第21話 鬼の居ぬ間に

 その日、私は冒険者のパーティと一緒に出掛けていたので、家にはいなかった。

 残った五人が昼食を終えた時の話である。

「そろそろ一ヶ月にもなるが、クロのことはよくわからんのう」

「そうね。だったらミエラさん、わかったことは何かしら」

 侍女はミュアだけが立っており、フタナナとシオネは同じテーブルを囲んでいる。まだ学生でもあるため、許可があれば座るのが二人であり、許可しても好まないのがミュアである。

「わしのスキルを含めた防御を破る攻撃に関しては、理解できた」

「少なくとも、竜の防御力は世界を見渡しても相当上位よね」

「じゃから、それを瞬間的に上回る力を出した。それが当たり前の現実じゃな」

「体術のみでそれが可能な時点で、考えを放棄したくもなるけれど――フタナナは、もうできるのでしょう?」

「いえ、お嬢様」

 フタナナだけは、彼女のことをそう呼ぶ。

「私もできたと思いましたし、手違いで学校の訓練で使って吹っ飛ばしましたが」

「フタナナ、報告を受けてませんよ」

「う……そ、そうでしたか、シオネ様。確かしたような、……しなかったような、気が、しなくもないような……?」

「続けなさい」

「はい。躰の中にある力の流れを捉えると、関節で減衰していることがわかりました。障害物に当たって威力が弱まるのと同じものです。ただ、流れがわかるからこそ、その減衰を最小限に留めることもできたのです――が、しかし、次は関節で力を増幅してみろ、と」

「ほう」

「つまりクロは、増幅しているのね」

「私はまだ模索段階ですが、一つ報告が」

「なあに?」

「格闘スキルの浸透掌しんとうしょうを獲得しました。打撃力を高め、放つスキルです」

「ああ、そっちの基礎になるのね。スキルとしては、それほど難しい習得条件ではなかったはずだけれど」

「放つというより、相手の躰の中に攻撃するようなスキルじゃな」

「――失礼」

「なんじゃシオネ」

「フタナナ、質問です。直感で構いません。クロ様から教わった体術と、浸透掌、どちらが有用ですか」

「それは、攻撃としての使い勝手?」

「解釈は任せます」

「……少なくとも浸透掌を使う気にはなれません」

「理由を付け加えられますか」

「こう言うとおかしいかもしれませんが、使

「ありがとう」

「そういえば、お主の騎士も、あまりスキルを使わなかったな?」

「そうね、メルは笑って答えなかったけれど、スキルと似たようなことはしても、スキルを使うのは珍しい。エンチャントにしても、速度を上げて一撃で仕留める時に限定している感じよ」

「スキルを使わん男に、使えんクロか……ふうむ。じゃが、スキルと似たようなことはできる」

「そこが私もわからないのよ。仮によ? クロが黒狐こくこじゃなかったら、これほど悩む必要はなかった。だって、似たようなものなら、それはスキルだもの」

「フタナナ、浸透掌が使えるのはわかった。ではこうじゃ、お主はスキルを使わずに、浸透掌が使えるか?」

「――いいえ、使えません。ただ」

「ただ?」

「この教えの先に、似たようなものは使えるのではと、そう思っています」

「ほう……つまり、習得できる予感はある、と?」

「はい」

「――習得。……習得?」

 シオネがうつむき加減に、テーブルの上にあるカップのふちを指で撫でる。

「だったら、もしかして、……あ、失礼」

「何かに気付いたの?」

「いくつかの飛躍を含んだ、仮説です。大前提として、スキルとは覚えるものです――が、それを棚上げして考えました。私たち同様に、クロ様も魔力を所持しています。けれど魔力があってもスキルが使えない、これも前提です」

「うむ」

「何故なのか、クロ様本人から課題として渡され、考察を続けていましたが――仮に」

 あくまでも仮説だと、念押しして。

「スキルと呼ばれるものが、外側にあると仮定したら、どうでしょうか」

「外側?」

「はいニーニャ様、外側です。たとえば顧客情報のリストのよう、スキルと呼ばれる仕組みが外側にあり、魔力を使ってそこからスキルを引き出している――そう考えられませんか」

「信じる、信じないではないのね」

「そうです」

「待て、待て。そもそも、どうしてそう考えるんじゃ?」

「確証はありません。ただ、クロ様のおっしゃっていた、己の内側を見ろという言葉。力の流れを追うだけでなく、水が流れる肌の表面が境界である、というヒント。その上で私が内側を意識し続けた結果、スキルと呼ばれる仕組みのようなものが、何も、見えなかったのです」

 それは、限りなく正解に近い気付きだろう。

 しかしここには、それが正解だと断定できる者はいない。

「仮にそのリストがあるなら、書かれているのはスキルの仕組みね? エンチャントだけでも、ずらりとある」

「魔力を使い、そこから引き出して、スキルを使います」

「だとしたら、あやつにはそもそも、リストに触れる許可が出ておらんと?」

「はい。そして、フタナナの言った、使い勝手が悪い――その言葉の真意も、そこにあるのかと。リストに載っている、つまりスキルは、汎用性という点において劣っていますから」

「仕組みがリストに載っているなら、引き出してもその仕組みが発動するだけ……ということね?」

「そうです」

「だったら」

 そう、本題はそこにある。

「クロは中にそれを持っている、ということね?」

「あるいは、スキルを作る仕組みを、です」

「……ことわりへ触れた者」

 ミエラがそれを思い出した。

「なにそれ」

「あやつが所持していた称号じゃ」

「――あの子、称号持ちなの!? ギルドからの報告は受けてないわよ?」

「よくわからんが誤魔化していた」

「え? ギルドの鏡を?」

「うむ……」

「この街に来る時には、既に対策をしていたと考えてよろしいでしょうか」

「おそらくのう」

「だったら、師事してた人がいるわね」

「それを探すのは難しいじゃろうがのう。言うておくが、報告するでないぞ」

「わかってるわ。そもそも本質に触れる話だし、信じるか否か、それを広めるか否か、そこを考えた時に話が大きすぎる。根底から覆すなら、それは悪魔狩りと同じよ」

「まあスキルに関してはともかくも、体術じゃ」

「私はまだ、なんとなく感じているくらいなものね。あまり集中してできていないのも理由だけれど」

「お主は公務がそこそこあるからのう」

「まったく面倒だけれどね。ミュアはどう? そういう話、あまり聞かないけれど」

「そうですねえ、私が一番クロ様と過ごす時間が多いのは確かです」

 だから黙っていたわけだが。

「クロ様自身、自分の鍛錬があまり良い影響を与えないことを考慮してか、人がいるときにはしませんから」

「わしは?」

「昼まで起きない人など知りません」

「うぬ……」

「ミエラさん……」

「呆れたような顔をするでない!」

「毎回違うやり方をしていますが――たとえば、全力疾走を一時間ほどやると、立てなくなります」

「そりゃそうでしょ。というかミュアもやったの?」

「やりました。水を飲んで汗を拭いて五分ほどで、こう言われました。――準備運動はこのくらいでいいか、と」

「無茶よ」

「そう思いますが、しかし、現場で魔物相手にそれが通じるのかと言われまして」

「う、ん……それは、そうだけれど、オーバーワークよ」

「毎回ではありませんから。それに、定期的に限界を知るのは良いことです。私はもう、学校で習ったことは忘れました」

「比較してどうのと、考えるのを止めたのか?」

「はいミエラ様、それこそ無駄です。クロ様のやっていることは、徹底して実戦を想定しています」

「ふうむ……」

「言える範囲で構わないわ。クロの経歴は?」

「私も多少なりとも知っていますが、言えるのはクロ様はまだ、一年ほどしか訓練をしていません。その一年を終えて街に来たそうです」

「冗談じゃろ……」

「はっきり言えることは、私たちは数字に囚われ過ぎている、ということです」

 メモを片手に、シオネがそれを断言した。

「しかし、当たり前のことです。わかりやすい指標が目の前にあるから、それを使う。他人との比較材料があるなら、それに越したことはない。しかも、習熟する必要なく得られる――」

「じゃが、いずれ習熟した者に抜かれる、か」

「はい。おそらくクロ様の一年は、私が思う一年とは違うのでしょう。されど、その一年でここまで差ができたのも事実です」

 だから。

 そうであるのならば。

「あとは、ここからどうするのかです」

 今までを捨てるのか。

 それとも、これからを諦めるのか。

 ――両方だと、シオネは確信する。

 今までも捨てないし、これからも諦めない。

 シオネもまた、強くならねばならない理由が、あるのだ。



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