第30話 常識と非常識

 家に帰ったら、ミュアとねこがいた。

「おかえりなさいませ」

「ただいまー。ワガママ娘を連れてきたー」

「はい、そのようで」

「おいミュア」

「おや、いらっしゃいませ、ルーニャ様。こちらへは初めてですね」

 さすがミュア、にっこり笑顔。これ反論できないんだよなー。

「着替えてきます」

「構いませんよシオネ」

「ねこは?」

「下です」

 あー、私らが使い終わったあとか。

 んん……。

「見たい?」

「――いや、待とう」

 賢明だ。きっとその方が良い。

「じゃ、シオネ、伝えておいて」

「はい」

 お茶の用意を始めたので、私はいつもの席に座った。

「護衛の錬度が低いけど、だいじょうぶなの?」

「ん? ああ、経験させている最中だ。街の外に出るなら、もっと増やす」

「ああうん、そう。ちなみにシオネは単独でシャドウキラーだっけ? あの狼の黒いやつ、倒せるけど、指標になる?」

「――は?」

「ならないか、あの程度じゃ。そうだあの白トカゲ、起きてる?」

「はい、昼食は終えられましたよ」

 じゃあ昼寝してるかもなあ。

「ついにトカゲの巣へ赴きますか」

「うん、シオネと一ヶ月くらい。ミュアものんびり休んで。ねこにはそう言っておくから」

「ありがとうございます」

「……ミュア、いいか?」

「なんでしょう、ルーニャ様」

「そこは驚くなり、制するなり、そういう行動が普通じゃないのか……?」

「……? おかしなことをおっしゃいますね」

「だよね。たかがトカゲだよ?」

 あれ、なんか額に手を当ててるし。

「一応、人里には被害が出ないよう配慮もするし」

「はい、そのあたりは徹底してください」

「うん。被害が出そうなら半分くらい討伐しとく」

「それなら問題ありません。うちにいるトカゲはどうしますか?」

「ミュアの邪魔しそうだから連れてくか、どっかに放置しとく」

 連れてってもシオネの邪魔しそうだけどね。

「では呼んできます」

「お願いね」

 んー……、ん?

「ワガママ娘、なんでいるの?」

「お前が連れてきたんだが……?」

 そうだっけ?

「じゃあそうだなー、王城って侵入者の訓練してる?」

「想定訓練はしているはずだ。私は王宮にいることも多いから、こちらのことはあまり知らない」

「私、まだ知らない場所に忍び込んだことなくて、やっときたいんだけど、訓練で通せない?」

「ほう……」

「――クロ様のためにはなりますが」

 あ、シオネ戻ってきた。

「訓練にはなりません」

「何故だ?」

「見つからないからです」

「……見つからない?」

「はい、そもそも錬度が違い過ぎて話になりません。仮に、当日に侵入者があることを周知したところで、一般の警備体制では確実に捉えることはできないでしょう」

「断言できる理由は?」

 おー。

 ……おおー。

 言うねえ。

「逆に、王城全域に感知型結界を三重展開した状態でなら、初動は防げるでしょう」

「何を三つだ?」

「球状の立体把握、足元への地面把握、そして対術式――失礼、対スキル防御の三種です」

「うん。仮に初見でその状況だったら、私は諦める。戦闘が前提だし、中に入って逃げる算段が必要になるから、リターンが合わない」

 空中から入っても感知され、中に入ればどこにいるのか把握される。そして、外から解除することもできない。

 そんなところに侵入するのは、ただの間抜けだ。

「あ、でも、目的によってはありか……」

「そうですね。逃走経路は〝外〟になるかと」

 うん、窓から飛び出すタイプの。だからまず、上の階で仕事をすることが前提だ。まあ、内部からの敵を逃さない結界を解除する可能性も考えないと。

「……」

「信じられませんか」

「いや、おそらくお前が断言する以上、現実なのだろう。だが納得は難しいな」

「では、仮にネールゥ様が侵入したとしたら、どうでしょう」

「あれはAランクだ、さすがに対応は難しいだろうな」

「あの方が隠れていても、発見はごくごく簡単です。クロ様もそうですが、今の私にとっても、影でこそこそしている子供を見つける方が難しいくらいです」

「――何故だ」

「スキルを使って姿が消えている、これは構いません。見えるかどうかと問われれば、現実には見えません――が、それは、発見できないこととイコールではないのです」

「……見えないのにか?」

「人の存在は消えません。ネールゥ様が姿を消してお風呂に入っていたら、それほどわかりやすいものはないでしょう。しかし、――姿

「そう言われると、確かにそうだが、ネールゥは水に入らんだろ」

「状況が同じなんです。スキルを使っているだけで、水を垂れ流しているようなものですから」

「よくはわからんが、納得はしよう。つまり、そんなネールゥを捉えられるなら、それ以上に隠れることも可能だと、そういうことか」

「はい」

「追加するなら、ネールゥが発見できる人がいても、私はそれ以上に隠れられる」

「どうしてそれを断言できる?」

「錬度が低いから」

「補足しますと――あ」

 あ。

 二階からトカゲが落ちてきた。

「おいミュア! 国賓だぞ!?」

「はい、知っておりますが」

「……」

 口を開いて固まった。

 何故だ。

「いたたた……おおう、なんじゃ、ルーニャではないか。久しいのう」

「あ、は、はい。お久しぶりです、ミエラ様」

「うむ」

「いつものことなのでお気になさらず」

「気にしないでいられるのか……? 竜族を何だと思っている?」

「はあ、少し頑丈なトカゲですが」

「ストレス発散もできる」

「殴られるようなことをしないのが一番ですね。-――さて、ルーニャ様、続けても?」

「ああ、まあ、うん、ええと」

「錬度の差です。ルーニャ様は、ネールゥ様が姿を消すことを、どう捉えていますか?」

「どう、か。ニーニャの護衛を任せてはいるが、あれは上位スキルだろう」

「はい、その通りです。では、それを破ろうと思ったら、どうなさいますか?」

「発見するスキルが必要だな。探査系では心もとない」

「間違っていませんし、それは正解です。しかし――ではクロ様、お願いできますか」

「ん」

 そういう思考はべつに嫌いじゃないし、話すことは問題ない。何故って、既に思考していて、一定の結論を出した上で、この場合はシオネに確認する意味合いもあるからだ。

「一応こっちでも分析したけど、認識操作じゃなくて一般の影響型。全方位の映像を常時収集した上で、背後の映像を前に、そういう形で投影してる。特に光の屈折が邪魔をされる場所では、あまり効果的じゃない」

「ならば、映像の収集そのものを阻害することが近道ですね」

「うん。ただ構成を組もうと思うと、めんどい」

常時展開型リアルタイムセルとするには、メリットがありませんね」

「そう」

「――なんの話をしている?」

「はい、そこが重要なんです、ルーニャ様。認識の差ですが、大勢の方はそれがスキルであることを前提に会話をします」

「……? 当たり前のことだろう?」

「ですが、私どもは

「うん……?」

「ルーニャ、難しく考えることはない。お主が剣を振り下ろす時、まずは両手で持ち上げるじゃろう?」

「ええ」

「その時は腕で持ち上げる」

「まあ、そうですが」

「じゃがこやつらは、そう考えん。最低でも腰から背中、肩、肘、手首までの力の流れを把握しておる」

「細分化していると捉えれば良いのか」

「まあのう。じゃから、一度見せたものは、もう通用せん」

「まさかシオネ、グロリオサの仕組みをもう理解しているのか?」

「――そこまで」

 おー。

「お疲れ、ねこ」

「連れてきたのはクロね? 姉さまはこれで素直だから、あまり教えないの。姉さまも、深く突っ込まない。まったくシャワーを浴びる暇もなさそうね」

「そうでもないよ? ちょっとトカゲの巣に、シオネと出かけるから、その許可ちょうだい」

「あらそう、どうぞ。姉さまも話半分にしておくこと。トカゲの巣――ああ、うん、まあ、確かに思うところはあるけれど、当事者じゃないんだから、好きにさせておきなさい。じゃあお風呂、姉さまは待っているように。ちょっと説教あるから」

「帰るぞ!」

「逃げられるならどうぞ」

 それは難しくないと思うけどなあ。

「じゃがわしは口を挟む。竜の棲家に行くとな!? ――あだっ」

「騒がしいですよ、ミエラ様」

「ミュアの拳は痛いのう……!」

「落ち着きがないからいけない」

「クロ、原因はお主じゃ。まず、行く理由はなんじゃ」

「ちょっとね」

「ちょ――……ちょっと、か、うむ。叫んでおらんぞ?」

「はいミエラ様、いつもそうなさってください」

「うむ。……まさか、わしが案内人か?」

「どっちでもいいけど、ミュアにお休みあげるから、家は出ること」

「む……」

 ミュアがルーニャの後ろに控えた。なるほどこれは難しいかも。

「わし一人?」

「ワガママ娘が引き取ってもいいけど?」

「え、あ、おう、それは構わんが……」

「うぬぬ……わしは古巣に良いイメージを持っておらん」

「半分くらい殺しても文句言わない?」

 あ、黙った。

 ……まあいっか。

「五日後くらいでいいかな」

「ええ、こちらで準備をしておきます」

「じゃあ場所を調べとくね」

 言ったら、こいつまだ場所も知らんのか、みたいな顔をワガママ娘にされた。

 何故だ。

 そういうことだってあるじゃないか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る