第29話 魔晶石の扱い

 その日、親方のところに顔を見せようとしたんだけど、ふいに。

「シオネ」

「はい、なんでしょうクロ様」

 先ほどまで一緒に訓練をしていたので、リビングに戻ればいつも通りの侍女服で彼女は飲み物の準備をしていた。

 最近は行動がよくかぶる。私も特に嫌ってはいないのだけれど。

 身の回りの面倒がないし。

「シオネは武器、使う?」

「あ、はい。使うというほどではありませんが、侍女のたしなみとして、ナイフは常時持っています」

「そっか。今から親方のところ行くけど、くる?」

「はい、ご一緒します」

 こういう時は即答するんだよね。気分が良い。

 最近は魔術関係もだいぶ詳しくなったし、組手の相手も充分にできる。私としても話が合うし、これも良いことだ。

 外に出て、空を見上げる。今日は――。

「雨かな」

「そのようです。肌寒い時期ですが、まだ雪にはならないでしょう」

 今はもう、結界は解除してある。私が守る必要は――まあ、かつてほどはないし、ミュアもそこそこの錬度になった。大丈夫だろう。

 ただ。

 どうやらシオネは私に近づきすぎたのか、ステータスが低くなったのと、スキルの扱いにだいぶ制限がかかったらしい。本人は気にしていないので、じゃあいいかと、私も気にするのをやめた。

「ゾーグ様のところですか」

「うん。一応、お互いに名前は知らないってスタンスだけどね」

「ああ、外で逢った時は無関係、という暗黙の諒解ですか」

「結構早くからね」

 大通りを抜ける風が冷たく、反射的に術式で防御。このあたりの術式は意識せずに作れるようになった。

 先生は自動にしてるし、中尉殿は大して気にしないし、あの二人はやっぱおかしい。

 いつものように店へ入ると、受付には何故か若い男の人がいた。

「あれ? 親方は?」

「……誰だあんた」

 若いといっても、たぶん私より年上だ。

「おそらく私よりも年上かと」

 ああうん、そういえばシオネもまだ学生だったっけ。

 人の年齢ってやつが、いまいちわからん。じゃあミュアくらいになるのか。

「親方呼んで」

「だから、あんたは誰なんだ? 客か?」

 説明がめんどい。

「親方ー! きたぞー!」

「うるせえ作業中だ待ってろ!」

 うん、だろうとは思った。

「シオネの目利きはどう?」

「以前はほとんどわかりませんでした。今は、詳しくどうのと言うことはできませんが、水の流れで違いはわかります」

「あー、そういう捉え方なんだ」

「身近なものですから、把握がしやすいんです」

「じゃあ、あとは経験だね」

「市場に出回っている商品は一通り見ましたが、雑味ばかりで得物としての本質は失われているかと」

「ここに飾ってあるのも、がらくたばっか」

「おい」

「なに」

「本当に誰だ?」

「説明がめんどい、親方に聞いて」

 しばらくシオネと話していたら、奥から親方が顔を見せた。頭に巻いていたタオルを肩にかけ、汗を拭う。

「おう――嬢ちゃん、シオネも連れてきたのか」

「うん」

「親父、客か?」

「客じゃねえよ。仕事は終わりだ小僧、三割で磨いとけ。訓練用だ、研ぎ過ぎるなよ」

「おう……」

 不満そうだったが、頭の裏を掻きながら奥へ。

「悪いな、一応は弟子だ。一年くらい余所よそで仕事をさせてた――煙草、一本吸うくらいの余裕はあるんだろうな?」

「うん」

「どうぞ」

 やれやれといった様子で腰を下ろした親方は、すぐ煙草に火を点けた。煙を天井に向けるだけの配慮はある。

「訓練用の大剣ですか、ゾーグ様。お手数をおかけします」

「おう」

「知ってるの?」

「ええ、――私が壊したので」

「ああそう」

「乳母様の霊体が王城にいたので、その件の前に少しだけ手合わせを」

「あー、あれ。うん聞いてた」

 大変だなあと思った。私は関わらないぞ。

「――あのババア、戻ってきてんのか」

「お知り合いですか?」

「あれの息子と同年代。用事はなんだ? まさか、この前の墓参りで、墓石に俺がウイスキーをぶっかけたことを根に持ってんのか……?」

「さすがにそこまでは」

 いるのがわかっても、会話はできなかったらしいし、できたとしても意思の疎通が可能かどうかなんて、わからない。

 霊体なんて、いないものと同じだ。

「まあいい。それで? 二番目の小娘の剣を折ったって? 現物げんぶつはあるし、折られたのも把握はしてるが、何をした」

「魔法スキルとの複合技をされたので、振り下ろした完了する前に剣を反らそうとしたのですが、腹に手を当てた時点で折れてしまいました」

「ほう」

「……? なんで初動段階で止めなかったの?」

「相手が第二王女ルーニャ様でしたので。それに単なる訓練です」

「あー、そういう」

 白トカゲが相手と違って、あまり殴るわけにもいかないか。

「どうせあの小娘のことだ、大振りをしたんだろ。扱いが下手なだけだ。それなのに、強度を上げろだの、重くしろだのと、一丁前に要求だけはしやがる」

「親方は専属だっけ?」

「国に属した覚えはねえが、まあ、顧客の一つだ」

「そりゃ大変だ」

「面倒なことは確かだな。――それで嬢ちゃん、用事は?」

「あ、うん。相談かな」

 影の中に手を伸ばす。

「よいしょ」

 取り出したのは鉱石だ。大きめのサイズで、高さも30センチほどある。しかし、片手で充分すぎるくらいに軽い。

「この鉱石を見たことある?」

「――魔晶石ましょうせき。周囲の魔力を溜め込みながらも、それで自壊しない。これを扱える技術者はそういねえ」

「なんで」

「滅多に見つかるもんじゃねえし、簡単に扱って失敗できるもんでもねえからだ」

 あー、高級品だからか。市場にもそもそも出回ってないのかな。

 ちなみに採掘場所は魔族領なので、そりゃそうか。

「こいつを細工するには三つ。一つはスキルを使った鋳造、これをやった瞬間に二級品だが、まあそこそこ使えるだろう。もう一つは、こいつから魔力を全て抜く方法だ。そうすればもれなく、普通の晶石になっちまう」

 なるほど。

 スキルで可能なら術式でも、と考えるのは短絡的だな――あ、シオネも気付いて頷いてる。

「つまり、方法は一つ。魔力を飽和させるんだ」

「注ぎ込むってこと?」

「そうだ。採掘現場の周辺に、これと同じ青色の砂がなかったか?」

「あった。というか砂場になってて、綺麗だなーってシオネと話をしたから」

「はい」

「飽和させてから一定時間で溶けだし、最終的には砂になる。有効時間はそこそこ長いから、素早く作業すれば形状を変化できる――が」

「うん、混ぜ物を何にするか」

「俺なら親和性の高いリーリット鉱石を使う」

 一般的な鉱石より、スキル――というか、術式への対応が強い鉱石だ。かつて先生が拾ってきてくれて、私も扱ったことがある。内部に術式を組み込むと、簡単なマジックアイテム、こっち側では魔術品と呼ぶべきものの完成だ。

「どちらも扱い方の違う鉱石になりますね……」

「そうだ、そこが重要だ。違う作業を二つ分、それを一つにする必要がある。こいつは、技術だ」

 技術ならばそれは、経験によって得るものか。

 うーん……。

「何に使うつもりだ?」

「ナイフ。材料そのものから厳選しようかと思って」

「魔晶石をきっちり扱えるなら、それ以上はないな。ただし混ぜ物を何にするか、それによって完成度も変わってくる。比率に注意しろ、最初は扱いやすいほかの鉱石を中心にした方がいい」

「火に入れた時の反応は?」

「複雑だ。一部は硬化するし、体積も減る。そこらへんの反応が見たいなら、水場――風呂でもいいが、そこで魔力を飽和させてみろ。小さいものなら、それほど苦労せんだろ」

「やってみる。これはあげる」

「またお前はそういう……」

「たくさんあるから」

「在庫処分なら、ほかを当たれよ」

「親方以外に扱える人がいるなら」

「チッ……」

「それと来客」

 気配を察して急かせば、嫌そうな顔をして魔晶石をカウンターの中、足元のあたりに置いた。

 あ。

 でも私も逃げ遅れたかー。

「邪魔するぞ――む」

「邪魔だ帰れ小娘」

「なんだゾーク、私よりもシオネやキツネの方が優先順位が高いとでも?」

「当たり前だ間抜け、顔を洗って出直せ。――小僧! 終わってんだろうな!?」

 へー、これが第二王女。

「ねこの姉?」

「そうです」

「ふうん……」

「挨拶がまだだったな。第二王女ルーニャだ、妹が世話になっている」

「クロ」

「……嫌だと、顔に出ているぞ」

「察して小粋なことを言うねことは大違い」

「はは、言うではないか。あと猫とはなんだ、猫とは」

「ねこはねこ」

 にゃーって感じで。

 奥から鞘に入った大剣を持ってきた。

「ん――ああ、ルーニャ様。いらっしゃいましたか、こいつが商品です」

「うむ」

「じゃない、親方に感謝」

 頷いただけで受け取ろうとしたので、尻を叩いておいた。

「ぬ……お前、容赦がないな」

「もっと強く叩く?」

「ゾーグ、ありがとう。対応も早く助かった」

 よろしい。

 私の方を見たので、顎で示す。それに対して頷き、大剣を受け取った。後ろにいる護衛の男が妙にぴりぴりしてるけど、知らん。シオネも動かないし。

「というか、訓練用ならそこらに転がってるがらくたでいいんじゃ?」

「いつもならそうしてるが、このクソワガママな小娘は、一から作れと言いやがる。贅沢だろ、なあ?」

「……」

「おい、どうして私が睨まれるんだ?」

「文句があるなら自分で作れワガママ娘」

「わがっ…………おい、お前は外で控えてろ」

 まだ若い護衛に言うと、相手はしぶしぶと頭を下げ、出ていった。

「うん。剣を抜きそうだったね」

「お前なら対応しただろう」

「その前にシオネがなんとかしたと思うよ?」

「どうでしょう。クロ様に任せた方が早いとも考えていましたから」

 ぬう。

 早いか。

「すまんな、まだ若造だ」

「気にしてない」

「――で、嬢ちゃん。ナイフは早めに必要か?」

「んー、考え中。というのも、ちょっと用事があって」

「ほう」

「トカゲの巣に行こうかなと。シオネも行くでしょ?」

「はい。初耳ですが、ニーニャ様には報告をして、学校側には課外実習としておきます。期間はどうされますか?」

「一ヶ月」

「ではそのように」

「おい待て、待てまて、――聞き間違いじゃなく、正しくは、竜の棲家か?」

「うん」

 ほかにどこがあるというのだ。

「串刺しが効果的」

「いくつかの方法で可能ですが、槍を作れた方が良いでしょうか」

「結果、同じならいいけど、作れるに越したことはないよ」

「構成を練っておきます」

「ん。親方なんかある?」

「適当に鉱石」

「竜の牙とか、尻尾――は食べるけど、爪とかいらない?」

「あるなら拾ってこい」

「わかった」

 私はもう一度、ワガママ娘の尻を叩いた。

「なんだ!?」

「ねこもいるから、おいで。どうせ暇でしょ」

 さて。

 旅になるから、ある程度の計画性が必要だ。地図とにらめっこして、楽しむとしよう。



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