第24話 半年ぶりの再会

 その日のシオネは、動きやすい短いスカートを吊っており、上着は長袖のシャツ。ソックスで露出部分を減らし、大きめの肩掛け鞄を持っていた。

 うむ。

 私服というのは新鮮だ。

「どうしました?」

「かわいい」

「はあ、どうも、ありがとうございます……?」

「おい、わしに対してはどうなんじゃ?」

「間抜け」

「なんじゃとう!?」

 白トカゲはいつも通り、白っぽい服じゃないか。知らんし。

 とりあえず街を出て、近くの森へ入る。かつてはここで過ごしていたが、まあなんというか、懐かしさの欠片もない。

 逆に言えば、嫌な思い出もないんだけど。

 三人揃っての空間転移ステップとなると、さすがに陣が必要なので、手早く描く。このあたりの改良もしたいんだけど、まだちょっと知識が足りない。

 さてと。

 魔族領の内部に飛ぶのもいいんだけど、念のため入り口付近にしておこう。あそこの空気は濃いから、慣れないと危険もある。

「うん」

 じゃあ行こう。


 ――周囲の景色が切り替わった。


「よし、全員無事」

「や、やるならやると言え! 驚いたではないか!」

 殴っておく。

「長距離転移……」

「ん。シオネ、ここがどう見えてる?」

「――はい。私には森が広がってるように見えます」

「なんじゃと? わしには何もない草原にしか見えんが?」

「そっか」

 認識阻害の結界が広範囲に張られてるから、波長が合わないと見えないし、気配を感じることもない。実際に見えているシオネも、気配は感じてないし。

「はい」

 シオネの手を握り、白トカゲの首を後ろから掴む。

「慣れたのう……」

 数歩で中に入れば、そこには森があって、その気配を知った二人が身を固くした。

 気配。

 ――魔力が濃い空気である。

 うん、気持ちいい。

「な、なんですか、ここは」

「ちょっと魔力が濃い場所」

 あ、トカゲは自分の魔力で弾いてる。

 ……こしゃくな。

「自分の魔力と混ぜる感覚で深呼吸。そのうち慣れるから、急がなくていい」

「はい……」

「じゃ、とりあえず歩こうか」

 直線距離なら、そう遠くもないし。

 ……たぶん。


 夕方には到着した。


 ちょっと強行軍だったけど、見慣れた城の前に出て。

「おはよー」

 私は声をかけた。これはノックと同じだ。

 しかし赤い竜は自分の手を枕にして眠ったまま反応せず。

 後ろにいる二人は反応できず。

 なので、私は思い切り殴りつけた。

 おー。

 仰向けになって戻った。一回転。これは初めてだなあ。

「――痛いだろうが!」

「おはよう!」

「む、う、……おはよう」

 近眼なのかこいつは、と思うくらい鼻を近づけて言ったので、ぺちぺちと二度ほど軽く叩く。

「ん……? クロだな?」

「そうだけど。あ、後ろの二人は知り合い」

「ほう、お前知り合いがいたのか!」

「おっさんよりはね」

「大きなお世話だ。ふん、白竜か、珍しい個体が未だにいるとはな」

「はいはい、威圧しないの。魔王いる?」

「いる」

「じゃあ伝言。しばらくこっちいるから――何で嫌そうな顔してんの?」

「嬉しそうな顔をしろと?」

「うん」

 あ、もっと嫌そうな顔になった。何故だ。半年ぶりなのに。

「朝の挨拶はいらん。帰りもだ」

「それは私が決める」

「お前さては、俺が痛くないと思ってるだろ……?」

「うん? 痛みより睡眠を優先してる呑気なおっさんだとは思ってる」

「いい、いい、もう行け。伝えておいてやる」

「はあい」

 実際にやり合ったら勝ち目を考えるくらいには強い相手だ。このくらいの遊びが丁度良い。

 ここからはもう、慣れた道だ。毎朝のようおっさんを起こしに走った。

「お、おまっ、おま」

「なに?」

「お前は始祖様に何をしておるんじゃ!」

「何って、挨拶だけど」

「赤の竜といえば、我らが竜族の始まりとも言われているお方だぞ!? そ、そ、それを殴るとか正気か!」

「あ、そうそう、この濃い魔力って瘴気しょうきとも言われてるんだって」

「そうではない……!」

「シオネは大丈夫?」

「え、あ、はい。その……魔王、ですか……?」

「あ、そっち。うん、あそこ魔王の城。おっさんは玄関だから、いつもノックしてる」

「そ、そうですか」

 うん? 驚き過ぎてるのかな?

 あの程度で驚いてると、先生や中尉殿には付き合ってられなかったからなあ、私。


 ――そうして。

 半年ぶりにやってきた、そこに。


「あら」

「ほう」


 何故かまだ、二人がいた。


「先生! ちゅーいどの!」


 一歩目は、嬉しさで。

 二歩目は、懐かしさ。

 三歩目で何故か腹が立って。

 四歩目でいろいろ思い出して嫌になり。

 五歩目でそれを振り払った。


「こんにゃろ!」

 わざと見せた、腰を強引に落として沈み込むような、わかりやすい溜め。そこから細かいフェイントを三つ入れて飛びかかり、顔を狙った蹴りを中尉殿は回避する。

 わかってましたよと、言わんばかりだ。

 降り抜いた足を掴まれた瞬間、捻りを入れて追撃の蹴り――の前に、捻りを止めるよう肩に手を当てられ、そのまま放り投げられた。木に着地、1メートルはある木がその衝撃で折れる、地面に降りる。

「ふー、ふー」

「うん? どうしたクロ、たかが半年とは言うが、まったく成長が見えてないなあ? 背も低い、胸も小さい。尻尾が増えただけで強くなったと、そんな勘違いでもしているのか? ちなみに私は半年もの間、あちこち見て回って楽しかったぞう」

「肌と尻尾の艶も良くなった!」

「ほう、そうかそうか。いいか優しい私は教えてやるが、それは成長ではなく環境が変わっただけのことだ」

「私の努力!」

「美味い飯を食えたぶん、躰が成長しても良いだろうになあ……」

 くそう、雷の術式も使ってやる……!

「そうだ、最初からそれをやれ。――通用はせんが」

 いや通用する。させるし。当てるし。

 雷を発生させて身体制御を加速させる。躰の動きは脳からの電気信号、それをより速く、それに伴う思考も速く、とにかく速く。

「これでは落ち葉を捕まえる方が難しいぞ?」

 くっそう! ああもう!

 こっちの動きに対して、5ミリくらいのズレを作られてる! 思考が速いぶん、そういう小さいところが目につくし、対応しなくちゃいけない。

 5ミリだ。

 肩、肘、膝、踏み込み、これで2センチ。

 すげー嫌だ。気持ち悪い。歯車が微妙に噛み合ってない感じ。

 つまり中尉殿は、私の動きを完全に見切っていることになる。

 ――ちくしょう。

 半年くらいじゃまったく追いついた気配がないね! 知ってたけど! うん知ってたから! 悔しくないし!

 まあそれで泣きだすほど子供じゃあない。

「どうした泣いてるのか?」

「泣いてない!」

「ははは、違うというなら証明してみせろ。ほれ、攻撃をしないサーヴィスタイムが終わるぞ? ほれほれ」

「ああもう!」

 この人、性格が悪すぎる!

「しかし単調でいかんな。おいそこの白トカゲ! 間抜けそうなツラをいつまで見せているかは知らんが、ちょっと頑丈なサンドバッグ風情なので喧嘩には参加できませんと、そんな泣き言がまだ聞こえんぞ!」

「なんじゃと!?」

「聞こえんと言ったぞ! 間抜けはどうも頭の回りがよろしくないな。やれやれ仕方ない、トカゲの輪切りは食い飽きたが、どうしようもないクソトカゲなら、今夜の夕食にするしかなさそうだ」

「ええいっ、今行く!」

「そう言っておいて遅いとは、教育が必要だな?」

「クロの性格が悪いのはお主が原因じゃな!?」

「失礼な!」

「そうとも、――私の方が悪い」

 いてえ、肯定するなら殴らなくてもいいのに!



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