ふたりは妖精

Peridot

第1話 ユースタスとマリノー

−こうしよう。僕たちは人間じゃない、妖精なんだ。聖書も関係ない。

ユースタスの紅い唇から漏れるその言葉は、優しく甘かった−


「ミスター・ブランシェ、次の方程式の答えは?」

「-2x。」

「よろしい。では、ミスター、続いて次の方程式を、前に出て解きたまえ。」

 クラス中にくすくす笑いがさざめいた。マリノーはうつむきながら、周りを見ないように立ち上がり、教師の指示に従った。チョークを取り、一生懸命腕を伸ばすのだが、段々と式が下に伸びるにつれ、教壇の影に隠れるようになってしまう。

「先生ー、マリノーがちびで答えが見えませーん!」

筋肉質のアシュトンが囃し立てて教室中にどっと笑いが起こり、「答えは合っている。紳士諸君、笑うのはやめたまえ。」と教師が嗜めるが手遅れだった。自分の耳が真っ赤になるのをマリノーは感じていた。頭がじんじんと熱く、目は誰の目線にも合わないように泳いでいる。

 クラス一背が低くて、女の子のように華奢だということが、マリノーの悩みだった。成績優秀だがスポーツは苦手。替えの制服が取られて、代わりにどこから持ってきたのか、ブラウスやスカートがロッカーに入れられていたり、トイレの前では「女は入るんじゃねえよ」と押しのけられたりすることは日常茶飯事だった。

「ではミスター・エマニュエル、次の計算はどうかね。」

「x=-2, y=3です。」

ユースタスが答えた。その途端、水を打ったようにしいんと静まり返った。ユースタスの蒼い目が、先ほど騒いだ一団を氷のように貫いた。中心のアシュトンでさえ、この怜悧な眼差しの持ち主に一目置いている。

 頭脳明晰、容姿端麗、その上スポーツ万能と揃っては、手も足も出ないものだ。皆口々に「天使のよう」と呼ぶ、それがエマニュエル・ユースタスだ。無論教師からの評判も良い。皆の憧れ、それでいて人を寄せ付けない大人びたところがある。人懐こい「キューピッド」よりも、雲の上の「熾天使セラフィム」というのが妥当だろう。

 そんなユースタスとマリノーにも、共通点があった。

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