第19話 王国第三位の騎士
その日、メルという男がやってきた。
はて誰だったかと首を傾げたが、刀を腰に
「そろそろ、目の前で実力を見たいのよ」
「あ、そう」
「なあに、その気のない返事は」
「目の前で、どれだけ見れたのかが、本当の実力差ってこと、知ってる?」
「む……」
「クロ」
とりあえず握手。
「で」
「ああ、こちらは私の得物を
「ふうん」
挨拶はなしか。
ちらりと見ると、視線が合う。なるほど、ハジメマシテって感じでいいのね。
「うん、いいよ。まともな訓練ができそうだ」
地下へ案内すると、白トカゲと侍女が勢揃い。
「……なんで集まってんの?」
「それだけお主の戦闘が気になるんじゃよ」
「へー」
「――クロさん、取り決めはどのように」
「取り決め? お互い殺さないように」
「それは当然です。ただの手合わせなのですから」
「じゃあ、まずは体術だけでやる?」
「……では、そのように」
適当に距離を取って、始める。観客は壁際だ。
――腰を落とし、やや前かがみになりながらも、上半身を捻り。
左指が鍔を押し上げ、右手が柄に触れ、肘を突き出すような姿勢。
居合いだ。
私はこれを、嫌ってほど知ってる。あくまでも知っているだけで、今はまだ使えないけど。
斬られても死なない。痛みだけあり、死ぬほどの激痛でのたうち回ったけれど、そういう結界の中で、私は先生に――それこそ、死んでも居合いをされ続けた。
軽くトラウマである。
否応なく慎重になるし、気になる。
左を前に出す半身、拳は握らず、対峙した瞬間に、たぶん。
お互いに理解した。
居合いの間合いは、それほど広くない。この場合の間合いとは、刀で切断可能な範囲だ。現実の戦闘においては、間合いに入れるための範囲がある。
はっきり言って、この距離なら一息もかからない。
すり合いのよう、じりじりと間合いを詰める。
メルは深く長い呼吸を繰り返す。私はそれに合わせることなく、普段と同じ呼吸を心がけた。
戦闘用に呼吸を変えるタイプか。
深く長い呼吸なら、どこで止めて攻撃するかは読みにくい。その上、居合いとは速度だ。止めたと感じたらもう攻撃が終わっている――はず。
牽制ではない。
むしろその逆だが、こちらが勢いに任せて飛び込めば、相手も同じことをする。一息で詰まる距離なのはわかっているのだから、あとは、それ以外に何を得るか。
ぴたりと、その距離で足を止める。
そのまま相手が刀を抜いても、切っ先が私に触れることはない。ないが、腰に溜めた力と、歩幅を考えて、この位置が最も有効的な攻撃、つまり相手にとっての居合いが得意な位置のはず。
……たぶん、このくらいのはず。
居合いの場合は姿勢が変わらないので、一歩が特殊だ。つまり、右半身のまま、肩と肘を突き出す右側をそのままに、踏み込みを完成させ、抜く。
殴る蹴るなら、たとえば左足で踏み込みもできるが、居合いの場合は右半身なら、右で踏み込むのが通常である。
一歩の感覚が違うわけだ。
後ろの左足を右足にくっつけ、そして右足を前に出すような踏み込み。
というか。
先生の場合、その姿勢のまま、唐突に出現して、出現したと思ったら抜いてて、抜いたと思ったらもう斬られてて、斬られたと思ったらもう鞘に戻ってたけどね!
筋肉の動きを肌で感じる。
お互いに見えている。
牽制、攻撃、回避。
じわりと浮かんだ汗が頬を伝って落ちるのさえ気にならない状況で、ほぼ動かずに読み合いをする、ぎりぎりの均衡。
我慢だ。
相手がどれだけできて、どこまでやるのか、その精度が高くなればなるほど、本当に相手が動き、自分が動いているような錯覚から、その姿さえ見えるようになる。
まだまだ、私も精度が甘い。
先生と中尉殿の
――居合い。
何を見たのか、切っ掛けがあったのか、放たれた首を飛ばす一撃を、私は上半身を反らすようにして回避する。
もしかしたら、私の踏み込みのフェイクに誘われたのかな?
左手が跳ねあがる。切っ先を目で追えたが、やはり引きが早く、私の左手は刀身に触れられない。
くそう。
もちろん、手のひらではなく甲の部分で触れることが目的だ。納刀時に邪魔をするかたちを狙っていた。
いや、狙っていたというのは、誤魔化しだ。
実は私、相手が先生だったけど、刀に触れたことがないのだ。一度くらいやりたい。
だが一度目で再確認できた。
こいつは、やる。
まあ、相手もそう思ってるから、迷わず首を飛ばす動きの居合いを放ったんだろう。避けられる、もしくは当たっても止められる自信……いや、避けられるのを当然としてやった方が強いな、これは。
順当な評価をくれている。
侮りもない。
それだけ錬度が高い証左だ。
「ん」
あえて言葉を作り、跳ぶようにして距離を空ける。相手も一息を落とし、額の汗を拭った。
姿が消える。
足の溜めが見えたため、私も準備していた。ぴょんと跳躍を軽くして、顔と足の上下二連を回避。居合いの一刀目よりも勢いは落ちるし、納刀が遅れるが、引き戻しの一撃を足元へ向けられた。
スキルじゃない。
――技術だ。
こういうスキルもあるんだろうけど、そういう機械的なものじゃない。
確かに複雑な動きを作るスキルでも、同じ動きはできるし、スキルには汎用性がほとんどない。
私の踏み込みに対しては、さて、どうする?
間に合う。
居合う。
二連から納刀、抜刀までが速い――が、縦の軌跡。
でも。
これだけ居合いをしておいて、私がまだ慣れてないと思ってるのかな?
回避は左側へ、右の肘が落ちてきた刀身の腹を叩く。軽くでいい、この距離ならその軽くが致命傷になる。
だが、さすがに相手も馬鹿じゃない。
その瞬間、納刀よりも回避を優先して身を捻り、私の左手は小指と薬指の部分が当たっただけ。
弾かれるよう離れた相手は、すぐ納刀を済ませ、私の手が触れた腹部に視線を下げた。
「……失礼、補助スキルを使ってもよろしいか」
「どーぞ」
「エンチャント、スピード、ヘイスト」
速度強化に、思考加速か。
ううむ。
実はこのエンチャントスキル、彼らは当たり前のように使っているが、本来はこれ以上なく使い勝手が悪い。
身体強化。
普段よりも強くなるわけだから、良いことだと捉えがちだが、エンチャントスキルは上げ幅が均一なのである。
簡単に言おう。
速度が50上がりました。とても速くなりました。
――だったら、その速度で踏み込んだ場合、攻撃時の〝停止〟における威力は、果たしてどうなる?
止まる速度は上がる。何故なら、それも速度という定義に含まれるから。
けれど、踏み込み時の力は普段のままだ。
雑なのである。
瞬間的に50上げるなら、理解できる。私だって同じことを戦闘でする。けれど、常に50上がった状態で動き回るのは、雑だ。
まあ、筋肉ばっかついたって、威力を出すのとは別物ってこと。
悪いことばかりじゃないけどね。
だって、相手は居合いの姿勢でこちらを待っている。
待ちだ。
思考加速で状況把握速度を上げ、そこに身体速度を上げたのなら、居合いの成功率は上がる。しかも、間合いに入るのを待つのだから、効果的だろう。
じゃ、勝負だ。
三歩ほど下がった私は、そのまま。
一直線に相手へ向かった。
最短距離。最速。
待ち構えた居合いに対し、小細工は――できるけど、今の私じゃ術式を使わないと無理だし、しない方が良い。
そして、居合いが速度をメインにしている以上、これは自殺行為。
戦場なら逃げろと教わっている。
訓練だから、速度と速度の勝負だ。
後ろに下がった力を前へ向ける反動。
脱力を利用した瞬発。
そして踏んだ足を後方へ蹴り飛ばす加速。
瞬間的な加速に、否応なく前傾姿勢になる。風圧と、躰の軋みに奥歯を噛みしめた。
踏み込みの停止はいらない。前傾姿勢、そのまま手を伸ばす、届く、――よし。
刀が抜かれる半ば、その柄に私の右手が触れた。押し込むのに力はいらないし、充分な速度が乗っているから大丈夫――と。
そう、思って。
だから意識していなかった。
速度を相殺するための一歩、それはごくごく軽い、踏み込みにも満たないそれが。
「――」
気持ちが悪い。いや、普段と違う、何か、これは。
「あれ?」
衝撃が抜けた?
「ごめんちょっと」
小走りに標的の木の傍へ。
――あの感覚を、どう表現すべきか。
あの気持ち悪さは、なんというか、右足からいつもズボンをはくのに、左足からやってみたような――靴をはく時、右じゃなく左からやってみたような。
目を瞑る。
増幅はなかった、ただロスなく流れて届いただけ。
だからむしろ――。
「ん」
逆だ。
手を伸ばす、触れる、踏み込みの姿勢。
つまり、既に打撃を放った姿勢。この状態で――踏み込み。
「……あ、うん」
違うな。
いや、衝撃は通ったけど、威力が弱い。
――ん?
これはむしろ、得物を所持した時の動きか? 相手に当てておいて、後追いの踏み込みによって威力を増加させるような……だったら。
腕を棒だと仮定する? それとも、増幅さえラインに組み込んで力を通す?
打撃を繰り返す。
先ほどの感覚を掴もうとする。
なので、ごめんね放置しちゃって。
第三位の騎士らしいのは後で聞いた。第三王女付きの騎士だから、第三位であって、上から三番目ではないらしい。
ちなみに。
「あなたは得物を持たないのですか?」
という問いに。
「「まだ早い」」
私と親方の台詞が重なった。
まったく。
これだから熟練者というのは、どの分野であっても厄介なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます