第2話 マリノー
ホームルームを終えると、またもアシュトンらにからかわれながら、マリノーが決まって向かうところがある。このジュニアハイスクールが付属している、大学の文学館だ。
利用者のほとんどが学生か教授で、騒々しい連中とは縁がない。だから、ここへ来てようやく、マリノーは落ち着いて一人の時間を持てるのだった。きちんと整頓された、薄っすらと古いインクの匂いを放つ重厚な本の間を抜けて、さらに奥。ランプが静謐な光を投げかける一角、木のテーブルがいくつも並ぶ自習室がある。そこへマリノーはノートやテキストを広げるのだが、視線は書架と自習室を仕切る低い壁の向こうに投げかけていた。
文学館の最奥、自習室から見える範囲には、外国の書物が革の背表紙を並べている。そこに現れるのは、
濡羽色の巻毛。
透き通るような肌。
蒼い瞳に紅い唇。
折れそうな指先が、一冊を選び出す。
その姿を見つけた瞬間、僕の心臓が飛び上がる。頬が熱く紅く火照るのがわかる。
ユースタスだ–。
エマニュエル・ユースタスがすぐ近くにいるのを、本の影に隠れながら盗み見る。いずれこの自習席に本を抱えてやってくると、僕は知っている。重たそうな、分厚い、誰も読んだことのなさそうな貴重な本を携えて、今あの窓辺に座る。
陽光は漆黒の巻毛に輪を投げかけ、蒼い瞳はいっそう冴え冴えと照り映える。本を読んでいるとき、時々口が動く。
(同じクラスの自分はここにいると、知られて欲しいような欲しくないような。)
ノートやテキストに一生懸命目を落とす振りをして、僕はユースタスと一緒の時間を過ごす。僕がこうやっていること、多分知らないだろう。
そう、僕たちは一緒の図書館を使っているんだ−皆の憧れの彼と、僕が持てる唯一の接点。とても声をかけたり、まして近づく勇気などない。不釣り合いなのは誰に言われなくてもわかっているのだから。
一生懸命考えるふりをするのだけれど、数学の課題は頭に入らず、ノートは真っ白のままだった。やがてユースタスは立ち上がり、再び分厚い革の書物を閉じて、自習席を出て行った。
あとでユースタスの触っていた書棚を眺めたのだけれど、どうやらラテン語らしくてまったくわからなかった。
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