第22話 お父様の来訪
「ここにミエラ殿がいると聞いたのだが?」
来客があった。
出迎えたのが私。
何故だ。
いや、うちにミュアがいないことは知っていたし、つまるところ私が出迎えるのは必然なのだが、どうして面倒そうな来客ばかり私の役目なのだ。
……うん?
もしかして、ミュアはいつもこんな面倒をしているのか? 追い払うのも仕事か? すごいぞミュア、次からもお願いします。
身なりの良いおじさんだ。護衛も
刀使いよりは低いと思うけれど、誰かを守れるんだから、私より強いだろう。うん。
「おい?」
「ああうん、いるけど」
「逢わせてくれ」
「……中へ」
とりあえずリビングの椅子に座らせておいて、どう追い払おうか考え……ううむ、人生経験が足りないから思い浮かばない。
まあいいや。
とりあえず白トカゲの部屋に行き、寝てる間抜けの頭を叩く。
「ぬ……なんじゃー、まだ寝るぞミュア……」
ああ、こりゃ駄目だ。
ずるずると引きずって部屋から出ると、二階の手すりから下に落とした。
「ぎゃんっ」
なるほど。
人間は頭だけど、竜は尻尾があるから、付け根あたりが一番重いのかな?
「な――なにをするクロ!」
「お客さんだよ、クソトカゲ」
「む……おお、なんじゃ、お主か国王」
「おうとも。だがなミエラ殿、随分と乱暴な扱いを受けているんだな?」
「もう慣れた」
よし、起きたみたいだ。
「クロ、お茶をくれ」
「水だけ。ミュアいないから我慢しろトカゲ」
「わしではなく、こやつらに。いやわしも欲しい」
「知らん」
そもそもお茶が必要だと思ったことないし、自分じゃ淹れない。
「で、何用じゃ」
「そろそろ三ヶ月ほどか? 俺としても娘の様子見くらいしたくなる。報告は受けているが、そいつは王としてだ。親父として話してはいない。もちろん、ミエラ殿の様子もな」
「わしはおまけか」
「そうではない。ただ、上手くやっているのかと」
「それなりにな。だんだんとわしの扱いが雑になっているのは、クロのせいじゃ」
「トカゲが間抜けなだけ」
コップに水を入れてテーブルへ。
「なんじゃ、水のボトルまで用意して」
「ねこが下にいる」
「そうじゃったか」
「動物でも飼い始めたのか?」
「ニーニャのことじゃ」
「む……フタナナが戻っていたので、てっきりいないとばかり思っていたが」
「地下は鍛錬場じゃ。見てこい、わしはその間に着替えるぞ」
「どーせ二度寝」
「客が来とる時くらいはせんぞ!」
「自慢すんな、当たり前」
殴っておく。
ほんとにこの白トカゲは、天敵を知らないからか、だらけた生活が直らなくて困る。
……あ、困ってないや。
「地下行く?」
「お、おう。お前凄いな……」
なにが凄いんだ? よくわからんが、感心しているようだった。
今日はシオネが学校の用事で、ミュアも何かあるらしく、いつもならニーニャも出て行くのに残っていた。あまり追い込み過ぎないよう、折を見て止めるのが私の役目だ。
まあ、本当はそれくらいしかわからないんだけどね。
降りたタイミングで、両手を膝に当ててニーニャは俯いていた。水のストックはまだあるが、新しい方が良いだろうと声をかける。
「ねこ、水」
「ああクロ、ありがとう……ん、お父様?」
「おう」
髪を後ろでまとめているが、肌にべったりと張り付くほど汗を流し、水を受け取る前に服で手を拭う姿は、私にとって見慣れている。
ミュアは私と一緒に、ほかの誰もいない時にやってるし、どういうわけかシオネも、ここのところ追いついて来ている。
そんな無茶しなくたって、時間をかければいいだけなのに。
「ふうん? どうだ、たまには親子で遊んでみるか、ニーニャ。一休みしてから俺とどうだ」
「あら」
水を半分ほど飲み、まだ肩を上下しながら、ニーニャは笑う。
「それはちょうど良い。――準備運動が終わったところよ」
あーうん。
うん。
私の影響だねこれは。
というか、元をただせば中尉殿なんだけど。
何を感じたのか、ええと、国王? 上着を脱いで護衛に渡した。
「――来い」
拳を握った構えで腰を落とす。半身にならないあたりが甘い。
距離は七歩くらいか。
ん。
一息だ。
ニーニャが右足の踏み込みと共に、右の腕を伸ばすよう拳を腹部へ当てる。
一拍。
弾けるよう国王が吹き飛んだ。
「王様!?」
「大丈夫、そんなに威力はない」
「はあ、はあ、はあ……んぐ、はあ」
答えられないニーニャの代わりに言えば、驚いた表情の国王は、ゆっくり立ち上がる。
「ねこ、休憩」
「今の一撃は、どう?」
「通ってた。踏み込みの威力は充分。でもまだ」
「ありがとう。……はあ、さすがに、はあ、一撃が限度ね……はあ。……クロが一撃で片づける理由がよくわかったわ」
「ん」
いつだって、追撃ができる状況とは限らないので、可能なら一撃で済ませと、先生も言ってたし。
「ふう……ああ、お風呂行ってくるわ」
「うん」
水のボトルを渡しておく。躰を冷やす前に汗を流し、水分補給と食事を忘れない。一度でも失敗すれば誰だって気付く。慣れたものだ。
「驚いたな」
「ん?」
「あいつは、あまり努力をしないタイプだと思っていた」
「なんで」
「三女ってのは可愛く見えて、好きにさせてた俺も悪いんだが――長女や次女を観察できるだけ、あいつは苦労なく知識や技術を身につけた。そして、代わりがいるのならばと、以上を求めない。逆に言えば、周囲への信頼がそうさせていた」
「へえ」
そういうのはよく知らない。私だってニーニャがこの家を手に入れてからの付き合いだ。
「あいつはいつも、こんな訓練を?」
「たまに。本人に聞いて」
「……それもそうか。お前が訓練を見ているのか?」
「気にはしてる。……忘れることもあるけど」
「何故だ?」
「……?」
とりあえず上へ戻ろうと、足を向けて。
「錬度が低すぎて話にならないから。せっかく手に入れた家くらい守れるようにならないと」
何かを教えられるほど習熟していない。
全員が力を捉え、ロスなく拳に乗せることができるようになったけれど、せいぜい私が教えられるのはそこまで。
そう考えると中尉殿や先生はすごい。よく教えてくれたなと思う。
さて。
改めてリビングに戻って、私がお茶というものを目の前にして、やり方はそれなりにわかるけど、人様に出せるようなものにはならんと、奇妙な確信を得ながらも、どうしたものかと考えていたら、ニーニャがやってきた。
「あらお父様、まだいたの」
「お前なあ……」
「冗談よ。クロ、お茶は私がやるわ」
「うんお願い。クソトカゲは?」
「あのトカゲは寝てるわ」
「あ、そう」
二度寝しないとか言ってたのはどこのどいつだ。
「驚いたぞニーニャ、俺に一撃届かせるとはな」
「冗談でしょう? 油断が一つ、初見が一つ、私の攻撃が当たったのは、ただそれだけのことよ。それにまだ、あくまでも拳に通せただけだもの。応用にはまだ修練が必要ね」
「お前、どこまでやるつもりだ? てっきり、嫌いだとばかり思ってたが」
「姉様と違って、好きや嫌いだけで物事を決めるわけじゃないのよ。優先順位ってのもあるけど――今頃、フタナナが姉さんを吹っ飛ばしてるわよ」
「なんだと?」
「クロはどう見る?」
「相手の錬度は知らないけど、一撃くらいは届く」
実際、フタナナはコツを掴むのが上手い。感覚的なものを、試行錯誤できるというべきか。私にはないものだ。
だいたい感覚を試すってなんなの。よくわからんし。
ただ上達が早かった。力の増幅も、正攻法なら可能になっている。応用もすぐできるだろう。
ありがたい話だ。これで家の結界を解除できる……あ、まだちょい早いか。
これなー、ここにいますって宣言してるようなものだから、早めに解除したいんだよなあ。
「一撃やってあとは殴られるかもしれないけれどね」
「……そういえば、避けるのはまだ覚えてなかった」
「うん」
「クロ、どう避けてるの? 目で見て? それとも先読み?」
「意識の前に躰が動くのも含めて全部。ただ感覚は広げてる」
「感覚を、広げる?」
「境界線」
言ったらすぐ、ニーニャはテーブルにお茶を置いて目を閉じた。
「錬度の差にもよるけど、肌に触れてからじゃ遅い。逆に早すぎても駄目だけど、それはともかく、人は肌に触れるまで気付けない。だから肌の感覚を広げる」
お、魔力の形が少し変わった。普段から出ている魔力の方だ、内側から出したわけじゃない。
けど。
「強すぎ、意識しすぎ。自然体のまま、空気を把握する。揺らぎを全部意識してると疲れるだけ。ただ境界がそこにある――」
刺さる。
「あ、刺さった。ミュアには内緒ね?」
「そうね。こっちはこっちで難しそうだから、今度にしておくわ」
「それが良い」
あーお茶は美味しい。うむ。いいことだ。自分で淹れようとは思わないけど。
というか、台所はミュアが仕切っているから、使えない。こっそり使ってもだいたいバレる。つまり料理どころか、お茶を淹れるのも厳禁だ。べつにいいけど。拗ねてないし。
「お前ら、いつもこんな感じか?」
「そうでもないわね。今日は珍しく、クロの面倒見が良い」
「ミュアいないから、しょうがない」
そういえば男が二人いたんだった。
「まあ、楽しくやっているのはよくわかった」
「退屈はしてないし、公務が良い息抜きになってるわ」
「お前それは逆だろう」
「いえ、間違いなく正しいわよ。それよりも、お母様は?」
「……置いてきた」
「あらそう。早めに帰らないと大変よ?」
「お前なんか妙に強くなったな!」
「好きに生きろと言ったのはお父様よ? 大丈夫よ、まだ公務を忘れるほどじゃないもの」
「……まだ?」
「そう、まだ」
うん、ニーニャは良い笑顔で笑うようになったなあ。有無を言わせないこの顔は、ミュアが口調を強める前の警告として見せるものと、よく似ている。
また来ると、なんだか疲れたような顔をした国王には、同情しといた。
「原因はお前じゃないのか……?」
そんなことは知らん。
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