第38話 包囲網の突破

 術式で移動しなかったのは、あくまでも魔力反応を抑えることと、殺した連中の装備確認のためだったらしい。

「技術的に一般的だからといって、数を作って安価でばらまいては効果的ではない」

「費用対効果か」

「戦時中ならある程度の度外視はできるが、では金を集めるのはどこだ?」

「その場合は、いわゆる国だな」

「しかし、こいつらは軍隊ではない。だとして?」

「何かしらの組織……の、バックアップや、たとえば依頼を受けて金を稼ぐ必要がある」

「性能の良い武装ならば、相応の金が支払われている。だが錬度はどうだ?」

「俺の印象なら、まとまりに欠けてる感じだな。ガキがでけぇ剣を手にして、はしゃいでるようなもんだ」

「まあ似たようなものか。つまり、性能に応じて値段が上がる。それを商売にもできるし、十一名の集団では全員分の買い付けは難しいだろうと、そういう話だ」

「……」

「ではエミリー、十一人という数字をどう考える」

「前提条件によるだろ。全部無視して、俺が単独であったとしても、少なすぎる人数だ。ただ仮に、初動優先だとして、組織の一部を派遣したとなると、組織自体が五十人程度の規模ってことになる」

「ならば?」

「一番簡単なのは外注だろ。傭兵ってやつを、いくつか抱えておいて、初動の早い連中を派遣した――それなら、十一人って言葉も頷けるし、金がかかってるのも、まあ、納得できる」

「ふむ、まあそのくらいでいいか。実際にはそれを抱えられる組織に、どうして金があるのかを考察すべきだが、今は推測にしかならん」

「それでも推測できるのかよ」

「当然だ。何故、私たちが狙われたのかが、答えそのものだろう」

 渡り鳥。

 世界を探して歩く者。

「答えになるか……?」

「なんだ気付いてないのか。私たちを捉えて売れば、一生遊んで暮らせるくらいの金は手に入るし、交渉材料としても破格――国ではなく組織が入手しても、充分な使い道があるぞ」

「戦力としてか?」

「まさか、情報としてだ」

「……――ああ、俺らの知識か」

 そうだと、芽衣は屍体の傍から銃器を拾う。

「これらも、私がいた世界か、あるいは似たような場所からの情報だろう」

「俺らのような存在が?」

「同じではあるまい。似たような、と今は思っておけ。しかし――二人を捉えるにしては、火力が高いと思わんか?」

「俺はあまり知らないが、扉を抜いた感じだと、二発で頭が軽く吹っ飛ぶ威力だな」

「まあ5.56ミリを連射する銃器だ、ミンチでも作るだろうな」

「初動を優先するには過ぎた武器……となると、それだけ警戒に値する反応があったわけか」

「あるいは、な。鷺城さぎしろがいないのも、それが理由かもしれんぞ?」

「あの人の行動なんてわかんねえよ。――拾っていかねえのか?」

「いらん」

 それもそうかと、屋上まで歩いた。

「お――廃墟が多いな」

「放棄された場所だろう、スラム化もしていないとなると、水や食料の確保が問題になっているはずだ。ではエミリー、術式で認識阻害を引き起こせ」

「へいへい……いいように使われてんなあ」

「いちいち言うだけ、ありがたいと思え」

「じゃあなんで、あんたはやらないんだ?」

「必要ないからだ。そして、必要なのは貴様とその女だ。であれば、使うのは誰だ?」

「わかったよ……」

「ちなみに私の部下は言う前にやる」

「マジか」

「なあに、私と同じことに気付くからな。――終わったら女の拘束を解いてやれ」

「おう」

 腕と口の紐を切ってやれば、それでいい。女も暴れるようなことはしなかった。

「さて、既に狙撃ポイント三ヶ所にて、狙撃手スナイパーの配置が進められている。手際が良い、いわゆる正規軍というやつだろう。六名の部隊がそれぞれ八ヶ所に展開中だ。つまり、貴様たちはアレよりも早く、私たちを確保したかったはず――どうしたものか」

 ファゼットは口を挟まず、芽衣めいに任せた。

 だいたいやりたいことはわかったが、それにしても、本当に部隊が展開しているとは。じっくり見れば、服装や装備も均一であり、動きも的確で速い。

 訓練により規格された部隊、だ。

「私としては連中に確保されても構わないんだが、選択肢をやろう。――このまままで、私たちを案内するのなら、逃走の手助けをしてやる」

「……それを信じろと?」

「ほかに選択肢があるなら好きにしろ。言っておくが、貴様の案内がなくとも、連中を突破した上で辿ることも、まあ、面倒だが不可能ではない。よくよく考えることだ。なに安心しろ、貴様の親元が処分を考えないよう、私が手配してやるとも。――親元を殺すことになるかもしれんがな」

「俺を巻き込むな」

「そんなことは知らん。さあどうする、考える時間はそれほどないぞ?」

「選択肢もねえだろ……」

「では答えも聞かずに行動するか?」

「そんな爆弾を抱える趣味はねえよ」

「――質問を一つさせて」

 絞りだすような声に、芽衣が応える。

「言え」

訪問者ヴィジター……いや、お前たちは召喚されたのか?」

「厳密には違うが、認識としては合っている。どうやら死後の転生もあるようだな、世界というのは、そのあたりが適当で困る」

「世界?」

「本来は記憶も全て消して、新しく生まれる誰かのためにスペースを作っておくものだろうが、作業が遅延したり、規格が合わなかったものを、この器に破棄でもしたのだ」

「……人間らしい行動だな?」

「現象だけを見ればな。それで? 返答には満足したか?」

「満足はしていない、疑問ばかり。けど……案内はするわ。軍には捕まりたくない」

「そうか」

「それ自体が罠の可能性を考慮しつつ、どうするんだ?」

「そこで私の目的だ」

「あ?」

「どこかに所属するつもりはないし、いずれに対しても敵対をすれば騒ぎになる。つまり?」

「……鷺城が見つけやすくなる」

 ため息交じりに。

 呆れたように言えば、芽衣は笑みを浮かべた顔で頷いた。

「結構だ。ところで向かう先はどちらだ?」

「北東――」

「――つまり、連中がいる方だな」

「方角まで把握してんのかよ……」

「そう難しいことではない。詳しく知りたいなら、そこらの金属を帯電させて、水の上に浮かべてみろ。すぐわかる」

「その理屈は知ってるよ」

 そんな素振りも見せずに把握してたことに呆れたのだ。

「均一した規格の部隊は存在しない――が、指揮系統がはっきりした軍隊を相手にするのは久しぶりだ」

「嬉しそうに言いやがる。やる前に教えてくれ、相手にする時のコツは?」

「射線を含めた、それぞれの部隊における〝視界〟を認識することだ。それだけで随分と動けるようになる」

「諒解だ」

「では、私が状況を動かす。術式は限定解除、ただし気付かれるな。戦場を抜けたら人のいるところへ向かえ、後で合流する」

 そう言って、右手に拳銃を組み立てる。

 シグザウエル、P250と呼ばれていた型だ。

「――その銃は初めて見る」

「ほう、そうか? なに、中身は45ACPが十発撃てるだけの代物だ。私は慣れているのでな。ではエミリー、適時動け」

「おう」

 そう言って、芽衣はゆっくりと歩きながら、ビルの端から飛び降りた。

 ため息。

「疲れるやつだ……おい、そこらの装備を拾っておけ。状況を見て俺らも動く」

「あ、ああ」

「一応聞いておくが、恨みは?」

「――多少は。けれど、いつ死んでもおかしくはない仕事だから。それのチームだけど、親密だったわけじゃない……」

「あ、そう。まあ命は粗末にするな、ガキと遊んで怪我をするほどじゃねえよ」

「ガキ……?」

「見た目通りの人間じゃねえんだよ、俺もあいつも。ちなみに、朝霧が言ってた訪問者とか何とか、あの推察は当たってるのか?」

「世界がどうのは、知らない。でも、転生者や召喚された者が多いのは、確か。多いといっても、全体数を見れば少ないけど」

「けれど、その異世界の知識ってやつに価値があるわけか」

「あなたたちの場合は、強すぎる魔力反応が感知された。それを召喚だと暫定してすぐ動いたのだけれど……」

「違った?」

 おそらくはと言いながら、女は隊長が所持していた服や細かい武装を手にして、外套がいとうを羽織った。フードで顔も隠す。

「本来、召喚には犠牲が伴う。それは個人で完結できるものじゃない」

「だろうな。仮に個人で可能だとしたら、本人は死ぬだろ。そして、本来あるべき犠牲と同量か、それ以上の魔力が必要になる。加えて召喚式の場合――いや、まあいいか」

「……詳しいのね」

「この程度はな」

 懐を探ったファゼットは、当たり前の感触にほっと安堵しながらも、煙草を引き抜いて火を点けた。

 かつて、ファゼットのいた世界に鷺城鷺花がきた時も、召喚だったから、知っているだけだ。

 ただ、彼らはそうではない。

 あくまでも、死後の世界でどういうわけか実体を持ち、遊んでいたところを、理由があってこちらの世界へ飛んできただけだ。

 渡り鳥。

 ファゼットも初めての経験だが、まあ、面倒も多そうだ。

「正直、俺も朝霧とは初対面に限りなく近い。その上での判断だが――まあ、敵に回すのは極力避けろ。状況を冷静に見極めながらも、あれは日常的にだ」

「――楽しむ?」

「あらゆる状況を楽しもうとする。それが退屈であってもな……必然的に、トラブルが多いらしいが、それは聞いた話だ。双眼鏡はあるか? 見てみろ……あいつ、どうかしてる」

 ちょうど、部隊の一つとぶつかるところだった。

 側面からの奇襲、相手には攻撃の暇すら与えず、前衛の三人を突破したかと思えば、中衛の一人の足を止め、残り二人を殺害した。

「――速いな。しかも四人は生かしたか。銃声は三度」

「……」

 双眼鏡を覗きこんだ女は、じっと黙っている。狙撃兵スナイパーはこちらを認識してはいなさそうだ。

 ――今のところは、だが。

「なるほど、な。銃声が聞こえた、部隊からの連絡途絶。この場合はどうする?」

「それは……警戒しながら、包囲網を作りつつ、確認を」

「つまり、餌だ。生きている方が罠としては活用できる。――見捨てられねえだろ」

 どういう罠にするのかはわからないが、既に芽衣の姿は視界から消えた。

「……部隊を二人一組ツーマンワンセルにわけて、円形包囲を二重にしたかたちか。この時点で突破は容易になったな――さて、俺らも行くぞ」

「え? あ、え、ええ」

「それとも、もう少し見ていくか?」

「……できるなら」

「じゃ、ぎりぎりまで待ってやる。ちなみに予想しておくが、広範囲爆発だぞ。地雷やら何やらを、動けないやつに仕込むのは常套手段だ」

「……、だったら彼女はどこに?」

「どこ? そんなもん、とっくに包囲網の外まで出て、待機してるだろ。包囲を前提とした陣形の弱点は、外側からの攻撃だ。――あるいは、俺の聞いてる朝霧芽衣ならば、狙撃潰しをしてるかもしれねえ。その場合、周辺に罠を仕掛けながらの移動で、無力化を前提としてるだろうな」

 どちらにせよ、結果は見えている。

 残りの兵隊に注意しつつ、ファゼットはただ、一直線に向かえばいい。

 楽しんでいる芽衣の邪魔だけは、しない方が良いと言われている。

 その理由を確認するだけの度胸は、ない。



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