あらゆる世界の中継点

第36話 新しい移動先の世界

 予期せぬ眠りから目覚める時の反応は、それぞれ違う。

 少なくとも意識の覚醒が早く、傍に他人の気配を感じたファゼット・エミリーは、飛び跳ねるようにして距離を取りながらも、一瞬にして空間把握を行い、着地した時点ではもう、腰裏の得物に手が届いている。

 だが、それは半分ほど引き抜いた時点で止まった。

 ファゼットの得物は、小太刀である。本来は腰の横に、刃が上になるようくものだが、腰の裏に隠すよう、暗器のよう所持することが多いため、刃が下になるようにしてある。

 ――何故か。

 これは単純で、上着で隠れた小太刀を引き抜く際、腰裏に手を伸ばし、小太刀を下側へと引き抜くような行動を取る時、順手で抜きやすいからだ。

 逆手で小太刀を扱うことはない。

 難易度が高すぎるからだ。

「――朝霧」

 呼吸を整える一息、壁にもたれかかっている女性はアイウェアをしており、膝まであるロングコートを着ている。

 朝霧あさぎり芽衣めいだ。

「反応はそこそこだな」

 だが、違和がある。

 小太刀から手を離したファゼットは、自分がスーツのような服装であることに気付く。白のシャツ、ネクタイは赤色のチェック、黒のスラックスにジャケット――だが。

「なんだ、若い……?」

「おおよそ十六歳だろうな」

 それは、朝霧芽衣も同様である。

 そもそも二人は、直接の知り合いではない。何故ならば、ファゼットがいた世界は、鷺城さぎしろ鷺花さぎかが死ぬためにやってきた世界であり、これから発見しようとしている場所だからだ。

 いわゆる、鷺城の前の世界の住人が、朝霧芽衣。

 二人が友人であることは聞いていたし、どういう手段かは知らないが、死後にこうして顔を合わせることにもなった。

 そして今回の旅路に、ついて来いと言われたのだ。

 探すべき世界の住人がいた方が、おそらく縁が合うだろう――と。

「ふむ」

 さて。

 朝霧芽衣の場合、意識の覚醒と共に、何もしないことが多い。

 誰が傍にいようとも、たとえば声が聞こえていたら眠ったまま続きを聞こうとするし、そうでなかったら、普通に目を開くだろう。

 ――そもそも。

 眠らせた程度で、自分がどうにかなるなどと、考えてもいない。

「鷺城は?」

「ふむ、どうやらいないようだな」

「いないって……」

「だからどうしたと、そういう話だ」

「さようで」

 もう一度、深呼吸を一つ。

 ファゼット・エミリーは鷺城鷺花の弟子のようなものだ。ただし、四人一緒に育てられたので、弟子というよりも生徒みたいなものだが、死を看取った一人でもある。

 だから――。

 あの鷺花が、やたら不機嫌になりながらも、友人と認めるこの朝霧芽衣を、知りたいと思う。

「技術レベルはそこそこ高い世界だな」

「ん……」

 言われて周囲を見れば、石造りの部屋だった。窓はないが換気口があり、使われている様子はあまりないが――。

「監視カメラってやつか……」

「ああ、そういえば貴様の世界は、それほど発達していなかったな」

「いや、最終的にはだいぶ発展したが、それも一部のエリアだけだ。技術の交換が上手くいなかったんでね」

「そうか、その話は後にしておこう。既に襲撃者は匂いを嗅ぎつけて、集まってきている――ああ、術式は使うな。空気で感じろ」

 空気で。

 意識してみるが、先ほどと何も変わらない。足音も聞こえないし、そもそもこの場所がどこなのかも、わからない。

 人の気配は、自分たち以外にない――少なくとも、近くには。

「監視カメラは生きていない、放棄された施設だろう。だが世界の技術レベルをこの部屋だけで確信するのは、いささか危険だな。できるだけ得物を抜くな――ん? 小太刀か? 刃物なら構わんとも、銃器は念のため避けろ」

「あ、ああ……」

 埃が多いガラスの棚を開くと、中にはボトルが並んでいる。いや転がっている、というのが正しいか。

「ふむ、医薬品だな。中身に期待はするなよ?」

「最初から怪我する前提じゃ動かねえよ……」

「貴様は肉体年齢に精神が引きずられているな。悪いことではない、私もそうだ」

「十六から、ソレかよ……」

「動いた感じ、十三か四だな。女の年齢の推測は、正しくやらんと下手を打つぞ」

「そりゃ悪かった」

「薬品がこれだけ揃っているなら、化学物質を作るだけの設備もどこかに存在する……か。単語まで同じというところに引っかかりを覚えるが、いずれわかる」

「いずれでいいのか?」

「私はな。貴様は知らんし、考えるのは鷺城だ。結論はもう出ている」

 二十秒。

 思考の時間はそれだけでいいし、今までも芽衣はそうしてきた。

「おそらく銃器全般はこの世界にあるだろう」

「銃器か……」

「なんだ、苦手か?」

「一応、デディのやつが鷺城から教わって使ってたから、最低限の知識はあるし、訓練だが受けたこともあるし、隣でよく見てた――が、あくまで最低限だ」

「……はは、私にとっては、ごくごく身近だったがな。世界崩壊後の生まれでは仕方あるまい」

「俺にとっちゃ、世界が崩壊したことが自然で、その前に発展していたっつー世界すら、夢物語に聞こえてたよ。まあ死ぬ間際は、それに近くなっただろうって感じもあるが、あくまでも想像だ」

「良い機会だ、楽しめ」

「死んでからとはな……」

 しかも、十六くらいの年齢の体躯で、だ。

 なんというか、皮肉にしか思えない。

「さてエミリー、この場所はどこだ?」

「地下であることは確かだが、上の階層はわからんな。放棄された施設なのもそうだ」

「上はかなりあるな、十から先は数えていない」

「ビルの地下……?」

「そう考えて間違いないだろう。先陣は十一名、わかっているとは思うが情報を抜くので殺すなよ。殺していいかどうかもわからん」

「え、あ、おう」

「なあに、まだ時間はある。だが初動は早いな……もしかしたら、私たちの転移を察知する何かがあったのかもしれん」

「――目標は俺ら?」

「それ以外には考えられんな」

 何故、そう言い切れる?

 お互いに寿命で死んだはずだ、それまでの経験は、時間を考えればそれほど変わらないはず。

 時代が違い、世界が違うが、それにしたって――。

「鷺城みたいに、数千年生きた……わけじゃ、ねえよな」

「私はせいぜい、七十くらいだ。三十後半で引退して、そこからは大したことをしていない。私の弟子に逢っただろう?」

「ああ、死んでから、一戦交えたのはまだ覚えてる」

 その場に芽衣はいなかったが、自分の弟子が負けるなどとは、一切考えていなかったのが恐ろしい。事実そうだったし、ファゼットたちは四人で対峙したのに、勝てなかった。

「引退する前に育ててはいたな。限界まで引き延ばして、鷺城を殺して終わろうと思っていたんだが、それもぎりぎりのラインでやめた」

「鷺城を、殺す?」

「現実では、私が死ぬ間際だったがな。ははは、――あいつを殺せるのは寿命と、私だけだったのだから仕方あるまい。それは友人である私の役目だ。まあ、そこで終わっても構わないと思ってもいた。――昔の話だ」

「それは初耳だ」

「鷺城が好んで話すと思うか?」

「いつだって、あんたの話をしたり、思い出すと、急に不機嫌になるんだよ……」

「ははは、そうだろう、そうだろう」

 どうして嬉しそうなのかは、わからない。

 だが確かに、二人が友人であるのは、なんとなく。

「殺さなきゃいいんだな?」

「ああ、足や腕の一本くらいは構わんとも。相手が攻撃的ならばな」

「わかった」

「十四か、あの頃はこういう仕事をよくしていたな。部下もいたが、荒事ばかりが仕事だ」

「俺は外での動きが多かったから、屋内はあまり経験がねえな」

「なあに、これから経験するとも」

「まだ転移酔いで起きてないんだけどな」

「それが言い訳でいいのか?」

「うるせえよ」

 遅く。

 ようやく、ここにきてファゼットも音を耳にした。

「及第点だな」

「いや、そもそも気付けるか……?」

「経験に基づくものだから、説明してもわからんだろう。もちろん、貴様にはわからんよう探りを入れてはいるがな」

「さようで。――打って出るのか?」

「まさか。場所も知らん、相手もわからん。この状況で打って出るのは、馬鹿だけだ。それに捕虜の扱いが面倒になる」

「そうか」

 部屋はおおよそ二十畳。捕まえて縛って転がしておくのにも、そう邪魔にはならないか。

「つまり面倒なのは貴様の仕事だ」

「なんでそうなる……?」

「ほう、理由が聞きたいのか」

「やめてくれ」

 どちらにせよ、面白い話には、なりそうにない。

「一応聞いておくが、突入のセオリーは?」

「相手の目的にもよるが、殺害ではなく確保なら」

 彼女は口元で笑みを作る。

煙幕弾スモークか、――閃光弾フラッシュバンが投げ込まれる」

 かつん、という音と同時に、ガラスの割れた窓の隙間から、それは内部に転がってきて、ピンが外れていたのを、ファゼットは認識した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る