第33話 きっとここが転機の一つ
動けるようになってから、シャワーを借りてすっきりして、着替えて、改めて道場に戻った。
「ほれ」
お茶を用意してくれるあたり、嬉しい。しかも熱い。いいことだ。躰を冷やさずに済む。
「ありがとうございます。シオネです」
「あ、クロね」
「おれのことは……ナツメでいい。まさか七十を過ぎてから、お前らみてえな若いやつを相手にするとは思っちゃいなかったが」
おー、七十過ぎてるんだ。
「まだまだ、さすがに負けるわけにゃいかねえな。スキルは使わなかったが?」
「私は使えない」
「今は私も使えません。ステータスも、
「ほう、なら術式に至ったか」
「ご存知なのですか?」
「そりゃな。スキルの原理に踏み込めば、そこに魔術の世界がある。おれは至っちゃいねえが、知識はな。対応するにゃ知識くらいは必要だ」
「おー」
「独学で至られたのですか?」
「経験だな」
「じゃあ、
聞けば、ナツメは驚いたように目を丸くして、禿頭に手を当てた。
「お前持ってんのか」
「うん」
「さすがにそっちの嬢ちゃんは――」
「はい、持っていません」
「だろうな。元より亜人が持つものだ」
へえ? なんでまた。
「おれが何故知っているのか、ツッコムなよ? そもそも、触れられざる者ってのはな、
「――へ?」
「それは種族の王……ですか」
「もちろん、それだけで王になるわけじゃねえよ? ただ、せいぜい種族全部を集めたって、所持しているのは一人か二人だ。たとえば竜族なら、始祖と呼ばれる赤竜が持っているはずだ、そう聞いた」
「おー、あのおっさん、一応持ってるんだそういうの……」
「知り合いか」
「うん、私がよく目覚まし代わりに殴ってた。そっかー、クソ面倒だって言いそう」
「ははは、そりゃいい。実際にそうだろうしな。いわゆる、上へ登り詰める資格みてえなもんだ。確か魔王も持ってる」
「なるほど」
「――しかし、それだけならば、言いよどむこともないのでは?」
「痛いところを……詳しくは言えんし、そうとなりゃ推測も含まれる。おれが言えるのは、その道に至れば、
世界……ああ、なんか。
「わかる。制限がめっちゃつくやつだ、クソ面倒な」
「簡単に言えば、世界に使われる――ような話でしょうか」
「おれからは何とも言えねえな」
「ん、おっけ。そこは考えておく」
尻尾が九本になると、その危険性があると思うから、しばらくは大丈夫だろう。
「それより、どういう体術? 受け流しとも違うし、合わせ? 流れ?」
「なんだ、そこまでは聞いてなかったか。あの女二人は、柔術だとか言ってたな。言っておくが、投げや流しなんかは基本だ。おれだって殴るし蹴る。まあ嬢ちゃんは、ちょっとばかりこっち寄りだな?」
「はい。術式に関しても、流れることをよく感じていますので」
「……いつまでこっちにいるつもりだ?」
「一ヶ月くらいは空けてある」
「なら、多少は教えてやるよ。竜族が相手にならないんじゃ、教わる相手も、挑む相手も少ねえだろ。おれもそれで苦労した」
「ナツメ様はどうなさったのですか?」
「お前さんたち、どっからきた?」
「イェールです」
「じゃあ逆側だな、別の国だ。挑戦者募集って看板を立ててなあ、挑戦料金を徴収しつつ、戦ってたわけよ。大半は冒険者の腕試しって感じで、こいつは大したことがねえんだが、たまにひょっこりやってくるヤツが、いるんだよ」
「ちなみにいくらくらい?」
「値段か? あの頃はおれも若かったし、ぱっと見て弱いやつは高値、強いやつは無料」
誰かに教えようと思うほどじゃなかったと、そう付け加えられれば、納得もできる。
私だってそうだ。
誰かの前に、自分が強くなりたい。
でもそれ、面白そうだ。なんだかんだと理由付けしといて、ねこに相談してみよう。冒険者を続けるよりは楽しそう。
「話を戻すが、おれがやってるのは技術だが、それほど難しいことじゃねえ。あくまでも理屈は、だけどな。特にお前さんたちは、力の使い方がしっかりしてたぶん、楽だった」
「使い方がしっかりしていると、楽なのですか?」
「踏み込みから殴るまで、力の動きがきっちりと、腰や肩を通じて拳にまで届いてる。まあ、拳から先にまではまだ届いちゃいねえが、増幅もできてるし、一本の線が走ってる。ただし、お前さんたちは意識をしながらやってるわけ」
「そっかな?」
「すべての動きを、ごく自然に行えるほどの習熟はしていませんが……」
「踏み込みの足だ。拳に力が届く時にはもう、足の方の意識がねえ。力ってのは重心と同じだ、そこには重さがある。拳に増幅した力が届いた時、足の方は軽くなってるだろ? つまり、突きだした拳の方が重く、足の方は軽いなら、ちょいと足を払ってやれば?」
「あー」
「なるほど、重心が拳にあるなら、簡単に足は浮いて、拳を中心に躰が回ります」
「うん、あくまでも理屈では」
でも気付かないものか? 確かにそうなら、あっさり投げられたのも理解できるけど。
「さあて、変化ってのは、どこまでなら気付かないもんだ?」
「それは……」
「少なくとも、自分の行動なら気付かない」
当たり前を、当たり前にやれば、それは気付くものじゃないから。
「触らなきゃいいんだよ」
「は?」
「触らずに、誘導するのですか?」
「こいつは極論に聞こえるかもしれねえが、ある一定以上の実力を持った相手には、有効だ。たとえば、普段歩いていて、道にボールが転がってきたとする。そいつを踏むのが一般人、まあ転ぶわな。転がっているのが見えて避けられるのが、自分の動きを把握できてるやつ。無意識の一歩でも、意識的に動かせるってわけだ。――で、お前さんたちは、無意識のままボールを避ける」
「そう……だと思いますが」
うん、そういう気配とかは回避する。むしろ、避けてから、ああボールかと、そう思って拾うくらいな感じで。
「その無意識を利用して、重ねる。誘導はその先だ。もちろん相手の流れに合わせることを前提に、あーお前さんらの場合、平均して三回くらいやってるな。ま、相手の流れと一緒になっちまえば、ほとんど気付かれねえのはわかったろ」
「それなー」
「どのようにして、合わせているのですか?」
「どうって、そりゃ経験だろ。べつに呼吸やまばたき、歩幅、そういったものを合わせてるわけでもねえし、おれは昔っから、自分のペースに引き込むためにゃ、まず相手のペースに潜り込めってのを実践して鍛えてたからなあ……」
すごい。
あーいや、七十も生きてれば当たり前なのかもしれないけど。
誰かに教わったわけじゃなく、いろんなものを吸収して、一つにまとめたんだろうなあ。
「しかし、失礼ながら、どうしてこの技術を身に着けようと?」
「発端か? まあ学校にいた頃はともかく、いざ就職ってあたりで冒険者を選んだわけだが……しばらくして、なんつーかスキルってのは、卑怯……というか、おかしいだろ、なんてことを思ったんだよ」
「卑怯?」
「覚えれば使えるんだろ? じゃあ料理はスキルか? 違うだろ? まあ若いながらに、いろいろ考えて悩んで、――面倒になったから全部捨てた」
「思い切りいいなあ……」
「ははは、意地になったたんだよ。それ以来、称号もステータスも確認したことはねえ。実際にほとんど関係ねえってのは、体感してるからな」
けれど、この世界にはスキルがある。
――何故だろうか。
その方がわかりやすいから? 目指すべきものが見えやすい?
名前なんかなくたって、できるのに。
でも、そっか。
私は使えない前提だけど、捨てて、その上で強い人もいるんだ。ちょっと嬉しい。
「おれはともかく、お前さんらは、これから先の展望なんかはあるのか? 十数年は生きるつもりだ、手を貸してやってもいいぞ。内容次第だが」
「これからかあ。とりあえず私は越えなきゃいけない壁があるから、そこを目指す。とりあえずじーさんを倒す」
「おれが生きてるうちにできりゃいいな。嬢ちゃんは?」
「私はまだ学生で、卒業まで一年ほどですが……」
「え? 侍女やるんじゃないの?」
「いくつか事情もありますが――侍女よりも、研究を優先したくなっています」
「魔術のか?」
「はい、それを含めた格闘訓練もそうです。強さを追い求めるというより、解明を続けたい気持ちが強いですね」
「あー、シオネよく考えてるからね」
それが過ぎることもあるけど、物事を考察して正解を出すのが好きな感じだ。
まあ、本当にそれが正解かどうかよりも、達成感の方が好きみたいだけど。
「とりあえず、冒険者稼業で生活費だけ稼いで、今のクロ様のような生活をしようかと」
「……」
「クロ様は反対ですか?」
「私の面倒は誰が見てくれるの?」
「はあ、まあ、あまり手がかからないので特に面倒は見ていませんが、そのくらいなら私がやります」
「じゃあそれで。お金の計算とかそういうのがめんどい」
「クロ様はお金の管理と料理だけはしませんからね……」
「うん。食べられればいいと思って適当にしてると、シオネ怒るじゃん」
「お前さん、そんなだと成長しねえぞ? いろいろと」
「それは気にしてない!」
たぶん。
おっぱい大きいと邪魔そうだし。
……本当にそう思ってるぞ。
あーでも背丈はもうちょっと欲しいかなあ。それまではシオネやミュアの食事にしよう。万事解決である。
「またそうやって自己完結を……」
「んー」
「やるべきことが見えてるのか、見えてねえのか、どっちつかずで一番楽しい頃合いだな。ゾーグの野郎はそれが早かった」
「親方、知り合い?」
「ん? 適当に名前を出したが、知ってんのか、あの偏屈野郎。鍛冶一筋で嫁に頭を殴られなきゃ、ほかのことをしねえ馬鹿」
「そこまでは知らないけど、鍛冶関係は頼ってる。いろいろ方法を教わったり」
「この前に伺った時は、お弟子さんがいらっしゃいました」
というか。
親方が偏屈野郎なら、このじーさんは戦闘バカな気もする。
でも、これからかー。
「ううん……戦闘経験が積める状況は作らないと。シオネも考えといて」
「はい。それとナツメ様、よろしければイェールまでお越しください」
「竜の顔は見飽きてる、そいつもいいな、たまには。その時には顔を出す――が、とりあえず、しばらくここで過ごすんだろ?」
「うん、表でキャンプするから」
「はい、準備はしております」
「たくましいなあ、おい」
うむ。
あーでもそっかあ、シオネ、侍女やめるのか。
うーん……本人が決めてるなら、それでいいか。うん、私が気にしてもしょうがない。
とりあえずは。
「二回戦、どっち先やる?」
「では私から」
「じゃあベースを作っとくね」
「おい、お前さんら、おれが老人だってことを忘れるなよ……?」
嬉しそうな顔をして、なにを言ってるんだか。
一ヶ月。
あらゆる技術を盗んでやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます