第18話 お風呂の改良と結界布陣
そもそも、毎日のよう学校へ通わない私は、使える時間が多い。
「クロ様」
「うん? なにミュア」
ミュアとシオネは、よく私のところへ来る。フタナナ? だったかな? 彼女はどちらかというと、ニーニャの傍にいることが多い。まあ私が名前をちゃんと覚えたくらいには、会話もするのだけれど。
特にミュアは、大半を家で過ごしているので、時間も合う。白トカゲは寝ていることが多い。
「風呂場に関して相談なのですが」
「うん」
「躰を動かすことも多いので、湯船は常に水を張ろうかと考えています。シャワーでも充分かもしれませんが、躰を動かしたあとは湯船に浸かりたくなるので」
その気持ちはよくわかる。シャワーを浴びて汗を流しても、なんだか区切りがない気がするのだ。
お湯につかって、ぼけーっとする時間が欲しい。
「リフォームも可能ですが、その間に使えなくなります。何か良い案がないでしょうか」
「いまある湯船って、据え置き?」
「一体化ではないと思いますが、固定されていますね」
「……ヒノキ」
「――はい、
「聞いたことがある。ヒノキを使った大きな湯船。円形でも角形でもいい、金属を使わず組み立てる形。で、常時お湯を流しておく」
「このあたりは地下水からも温水が取れますし、お湯自体に地熱を利用していますが、常時となるとさすがに、温度は下がってしまいますね」
「うん、そこは課題。湯船には下から水が抜けるよう設計する」
「常にこぼれるように、ですか?」
「そう。水は流れがあれば腐らない。上から新しく、古いものが下から。あとは本職に相談かな」
「わかりました、ありがとうございます」
「……」
「どうしました?」
「あ、うん」
ふいに、思いついたことがあって。
ただ私の場合、それに気付いたのは習得してからだったし、むしろ受け流すための技術習得だったから、うーん、まあでも、わかりやすいのかな。
「まだ力の運用は上手くいってないよね?」
「ええ。力そのものの発生、その理屈はわかりましたが、見ることはできていません」
「力は流れなの。殴るというより、相手に届けるイメージが近い。だからこれは方法の一つ」
「はい」
「意識しすぎると駄目かもしれないし、うーん……上手く伝わるかもわからない。たとえばシャワーを浴びてる時、躰を流れる水を感じられる」
「水の流れ、ですか」
「そう。手を洗う時でもいいけど、全身ならシャワーがいいかも。流れる水滴の一つ、一つに意識を向ける。湯船に入る時でもいい、軽く揺らして水の揺れを意識する」
「はい」
「で、ここが重要。その意識ができたら、――そこが境界線」
本来こけは、相手の攻撃を避けるために扱う技術。
見て避けては遅いし、気付いて避けると間に合わない。中尉殿も先生もそういう相手だったので、意識よりも肌で感じることを優先しなくてはならなかった。
空気の揺らぎ。
全ての感覚を使って初動を捉える方法だ。
その応用である。
「境界線?」
「うん。肌の表面がわかれば、そこが線になる。まずはその意識から、内側を捉える」
「――その内側に、力の流れがある。そういうことですね?」
「そうなる。不要な訓練じゃないけど、まだ早い段階だから、ちょっと迷った」
「そのように受け取っておきます。では、風呂場の手配のため、少し家から離れますので」
「うん、いってらっしゃい」
しかしまあ。
後半でやってた森の中のサバイバルで、中尉殿から聞いた話って、役に立つんだなあ。
その日、学校が休みということで全員揃っていたので、丁度良いかと庭に出れば、手入れをしているシオネと遭遇した。
無駄におっぱいデカイ二人のうちの一人である。
いや無駄なのはフタナナだ。そうだ。きっとシオネは標準だ。そうだ。何もない白トカゲよりはマシなはず。そうとも。
「クロ様?」
「なんでもない」
「はあ、そうですか。ところで何か用事でも?」
「ああうん、そろそろ結界を張ろうかと思って。そっちの錬度が上がる前の対策」
「結界、ですか」
「そういえば、スキルでもあるよね?」
「ええ、結界は魔法スキルの一種です」
「どういう感じ?」
「種類は多くありますが、一般的なのは魔物避けですね。ただ高位の魔物には効きません」
「それは魔物が逃げるタイプ?」
「そう……ですね、ええ、どちらかと言えば近寄らなくなる、が近いかと」
「じゃ、結界に近づく人間は?」
「特に関係ないはずです。安全地帯を作る意味合いがほとんどですね」
「ああ、そういう、初心者みたいな」
下手な結界を覚えるくらいなら張るなと、中尉殿には笑われた。理屈は覚えたから使えるけど、先生も呆れてたから、私だって初心者だ。
「シオネは専攻があるの?」
「一応、魔法スキルを中心に学んでいます……が」
「うん?」
「クロ様を見ていると、本当にそれでいいのかと」
「どうだろ。スキル自体が悪いんじゃなくてね? ただ、私が徹底されてるのもあるけど、考えるのを止めたら駄目。白トカゲもそうだけど、スキルってこういうものでしょって、そういう受け止め方ね」
「なるほど」
「だけど、根本的な部分が私とは違うから、比較するのもおかしいと思うよ?」
「どう違いますか」
「んー、私もまだ基礎を終えたくらいだから、誰かに教えられるほどじゃない。だから、前提ね。私はスキルを使えない」
「はい。以前、私は違う方法でスキルと同じことをしているのだと、言ったかと」
「うん。――どうして?」
「……」
「結論が出たら聞く。今はとりあえず力の使い方」
「わかりました。しかし、水の流れを肌で感じることはミュアから教わりましたが、どうにもコツが掴めません」
「じゃあ、ヒント」
「はい」
「スキルを使うのに魔力が必要になる」
「そうです」
「私も魔力は持ってるし、使ってる。けれどスキルは使えない」
「――かなりのヒントですね」
「うん。改めてもう一度聞く。スキルは使うよね?」
「はい」
「魔力も使ってる」
「そうです」
「じゃあ、躰の中にある魔力が外に出る感覚を、知ってるはずだね?」
「――」
「中から外に出る流れがあるなら、似たようなものだよ。私もそんな感じで最初は覚えたし」
「やってみます」
「うん。じゃあ、結界を張っちゃうね」
「ああ、その話でした。どのようなものを?」
「感知、警告、防御の三種複合かな」
「――そんな結界が可能なのですか」
「できるよ。でも、結界においてそこはまったく重要じゃない」
「何故ですか?」
「目の前に罠がある。踏んだら引っかかるのがわかるよね? 踏む?」
「いえ……」
「結界も同じ。今の私じゃまだ、そういう結界にしかならないから、錬度が上がった頃には消すつもり」
「……気付かれない結界が、一番良いと?」
「うん。相手に気付かれず、こっちが気付く。ちなみに罠として利用する場合、相手に気付かせる結界もある」
「気付かせて、足止めをするようなものですか?」
「いや、私がやられた結界だと、気付いた時点で詰み」
「――は?」
「さっきのたとえ。目の前に罠がある」
「え、あ、はい」
「基本的にさ、足を止めるよね? あ、罠だ」
「そうですね、何でここにと首を傾げるかもしれません」
「そうするとね? 冷静になって周囲が見えたら、何故か自分の足がもう罠を踏んでるの」
「……」
あ、口を開いて止まったぞ?
わかる。すごくわかる。
当事者だった私は、一気に汗が噴き出したけどね。
「で、どうしようって後ろを見たら、何故か壁ができてる感じで、逃げ場がない。これが罠としての結界だった」
「あくまでも、結界なのですね?」
「そう、人を閉じ込める結界」
「……その、そのような扱い方は、もはやスキルではありません」
「じゃあこれもヒントだったかもね」
さて。
じゃあ結界を張りますか。
敷地の隅にナイフを埋め、そこから歩いて魔力を繋げながら、四方を囲うようにして歩く。何故かシオネがついて来たが、まあいい。
ナイフを埋め終えたら、そのまま上空へ四方から線を上げる。あとは、それぞれ線を結んで立方体を描けば、範囲指定が完了だ。
あとは術式の布陣。構成は既に作ってあったので、展開するだけで済んだ。
ちなみに。
本当に最低限で、家にいる人で感知できるのは私くらいだろうけど、いざって時に転移して戻る時間が稼げる程度のもの。
今の私じゃ、これくらいがせいぜい。
ほんと、まだまだやることばっかで、未熟を痛感するばかりだ。
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