大きく弱体化したのも確かなようで、星神の力の統御の機能が失われたことは、徐々にこの星のガタとして現れてきているようです」

「最近報告されてる、星の罅割れのことか?」

「さすがは陛下の右腕。よくご存じのようで」

 ヴェルクスの指摘をオリエストが誉めそやす。

 星の罅割れ――最近王国各所で報告されている、地割れのことを。

「あれは、五年ほど前に観測された《星震グランズ》に連動した地殻の異常と捉えるのが自然でしょう。ここ最近、報告数が多くなってきているようです。小生の見立てでは、このままではさらにその数は増していくかと。二百年前の第一星災に続く二度目の星災として、五年前に端を発するこれらの異常は『第二星災』と呼ばれています」

 オリエストの言葉に、ジークの胸に重いものが落ちる。それが地殻の、ひいては星核の異常が原因であるのなら、なるほど、それは自明のことだ。だが――

「オリエスト。もしその星の罅割れがこのまま加速していけばどうなると思う?」

「自然な流れから考えれば、そうですね。地殻の崩壊に至るかと」

 オリエストはさらりと言う。ジークは小さく唇を噛んだ。

 彼の逸る気持ちを静めるように、オリエストは道化のような調子で言った。

「まあ、今ここで世界全体の危機を背負い込んでも何にもなりません。今は、星災の事実と、ヒトリ様――星の鳥に関わる話に落ち着きましょう」

 その言葉に、ジークは心を鎮めた。たしかに、今ここで憂慮を抱いてもどうにもならない。

 ジークの内心が整理されたのを見て、オリエストは総括に入る。

「星核に起きた異常が星災の原因である以上、その解決策としては星核の異常を正常化し、星核を元のあるべき姿に戻すというほかにはないように思われます。そのために必要なのは無論、星核の力であった四大星霊の力です。白と黒の霊は我が黒夜の国と白夜の国の王家がその存在を継承しましたが、残り二つ――銀の霊と金の霊、星の鳥については長いこと行方がつかめないでいました。ですが、小生の目にいかほどかの眼力があるならば、ヒトリ様の内にあられるのは星の鳥――金の星霊に相違ないと見受けられます」

 そしてオリエストは、穏やかながら真剣な目でヒトリを見、それからジークを見た。

「我々はこれを幸運に思うべきでしょう。その力をうまく使うことができれば、世界の正常化もあるいは可能になるやもしれません。ヒトリ様、貴女はこの世界の可能性、いや、希望です。ジーク様もどうか大切になされますよう」

 ヒトリがその言葉に息を呑む。まるで世界を背負わされたようで。

 ジークはそれを――オリエストの言葉にヒトリが怯えたのを見取って、安心させるようにヒトリの肩に手を置いた。ヒトリがハッとしてジークの顔を見る。

 ジークはヒトリの目を、心の奥を覗きこむように見た。その視線は鋭いながらも静かで優しいものだった。ヒトリは吸い込まれるようなその目から、視線を離せなかった。

 ――お前は俺が守る。俺を信じろ。

 深い漆黒の瞳は、ヒトリの心の奥にそう訴えかけていた。言葉ではなく示された強い想いに、ヒトリは不安に震える心がゆっくりと解かれていくのを感じた。

 ヒトリの不安が解れたことを見取ると、ジークは安心したように微笑んだ。

「お前に言われるまでもない。ヒトリは俺が守る。そう誓ったからな」

 ジークは、オリエストの目を真っ直ぐに見返して言った。

 その言葉に、今度はヴェルクスとセリーヌが色めき立ち、ヒトリは再び顔を赤らめることになったのだった。

 オリエストはジークの瞳の力を見て、満足げに笑んだ。

「それはよろしい。頼もしいことです」

 そして、右目の片眼鏡をくいと押し上げると、続けて言った。

「ジーク様、ヒトリ様。小生にもう一つ、ささやかながら協力できることがあるのですが」

 突然出された提案に、ジークとヒトリは顔を見合わせた。

「何だ」

「先程のお話を伺っていて気付いたのですが。ヒトリ様はジーク様と一緒にいると内なる星霊の暴走が起きないと。加えてジーク様とセリーヌ嬢が遭われた危険を考えると、皆様の活動のためにもどうにかそれは抑えておく必要がありましょう」

 オリエストは、金色に光る片眼鏡をくいと上げてみせた。

「それにジーク様もヒトリ様も、さすがに四六時中つかず離れずというわけにも参りませんでしょう。お二人の健全なお付き合いのためにも、このオリエストに一肌脱がせていただきたい」

「本当に脱ぐなッ!」

 んばっ、と言葉と共に勢いよく上着をはだけたオリエストを、セリーヌが叱咤した。

「おや、では代わりに脱いでいただけるのですか、セリーヌ嬢?」

「その口、ナイフで縫ってあげましょうか、オリエスト?」

 セリーヌが引きつった薄笑いと、もはや笑っていない目で脅す。

 冗談はさておいて、とオリエストは本題を話した。

「ヒトリ様の星霊の暴走を抑える装具をお造りいたします。2日もあれば用意できるでしょう」


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