第37話 時間つぶしの雑談

 術式を使って防御するかどうか、ファゼットが迷ったコンマ数秒の間に、棒状のそれは小さく開き、高音と共にまばゆい光を周囲に放った。

 視覚と聴覚、それから三半規管が狂う。瞬間的に目を閉じたが、開いても意味がないのはわかっているので、ファゼットはそのまま行動に移す。

 物音も拾えない。

 躰の感覚も曖昧――ならば。

 意識と躰を直結させ、経験によって動かせる。あとは空気の揺らぎを肌で感じればいい。

 扉に二発、高威力。扉を蹴破るようにして入って来たのは二人。両手で抱えるようなイメージで何かを持っている、おそらく銃器。

 重い。

 いや、大きい。こういう銃器をファゼットはあまり見たことがない――。

 開いた扉側に二発、つまり入ってきた二人の意識が正面から左右に向けられた瞬間、その中央に降り立つ。

 引き抜いて一撃。

 つばのない小太刀こだちを使っているため、居合いには向かないが、引き抜きは容易く、相手の指を落とさないよう銃器を切断、そのまま片側の脇下に柄尻を当て、その勢いのまま逆側の相手の顎を殴る。

 拘束なら紐が必要かと、小太刀を納めるついでに格納倉庫ガレージの術式から取り出し、吐息を一つ。

 術式で身体感覚を正常化しつつ目を開けば、男女のペアであった。

「――ふむ」

 縛ろうかと動くと、少し離れた位置で腕を組む芽衣がいた。

「そこそこの錬度だな」

「こいつらか?」

「まさか、貴様のことだ」

 どうりで手出しをしないはずだ。

 まずは男の方から両手首を後ろで縛り、親指同士を縛り、両足を縛る。同じ手順で女性の方もやれば、芽衣が壁際にまで移動させていた。

「疑問はあるか?」

「こちらは随分と軽装だ。ジャケットやらなにやら、装備は腰に揃ってるし、ナイフもあるが、回避を想定してねえような重い装備だろ」

「実際、そういう戦闘は想定されていない――が、セオリーはできていた」

「扉の破壊か?」

「それも含めての流れだ」

 閃光弾を投げ込み、扉を破壊するのに二発、中に踏み込みながらの周囲警戒、開いた扉側に隠れている想定で二発――そういう流れか。

「基本だがな。ふむ、グロックの18か」

「それは?」

「私の世界では、まあ、古いと言ってはなんだが、有名な型番だ。マニュアルセーフティがないから、現場ではあまり使われなかった。9ミリをばらまくから、個人使用はそれなりにあったようだがな」

「……同一のものか」

「再現度はかなり高いが、細かい情報を持たずとも、それこそ使ったことのない一般人であっても知っているくらい有名な代物だ。その情報を元にするだけで、このくらいなら作れる。モデルガンなどでも、よく見かけるものだ」

 手慣れた動作で弾装を引き抜いてチェック。戻してからスライドを半分ほど引き、弾丸が装填されているのを確認した。

「そうだ、忘れていたが、口にもやっておけ」

「情報を聞き出さないのか?」

「やり方を見せてやるから言う通りにしろ」

「なら任せる」

「では手早くいこう」

 拳銃を片手に、軽く頬を叩くようにして、二人を起こすところから始まった。

 女の方は冷静で、男の方は睨むような目つきだ。どう口を割らせるのかと思えば、男の太ももに一発を撃ち込む。

「次が来る前に片づけよう」

 そうして、芽衣は無線機に手を伸ばす。

「あー、聞こえるか、こちらには捕虜が二名いる」

『――』

 返答はないが、間違いなく人の気配があって。

「ところで質問なんだが、こいつらは殺して構わなかっただろうか」

『やってみろ。だが――』

「ほう! 許可が出るとは思わなかった」

 迷わず、芽衣は男の額に銃口を当て、三発を撃ち込んだ。

「聞いているか、そちらの女。どうやら貴様らの隊長は、捨て駒にでもしていたらしい。わざわざ、私がどうすべきか質問したのに、やってみろと答えたぞ」

『貴様!』

「三十秒後、もう一度繋げる。……よし、エミリー。限定的に術式の使用許可だ、最低限の術式で、通信相手以外の連中を全員殺せ」

「いいのか」

「やれ」

 まったく。

 ファゼットは殺しの経験はあるが、好んでやるほどの戦闘狂ではない。ただ、必要な場面で躊躇うほどのアマチュアでもなかった。

 水を生成する術式の応用で、ナイフを作り、状況把握の探査サーチ術式を展開。通信相手は屋上で、通信機を片手に一人なので、残りは二人一組ツーマンワンセル

 あとは、相手の心臓付近に作ったナイフを空間転移ステップさせれば完了だ。

「その程度の術式に十秒もかけてどうする」

「鷺城にもさんざん言われたよ……」

 これでも早くなったのに。

 そうして、無線のスイッチを改めて入れた芽衣は。

「待っているから、ゆっくり来い」

 相手にそう言って、屍体になった男の上にぽいと通信機を捨てた。

「さすがに衛星通信とはいかないが、それなりに良い電波を掴んでいる。ノイズも少ない、これは私たちの世界にかなり近しいな。世界崩壊以前……ふむ、まあいい」

「いいのかよ」

「鷺城が考えることだと、そう言わなかったか? 貴様を連れてきた時点で、いくつかの候補は考察していた。そのうちの一つだろうな」

「……その女は?」

「必要がなくなった時に判断する。今はまだ、このままでいい。さすがに今この場で、貴様が残りを片付けたことには懐疑的らしいぞ」

「やれと言われたことをやったのに、その現実を認められねえってか。そいつは逃避の一種か?」

「目の前で行われていることの結果が、目の前に落ちていないのだ。仲間を隣で失って、冷静さを残しながらも、そこまで頭が回るのならば、それはもう仲間ではない」

「なるほど。つまり、仲間と呼べるくらいには信頼関係もあったのか。兵士……」

「違うな、装備のレベルは良いが規格が一定ではない。この場合は人間としての規格だ。この場合は、傭兵だろう」

「傭兵っつーと……」

「組織の一部、あるいは金で動く戦闘集団。ピンからキリまであるから何とも言えんが、これだけの装備となると、それなりに有名なのかもしれん。――だからどうしたと、そういう話だ」

「ふうん……そういえば、あんたもそういう部隊だったっけ?」

「ははは、昔の話だ。それに私の部隊は、一般的ではない。仮に同じような部隊があれば、喜んで挑むんだがな」

「鷺城はそこらへんの話、しねえんだよ」

「ふむ。言うまでもないが、逃げたら殺せ」

「把握してる」

 ようやく覚悟を決めて、移動を開始したところだ。

「私の部下とはあちらでやり合わなかったのか?」

「やったよ」

 まさか、死後の世界でやるとは思ってもいなかったが。

「正直に言って、ほとんど手が出なかった。相手はグレッグだ」

「ああグレッグか、あいつは小賢しいぞ。銃器を使いだすと面倒だ」

「使う前にやられた……」

「ふむ」

「個人としての技量は見た。だが部隊の一人としてのイメージがな」

「部隊とは名ばかりで、私たちの仕事は軍隊……まあ、兵士が集まってやるような仕事を、単独でやることを前提にしている」

「イメージしかできんが、そいつは国がやる戦略的な……戦場での仕事ってことか?」

「そうだ。それを単独でやる。私の部下に一人でできない者はいない」

「――何故だ?」

「何故? 私が一人でやれることを、どうして複数人でやる必要がある? しかも、それほど技量を要しない仕事だ」

「……はあ?」

 よくわからない。

 何を言っているんだ、この女は。

 はあ? まさに、その反応が正しいように思う。

「鷺城と違って、私はまともに教育をしていない。現場に入って迷うくらいなら、事前に迷って試行錯誤しろ。できないなら、できるように訓練しろ――そんな当たり前のことを教えただけだ」

「……それだけ?」

「多少の誘導はしたが、基本はそこだ。だから、私ができることは、ほぼ、連中もできる。ただし各自、それぞれやり方は違うがな」

「やり方が違うのに、できるってのはどうなんだ?」

「結果が同じならそれでいい」

 過程がどうであれ。

 同じ結果を出せるのならば、自分なりにやればいいだけだ。

「おい、あんたは冗談か何かと思ってるみてえだが、こいつは正気だぜ?」

「嘘は言わん。冗談ならそう言う」

 口は開けないが、こちらの話を聞いている女性は、目を伏せるようにして反応を避けた。

「まあ、だいぶ戦場を荒らしたな。現場の兵隊は、百人の規模が投入されていても、私たちが介入すると現場に顔を見せれば、実に嫌そうな顔をして撤退準備を始めるくらいだ。今にしてみれば、笑い話だがな」

「百人の仕事を奪ったのかよ……」

「撤退戦があったとしよう。セオリーとしては、前線を維持しつつ、逃げる時間を稼ぐ」

「理解できる」

「だが、そもそも敵がいなくなればいいだろう?」

 乱暴だ、と口を開こうとして、やめる。

 間違いなくそうだが――。

「理屈としては、そうだ」

「そのために必要な技術を、日頃の訓練で学べばいい」

「笑えねえよ」

「どういうわけか、鷺城は嫌そうな顔をする」

 わからなくもない。

 ただし、ファゼットの場合は、認めたくなかった。

「――さて」

「おう」

 破壊された入り口から、マスクで顔を半分隠した男が入ってきた。

「銃口を下げろ、殺されたいか?」

「――お前たちを殺す」

「そうか」

 引き金トリガーにかかった指に力が入った瞬間。

「感情に身を任せるのは、現場指揮官としても失格だな」

 ファゼットが動くより早く、真横で男の肩に手を置いた芽衣が、首を飛ばしていた。

 速すぎる。

 踏み込みも、移動も、攻撃の気配も、感じなかった。

「どうしたエミリー」

「いや……」

「では女を連れて来い、屋上へ向かうぞ」

「徒歩か?」

「当然だ」

 やれやれと、ファゼットは肩を竦めた。

「さて、選択肢は三つだ。一つは邪魔だからここで殺す。これは選ばないでくれと、俺の意見も伝えておく。残り二つは、自分の足で歩くか、俺に担がれるか、どっちがいい?」

 彼女は。

 しばらく考えたあと、自分で歩くことを選んだ。



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