第23話 帰郷の時期
嫌な夢を見た。
「ところでクロ、そろそろ痛みには慣れた頃だろう」
「慣れてない」
「慣れたな?」
「慣れてない!」
「つまりお前には、痛みではなく恐怖というものを教えてやろうと思ってな」
「ぬおおお……」
一日中、それは行われた。
威圧だ。
殺すことすら生ぬるいと思えるほどの恐怖を、一撃も殴られずに体感した。
そして知る。
「真面目に戦闘をするなら、これくらい当たり前だが?」
できればそれは、中尉殿の当たり前であって欲しい。
心からそう願ったのを、覚えている。
――悪夢だ。
「というわけで」
「よくわからんが、不機嫌を通り過ぎているのはわかった」
親方の工房にきて、イラついてるじゃないかと問われたから説明したのだが、わからなかったらしい。
「70点だな」
「ぬう……」
中の工房にまで案内され、試行錯誤の結果を見せれば、半分ほど引き抜いただけで刀の評価をつけてしまった。
まあ、半分も引き抜かれるだけでも成長だ。持っただけで突き返されるのも、最初の頃は続いていた。
「腕は上がってる――と、言っていいのかはわからんが、理屈は通ってる。だがお前ェは、刃物の技術を刀って形にしてるだけだ」
「うん?」
「ナイフと刀は違うし、剣とも違う。その本質は作り方じゃなく、扱い方だ」
「あー……」
「斬ると一括りにできるが、ナイフも刀も剣も別だろうが。実際に扱う想定がまったく足りてねえ」
「うん」
ここ数ヶ月は、叩く道具や温度の変化、より現実に近い構成を設定していた。設定を詰めるというか、まあ、当たり前のことだ。
「とはいえ、練習用としちゃ充分だろ。お嬢はまだ得物を扱う段階にねえ」
「使う時は使うけどね」
「それはそれで完成系かもしれねえが……ナイフなら、そこそこか」
「ごめんそっちはまだ手付かず」
「――そうか。形状だけ変えるってわけにもいかねえんだったな」
「うん」
「それはいいが、しばらく店を空けるぞ」
「ん? なんか用事?」
「そういう時期だ。冬が近づいて来るだろ、その前に帰郷するのがここらの風習でな。ほかの店も休みがちだから注意しとけ」
「へー、そうなんだ」
どうりで学生の姿がちらほら見えるはずだ。
ちなみに学校はもう通っていない。必要性を感じなかったのもあるし、シオネやらフタナナがやらかしたこともあって、余計に私が目立ちそうだったからだ。
私は抑えてたんだけど。
学生なんか相手にならない侍女に、未熟だと口にする私がいると、まあ面倒になるから。
どんな場所かわかったから、もういいし。
「逆に護衛の仕事は増えるそうだ」
「あー……それも気付いてた。私はやらないけど」
「だろうよ」
あれこそクソ面倒だからなあ。
まだ人と絡む仕事ってのは、苦手意識が強い。
「お前さんに帰る場所はあるのか?」
「ない。……けど、ううん」
半年くらいかあ。あそこに戻るには早すぎる気がするんだけど。
様子見くらいしとくか。
「うん、考えとく。親方も気をつけて」
「お前さんもな」
そろそろ親方が打つところを見たいんだけど、またの機会があればいいなあ。どうしよう、なんか特殊な鉱石とか掘ってこようか。それを手土産にしてさー、なんかさー。
頑固だからなあ……。
外に出ると、騒がしさを余計に感じるようになった。理由がはっきりすると、意識してしまうものだ。
活気があるのとはちょい違うような。
でもまあ、帰郷できるってのは、いいことだ。
家に帰って聞けば、この街はそもそも、ほかの地方から集まる人が多いらしい。
そう考えれば、王城はあるけれど、本拠ではないのは知っていたし、そういうことなんだろう。
「ミュアも?」
「ええ、ニーニャ様が本城に戻られますから、普段の報告も含めて私どもも帰ります。お世話になっていた侍女長にもご挨拶を」
「ふうん……」
「この時期は皆さんで集まって休暇を過ごす、そういったものです」
「侍女も?」
「ある程度の自由は与えられますし、仕事だと思っているうちは侍女として一流とは言えません」
「あー」
仕事ではなく、それが生活になるのか。先生からそれは言われたことあるなあ。
「クロ様はどうなさいますか?」
「うん。ちょっと行こうかなと思ってる」
「よろしければシオネを連れてください」
「――ん?」
「どこへ行くにも、世話役がいると楽ですし、あとで報告を聞くこともできます」
「そっちがメインかー」
まあ興味持ってるのは知ってるし、面倒だから話さなかったけど。
「サバイバルでも大丈夫?」
「良い経験です」
「うん。じゃあ本人次第で。一人なら三日くらいで戻るつもりだったけど、一緒に来るならもうちょいかなー」
「言える範囲で構いませんが、どちらへ?」
「私が一年、ずっと訓練してたところ。教えてくれた人はもういないけど、見ておこうかなって」
嫌な夢も見たからさ……。
「居心地の良い場所じゃないけどね。この家の方が良い。ベッド大好き。お風呂もいい」
「その割に、ギルドの仕事で外に出るではありませんか」
「うん。堕落はしたくない。どっかのクソトカゲみたいに」
「私はまだあのトカゲを諦めてはいませんよ」
そだね。あの堕落トカゲ、最近は蹴り飛ばすみたいな起こし方してるもんね。
昼まで寝てるやつが悪い。
ただまあ、体術に関してはそこそこだ。人間とは時間の感覚が違うらしく、のんびりやっているように見えるだけで、習得を諦めている様子はない。
「王城かあ……」
「興味がおありですか?」
お茶を出され、私は椅子に座る。
「まったくない。連れて行かれることは避けてる」
「そうですね、堅苦しいところも多いですから。ただクロ様は、雰囲気に気圧されず、そのままでいるかと」
「うん」
それはそうだ。私は私だもの。
「んー……ん? あ、なんか座った時に変だと思ったら、五本になってる」
なんでだろ。
尻尾が増える時って、だいたい寝起きなんだけど、あれか。悪夢のせいか。気付くのが遅れたのは間違いなくあれだ。
「そういえば、私どもは未だに一本にしか見えませんが、どうやって椅子に座っているのですか?」
「左右にわけてる」
食事や閑談をするこのテーブルの椅子は、背中当ての下が空いているので、そちらに出してるのもあるけど。
「尻尾が増えてもねー、寝る時に気持ち良いくらいしかないんだけどねー」
「そう……なのですか?」
「うん。見た目の変化があっても、特になにもないから。でも尻尾好きだから、お風呂の時間が長くなる」
なにせ一本ずつ丁寧に洗ってるから。
「ミュア、今日はなにか用事ある?」
「いえ、細かいことはありますが、急ぐことはありません」
「ん」
お茶を片手にソファへ。隣を手で叩く。
「こっち座って」
「はあ……」
予想通り、少し離れて座ったので、そのまま引っ張って横に倒す。
「――これは」
尻尾の枕だ。まあそこそこのサイズなので、肩まで埋まるが。
「これは、クロ様、駄目です……」
「んー」
駄目と言いながら起き上がらず、二分ほどでまぶたが落ちて、すぐ寝息が聞こえた。
仕事ではなく生活にしていたって、疲れはあるはずで。
ちょっとばかり休むのも良いだろうと思ったけど、けども、思いのほか攻撃力あるじゃないか、私の尻尾。すごいぞ。えらい。
自分にも厳しいミュアがすぐ寝るなんて。
……悪夢を見ませんように。
普段なら一本しか見えないし、触れないのだけれど、そこらの認識は少しだけいじってある。感覚が五本なので、もしかしたらそこから辿って五本見えるかもしれないが、そこはそれだ。
私だってミュアには感謝している。
家のこと、ほとんど任せきりだし。
五分と少し。
シオネが帰宅した。
「ただいまもど……」
「おかえり」
「……あ、はい、ただいま戻りました。あの、姉さんは」
「寝てるだけ」
「はあ」
制服姿のシオネは、ミュアのことを姉と呼ぶ。仕事との区切りというよりは、シオネにとってミュアは立場が上の侍女でもあり、姉でもあるそうだ。どちらも取りたいとのこと。
「珍しいですね。いつも姉さんは、一番遅く寝て、一番早く起きるのですが」
「私の尻尾が安眠枕」
「なるほど……失礼、着替えてきます」
「うん」
さて、いつ起こそうか。
んー、私が疲れてからでもいいかな。
のんびりと、動かなくても思考はできる。さすがに構成を組み替えるまではやれないけど。
「お待たせしましたクロ様、湯呑を」
「ああうん。お代わりはいいや」
「はい」
「それと、帰郷じゃないけど私もちょっと出る」
「――そうなのですか」
「うん。ミュアと話してたけど、シオネは一緒に来る?」
「よろしいのですか?」
「面白くはないだろうし、ちょっと危険もあるけど」
「では是非」
「暇そうならトカゲも連れてく」
「はい」
これからの予定は決まりそうだ。
――さて。
ミュアが起きたのは、四十分後であった。
「いけません、クロ様」
勢いよく躰を起こしたミュアは、真剣そのものの表情で言う。
「これは駄目です」
起きるのにも苦労するらしい。
私はいつも、これで寝てるんだけどなあ……。
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