第16話 奴隷商人の捕え方
思いのほか、唐突な来訪になっただろうに、奥さんは嬉しそうに招いてくれた。
食卓テーブルに座ったメンツを見れば、まあ学生に見えるだろう。トカゲもちっこいし。ちなみに侍女は外で待機している。
お茶が運ばれて――というか。
「私いる? 仕事終わったんだけど」
「クロさん、ここでなら構いま――」
言葉の途中、迷彩を解除してやる。白い肌、赤い瞳、そして濃い魔力。
病的なまでの白さではないにせよ、白と赤の対比が印象的であるため、どちらの色も強調されがちだ。
「いつ、気付かれたのですか」
「……? 学校に入ればわかる。だから挨拶に行った」
「そうでしたか、いや失礼。では改めまして、東の魔族と呼ばれているオーカスと申します。こちらの名は学校でも使っていますが、魔族としての名は、妻にしか教えていませんので」
「気にしない」
「いや、驚きました。こちらで生活されていたのですか」
「ギルドマスターに対しては、長らく騙していたようで申し訳ない。ただ我ながら上手くやっていたかと」
「ええ」
ギルマスも、それほど否定的ではなかった。
「こちらの生活が馴染んでいるようですから、定期的な訪問など必要だったのかと思うくらいに」
「そちらも仕事ですから、仕方ありませんよ。僕としても、人の生活に紛れるならば人として、領分を弁えています。そちらの白姫と同じように」
「……誰それ」
「わしのことじゃ」
偉そうに胸を張ったので、張れる胸もないくせにと、頭を殴っておいた。
「つぅ……!」
「私に殴られるのわかってて、隣に座るのが悪い」
「……オーカス、気をつけろ。体術のみでわしを半殺しにする女ぞ」
「僕の迷彩を解除された時点で、心得ていますよ。しかしギルドマスター、どこでこのような掘り出し物を?」
「私が探し出したのではありません……」
「あれ? 私、ギルマスに面倒かけたっけ?」
返事はなかったが、頭は痛そうだった。
「というか、そこのちっこい赤いの」
「――あなたね」
「なんでいるの?」
「私だってわからないわよ。好奇心で来てみれば、状況にもついていけないし。あとミエラさんの頭を殴らないの」
「なんで?」
「
「どーでもいい」
「クロはもう少し興味を持っても良いとは思うが、わしは長く生きているだけで、大した竜ではない」
「その通り」
「クロ、もう少し言葉を選べ――あだあ! 避けたらもっと痛いではないか!」
うん、私も同じことやったからわかる。
というか、そういうふうに殴ってるんだけどね。
「――あ、そっか、そうだ。ええと、にゃ」
「ニーニャよ」
「うん。この都市って、奴隷商人に関してはどうなってる?」
「この国では、人間、魔物に限らず、生物の売買は禁じられているわ」
「へえ……」
「ただ、裏ではそれが行われていることも知っているわ」
「ん。仮に、その一角を崩せるなら、報酬を用意できる?」
「それは……」
「クロさん、何をするおつもりですか」
「ん? 何人かもう目をつけられてるから、早いうちに見せしめを出すだけ。これは確定。ただ報酬があるなら貰いたい」
「確定ですか……」
「……? 見せしめは効果的な方法だって教わってるけど? そうすれば一人で済むって」
「一応、この国には法があるんです」
「だから?」
「……」
大変そうだなあ、ギルマスって。
「クロ、簡単に言え。何をして、何を望む」
「私が捕まって、上手い具合に酷いことをして見せしめを出す」
「潜入調査のようなものじゃのう」
「調査はしないけどね。望みは……家かなあ」
「ほう」
「家が欲しいの?」
「うん。できれば運動場が地下にある家。人目を気にせず研究もしたいし、躰を動かさないとなまるし、わざわざ外に出てやるのが面倒」
「そう。……ギルドマスター、動けるかしら」
「プランを」
「クロが捕まる際に、ネールゥに頼んで尾行してもらうわ。これで初動が早くなる」
「私が出てくるまで何もしないで。それと、現場の状況が伝わるようにして欲しい」
「ギルドマスター」
「ええ、噂の流し方は心得ています」
「……あら、オーカス先生は反対かしら」
「いえ、僕が口出しをすることではありませんが――ニーニャさん、一つだけ覚えておいてください」
「なんでしょう」
「あなたが想像している五倍のことを、彼女はやるし、できますよ」
「――ありがとう先生」
「いえ」
なんか失礼なこと言ってないか……?
「クロ、話は詰めるけれどあなたの成功が前提条件よ」
「失敗したら私が死ぬだけ」
「だけ、とは言い過ぎよ?」
「……? 人はすぐ死ぬよ? どんな実力があっても、運が悪いだけで終わる。確実なんてない」
「……そう。あ、いえ、そうではなく、家の話よ」
「報酬ね」
「条件があるわ」
「聞く」
「まず、どうであれ、あなたの所持物件にすることは難しい。対外的に、おとり捜査に子供を使ったとなれば、ギルドの心証も悪化する。つまり、成果そのものを受け取れない」
「うん」
「だから、私の別荘として新しく家を確保しましょう。学校にはまだあと三年くらいは通う予定で、城から通うのは面倒だもの」
「つまり、二人でも広すぎる?」
「侍女を最低三名、それからミエラさん」
「わしもそこに住むのか? ……いや、まあ良いじゃろ。わしもクロのことは知りたい」
「あとはネールゥね。許容できるなら、なんとかするわ」
「うん、それでいい」
名声が欲しいわけじゃないのだ。とにかく家があれば、隠れてこっそりいろいろできる。
とっとと済まそう。
夜に複数人で拉致。寝たふり。
ちょっとくらい味見してよくね? 馬鹿、商品に手ぇ出すな。
目的の商品だコラ、ちょっと報酬少ねえだろ、おい。
地下牢にぶち込め、拘束を忘れるな。
――以上、テンプレ含みの流れでした。
さて。
首輪と手かせ、それらが壁にチェーンで繋がっている状態を確認。
何度か躰を触られたが、我慢した。冷静だ。仮に尻尾だったら私はここにいないかもしれない。
見張りは一人。
私を捕まえた連中もまだいるはず、とっとと済ませよう。
床に鎖が落ちる音がする。
外はあまり気にしなくていい、とりあえず屋敷にいる商人が目的だ。
手順よく。
まずは私を捕まえた連中を手早く拘束し、商人のいる部屋へ転がして――あれ。
まだ起きてたのか。
「――なんだ貴様は」
しかも身なりが良いし、動じてない。
ふうん。
まあいっか。
「私が黒狐だからって、狙われると面倒。だから、あんたを見せしめにする」
八本のナイフを、私を拉致した四人の両足にそれぞれ転移させ、床に縫い留めてから、行動開始。
「エンチャ――」
遅い。
声がトリガーになるのって、簡単そうだけど、隙が多いんだよなあ。
両肩を破壊して机から引っ張り出し、両膝を破壊。これでもう逃げられない。
「さてと。そっちの馬鹿は、とりあえず生かしておくから、ちゃんと見ておくんだよ? 私に手を出したらどうなるのか、これからよくわかるから」
うるさくなるだろうから、音が周囲に漏れないようにする結界を、男の周囲にかけておき、私はまず小指から作業を開始した。
関節を折って、その痛みが引く前に切断する。出血多量で死なないよう術式で補助。あとは痛みだけで死なないように――。
指の関節、手のひら、足の甲、手首、足首、膝、腕、肘、膝、腕、太もも、肩。
拷問でも使われる手口だが、これは見せしめだ。できるだけ残忍に、けれど一息に殺さないように。
――むしろ。
生きていた方が、周囲の恐怖は上がる。
部屋が血だらけになる。部屋の隅に転がした男たちの傍にまで流れていく。
そうして。
作業を終えた私が外に出ると、兵隊と冒険者がそれぞれ二名ずついた。それと。
「ネールゥ、来てたんだ」
「クロ」
「終わったけど……たぶん吐くから、覚悟しといて。あと半日くらいはそのままでも生きると思うよ」
「――」
ぱらぱらと雨が降っている。肌寒さを感じないのは気温のためか、それとも仕事が終わったばかりからか。
「あ、ねこ」
にゃ……なんだっけ。まあいいか。
「状況を」
控えているのは侍女じゃない。背の高い男だ。
腰に、刀を
これ親方が作った刀だな……。
「実働四名は怪我、商人もまだ生きてる」
「ネールゥ、増援を。治癒術師と兵士は中へ、対象の確保」
「調査はしてない。でもあのタイプは帳簿を所持してるはず。部外者を入れて紛失しないように。あと――」
それと。
「商人は殺してくれと請うけど、感情で動かないように」
「誰にものを言っているの?」
「わかってるならいい」
「生きているなら、せいぜい利用するわ。お見舞いに来るヤツ、逃げるヤツもね」
「どうぞ。――ああそうだ、地下牢のあったところに、一人死んでる。見張りだったから」
「そう。屍体はこちらで引き取るわ――メル」
「わかりました。すぐ戻り……」
屋敷の中で物音。慌てて出てきた兵士が一人、庭の隅で嘔吐。
「まあ慣れてないと、ちょっとね。感情や殺意はなかったから、残留もしてないと思うけど」
「クロ、何をしたの」
「ん? だから見せしめ。屍体がどうのっていうより、人間ってここまでしても生きてられるんだ――っていう現実を直視すると、気持ち悪くなるから」
「……そう」
「拷問なんて、助けてくれが、やめてくれになって、――殺してくれと言うようになって成功なんだから、似たようなことをしただけ」
けれど、まあ。
「血の匂いがついた。帰って洗うけど、いいよね?」
「そうなさい」
「ん」
これで次がなくなればいいけど。
仮に何かしらの問題が発生するなら、やり方を変えないとなあ。
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