第17話 ようやく家がやってきた

 一ヶ月と少しくらいは待った。

 待つというより、私にとっては放置しておいたようなもので、学校へ行ったりギルドで仕事をしたり、親方のところで勉強したりの毎日である。

 ギルドの仕事は雑用メイン。魔物の討伐や素材収集、それから道中の護衛。隣の町までは五日くらいかかる距離なので、たまにしかやらないけど。

 金についても、生活できればいい、という範囲で稼ぐだけ。

 なので。

 いざ家の準備ができたと聞いた時に、はてと首を傾げるわけだ。

 家の維持に必要な金はどうするんだろうと。

「――ああ、そんなこと」

 侍女に案内されて向かった先で、ねこが何でもないように言う。

「私の所有物件になったから、維持費はこっちで出すわよ。食費を含めた家賃をそこそこ請求するだけね」

「あ、そう。偉いねこ、よくがんばった」

「……ニーニャよ」

 そうだっけ。

 人の名前を覚えるのは苦手だ。

 屋敷というには小さいが、私が使っていた宿と同じくらいか。門から玄関までは六歩くらい。庭はそれなりに小さくある。

 同一面積の二階建て。狭いと感じないのなら、やはり広いのだろう。

「二階は五部屋で、お手洗いもある。一階は生活スペース、それと地下は提案通り、地面を固めて高さも3メートルは確保してあるわ」

「ん」

「それから住人に関してだけれど、こっちの三人が一緒ね」

 さっきから礼儀正しく立っている三人の侍女。どれも知らない顔だ。

「この子がフタナナ、こっちがシオネ。二人は学生でもあるから、登校時は一緒。家の管理の責任者が、ミュアよ」

「クロ、よろしく。で、トカゲは?」

「ミエラさんはもう部屋を決めて、上にいるわ」

「あ、そう」

「それとネールゥに関しては、護衛が必要な際に顔を出すていど。普段から私の専属として動いてるから、姿は見えなくても、いるものだと思ってちょうだい」

「見えるからいい」

「そうだったわね……ん、荷物はどうしたの?」

「最初からない。それより、侍女って家を守るのも仕事?」

「ある程度はそうだけれど」

「錬度が低すぎ」

 結界は苦手なんだけど、やっとくしかないかなあ。

 それとも、錬度の底上げをする? どうやって?

 最低限、躰の使い方くらいは教えておいた方がいいのかな。教えられるかな。

「ううん、じゃあ地下に全員で。とりあえず。入り口どこ?」

「廊下の突き当たりだけれど、なあに?」

「ちょっと。――おいクソトカゲ! とっとと来い!」

 階下、つまり地下は、全て吹き抜けになっていた。強度の関係か、上の階よりは少し狭くなっている。

 地面はそれなりに固く、空気を抜く場所もあるし、壁も悪くない厚さだ。

「なんじゃ急に呼び出しおって」

「錬度が低いからちょっと教える。あとで叩けるものは用意するから、今は代用品クソトカゲで」

「……代用品わしか」

「加減するから、防御スキル」

「う、うむ。エンチャント、シールド」

「よし。じゃあ――ミュア?」

「はい」

「学校は卒業してる?」

「はい、していますクロ様」

「ん。これから質問をする、全てミュアが答えて。今からこのトカゲを殴ろうと思う。どこに問題がある?」

「ミエラ様は竜族です。人とは魔力の質も、量も違うため、同じシールドでもレベルが違い過ぎて、壊せません」

「質問を変える。シールドスキルの効果は?」

「防御ステータスの向上です」

「違う、――

 軽い左の踏み込みで、右の拳を突き出せば、白トカゲは吹っ飛んで地面をバウンドしつつ、壁に当たって跳ね返り、そこで落ち着いた。

「今のはシールドを壊さず、ただトカゲを殴っただけ。派手に見えたけど、躰そのものにダメージはない」

「あるわ! 涙目になるくらい痛いぞ馬鹿者!」

「うるさい黙れ」

「ぬっ、う……」

「理屈としては、氷を叩くようなもの。硬くても、一ヶ所叩けばそれで壊れる。あとは――威力の問題だけ」

「はい……あ、いえ、理屈としてはわかります」

「ん、だからまずは理屈。トカゲこっち、殴らないから」

「本当か?」

「うそだけど、早く来い」

「素直でよろしい!」

 ようやく開き直ったなー。

 先ほどと同じ左の踏み込み位置。これは私がかつて、木を叩いていた練習だ。

「私がこれを覚えるのに一ヶ月、馴染むのに三ヶ月、全身運動で可能にするまで半年。まだ未熟だけど、基本は全部一緒だから覚えるように」

 びくっとなっていたが、突き出した右手は開いたまま、肩の付近に触れるだけ。

「ミュア、これを最後の状態とする。右手を引いて、突き出した時、力はどのように動く?」

「――はい。それは、手のひらからミエラ様へと向かいます」

「速度は気にしなくていい。じゃあ、手のひらの前は?」

「前、ですか」

「そう。力の発生はどこ?」

「……肩、でしょうか」

「この場合はそうなる。だから自然と、肩から肘、それから手まで力が伝わって、相手へと届く。踏ん張れクソトカゲ」

「ぬっ」

 胸よりも少し上の部分を叩いた。

「体術の基本の一つ。この力の流れを、掴む。最初は肩から手まででいい、その流れを自覚することが第一。簡単に言えば、見えればいいし、感じられればいい。私は最初、目を瞑ってやってた」

「はい」

「覚えると、わかりやすく攻撃力が上がるから」

 肩から手まででも、力の運用さえ間違えなければ――ほら、トカゲが壁まで吹っ飛んだ。

 まあ今のは打撃というより、持ち上げて押すようなイメージだけど。

「打撃用の標的になる木は、それぞれ手配しとく。全員、最低でも右100、左100回は毎日やるように。難しいとは思うけど、自分の内側を意識するように。ゆっくりでいい、ただただ力の流れを見るように」

「はい、わかりました」

「ん。最低限そんくらいできないと、いざって時に何もできないからね。質問は?」

「いいかしら」

「なに、ねこ」

「ねこじゃありません。その力の――運用かしら。どのくらい有効なの?」

「どのくらい……? 基本だから全部だけど。速度も、力も、回避も、受け流しも、全てこれがなくちゃ始まらない」

「わしもやる」

「なに言ってるの? 当たり前だよ? そんなだからクソトカゲなの」

「ニーニャ、冗談ではないぞ。こやつが本気で打ち込めば、わしはシールドスキルを使っていても、内臓破壊された。骨も砕けた。打撃を受けたのに、血を吐いたのは、初めてじゃ」

「それも応用。自分が出す力だけじゃなく、相手へ届く力も認識できるようになるから。――じゃ、そゆことで。今日中に用意しとくね」

 期待はしないけど、このくらいできれば、家も任せられる。


 適当に自室を決めてから、食事やらなにやらの話を適当に聞き流して、私は木材の確保に一度、魔族領こきょうへ戻る。ここの木が頑丈なのはよく知っているからだ。

 侍女三名に、私とねことトカゲ。

 予備も含めて十本くらいでいいかと、刀を取り出して切断。ううむ、こちらの制作もまだまだ、甘いところが多すぎる。親方の得物とは大違いだ。

 さておき。

 一本が2メートル、先端を尖らして刺さりやすく。そろそろ昼になるな、という時間で完了したが、これを運ばなくてはならない。

 持って行くのはしんどい。

 なので、陣を利用することにした。

 私自身が術式を構築するのではなく、いわゆる式陣と呼ばれるものを大地に描くことで、術式の補助をさせるのだ。この場合は距離と、重量の負担を肩代わりさせる。

 空間転移ステップで家に戻ったら、昼食の用意ができていた。

 手早く食べ終わり、地下へ。

 似たような式陣をこちらにも描かないといけない。本当は大地に直接ではなく、術式構築で構わないのだが……ううん、人目ひとめもあるし、そっちにするか。

 ただ時間がかかる。なにせ陣の準備をしていたら、侍女一人とねこがやってきた。

「ねこ。あと……」

「シオネです、クロ様」

「だから私は猫じゃないわよ」

「あ、そう。ちょっと動かないで」

 よし、向こう側と繋がった。あとは転移で、よいしょっと。

「ふう。あ、もういいけど、時間ちょうだい。食後の運動ができるようにするから」

「それはいいけれど、あんた今の……」

「説明しても無駄」

「無駄……」

「――クロ様は、スキルを使わずに、スキルを再現できるのですね?」

「お、その反応初めて。うん、その通り。――よいしょ」

 まずは一本。

 訓練場はやや横長の長方形。奥の隅から順番に、等間隔に置けば良いだろう。

 肩に乗せる。太さが直径で40センチはあるので、さすがの私も気が抜けない。重量は足の裏から地面に流し、一歩を踏み出すタイミングを見計らって、その踏み込みで重心が揺らがないよう運ぶ。

 殴るだけでなく、蹴ることも考えなくてはならないし、奥行きもある程度必要だ。そうなると必然的に場所を取る――が、まあ、いずれ不要になるなら、場所くらい良いか。

 先端を地面につけて立てて、術式で地面を柔らかくすると、ずるずると入る。

 よし、場所は良いので、あとは。

 跳躍して頭を叩けば、深く地面に入り込む。二発ほどで半分埋まったので、次にいこう。

 十本分の作業を終えた頃、白トカゲもやってきた。

 っと、その前に陣を敷いて、ちょっと芯の強度くらいは上げておこう。強くし過ぎず、けれど折れないように。この術式は中尉殿が使っていたのを覚えた。私が殴ったり刺したりしていた木がそうだ。

 さて、強度チェックをしておきますか――あ。

「一人一本ね。可能な限り使い続けるように」

「それは構わんがお主、本当に規格外じゃのう……わしでも竜化せねば、そんな木は運べんぞ」

「間抜け」

「お主、わしにだけは辛く当たるのう!」

「私は五本目でいいや」

 まずは軽く殴る、音よし。

 上段蹴り、そこを支点にして回し中段、着地して下段、強度よし。

 肩当て、肘抜き、拳打ち――ん。

「うん、大丈夫そう。ちょっと音がうるさいけど、屋内だからしょうがないか。お待たせ、ほかの子にも一人一本って伝えておいてね」

「う、うむ」

 とりあえずお風呂。

 でもお風呂のあとに出かけたくないし、屋内で何かやろう。そうしよう。



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