第28話 お城にいる幽霊の顛末
着替えてから来いとの指名を受けてしまった。
どのみち、スカートが切れてしまっているので、修繕なしにこの服のまま、というのは侍女として駄目。となると制服だが、こちらは私が侍女ではなく学生となる。
まあ、そういう意味でルーニャ様は呼んだのだろうけれど。
侍女用の控室に顔を出し、予備として入れておいた制服に着替える。侍女服の予備は家に戻らないとない――私の主戦場は王城ではないので。
着替え終えて、身だしなみを確認して、さてと出ようと思ったら、侍女服のご老人が入ってきた。
これは――。
反射的に一礼しながらも、疑念と理解がすぐに追いつく。
「ルーニャ様の元へ、これより学生として赴きます」
じろりと睨むような視線で控室の様子を見渡していたその老女は、私を見て。
何も言わず、ただ、見ていて。
「失礼いたします」
私は今度こそ、控室を出た。
はて……。
話には聞いていたが、どうして私なのだろうか。
たまたまか、何か縁でもあったのか――いや、考察は後回しにしよう。
すれ違う侍女には会釈。説明を求められれば、素直に答える。早足になる必要もない。今の私は客人のようなものだ。
ノックをする。
「シオネです」
「入りなさい」
あら。
失礼しますと一声を置いて扉を開けば、ベッドに腰を下ろしている少女が。
「お待たせいたしました、ルーニャ様。それとニーニャ様もいらっしゃったのですね」
「ええ、どっかの戦闘バカがやり合うとしたらシオネだと思っていたから」
「ニー、それは誰のことだ?」
「あらルー姉さま、心当たりがあるようね?」
「こいつは……で、なんでシオネなんだ」
「私はやらない。必然的にフタナナもできない。ミュアは断る理由を持ってる」
「……良いタイミングだと思ったんだけどなあ」
「失礼します。ニーニャ様、フタナナはどうしましたか」
「王城にまでついて来る必要はないと、休みを与えるわ。私も公務じゃないもの」
「そうでしたか」
「座れ、シオネ。無礼講で構わん。……敬いもしない妹もいるからな」
「お茶の準備だけ、やらせていただきます」
傍仕えの専用侍女がやっていることだろうが、今はいないし、基本は何も変わらない。手早くお茶を淹れてテーブルに置くと、私は一礼して腰を下ろした。
「まずは先ほどの用件だ、ステータスを見せろ」
「どうぞ」
テーブルに鑑定用のマジックアイテムが置かれたので、鑑定妨害の常時展開術式を限定的に解除しておく。さすがにクロ様のよう、数値を誤魔化すまでには至らないが、鑑定だとてスキルなのだから、妨害そのものは難しくなかった。
難しかったけれど、クロ様が言うには、当たり前にできること、らしい。
スキル発動を確認、石のようなマジックアイテムの上に表示枠が出現してから、術式は元に戻す。
「……」
「あら、姉さまの難しい顔はブサイクにならないから詰まらないわね。シオネ、随分とレベルが上がったじゃない」
「クロ様の帰郷にお付き合いした際に、魔物を討伐する機会があったものですから」
「ああ、トカゲが帰ってくるなり二日ほど寝込んだ、あれ」
「ええ」
「おいニーニャ、トカゲとはなんだ、失礼だぞ」
「アレに対してはそのくらいで充分よ」
まったくだ。
「それにしても、シオネ。このステータスだが」
「はい」
「正直に言って、私は疑っている。平均して35前後、これでは学校を卒業した者より低い」
「はい、その通りかと」
「お姉さま、どこまでやったの?」
「最初は避けられた。いくつかのスキルを繋いで攻撃に傾けたが」
「なるほど」
「しかも目を閉じて、手も使っていなかったな」
「――シオネ、まだ戦闘が怖いの?」
「昔ほどではありませんが……」
「ちょっと待て、おいニー、どうしてそこでシオネを責める?」
「目を閉じた方が、見えるものもあるのよ、姉さま。ただ準備運動としては良い制限ね」
「……お前もあれを、準備運動と言うのか?」
「姉さま」
一息。
私には言えないことを代弁してくれる。
「限界が見えない訓練など、対人では必要ないわよ」
「はっきり言ってくれるなあ。お前はてっきり、戦闘が嫌いだと思っていたが」
「好んでやるほどじゃないわね。今もそう。けれど……そうね、シオネ、たとえを出しなさい」
あ、ここで私ですか。
「では僭越ながら、ルーニャ様。身体強化系のスキルであるエンチャントに関してです」
「ん、構わず続けてくれ」
「仮に速度のエンチャントを使ったとします。同じ魔力量だとした場合、学生が使い、ルーニャ様が使ったのを前提とします。この場合、ステータスを意識せず、戦闘をした場合、スキルなしならばルーニャ様が勝つでしょう」
「それはそうだ」
「何故でしょうか」
「私の方が多くの戦闘を経験している」
「その通りです。そして、経験と共にルーニャ様が獲得したのは、戦闘技術そのものでしょう」
「疑問点はないな。それがどうした?」
「察しが悪いわねえ……」
「お前なんか最近、私に辛く当たるな! この前に王宮へ戻った時から気付いてたぞ!」
「あらそう、ちょっと賢いわねこの姉は」
「こいつ、訓練場に呼び出してやろうか……」
「やめた方がいいわよ? 初回に限れば、姉さまが何かをする前に、何もできなくする自信があるわ」
「お前が?」
「何故か? 答えは単純ね。――技術に差があるもの」
さすがにそこまで言えば、ルーニャ様も察したようだった。
「付け加えるなら、ステータスの差もあるわね。でもそんなの、鍛えれば良いだけの話でしょ。だったら? エンチャントで上がるぶんの能力でさえ、鍛えればどうとでもなる」
「……」
「改めて言うけれど、やめておいた方がいいわよ、姉さま。スキルを取得するため、ステータスを伸ばす、そんなごくごく当たり前のことが、全てひっくり返って――本当の意味で敗北するわ」
その敗北から、立ち直ることもできる。
まだ学生の私は、敗北というよりも、違う視点を得たような感覚で、嫌悪も否定もないが、それが誰にでも通じるとは限らない。
「たまにはそうやって姉さまも頭を使った方がいいわよ」
「お前にそう言われると、途端に嫌になるな……」
「そのくらいでいいのよ。それより姉さま、幽霊騒動の話は聞いてる?」
「ん、ああ、それを口実に王宮から逃げてきたからな」
「騒動と言っても、被害そのものはないものね。口実くらいが丁度良いわ」
「――そのことですが」
お茶を一口飲んで。
「私にはお逢いした記憶がないのですが、おそらく、お二方の乳母様ではないかと」
「……は?」
「それは、ばあやのことか?」
こういう時は、共通認識を作らないと。
「少し小柄な方でした。今のものとは違う侍女服で、目つきが鋭く、やや怖い印象を抱くほどです。先ほどは侍女の控室を様子見されておりました」
「……」
「ばあやだ、印象が合致する。私もニーも、物心つくまではこちらにいて、ばあやの世話になった」
「そもそも、シオネは見えるの?」
「自覚的ではありません。ただお逢いした際に、生きる身ではないことと、私に感知できたこと、この二つの事実があっただけです」
「そう。だったら、顔を見せた理由はこちらにありそうね。――さあ姉さん、吐きなさい。一体何をしたの」
「お前はいつも私のせいにするな?」
「違うの?」
「……」
「ほら、心当たりがある顔」
「いや、お前はあまり記憶にないかもしれんが、昔からばあやには怒られてばっかでなあ」
「それは姉さまが落ち着きないからよ」
「メー姉さんにも声をかけておいた方がいいかもな」
「失礼ながら、乳母様は王城でお亡くなりになったのですか?」
「それはない。ニーが物心ついた頃、年齢もそうだし、ひ孫もできたってことで、きちんと退職をしたよ。葬儀には、さすがに参列できなかったが、お墓参りはした」
王女が参列ともなれば、警備も含め、ただ事ではない。なかなか思い通りにはいかないものだ。
「何かを探している様子はなかったのね?」
「ええ、ただ確認をしているだけのように見えました」
「そう」
「とりあえず報告はしておく。ばあやがいるなら、ちゃんとしているところを見せないとな」
来た。
扉も開かず、ただ、いつの間にかそこにいた。
視線は動かさない。気配だけ捉え、乳母様がルーニャ様の後ろに控えるのを認識する。
「でも、どうしてシオネには見えるのかしら。直接の知り合いじゃないわよね?」
「はい。話は聞いていましたが、初めて見る方です」
「そうよねえ……」
「まったく、こそこそせずに、私に逢えば良いのだ。ばあやはいつもそうだ。細かい気配りが上手で、いつも私たちが過ごしやすい環境を、いつの間にか整えている。そんなことに気付くのは、大人になってからだろう。感謝を言いたいのに、その時にはもういない」
「……手を引かれた覚えはないわね」
「歩きもおぼつかないうちは、ちゃんと引いてくれていたぞ? まあ、手を引かれているニーを見ていたから知っているんだが。歩けるようになってからは、転んで立ち上がるまで手を出さなかったな……」
「素晴らしい方です」
「そうとも。泣き出したニーをからかい始めて私をよく殴った」
「姉さまは昔から変わらないわね」
「そんなことはないぞ? 今はもう子供じゃない。枝木を折って庭師を困らせて、ばあやに殴られることもない」
「姉さま……」
「だがなニー、そうして殴ってくれる相手がいなくなると、悪さもできなくなる。ばあやが城を出てからは、そのありがたさを噛みしめたものだ。部下にもよく殴ってから言っている」
「姉さま、嬉しがっているわね?」
「もういないはずの人がいるんだ、喜ばずにどうする。言っておくが、私の尊敬する人はばあやだ。両親ではない。戦闘の基礎を教わったのもばあやだ」
「あら、そうなの?」
「そうだ。あの人は話したがらなかったが、暗殺への対処はかなりのものだったらしい」
それは、つまり。
対処できるのならば、暗殺も可能だったはずで。
聞かずとも、暗い過去なのは確かだ。
「最近はつけていないが、ロケットペンダントをしていただろう。さすがに古くなって、チェーンは変えたし、最近は戦闘訓練も多いから外してしまったが、あれもばあやから貰ったものだ」
「ああ、姉さんが開けたがらないロケットペンダント」
「中には何も入っていないんだから、開ける必要もないだろう。それに、何かを入れたいわけじゃないんだ。私にとってあれは、開けないことに意味がある。かつて、ばあやがそうであったように」
「メー姉さまとも、そういう話をするの?」
「いや、あまりしないな。そうだ、ばあやは知らないだろうが、メー姉さんに子供ができたんだから、報告もしないとな。残念ながら私にはいないが」
「そうね」
「お前も、私の結婚を待つ必要はないからな?」
「大丈夫、心配もしてないわ。そういうことを言っておいて、姉さまはすぐ相手を見つけるもの」
「どうかねえ……。ま、もしもばあやがいたら、心配しないでくれと言っておいてくれ。むしろ、そっちが心配だって。大きなお世話だと言われそうだけどな」
その言葉は聞こえたのだろうか。
私の方を見て一礼した老婆は、しょうがない、みたいな感じの笑みを残して姿を消した。
「よろしければ、メーニャ様とご一緒に、お墓を参られたらいかがでしょう。きっと今のよう、他愛ない話をされた方が好まれるかと」
「そうだな、都合をつけておく」
「はい。――笑っておられましたよ」
「……いたのか?」
「先ほどまで、ルーニャ様の後ろに控えておりました」
「言いなさいよ」
「ニーニャ様、侍女とは気付かれず控えていられるならば、それ以上のことはございません。気付かれておられないなら、あえて指摘することではないのです」
妙な顔をされた。何故だろう。
――ああ、霊体ならば、インヴィジブルストーカーに近い存在になる?
これはクロ様に相談しないといけませんね。
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