第39話 訪問者・ヴィジター

 鷺城さぎしろ鷺花さぎかが眠りから覚める時は、朝霧あさぎり芽衣めいと同じで、当たり前のように目を開く。

 柔らかいベッド、整った調度品、掃除も手入れもされた二十畳ほどの部屋――電気も通じていて、レースのカーテンから差し込む日差しから陽光の高さを確認。

 ここまでが、上半身を起こすまでの確認であり、思考でもある。

 ベッドを降りる段階で、この屋敷が大きいことや、使用人が複数いること、外はそれほど騒がしくないことがわかり、立ち上がった時点で自分が十四歳ほどの肉体であることも自覚する。

 故に、迷わず鷺花は廊下へ出た。

 一歩、ただそれだけで術式反応の少なさに、あまり魔術の発展がないことを理解する。

 一歩、軽い探査サーチ術式に引っかかった構造物から、文明レベルを把握する。

 鷺花は多くを語らない。態度で、言葉で、さも知っているかのように示すが、実際にこういうところで情報を得ている。

 気付くか、気付かないか。

 一つの事象、物事、そこから得られる情報量というのは、実は個人によって違う。

 気付きだ。

 それに伴うのは、知識である。

 さて。

 念のためノックをしてから、その部屋に入れば、中はかなり広く、執務机に男が一人。

「――起きたのか」

「私を保護したのかしら、それとも確保かしら。清潔なベッドへ感謝を」

 周囲を軽く見ながらも、傍にある大きなテーブルへ。そこには地図が広げられており、いくつかの駒が置いてある。

 作戦版だ。

「鷺城鷺花よ」

「……西部方面軍、参謀大佐、ゼレーディだ」

「質問は?」

 ともすれば、生意気な態度にも見えただろう。ゼレーディも書類を記す手を止め、しばし逡巡するような間を置いた。

「西方にて、巨大な魔力反応をキャッチした」

「送り込んだ人数は?」

「大隊を一つ」

「今から止められないなら、手元に来る報告は全滅の二文字よ。あくまでも戦略上の全滅であって、生き残りは数名いる。軍部より足の速い組織の存在は?」

「ある……が」

「その組織が、全員殺されていないなら、間違いなく軍は敵として認識される。逆に、組織が殺されているのならば、魔力反応の元にいた存在を確保はできるでしょう。ただし、結果は同じよ」

「何故そう言い切れる」

「何かに属するような相手じゃないからよ」

「貴様同様に?」

「利用の仕方は違うけれどね」

 ゆっくり、地図を見渡すためか、テーブルの周囲を回る。

「ここから西側は、国の管轄外になってるのね」

「――そうだ」

「スラムとは言わずとも、人種も多種多様。ただし軍事行動がある程度は行えるだけの繋がりはある――もっとも、あなたたちの主戦場は、いわゆる内戦に限りなく近い。どれくらい続いている?」

「三年だ」

「西方は最終防衛ラインと共に、管轄外である西側へのけん制も含め、重要な位置にあるようね。いや、違うか」

「違う?」

「重要な位置にあるのは確かよ。たとえば、――あなたたちが魔力反応をキャッチしたように」

「……」

「私のような存在を、そちらはどう呼称しているのかしら。そうね、たとえば転生者、転移者、召喚された者――」

「――総じて」

 大きく、深呼吸の時間を置いて。

訪問者ヴィジターと呼ばれている」

「新しく人生を始めるのに、過去に生きた世界の知識を持っている転生者からは、随分と知識を得られたでしょうね。彼らも調子に乗って話したはず。それは優位性でも何でもないのに」

「ならば、それは何だ?」

「ただの異端よ。そして、異端とは常に排斥され、――使い捨てられる」

「今は協力してもらうだけだ……」

「言っておくけれど、誰かの助力を得なければ生きられないほど、まともな生活は送ってきてないわよ。自動拳銃、小銃、狙撃銃のあたりは量産されているようだけれど、航空戦力はないのね?」

「……」

「飛行船か、気球か――まあ、航空戦力を有すると盤面が変わるから、お勧めはしない。海の向こうに攻め込むならともかくもね」

「一応、技術面ではある程度の完成形を見ているが、圧倒的に燃料が足りていない」

「研究者にも賢いのがいるじゃない」

 おそらく、そういう前提を作っているのだ。

 足りている現実を見せれば、現場を知らない間抜けが作ってしまうに違いない。

「確認しておく」

「厳密には、私はそちらの言う訪問者ではないわよ」

「……」

「転生とも召喚とも違うし、そのどちらもが正解とも言える。そうね……仮に一生を終えた者が、今の私の姿でこちらに召喚された、という認識でいいかしら。ここで私が数千年生きてきたと言っても、通じないでしょうし」

「数千年?」

「生きられると思う?」

「いや、思わない」

「何故?」

「そのような技術はないからだ」

「正解かどうかよりも、質問に対しての返答が、ズレている。正しくは、――保たない」

「保つ?」

「百年やそこらで人は死ぬ。その五倍の歳月を生きようとした時に必要なのは、摩耗しない心そのものよ。ただでさえ、人間の大半は四十を過ぎれば、真新しい経験が減り、今までの経験から物事を導き出そうとする。それは受け入れる容量が減ったも言える」

「だったら、お前はどうなんだ?」

「私も同じよ? ほとんどの時間を隠居して寝ていたもの。封印と言い換えてもいい、人間にとって千年なんて時間は、とてもじゃなけれど正気ではいられない。だから接触を減らし、情報を減らし、二百年眠ったら起きて、世界がどうなってるのか確認して、新鮮さを少しでも噛みしめながら、次の二百年後を楽しみに眠る――最低限、そうでもしないと耐えられない」

 ただ、狂う。

 その先にあるのは、ただの自殺だ。

「ところで、リレー生産は知っている?」

「もちろんだ」

「一人が途中まで作業をして、続きは次に渡し、また最初から作業をする。業務の効率化でもあるけれど――上手くやらないと、停滞する。特に人数が多いほど、作業が多いほど、あるところで作業が重なってしまう。そんな時、誰も作業が止められないなら、増えたぶんを一時的に破棄することで誤魔化せる」

「……?」

「あるいは、検品作業。完成品に限らず、部品であっても不良品は破棄する。何故なら、破棄しないと作業が滞るから。――さて、予定した量よりも多く、生産すべき部品が届いた時、どうするか」

「なにを言っている……?」

 そうねと、短く言って足を止めた。

 振り向くようにして、出入り口の扉を見れば、しばらくしてノックがある。

「入れ」

「失礼します。――あ」

「ご苦労さま。何か飲み物と、軽くつまめるものを」

「……私のものと一緒に、二人分頼む」

「――はい、しばしお待ちを」

 一人で出歩いた鷺花を探しに来たのだろう。あるいは、報告か。

「できた侍女ね。物騒なものをスカートの下に隠してる。FNのP90ね、あれも有名だから。特にデザインで興味を持つ男の子も多いから。軍事教練を受けてるわね?」

「ん、あ、ああ、屋敷を含めた防御を前提としている」

「私の監視に回すなら、ああいう子をちょうだい。邪魔にならない方がやりやすい。錬度そのものには疑問だけれど、あの程度なら、まあ、ぎりぎり及第点かしら」

 話を戻しましょうと、吐息が一つ。

「つまり、廃棄された部品が、この器に――わかりやすく、この世界に、投げ捨てられているのよ。それが訪問者ヴィジターの正体ね」

「――廃棄、なのか?」

「人は……そうね、専門的なことは除外して、わかりやすくしましょう。両手で持てるくらいの箱を想像なさい。それは装飾のない、それこそ木箱のようなもの。その木箱は誰も同じだけれど、中身が違う。それこそ、同じものは何一つとして存在しない。けれど死後、世界という仕組みは、箱だけリサイクルする。中身を捨てて、洗浄して、新しい種を入れて、次へ送り出す」

「その種が生命の誕生か」

「そうね。この流れが、さっき言っていたリレーになっているのよ。捨てて、洗浄し、新しくして、送り出す。けれど死者が多かったり、まあ理由はどうであれ、作業が滞ることがあり、不良品が出てしまう。それを中途半端なまま捨てるから、知識を持ったまま転生する」

 ただし。

「箱が壊れなければ、ね」

「壊れることもあるのか」

「その場合は作ればいい。増やすことはできないけれど、壊れたものを補填することは世界が許してる。箱には番号がついていると言った方が、わかりやすいかしら。その総数は決まっている」

「だが、世界的に人口の減少がみられる場合もあるだろう」

「あなたのいう世界は、今ここにある器のこと。私が示している世界とは、それぞれの器を総合したもの。訪問者の存在が認められているのに、違う世界が存在しないと?」

「それは……そうだが」

「まあ、世界の意志プログラムコードそのものは類似性があっても、個別だと考えるべきでしょうね。現に、この器では訪問者の存在が許容されている」

 かつて鷺花のいた世界では、肉体の成長が抑制されてしまう鷺花のような存在もいたが、転移した先、ファゼットたちがいた世界には、それが存在しなかった。

 だから、老衰という死を迎えることができた。

 そのタイミングで紅茶とサンドイッチが運ばれてきて、会話は止まる。

 ――だが。

「私たちは三人できた」

 紅茶を受け取り、すぐに鷺花は口を開く。

「魔力反応があった場所には二人、そしてここに一人。特に私とあいつは、世界を相手にしたこともある。たかが国を相手に、立ち回れないほどの間抜けじゃないわ。行動には気をつけなさい――ああ、気をつけても無駄かもしれないけれど」

「無駄?」

「実際にあんたの送った大隊は壊滅した」

「まだ確定はしていない」

「してるのよ。その状況が読めない時点で、それこそ無駄になる」

「お前は、研究者か?」

「ある意味では。けれど、一個師団を相手に立ち回るくらい、なんとも思わない――ああ、いや、面倒ではあるわね。とっとと片づけたいくらいには」

「……」

「あなたに聞くけれど、スカートの下にある銃器を引き抜いて、突きつけるまで何秒かかる?」

 距離は五歩。

 答える仕草と共に、スカートがひるがえる。それが収まった時にはもうP90を突きつけており、ため息と共に、鷺花はその銃口を横から手を添えるよう、ゼレーディへ向けていた。

「五秒、それこそ及第点ね。引き金トリガーに指をかけていないのは正解。けれど、本来なら1ミリ以内まで絞った状態じゃないと通用しないわよ」

「あ……は、失礼しました」

「ん。誘導したのは私だけど、ナイフが正解ね」

「接近戦でも銃を抜くべきだろう」

「相手の錬度を低く見積もるなら、それでも充分ね。単純に距離と時間の話よ。この距離なら、長く見積もって一秒で構えないと間に合わない」

「一秒?」

「この距離なら三歩で済む。一歩に一秒かけても、三秒。この間に、相手を制止させるためには、抜くだけじゃなく、攻撃行動を見せなくてはいけない。銃を構え、引き金に指をかける、あるいは声に出す。動くな、その一言もあった方が効果的ね。この動きを分割すると、銃を抜く、構えて撃つ用意、声を出す。それぞれ一秒よね?」

 難しい話ではない。それこそ、算数の話だ。実際には同時行動にもなるが、それはさておき。

「状況によって行動は変えるように。――さて、ゼレーディ。私の処遇は?」

 問えば、彼は額に手を当てた。

「……行動前に報告を。家の中では自由にしてくれ」

「結構よ」

 どうしたものかと、これから先を考えながら、サンドイッチに手を伸ばす。

 やることは多い。

 廃棄されているのなら、この世界は目的地との繋がりが存在するかもしれない。それを見つければ、渡り鳥を終えて、本当に死ぬことができる。

 彼女たちにとっては余談のような物語は、長く続けるべきではない。

 だから、優先順位だ。

 何からやるべきか。

 どうすべきか。

 ――朝霧芽衣を放置しておいて、被害が最小限に済む方法はあるのか?

 五分後にはそんなことに悩んでいる自分に、鷺花は自己嫌悪した。



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