第41話 ケショウ、化生、化粧、夏生
しばらく歩いていると、仲間なのだろう、手引きがあった。
「ほう、拠点をいくつかにわけておき、状況によって変えているのか。そこそこ大規模な地下組織などがよくやる手だ。逆に本拠を持たない場合もある。潰すのは面倒だ」
「潰す算段をするなよ……」
「必要になったらやるだろう?」
「そりゃそうだが」
「……物騒な話をしないで」
「なんだ、処分があるかもしれんからと、緊張している貴様のために、世間話をしたんだがな?」
「余計に緊張する……」
「なあに安心しろ。私だとて殺せない相手はいるからな」
石造りの家へ入ったかと思えば、そのまま地下通路へ入る。
「ほう、地下壕か」
「随分としっかり造られてる通路だな」
「防空壕――と言えば、
「つまり、この場所は戦地だったのか」
「抵抗勢力がどこにいるんだろうな? 立地条件として、それほど起伏のない場所だ」
「それほど昔じゃねえってか……」
「尺度にもよる。五十年を短いか、長いかは、なかなか難しい問題だぞ?」
「逆に、一般人は避難させての戦闘も可能ってわけか……」
「煙をどこに逃がすかは確認しておけよ」
「嫌な話だ」
殲滅が目的なら、毒ガスを撒くこともありうる。
そして地下空間で一番怖いのも、それなのだ。
通路を途中で何度か曲がるたいに、ファゼットは背後を振り返る。視界を変えることで、帰り道を覚えるのはもちろんのこと、尾行確認も含まれている。
その部屋に到着した直後、片膝をつくような姿勢になったナナクは、そのまま頭を下げた。
柄の多い着物、印象は赤、そして三十代後半とおぼしき女性、長い髪は黒。
気持ちが悪い。
ファゼットは嫌そうな顔を隠さなかった。
なんだろうか、これは。
整った美しいと表現される数式を前にして、ごくわずか、たった数か所だけ、決してその数式が完成されないよう手が加えられているかのような、気持ち悪さ。
「私も初見だが」
芽衣の言葉から、少し感情が抜けていた。
「――いかんな。これを知れば鷺城は冷静になり過ぎる」
「そっちの方が怖いな」
吐息を一つ、それで気持ち悪さを飲み込んだ。
「まあいい。先に言っておくが、この女の身柄は私が所持している。処分するようなら覚悟するように」
「いいさ、これ以上の被害がなければね」
「それは貴様次第だ」
「要求はあるかい?」
「それを見定めるのが交渉だろう」
「意地悪なことを言うもんだ。現場の部隊はともかくも、こっちは軍との繋がりもある。できれば、そっちに行って欲しいものだね」
「それに私が承諾すると?」
男が一人、小銃を肩にかけた装備で椅子を持ってきて、そこに彼女は座った。
「すまないね、見た目以上に歳を食ってるんだよ」
「貴様のような存在を、どう呼ぶ」
「初見かい?」
「この世界でなくては許されないだろうな」
「……詳しいね」
「知りたくなったか?」
「リスクが見合わないよ。――ケショウと呼ばれる種族だ」
「ほう。化粧、化生、あるいは夏生か」
「三つ目は、半夏生かい? 驚いた、そちらを出す人は随分と珍しいよ」
「化け物と、言われ慣れているだろう」
「まあね。とはいえ、うちの種族は内側――内戦をしている、相手側の勢力に多い」
「聞いたかエミリー、これは鷺城を止めねばならん」
「こっちにいるのか?」
「どちらにいても同じことだ。貴様も気をつけろ、理屈ではなく理性で殺されるからな」
「何故だい?」
「何故? 貴様は、自分が自然な生物であると、まさかそんな自覚をしているのか?」
「確かに不自然だけれどね、それが殺される理由になるのかい?」
「それを本気で言っているのなら、私でも殺すかもしれんな」
言えば、空気が沈む。
彼女が明るい雰囲気を消したのだ。
「あんたは」
「自明の理だ。目の前にあって存在を否定するのは愚者――それが自分ならば、まず熟知から始めるのが成長の一歩だろう。ああ、だが安心しろ。知ったところで改善はされん」
「……初見じゃなかったのかい」
「今、見ている。そうだろうエミリー」
「俺を一緒にしないでくれ」
「ん? ――ああ、術式も使っていいぞ。どうも魔術に関しては知識が薄いようだ。貴様のレベルなら、ミスをして私を巻き込むこともないだろう。ちなみに酷いことになるぞう」
「それだけは嫌だな」
生命が複数存在している。
しかも、見た目の彼女は本体ではない。
――だが本体でもある。
それが気持ち悪さの根源だ。
「確かに」
ファゼットは煙草に火を点け、一歩だけ下がった。
「――殺したくなるな」
「ふむ」
人間、つまり個人と呼ばれる器は一つだけ。それは彼女も変わっていない。
だが、その器へ入れる物を複数所持している。目の前の相手を殺したところで、空っぽになった器を満たしてしまえば、違う姿の同じ人物に生き返る。
そういう仕組みを持った種族だ。
「だが殺してその仕組みを理解したところで、どうするって話だろ」
「まあ、こいつではないにせよ、いずれ誰かを殺しておきたいものだ」
「――仕組みを理解するために、だと?」
「そうとも、私はそう言っていただろう? 自分のこともわからんのだから、殺してやれば、身をもって確認できるだろうに」
認識がズレていた。
けれどそれも、仕方がないのかもしれない。
「ケショウの研究は昔から行われてきた。同胞もかなり実験されているけれど、解明はされていない」
「頷ける話だ。そもそも魔術が発展していない時点で、理解は及ばないだろう」
「……? 術式だって、大規模な範囲攻撃などで使われてはいるけどね?」
「――その程度の認識かよ、そりゃ楽だ」
「ほう、貴様はそう言えるだけの技量を持っていると?」
「鷺城の弟子だ、それを誇りに思ってる」
「正気か……?」
どうしてそこで、本気で悩むのかがわからない。
「まあいい。では貴様は、こちらに逃げてきて生活をしているのか?」
「昔にね。軍との話はついてるよ」
「それで装備も整っているわけか」
「軍部より足の早い、先遣か。錬度不足に目を瞑れば、上手いやり方だな。損害それ自体も痛手にはならねえ」
「損害が出るようなことは、滅多にないんだよ……」
「相手が悪いとでも言いたげだな? エミリーが単独でもそう苦労はしなかっただろう。この状況まで整えられたかどうかは、疑わしいがな」
その点に関しては、ファゼットも反論はしない。
きっと相手を全滅させるか、逃げてからは手探りだっただろう。
「それで? 損害は飲み込むのか?」
「報復してどうにかなる問題じゃあなさそうだ。表の騒ぎも聞いてるよ、うちがその見せしめになるのはご免だね」
「少しは賢い選択ができるようだな」
「私の顔を知らずとも、このあたりを仕切ってるからね」
「ほう! ――では、貴様を敵に回したいなら、このあたりの連中を一人ずつ潰せばいいわけか」
「物騒なことを言わないでおくれ」
「ゲリラ的な行動しかできんと、笑うところだ。逆に言うと、こちらにはケショウがいないんだな?」
「私以外は、知らないね」
「ふむ……つまり、ここから見える壁の向こう側には軍がいて、更にその奥では内紛が行われており、相手側にケショウがいる。こちら側は軍の支配下ではないにせよ繋がりはあり、多くの
「合ってるよ。……とんでもない洞察力だね」
「全て、貴様が言ったことだ」
「ナナク、顔を上げな」
「――はい、
「軍からの出向だったね」
「はい」
「正式な書状を作るから、二人を連れて行っておいで。参謀本部、ゼレーディに直通だ。それが終わって、時間が空いたら戻っておいで。私を知った以上、いろいろと教えておきたいからね」
「わかりました」
「じゃあちょっと待ってな」
杖に力を入れて立ち上がり、奥の部屋に消えたところで、ナナクは大きく吐息を落とし、額の汗を拭った。
「ん? どうした?」
「緊張してたのよ……」
「だらしのない女だ。結果的に地位を手に入れられたんだ、ありがたく思え」
「思えない」
棚から牡丹餅ならともかくも、選択権すらなく、窮地に落とされたようなもの。
これからは、常にこんな緊張感を持って生きるともなれば、心労で倒れそうだ。
※
部屋に入ってすぐ、彼女は崩れ落ちるよう椅子に座った。
「――小虎様?」
「ああいい、大丈夫、気が抜けただけさ」
すぐに紙を手に取り、ペンを走らせる姿はいつも通り。
「通達をしておくれ。二人、いやもう一人いるようだけれど、できる限り関わらないように。関わった時は、何をしてでも敵に回すなって」
「わかりました……が、先ほどの会話は全て本気だったと?」
「
「どう違いますか」
「常識じゃなく世界を変えるくらい、やってのけるだろうね。――冗談でも何でもないよ、心しておくんだね」
「――はい。小虎様がおっしゃるなら、肝に銘じます」
「軍にもそう伝えるよ」
「ええ、今回はナナクが代わりでしょう? ぼくは楽ができますね」
「なんだい、軍との折衝は面倒かい?」
「こっちで過ごして長いですからね」
「それが良いとも言えないねえ。ただ、軍も私らも、爆弾を抱え込むことになったのは事実さ。最後の責任は私が取るよ」
「……」
「不満かい?」
「いえ、それは当然かと。ただ失礼ながら、小虎様は――死にたいものとばかり、思っておりましたが」
「長く生きてるし、こんな躰だからね。死に憧れることもある。けれどね、そこが目的じゃないんだよ」
「なるほど」
「あんた今、どっちでもいいと思っただろう」
「はい。聞いておいてから、あまり興味ないなと思いました」
「そういう素直なところがいいねえ」
組織にとって、先遣が殺されたのは大きな損害だが、それでも続けていかなくてはならない。だから、つかずはなれずの距離。
現時点では、これが最良の判断だ。
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