第31話 竜の棲家

 初めて行く場所となると、気軽に空間転移ステップを使えない。

「連続使用も可能だし、三日くらいの距離ならどうとでもなるけど、あまり褒められたやり方じゃない」

「わしと遭遇した時は、そうやって到着したのか」

「そう」

 結局ついてきた白トカゲ。まあ、私とシオネだけだと、魔術の話を中心に話題が尽きないので、緩衝材としては丁度良い。

「いくら距離を誤魔化しても、誤魔化そうとする距離は問題になる」

「――つまり、魔力の手がどこまで伸ばせるのか。確実性を考えるなら、それこそ1キロほどの距離でさえ難しいのではないでしょうか」

「うん。そこで、普段は自身を中心に円形として捉える距離を、直線にして引き延ばした」

「なるほど。半径をそのままに追加したのですか。……いえ、あるいは構成そのものによっては、半径を複数追加することも可能では?」

「そこはまだ研究段階。たぶん、四倍くらいが限界だとは思う」

「空間把握そのものは、ある程度できていますが、まだ転移に関しては小さな物質が限界です」

「構成を組むの、難しいよね」

「はい。完成形が見えても、手を加えようとすると、それこそ全てやり直しになる場合も多くありますから」

 うん。

 だからまあ、こうして高速馬車に乗っているんだけど。

 ちなみに何が高速かというと、馬の質ではなく、単純に目的地まではほかの町などに寄り道しないからだ。

 ただし。

 馬の体力もあって休憩するし、夜間の警備では御者も一緒に守らなくてはならない。

「であればこそ、目印ポータルを置くことで、より繋がりやすくするのですね」

「イメージとしては、距離が倍増する感じ。ポータル側からの魔力もあるから」

「その感覚は経験したことがありませんね」

式陣しきじんも関わるから、ちょっと難しいよ」

「陣を敷くことは、知識としてはありますが、実際に使おうと思うと、かかりきりになりそうで」

「うん。私の構成が読めれば早いんだけど、最低でも十年は必要だって先生は言ってた」

「そうですか。まあ、自分の構成ですら読むのは大変ですから」

「だよねー」

 こういう時、白トカゲは黙っている。

「わしはルーニャと同様に、そちら側へ行きとうない」

 だそうで。

 珍しくトカゲにしては賢いなと、不覚ながらに感心してしまったくらいだ。

「それでクロ様、トカゲの巣には何か用事があるのでしょう?」

「うん。トカゲはいらんけど、ちゅーいどのから聞いてて、というか書置きだけど」

 小屋に残ってたお土産の一つである。

「トカゲの巣に、珍しい人間が住んでるんだって。とにかく一度、手合わせをしてみろってあったから」

「そうでしたか。そこの白いのは、何かご存知ですか?」

「む? いや、ここ百年の範囲じゃろ? わしは帰っておらん。そもそも、白竜であるわしは嫌われておるからのう」

「そなの?」

「竜の棲家と一般的に呼ばれておるのは、主に緑の鱗を持つ竜が生活する渓谷じゃ。群体としてはおそらく、一番多いじゃろうな。しかし、確かにわしの古巣であることも事実――まあ、赤の竜がどう思っておるかまでは、知らんが」

「へー色があるんだ」

「白はわし以外に知らんが、赤と青は一人、黒は五人ほど知っておる」

「カラフルですね。コレクションでもしますか」

「白だけでこんな間抜けなのに?」

「やめておきましょう」

「お主らは……」

 そうなったら私が止めるけどね。クソ面倒になりそうだし。


 五日ほど、馬車で走り続けた。


 さすがにトカゲの巣まで御者を同行させるわけにはいけないので、手前の町まででお別れ。

 そこから、個人的に嫌だったので、町を出てから一夜を明かすことにした。

「何故じゃ」

「あそこの領主を潰したから……?」

「ああ、ギルドからの依頼ですか」

「そう。ギルマスは頭抱えてたけど、結果は出したし」

「町の反応はどうじゃ」

「悪事はばらまいておいた。――事後だけど」

 私がやったかどうか、知っているのかどうかも私は関与していない。

 仕事はとっとと終わらすに限るから。

 街道を少し外れた平地、木の傍にベースを作る。穴を二つ掘って中で繋げることで、穴の中で火を熾せるのは状況によっては有効だ。魔物避けにはならないが、見つかりたくない場合は良い。

「調理そのものも、この方が楽ですね」

「火を絶やさないようにするのが面倒だけどね」

 火を熾す方法だけは、複数教わった。どれもこれも、状況によって使い分けるためだ。

 こういうサバイバル技術の大半は、中尉殿からだ。教わったものは全て、いや、ほとんど、その場で実践させられた。

「そうじゃないと覚えないからって」

「確かに、今回は私がやってみましたが、良い点も悪い点も実際に気付けますね」

 食料は街で買っておいたので、魔物を狩らなくても良い。

 ただ、個人的には平地なので、周囲が開けているのが落ち着かない。

「――飛んでおるのう」

 渓谷側には、黒い影がちらほらと。

「白トカゲも、竜化すると落ち着く?」

「わしはもう人型で長いからのう、それほど違和もない。じゃが最初の頃は随分と窮屈じゃった」

「体積が違うのを、どう処理しているのでしょうか」

「知らんぞ?」

「トカゲには期待しておりません」

「基本的には凝縮。二つの違う器に、同じだけの液体を入れようとした時と似た感じ」

「水は溢れますが、それ自体は圧縮してしまうか――溢れたぶんだけ保管しておく」

「その可能性は高い。魔力濃度の問題とかは、まあ、トカゲだから」

「そうですね。ただでさえ、千年も生きる種族ですから」

 羨ましくないのは、この白トカゲが残念過ぎるからだ。

「――高度がある場合、空気の密度差における酔いが発生しますね?」

「ああうん、空間転移ステップでの上空移動は

「領域の拡張ですか、考慮しておきます」

 なんというか、たぶん魔術に関しては、シオネの方が深い思考をしていると思う。

 私は使う前提で術式を覚えたが、シオネはまず理論構築が先だ。必要性に追われていないので、じっくりとやれている。

 特に私も焦ることはないけど。


 渓谷は広い。


 寝ぼけていたトカゲを叩き起こして朝食を終え、いざ足を踏み入れてみると、広さもそうだが高さが凄い。上にいれば落ちそうだし、下から見上げれば高い。まあ当然か。

「このあたりは長くトカゲの巣になってんの?」

「わしが生まれる千年も前からと聞いておる」

「占有区域か……うん、荒らすのは最後ね」

「わかりました。食事や水場もあるでしょうから」

「え、あるの?」

「わしらを何だと思っておる、あるに決まっておるわ」

赤竜おっさんはずっと寝てたから」

「あの方と一緒にするでない……」

「言っとくけど、私だっておっさんとまともに戦闘はしないからね?」

「そうであって欲しいとも」

 やりたいとは、思ってるけどね。

 しばらく道沿いに歩いていると、少し開けた場所にトカゲが待ち構えていた。

「誰かと思えば、貴様か。何用だ、白色の竜族、哀れな半端者」

「……なるほどのう」

 妙に感心したよう、白トカゲは頷いて。

「道理で殴られるわけだ。む、そうして考えてみれば、わしも成長したじゃろ、クロ」

「うん、ちょっとはマシな間抜けになった」

「わしも、もう少しちゃんとする。こんなのと一緒にされとうない……」

「で、これ責任者?」

「門番じゃろ」

「あっそう。話、通じる?」

「そう思わんじゃろう」

「うん。――いいよシオネ」

「はい」

 さっきから黙っていたシオネは、ちょっと怒っていた。

 しかも行動が速い。

 竜というのは、ぱっと見てずんぐりむっくり。……これ通じるのかな? まあ、丸っこくて、顔を近づけるのに地面に近づけている。胴体が一番大きいが、それを支える翼も頑丈にできていて、大きい。

 デカイ標的だ。

 今しがた、水で作られた槍で八ヶ所、縫い留められたが。

 しかも口というか顎というか、顔の部分には二本の念押しである。

「おー」

 難易度はそれなりに高い。

 水の槍、なんて言うが、きちんと形状を保てている。これは水で水を囲った形だ。

 そもそも、水というのは流れるし、動く。コップという仕切りに入れれば、水はそこに保たれるが、ひとたびそれが倒れてしまえば、遮ったところで、囲まなければ動き続けるものだ。

 そう――水は流れるものだから。

 同じ流れる水で囲いを作るのは、難しい。

 槍を作ったあとは空間転移ステップだ。私はまだ苦手としているのであまり使わないが、自分ではなくほかの物体を移動させたのである。

 三次元で座標を決め、そこへの転移なら、刺さった状態が現実になる――が。

「作ってから? それとも構成?」

「今回は構成です」

「なるほど」

 構成を先に転移させておいて、魔力で槍を作ったわけか。その方がシオネには簡単だったのか、それとも試したかったのか。

「申し訳ありません」

 シオネはゆっくりと竜に近づき、目元のあたりで立ち止まった。

「いくらミエラ様が間抜けとはいえ、今は家族です。それを馬鹿にされるのは、あまり心地の良いものではありません。さて、名も知らぬトカゲに訊ねるのもおかしな話ですが、あなたにはどのくらいの価値があるのでしょうか」

 あー、それで怒ってたのか。

 優しいなあシオネは。

「ここに、ある人間が住んでいると聞きます。その方を訪ねて来たのですが――通す気がありますか?」

 口が開けないのに、問いかけて。

「返事がありませんね」

 水の槍を二本ほど、胴体に追加した。

 心臓の位置は知ってるし、脳の位置も知っている。それを避けているのは、このトカゲが素直になる――まあ、可能性に賭けているようなもので。

「ではこのまま、返事を待ちましょうか」

 うん、ほかのトカゲの気配もあるし、それがいいと思う。

「ところでミエラ様、この状態でどのくらい生きていられますか?」

「出血もあるが、半日くらいは大丈夫じゃろ。これだけ刺されると人型にも戻れん」

「そうなの?」

「うむ、戻ったら致命傷の一撃が刺さっておる」

「ならばあとは、このトカゲに餌としての価値がどの程度あるのか、ですか」

「そだね。話が通じるトカゲが来るのかどうかも」

「それこそ、ギャンブルですね……」

「あ、牙とか斬ったら再生する?」

「怖いことを言うでない……まあ、生え変わりはするじゃろ。鱗をはがしても同じじゃ」

「じゃあ折を見て」

「隙を見て」

「う、ぬ、……そうじゃのう」

 諦めたよう、白トカゲは吐息を落とした。

「ちなみに、聞きたくはないんじゃが……」

「ああうん、心構えと準備はしてきたよ」

「ええ。――全てを敵に回した場合は想定しています」

「じゃろうな! ええい、わしはもう知らん!」

 大丈夫、たぶん全滅はさせないから。

 ……たぶん。

 面倒だし。



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