第二話 常夜の国(3)
「いつも思いますけど、やっぱりジーク様とグラン様ってそっくりですね」
謁見の間を出て合流した後の、セリーヌの第一声がそれだった。
「うん。本当にそう思う。言ってることがジークと同じだった」
「ま、ジークは一人息子だし、グラン様はジークの帝王教育に熱心だったからなあ。ジークが王様とそっくりってことは、こいつはちゃんとグラン様の意志を継いでるってわけだ」
ヒトリとヴェルクスがそれに賛同する。三人に囲まれているジークは何も言わず、黙々と足を進めていた。
ジーク・ヒトリ・ヴェルクス・セリーヌの四人は、城内の書庫に向かっていた。
「星の鳥」の力による方策を始めるにあたり、星の鳥や世界の現状、ならびにその周辺の知識を学んでおくように指示されたのである。当事者であるジークとヒトリは言うに及ばず、セリーヌとヴェルクスも二人の側近として追従するように命を受けた。
書庫は城の二階にある。黒の王家が発祥した当初からの蔵書が王城三部屋分の広さの書棚に収められており、さらに書庫番係――司書が常駐していて、蔵書の案内をしてくれたり、相談に乗ってくれたりする、さながら王室の図書館のような趣を持っている――のだが。
「書庫かあ……またあの人に会うことになるんですね。憂鬱です」
「君も狙われてきたもんなあ。あいつの魔眼に覗かれたりとか、隙を突かれて触られたりとか」
「なッ⁉ 何で知ってるんですかっ⁉ 誰にも言ってないはずなのにッ!」
「悪いな。たまに書庫に用事があって行くたびにあいつが嬉しそうなしたり顔で言ってくるんだよ。自分の『戦果』をさ。困ったもんだ」
「やめてくださいよヴェルクス君……ああもう、思い出すだけで寒気がします! あの変態!」
セリーヌが機嫌を損ねる。それを脇で聞いていたヒトリは、
「……え? あ、あの……」
当然のように不安に駆られた。三人が若干暗いトーンでそれをフォローする。
「ああ、これから行く書庫の司書の男がいるんだが……奴は女に目がなくてね。書庫を訪れた女性という女性に魔の手を仕掛けてくるんだ。被害はすでに数え切れないほど報告されてる。軽いのからそれなりにでかいのまでね。ジーク。この子はお前が絶対に守れよ」
「心得ている」
「え……えっ⁉」
真顔で言い合うヴェルクスとジークに、何やら不穏な空気になりつつあるのを感じて、ヒトリは怖気づいた。
フォローしようとするセリーヌの声にも、いつもの鈴が鳴るような明るさがない。
「司書としての能力は確かではあるんですけど……あの変態具合の前ではそれも霞みますね」
「俺達は情報を得に行くだけだ。余計な心配はしなくていい」
ジークはそんな空気をばっさりと切り捨てる。
そうこう話している内に、四人は書庫の扉の前に来ていた。
「行くぞ」
ジークは何気なく扉に手をかけて引く。ヒトリが息を呑む音がした。
王城書庫はジークの私室三部屋分を横に並べたほどの広さで、左右の広がりには赤みのある木でできた書棚が整然と並んでいる。書棚の上の壁に取り付けられた光鉱石は本を読むためか、他の場所より明るい白い光を放っていた。
そして、扉の正面の一部屋分のスペースには、受付らしきカウンターがある。
その中で、一人の背の高いひょろりとした男が、何やら作業をしていた。
男は扉が開いたことに気付くと四人の方を向いた。右目に金製の片眼鏡をかけている。
「おや、これはこれはジーク様。わざわざこのような場所に何か御用ですか?」
男は恭しくジークに挨拶する。ジークもこの男の性質を知っているので、その道化めいた挨拶を軽く受け流す。
「用がなければこんな場所には来ない」
「なれば小生に何かしらの用があったと。それは光栄です」
男は薄く怪しく微笑むと、ジークの周囲に控える他の三人に目を向け、セリーヌの姿を捉えた途端、その瞳を輝かせた。
「ヴェルクス君に……おお、セリーヌ嬢! ご機嫌麗しゅう」
「生憎だけど私はちっっとも嬉しくないですからね。ここに来たのはジーク様の御伴です」
「またまたぁ。そう言いながら実は小生の手練手管に何か期待したりしているのではないですか? 前に一度媚薬で酔わせた時の貴女の可憐な嬌声がいまだに小生の耳を離れず――」
「しにたいの?」
「オリエスト。そのへんにしとけ。セリーヌがキレる」
「おっと、それは危ない」
「セリーヌ、抑えろ。ヒトリが怯える」
「うぅ~……はい。申し訳ありませんジーク様……」
ヴェルクスの忠告に男――王城司書オリエストは一旦退く。セリーヌもジークのなだめに応え、取り出そうとしていた仕込みナイフを寸での所で収めた。
呆れのため息交じりに、ヴェルクスが事のいきさつを話す。
「グラン様からの勅命で、いくつか調べ物に来た」
「勅命で調べ物ですか。成程、なれば小生の出番ですな。して、何について?」
「星の鳥と、それにまつわる星災当時の情報あたりだな」
ヴェルクスの言葉に、オリエストは目を細める。
「ほう……今更ながら星災の情報ですか。何か新しい動きでもありましたかな」
「ああ、まさにそれだ。ジーク」
ヴェルクスの言葉につられ、オリエストはジークに向き直る。そして、彼の後ろに隠れるように立つその少女を見つけた。
「おや……ジーク様、そちらのご令嬢は?」
「昨夜、俺が救出してきた娘だ。名はヒトリ。星の鳥を宿している可能性がある」
その言葉に、オリエストは目を見開いた。
「何と。生きている内に星の鳥の宿主をこの目で見られるとは。永く生きてみるのも無駄ではなかったようですな」
そして、立ち上がるとヒトリに歩み寄り、彼女の前にひざまずくと恭しく手を差し伸べる。
「麗しきご令嬢、我が住まいへようこそお越しくださいました。不肖の身ながら、精一杯のおもてなしをさせていただきたく存じます。つきましては、お近づきの印にその滑らかな手の甲に我が口づけを許したまえ――」
「言っておくが、オリエスト。彼女は国賓だ。下手に手を付ければお前の人生はついに再びの夜明けを見ないまま幕を閉じることになるぞ」
ヴェルクスの再度の忠告に、オリエストは再び身を引いた。ジークが結構冗談ではない目でオリエストを見ていた。オリエストは肩をすくめた。
「失敬。あなた様があまりにも魅力的だったものでつい――」
「オリエスト」
「はい、何でございましょうジーク様」
ジークの刃のような声音にさすがのオリエストも声を正した。
「そういうわけだ。彼女の協力を得るためにも、星の鳥と星災の周辺について調べる必要がある。お前の力を貸してくれ」
「承知いたしました。それでは、小生の私室へどうぞ」
オリエストは礼儀正しく服従した後、さらりと言った。その言葉にセリーヌが目に見えて引いた。
「な……あんたの私室ぅ⁉ 魔窟じゃないですか!」
「星の鳥に関わることなら、より専門的な資料が揃っている小生の部屋の方が都合がよいのですよ。それに陛下からの勅命とあれば、場合によっては機密の話になるやもしれませんしね」
オリエストは平然と言う。それは全て事実だった。
「小生の部屋に一人で忍び込もうなどというもの好きを小生は知りません。迷い込んでくる子羊なら実験素材として大歓迎ですが」
「オリエスト。そのあたりにしておけ」
ジークが凄み、オリエストは肩をすくめると、
「では、書斎にご案内いたします。小生におつきあいください」
そう言って、受付の奥の本棚に歩き出した。オリエストが何冊かの本の位置を入れ替えると、本棚がスライドし、その奥にもう一枚の扉が現れた。
「こちらです。さ、どうぞお入りください」
オリエストはそう言うと扉を開けて中に入ってしまった。
後に残された四人は、しばしその部屋に入るのをためらった。
前評判で縮こまってしまったヒトリの緊張を解くように、ジークは言った。
「ヒトリ、心配するな。お前に手は出させない。お前は国賓で、俺の女だからな」
「ジーク……」
ジークの言葉に、ヒトリは心が熱くなるのを感じた。しかし、
「あいつもこの城の住人だ。俺の客であるお前に不埒な真似はしまい」
「もし何か手を出したら叩き斬っていいぞ。グラン様には俺からとりなしておく」
「ヒトリ様、大丈夫です。ジーク様もいらっしゃいますし、私がいます。ヒトリ様の貞操は私達がお守りします!」
「う、うん……」
ヒトリはその後の三人のフォローに、むしろ戸惑ってしまった。
そこまで警戒しなくてはいけないほど、あのオリエストという人は危ない人なのだろうか――そんな不安がどんどん大きくなってしまうのだった。
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